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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第二部 第一章 序
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0278 王国の懸念

唯一、震えていなかった神官ジークは、十号室の神官エトと話していた。

「エトさん、ちょっとお尋ねしたいことが」

「うん?」


ジークはチラリと涼の方を見ると、言葉を続けた。


「リョウさんのことで……」

「いいけど……あんまり答えられることはないと思うよ」

エトはそう言うと、苦笑した。



「リョウさんって、いったい何なんですか?」

「ほら、やっぱり答えられない質問だった」

ジークの質問に、エトは先ほど以上の苦笑いをしながら答えた。


「何と聞かれても、あのまんまとしか言いようがないんだよね。うちらのルームメイトで、水属性の魔法使いで……ああ、そうそう、ずっと錬金術にはまっているね。この三年、ほとんど依頼をこなしていないからC級冒険者のままらしいしね」


「魔法使いにしては、信じられない剣技でした」

「あれ? ジークは、リョウの剣を見たことがあるの?」

「はい……叩きのめされました」

ジークはそう言うと、俯いた。


「ああ、ハロルドが肩を砕かれたっていう、あれ? ジークの杖術もかなりだと聞いていたけど、リョウはねぇ……」

「いえ、私など足元にも及びませんでした」

「エト、情報をタダで渡すのは感心しません」


二人の会話に、涼が突然割り込んだ。



「あはは……」

割り込まれたエトは、こめかみを人差し指で掻きながら苦笑した。


「ちゃんとお金を取ってから情報を渡すべきです!」

「お金を取れば、いいんだ?」

「はい。あるいは、携帯型ケーキ、シュークリームと交換でもオッケーです」

涼は、ジークの方を向いて、強い調子で、そう言い切った。


「すいません、シュークリームは持っていません……」

「そうですか、それは残念です」

ジークが持っていないと告げると、涼は心の底から残念そうに答えた。


意地悪などではなく、普通に、心の底から食べたかっただけらしい。



「ね? リョウはこういう人なんだよ」

「はい……ちょっとだけ分かった気がします」

エトが小さい声で言い、ジークも同じく小さい声で答えた。


「あっ」

小さく涼の叫びが上がる。


そして、その理由が語られた。

「アベルの、ケーキ特権……使節団に入ったら、また無くなっちゃう……」

今頃気付いた涼であった。




そして、ようやく、自分の左耳についた『魂の響』のことも思い出した。


((アベル生きてますか? アベル生きてますか? アベル生きてますか?))

((生きてるわ! いや、生きてると言えるのか……。すごく不思議な感覚なんだよな。体は執務室にあって、視界も執務室にあって、基本的な生活は今まで通りなんだが……意識を切り替える感じか? それをすると、魔石に映る景色が目に飛び込んでくる……。そしてリョウと会話ができる……。しかもその間も、執務室にある体を動かしたり、そっちの視界を取り込んだりすらもできる。ようやく、それに慣れた気がするが……))


アベルは嬉しさを噛み殺しながらそう言った。

本来、アベルは冒険者だ。

知らない街、知らない世界を見るのは、好きなのだ。


((すごいですね。ケネスが言うには、そういう風に意識の切り替えや、意識の共有が出来るようになるには数週間かかるかもってことでしたけど……さすが、アベルは優秀ですね))

((い、いやあ、それほどでも……))

涼の素直な賞賛に、アベルは照れた。


((この『魂の響』に映った景色を見て、聞こえてきた音を聞き、付けている人間、つまりリョウと会話をすることができる、ということだな。これは))

((ええ。ただ、確かに魔力が常に使用されている感覚があるので、誰でも使えるわけではなさそうですね))

((リョウの魔力が尽きたりは……?))

((ああ、それは大丈夫でしょう。魔力使用量はかなり少なそうです))

((リョウ基準でかなり少ない、なんだろうな……))


アベルは小さくため息をついた。

この『魂の響』が、他の者でも使えるようになれば、いろいろと便利になりそうな気がしたからである。

アベルは、渡された魔石の填まった指輪をつけているが、こちらは魔力の消費はないらしい。

涼のイヤリング側だけ、魔力が消費される……。



だが、一番の問題点は、魔力消費量よりも、片方の人間の『魂』に干渉するという点だろう。

だからこそ、本当に信頼した相手どうしでしか使えないし、使うべきではない……開発者のケネスが言った言葉だ。



((アベルの声は、僕にしか聞こえません。ですから、他に助けを求めても無駄です!))

((うん、意味が分からん。俺より、リョウが俺に助けを求めることになるんじゃないか?))

((剣士に頭脳労働を求めるほどには、落ちぶれたくないですね!))

((まあ……反論はできない。そうだ、とりあえず、ケーキ特権は保留な))

((くぅ……))


こうして、アベルは王都に居ながらにして、一部、西方諸国へと向かうことになった。

王都に体がある以上、今まで通りのお仕事から解放されるわけでは、もちろんない……。




まんまと涼へのケーキ特権を解除することに成功したアベルは、もちろん国王執務室にいた。

『魂の響』の接続は一時的に切ったため、こちら側での会話やアベルの思考が、涼に駄々洩れになることはない。



そんな中、以前涼が言った言葉の中で気になることを思い出していた。

「あれは、『ごちそう亭』と言ったか……」

涼が、王都での最後の晩餐(ばんさん)に選んだ店が、ごちそう亭であった。


アベルは、決して食いしん坊というわけではない。

しかし、美味しいものを食べるのは好きである。

そのため、ちょっと王城を抜け出して、ごちそう亭に食べに行こうと思ったのだ。



だが……。



「陛下、畏れながら、王城を抜け出すのはおやめください」

「なぜ……」

目の前にいる宰相(さいしょう)には全てがばれていた。


「ロンド公爵から申し送り事項が。国王陛下は、王城を抜け出して外食をしようとするはずだから阻止するようにと。特にカレーのような刺激物は、胃によくありませんから、しばらくは禁止という事でした」

「リョウーーーー!」

アベルの叫びは、むなしく消えていった。




アベルは復活するのに三十秒を要した。



「……外食の件は、まあいいだろう。それで、例の調査はどうなっている?」

「はい。東の魔人の件ですな」


ハロルドが『破裂の霊呪』にかかった原因は、伝承によるところの『東に封じられた魔人』が原因であろうということは、わかっていた。

だが、東の魔人に関して、伝承以上の情報が無いのもまた事実。

とはいえ、伝承に残るだけでも、『東に封じられた魔人』の凶悪さはかなりのものだ。



曰く、一日で三つの都市を灰燼(かいじん)に帰した。

曰く、その軍団は人が勝てるものではない。

曰く、リチャード王と死闘を繰り広げた。



どれも伝承というより、伝説、あるいはおとぎ話のレベルだ。


色々と、時間的な整合性が取れないと言われる事もあるが……とにかく、凶悪にして強力。

しかも、魔人単体ではなく、付き従う『将軍』たちもおり、さらに数万にも上る兵士までもいたという伝承すらある……。


もし、現代に甦ったりすれば、王国東部はもちろん、ハンダルー諸国連合西部も、数日のうちに壊滅する可能性が高い……らしい。


この辺りは、ラーシャータを中心とした、神殿伝承官たちの分析によるものであった。

そして、彼ら伝承官たちが東部に入り、ハロルドが呪われたと思われる場所付近を調査していた。



「ラーシャータ・デブォー子爵の報告では、ハロルド殿が呪われた地点は特定できたが、新たに別の人物が呪われるようなことはなさそうだということでした」

「そうか」


ハインライン侯爵の報告に、アベルは明らかに安堵していた。

少なくとも、次々に『破裂の霊呪』にかかる人が出てくる事態にはならなそうだと、判明したからだ。


「それで、魔人が封印されている地点はどうだ?」

「それに関しては、まだ進展はないと」

アベルの問いに、ハインライン侯爵が答える。



「正直……見つかったからといって、どうしようもないのだがな」

「はい……」

魔人などというものは、はっきり言って人間がどうにかできるものではないと、認識されている。

伝説上の生き物であるドラゴンやグリフォン、あるいはベヒモスのようなものだ。



人が抗ったところで、どうにもならない相手。



とはいえ、国王として国の政に携わる以上、無視することはできない。

現実に、その影響によって霊呪にかかった人物が出た以上は。



「そう言えば、南に封じられた魔人は、西の方に飛んで行ったんだったな……」

「はい。その後の行方はようとして知れず……」

「東の魔人の封印も、解けたりしなければいいんだがな……」


アベルのその呟きに、ハインライン侯爵は何も答えることができなかった。


西は西でいろいろあり……。

王国は王国でいろいろあり……。

いったいどうなる、第二部!

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