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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第二部 第一章 序
305/930

0281 ギルスバッハの街

王国使節団が国境を越えて五日後。

使節団は、集合地点であるギルスバッハの街に到着した。



使節団が案内されたのは、郊外に建てられたかなり大きな宿。


「今回の使節団のために、わざわざ建てられたらしいよ」

涼が、その大きさと、いくつも連なる宿泊棟らしきものに目を奪われていると、エトがそう言うのが聞こえた。


「おのれ、デブヒ帝国……。さすが帝国と呼ばれるだけはありますね!」

「うん、リョウが言っている意味は全く分からんが」

「いえ、やはり『帝国』というのは、『強い』と同義語なのが、ファンタジーにおける定番だと思うのですよ」

「なんだよ、定番って……」

涼の王道設定に、首を振りながらつっこみを入れるニルス。


「……最近、ニルスがアベルに似てきた気がします」

「アベル王、万歳!」



訂正。ニルスはやっぱりニルスでした。




涼ら護衛の者たちは、到着すれば休憩となる。

だが、外務省を中心とした文官たちは、到着してからが本番なのだ。


もちろん、西方諸国に着いてからが、『本当の本番』ではあるのだが、そこに至るまでに、まとめて回廊諸国と呼ばれることもある、いくつかの小国を経由する。

当然、そこでも様々な交渉が行われる。


そして一番厄介なのは、この『使節団』は一国だけではなく、複数国の混成だという点だ。

まず、同行する中央諸国内他国との調整が、なされねばならない。



それは、使節団のトップたちもそうであった。

その中でも、帝国、連合、そして王国の三大国のトップが、まず集まることになっていた。




「王国使節団団長、ヒュー・マクグラス殿、おみえになられました」

「お通しして」

衛兵が、ヒューの到着を告げ、この場のこまごまとしたことを取り仕切る役割を担う、ハンス・キルヒホフ伯爵が入室を促した。



ヒューが室内に入ると、そこにはすでに二人の『団長』がいた。


帝国使節団団長、先帝ルパート。

連合使節団団長、先王ロベルト・ピルロ。


ヒューが入室した時、二人は談笑(だんしょう)していた。



「おかげで、大戦終結後は大変でしてな。国内のかなりの工房が破壊され、生産能力は地を這うような有様。いや、帝国の支援のおかげで、連合は何とか国が潰れないで済みましたわい」

「いやいや。連合の安定は、中央諸国一帯の安定とも同義。一刻も早い支援は、中央諸国の一翼を担う帝国としては当然の事」

先王ロベルト・ピルロが、大戦後の帝国の素早い支援に感謝をすれば、先帝ルパートもそれは当然の事と答えている。


正直、ヒューとしては、あまり嬉しくない話の流れであった。

なぜなら……。


「いやあ、それにしても、王国のアベル王は何とも豪気(ごうき)な方ですな。我が連合とも連携して送る使節の自国団長に、ヒュー・マクグラス殿を据えられたのですから。『大戦』の英雄、マクグラス殿を」

微笑みながら先王ロベルト・ピルロは言った。

目は、全く笑っていない。


(やはりか……)

ヒューは、心の中で苦虫(にがむし)を噛み潰す。

当然、その点をあげつらわれるであろうことは、分かっていた。


個人的なただの嫌味であればどうということもないのであるが、国同士の利害がぶつかるこういったトップ同士の交渉の場では、それらも全て交渉カードと化す。


先王ロベルト・ピルロはもちろん、先帝ルパートも、その辺りを全て理解している者たちだ。


「アベル王には、先の戦場で直接お会いしましたが、いや、あれは天晴(あっぱ)れな方でしたな、確かに。さすが冒険者としてもA級まで上がっただけの事はあります。一部では、冒険王と呼ばれているとか。冒険者の国ナイトレイ王国を率いる王としては、近年まれに見る強力な王と言えましょうな」

大げさなほどに先帝ルパートは褒める。

こちらも、目は、全く笑っていない。



ヒューは、心の中で深い、深いため息を一つつき、二人がいる円形テーブルの側まで歩いた。


「マクグラス団長、どうぞこちらの席へ」

すると、ハンス・キルヒホフ伯爵が、ヒューの席を示す。

「失礼」

ヒューはそう言うと、椅子に座り、深い息をついた。



その一息で、精神の安定を図る。



先帝ルパートも、先王ロベルト・ピルロも、ヒューのその一息の理由と、効果を理解したのであろう。

ルパートはほんの僅かに口角を上げ、ロベルト・ピルロはほんの僅かに眉を動かした。


ヒューが、自分たちの言葉を、完全に受け流すことに成功したのを、見て取った。



すでに、会談は始まっていた。




「この帝国領を離れて、回廊(かいろう)諸国最初の国が『アイテケ・ボ』」

「変わった名前なんですね」

「それだけでも中央諸国とは違うってのを感じるな」

エトが説明し、アモンとニルスが感想を述べる。


それを横で聞きながら頷いている『十一号室』の剣士ハロルドと双剣士ゴワン。

神官ジークは、きょろきょろと辺りを見回している。


ジークのそんな行動は、あまり見ないため、エトが説明を止めて尋ねた。

「ジーク、どうしたの?」

「あ、いえ……。リョウさんの姿が見えないなと」


その言葉に、ハロルドとゴワンは少しだけ、本当に少しだけビクッとなった。

アモンはそのことに気付いたが、小さく苦笑して何も言わないことにした。

理由が、なんとなくわかるからだ。



ここは、王国使節団に割り当てられた宿泊施設の食堂。

三百人全員が、同時に食事をとれるほどの巨大な空間となっているため、そこかしこで、ニルスたちのような小会議が開かれていた。

だが、辺りを見回しても、確かに、例の水属性の魔法使いの姿は無い。


「リョウは……一度、ここに入った後で、すぐ出て行ったよね」

「きっとよからぬことを……」

エトが言い、ニルスが独断と偏見から決めつける。


その言葉が聞こえたからではないだろうが……。

「そんな事を言うニルスには、あげませんよ?」

件の水属性の魔法使いが、両手いっぱいに何かを抱えて登場した。



「リョウ、それはいったい……」

「あ! リョウさん、くれぇぷじゃないですか?」

「アモン、正解です! 宿泊所のすぐそばに、クレープ屋さんがいました。試食してみましたが、配合もウィットナッシュと同じ、完璧なるプラチナダイヤモンド配合です!」


プラチナダイヤモンド配合の意味は通じていないだろうが、気にしてはいけない。

なんか凄い感じ! が出ていればそれでいいのである。

そもそも、涼が、適当に作った言葉であるし……。



そして、一人ずつ、クレープを渡していく涼。

エト、アモンはもちろん、十一号室の三人にもきちんと渡す。

ここで、イジメみたいなことはしないのだ!


「よし、全員に行きわたりましたね!」

「おい、リョウ! 俺もらってないぞ!」

何やらB級剣士がわめいている。

「だって、さっきよからぬことって……」

「ああ、悪かったよ、俺が悪かった。リョウさん、すいませんでした。自分の不明を恥じております。だからくれぇぷをください!」


B級剣士は、最強甘味くれぇぷの前に屈した……。


「仕方ありません」

そう言うと、涼はニルスにもクレープを渡した。

受け取ると、嬉しそうに満面の笑顔でかぶりつくニルス。



まさに、美味しいものは正義!




全員がクレープに満足し、コーヒーも並んだところで、中断されていたエトの説明が再開された。


「回廊諸国最初の国、アイテケ・ボは、森の国という異名があります。世界樹で有名な広大な森である『漆黒の森』の中にあり、途中、木の魔物であるトレントが襲ってくる可能性があるそうです」

(漆黒の森! なんという中二的なネーミング。しかも世界樹付き! そういえば、ドイツにもあった……シュヴァルツヴァルト、訳すと黒い森! きっとシュヴァルツヴァルトの名付け親も中二病だったに違いないです!)


ドイツの有名な森に対して、失礼な感想を持つ涼。


(そしてそして、ついにトレント! 森の魔物と言えば、歩く木の精霊的なトレントですよね! これぞファンタジーの王道。ロンドの森では、ついぞ見かけることはありませんでしたが……。なんででしょうね、やっぱり魔物にも植生的なものがあるのかな?)

涼はそんな植物学的考察を頭に描いていた。


もちろん、それは表情に出る……。


「リョウさんが……」

「うん、あれはいつものあれだね……」

「また、よからぬことを考えているな……」

アモンが気付き、エトが指摘し、ニルスが断定する。


特に問題のあることを考えているわけではない涼であるが……やはり日頃の行いであろうか。


そんな三人の横で、『十一号室』の三人は不安そうな表情を見せている。

それは、神官ジークも例外ではない……。

きっと、先輩たち『十号室』の面々の言葉が理由であろう。



涼……それは、不憫な男の名であった……。




宿舎食堂で、涼たちがクレープ片手に甘々なミーティングを開いている時、先帝ルパートの談話室では、渋々な会議が続けられている。

もっとも、主にそれは、ヒューにとって渋々なわけであるが……。



「つまり……帝国は、未だ準備が整っていないために出発できない。使節団の先頭を他に譲ると……」

「マクグラス団長、まさにおっしゃる通り。いやはや、お恥ずかしい限りなのだが。我が退位してからというもの、帝国政府の規律が緩みきってしまったのか……まったくもって面目ない」

ヒューの確認に、先帝ルパートはそう答えた。


話している内容は、面目ない感じではあるが、様子も表情も全くそんなことを思っていないのは明らかであった。

まさに、「いけしゃあしゃあと」という言葉がぴったりな。


「いやはや、準備が整っていないのであれば致し方ありませんな。永らく皇帝位におられたルパート陛下が退位されたのです、いろいろと混乱もあるでしょうな、わかりますぞ」

先王ロベルト・ピルロは、何度も頷いて、理解している風な雰囲気を出している。


そして自国の使節団についても触れた。

「我が使節団は何の問題も無いのですが、わし自身の体調が難しくて難しくて。帝国が無理なら、ぜひ連合が先陣を切ってと手を挙げたいのじゃが……寄る年波には勝てぬのぉ」

「いや先王陛下、御無理をなさってはいけませぬぞ」


先王ロベルト・ピルロがわざとらしく咳をしながら体調の難しさを述べ、先帝ルパートがしたり顔でそれに頷く。



(この……ジジイどもが! 進発は、帝国、連合、その他小国、最後に王国、の順番でと決まっていただろうが! それを今さらになって変更だと? 当然、先頭を行く国が、最も困難な状況に陥る可能性が高い。だからこそ帝国がそれを担おうと言っていたろう? それなのに……。しかも連合も無理だと? つまり我が王国に先頭を行かせようと……。無言のうちに連携しやがって。これだからジジイは嫌いだ! ああ、そうかいそうかい、それならいいさ! 先頭を進んで、真っ先に小国について、貴様らが到着する前に王国に有利な協定を結んでやるぞ! くそったれが!)


心の中では、罵詈雑言を交えながら叫んでいたヒューであるが、外面は全く冷静さを保ったままであった。

そして一言。


「わかりました。では王国が使節団の先陣を承りましょう」


ようやく、「第二部 第一章 序」が終わりました!

明日の「0282」より、「第二部 第二章 西方諸国へ」となります。

ついに、中央諸国を出ますよ!

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