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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第二部 第一章 序
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0280 本戦

涼とアモンが模擬戦を行った翌日。

王国使節団は、お昼過ぎに、次の街、ブランシュハに到着した。


理想は、夕方近くで街に入り、街の中で一泊して、次の日の朝出発し……というものなのだが、ブランシュハから次の街が、ちょうど一日かかる。

つまり、ここで一泊するのが、ちょうどいい。



そんなブランシュハの街に王国使節団が入ろうとした時……太陽が(かげ)った。


「日食……」

呟きながら、周囲を見回す涼。

『十号室』の三人も、『十一号室』の三人も、翳った太陽を見上げつつも、いつも通りの表情だ。


だが、挙動不審になった涼の様子に気づく人物がいた。

神官ジークである。


「リョウさん、どうかしたんですか?」

「あ、いや、なんでもないよ……」


そう言った瞬間。



周囲の景色が色を失った。



そして、世界が反転した。




「まさか……封廊(ふうろう)……」

涼は呟いた。


そんな涼に、声が聞こえてくる。



「まさか? そうなのか? これは……なんとなんとなんとなんと! リョウではないか?」



現れたのは、スタイル抜群の美女……ただし、ツノがあり、細く黒い尻尾のある……。


そう、それは悪魔……。



「レオノール……」

涼はそれだけ言うと、生唾を飲み込んだ。



「ここで会ったが十億年目じゃ! 実は別の仕事があったのじゃが、リョウを取り込んでしまったのであれば仕方ない。うむ、仕方ないな、やむを得んな、戦おうぞ!」

「いや、なんで……」

悪魔レオノールは、凄絶(せいぜつ)な笑みを浮かべて提案し、涼は、苦渋の表情で疑問を呈する。


「リョウは、これから西方諸国に行くのであろう? 今、西方はかなりごちゃごちゃしておるからな。無事に帰ってこられるとは限らんではないか。今戦わんで、いつ戦うと言うんじゃ!」

「西方ってごちゃごちゃしてるんだ……」

「なんじゃ、知りたいか? 教えてやっても良いぞ?」

「どうせ、教えてほしければ戦え、とか言うんでしょ……」

「分かっておるではないか!」


レオノールはにっこにこな表情で頷いている。


どうせ、戦う以外の道がないことは、涼も理解している。

そうであるならば……せめて情報を引き出した方が、まだましだ。


「分かりました。戦いましょう。でも、終わったら、その西方諸国の情報、教えてくださいね!」

「うむ、もちろんじゃ! リョウが死ななければな!」

「!」



確かに、死んだら情報は聞けない……。



そうして、三度目の、二人の戦いが始まった。


「<石筍炎装>」

悪魔レオノールが唱えると、炎を(まと)った数十の石の槍がレオノールの周りに現れ、打ち出された。


「<積層アイスウォール10層>」

分厚い氷の壁が、涼からレオノールに向かって、さらに分厚さを増していく。


そして、両者がぶつかった。


(きら)びやかな光を発して、一撃で、氷の壁の半分以上が消失する。


「なっ……」

さすがに想定外の状況に、涼は絶句した。



「ククク、涼の、その分厚くなる氷の壁対策じゃ。とくと味わうがいい」

してやったりのレオノール。


まさに悪魔的な笑いを浮かべ、さらに追撃の魔法を唱える。


「追加じゃ。<風塵連環>」

レオノールから、不可視の風属性攻撃魔法が発射される。

右手から二十、左手から二十。

それぞれが、半円軌道で、<アイスウォール>の外側を通って、涼への直撃コースに乗る。



氷の壁と炎付き石槍の削りあいの最中、不可視の攻撃が織り交ぜられれば、誰もよけることはできない。

だが、現在の涼は、その「誰も」の中には入らない。


それは、この『封廊』に取り込まれた瞬間に、<パッシブソナー>を起動し、現在も稼働したままだからだ。

見えない攻撃に対しても、認識している。


「<アイシクルランス64>」

左手から三十二本、右手から三十二本の氷の槍を打ち出して、四十本の不可視の風の輪を迎撃。

さらに、迎撃に使われなかった二十四本の氷の槍は、そのまま逆侵攻の形でレオノールに向かわせる。



到達。



だが、手ごたえがない。



「こんな時に来るのは、死角から。上か!」

上を見て、同時に、刃を生じさせた村雨……凄絶な笑いを浮かべたレオノールが、全体重をかけて打ち下ろしてきた。


ガキッ。


「うぐっ」

なんとか打ち下ろしを村雨で受けたが、恐ろしいほどの重さの剣。

風魔法で、剣の重さもレオノール自身の加速も増したのだ。


受けつつも、涼は思わず膝をつく。

そのまま、ギリギリと体重をかけてくるレオノール。

片膝をつきながら、両手で剣を支え、なんとか額の前で剣を受け続ける涼。


(<アイシクルランス>)


涼が心の中で唱えた瞬間、極太の氷の槍が涼とレオノールの間に生成され、そのままレオノールの腹を貫いた。


「うぐっ……」


それは、レオノールの、予測、反応速度すら超える超速の魔法生成。

貫かれたレオノールは、思わず声を出し、瞬時に後退する。


そして、後退し終わった時には、腹の傷はすでに修復されていた。


「その再生は反則です……」

涼はぼやく。


「その生成速度も反則であろう……」

レオノールは笑った。



次の瞬間。

一気に間合いを詰めたレオノールが打ち下ろしてきた。

カキン。

さらに続く剣戟。

カキン、カキン、カキン……。

レオノールにしては珍しい、剣による連続攻撃。


レオノールの剣といえば、速さと力で押しまくる……あるいは、意表を突く動きで一撃を繰り出す……涼は、そんなイメージを持っていた。

だが、これは……。


「連撃は珍しい……」

「ククク、リョウと戦うために、我も訓練をしているのでな。ちょっとした力試しじゃ」


唐竹、逆風(さかかぜ)袈裟(けさ)、逆袈裟、右()ぎ、左薙ぎ……そして、突き。

剣の筋を、試すように繰り出すレオノール。


その表情は笑みを浮かべ、本当に楽しそうだ。


もちろん、一撃でも入れば、その瞬間、涼は死ぬ可能性大なのだが……。


剛剣に技術が加われば、それは手に負えないものとなる。

その過程を、涼は実体験している……。


「なんて恐ろしい……」

「そう言いながら、リョウも笑っているであろうが」

「キノセイデス」



戦闘狂は……救われない。



レオノールの打ち下ろしを剣で流し、間髪を容れずに袈裟懸けに打ち込む涼。

それをレオノールは、涼が見たことのない片足のステップでかわし、そのまま大きく後ろに飛んだ。


そして言葉を発する。


「ふむ……。今回の封廊は短い……そろそろ時間もあれじゃな。とっておきを見せてやろう」


レオノールはそう言うと、堂々と唱えた。


「<マルチプル7>」

唱えた瞬間、レオノールが、七人『増えた』



いわゆる、分身!



「いや、なんで……」

言葉に詰まる涼。


「ククク、驚いたか? 連続次元生成現象を使っておるからな。水属性しか操れぬリョウにはできまい」

得意げに笑うレオノール。



だが……。



「愚かなり、レオノールよ、自らの不明を恥じるがいいです。<アバター>」

ほんのわずかに、村雨の(さや)が光り、涼の分身が現れた……その数七人。


「馬鹿な!」

思わず叫ぶレオノール。



「今どきの水属性魔法使いは、分身くらい使いこなせるものなのです」

「いや、そんなわけないであろうが……」

こんな時でも出てくる涼のボケに、正確につっこむレオノール。


できる悪魔だ。



悔しげな表情のまま動かない八人のレオノール。

油断なく構えて待つ八人の涼。



そのまま、二十秒ほどが過ぎた時、レオノールが首を振った。

「やめじゃ。もうすぐ封廊が壊れる」

レオノールはそう言うと、七体の分身を消し去った。


涼も、まだ気は抜かず……だが、分身は消した。村雨は油断なく構えたままだが。



「それにしても、リョウは面白いな。いつも、我の想像を超えてくる」

レオノールはそう言うと、クククと笑った。


「それはどうも……」

いちおう褒められたらしいので、涼も答えておく。


だが、聞くべきことは聞いておかねば。封廊の制限時間も迫っているらしいし……。


「それで……西方諸国がどうとか言ってましたよね?」

「うむ、まあ、死なずに戻ってくるがいい」

「いや、ちょっと、そんなアドバイス?」


あまりと言えばあまりである。誰でも無事に戻って来たいと考えているのだし……。


「西方は、いろいろ厄介なことになっておってな……。正直、一番ひどいところに突っ込んだら、今のリョウでも無事でいられるとは思えぬのじゃ」

悪魔レオノールは、小さく首を振りながら言う。


「じゃあ、その一番ひどいところに突っ込まないようにするにはどうすればいいのかを、教えてほしいのですが」

「それは簡単じゃ! あっちに行かなければいい!」

「はい、それは無理~」

レオノールのあまりの提案に、全然ダメだという顔で首を振りながら否定する涼。



「む~、仕方ない。ならば、これだけは気を付けておくがよい。『生贄(いけにえ)』じゃ」

「生贄……?」

レオノールのよくわからないアドバイスに、顔をしかめながら呟く涼。


「そういえば、向こうにも我のような悪魔がおるでな。目覚めたばかりの我に比べれば、強いはずじゃから、気を付けるんじゃぞ」

遠くからレオノールのそんな言葉が聞こえた。


「いや、そっちを詳しく言ってよ!」

思わず叫ぶ涼。



そして、世界は元に戻った。




涼の周りには、元通りの六人。

神官ジークが不思議そうな顔で涼を見ている。


「ああ、ジーク……うん、なんでもないよ」

涼の言葉に、何やら納得のいかない表情のジークであった。


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