0277 魂の響
「ケネス、ケネスはいますか~?」
いつか見た光景が繰り返されている、王立錬金工房入口。
そこに立つのは、あの頃と全く変わらないいでたちの、水属性の魔法使い。
だが、大きく違うことが一つ。
「ロンド公爵閣下、お待ちしておりました!」
立場が大きく変化し、不法侵入まがいのことをする必要性はなくなっていた。
この三年の間も、かなりの頻度で、王立錬金工房には入り浸っていたし……。
錬金工房の守衛も、職員も、涼のことは知っている。
冒険者魔法使いの格好であっても、筆頭公爵であると。
そして、工房の主ケネス・ヘイワード子爵の、錬金術における弟子でもあると。
もっともこれは、涼が勝手に吹聴しているだけであるが……。
ケネスはそれを聞くと、いつも苦笑するのだ。
とはいえ、この日は珍しく事前に連絡してあったため、涼は、いつも以上のスムーズさでケネスの元へ案内された。
「ああ、リョウさん、よく来てくれました」
ケネスは、研究室に入ってきた涼を見るとにっこり微笑みながらそう声をかけた。
「何か、面白いものが完成したと聞いてやってきました」
そう言う涼の表情は、いつも以上にわくわくが……止まっていない。
あのケネスが、わざわざ「おもしろいもの」というほどのものなのだ。
それは嫌でも興味がわく。
「はい。これは、なかなかにおもしろいですよ。名前はとりあえず、『魂の響』と名付けました」
「なにそれ!」
これほどファンタジーど真ん中なネーミングもないであろう。
「簡単に言うと、超長距離通信でしょうか」
「い、一気に現実的な言葉になりました……」
「あはは」
『魂の響』と『超長距離通信』……これほど対極をイメージさせる言葉の組み合わせも、そう多くはない……。
「リョウさんも、長距離通信の石板を渡されていますよね。『通信タブレット』とか命名されてましたっけ?」
「うん、ロンドの森においてある」
「登城せよ」とのメッセージを受け取った、あれのことだ。
「あれの改良、小型化したやつなんですけど、付けている人の魔力次第で、何度でも、そしてかなりの距離で使用可能です」
「おぉ。それはすごい」
ケネスが説明し、涼が驚きの声を上げる。
そして、涼は、かつてアベルの執務室で聞いた話を思い出していた。
「以前、ケネスが論文を見せてくれましたよね? 魔石分割による長距離通信がどうとか」
「よく覚えていましたね! まさに、それが基になっています」
実はあの後、あの技術を利用した『物』を、涼はケネスから貰っているのだが……。
それは、また別のお話。
ケネスは、とても小さなピアスのようなものを持ってきた。
「これです」
「小さっ!」
填められてある青い魔石は、直径一センチもないであろう。
純銀製の枠もおしゃれな感じだ。
おそらく、耳につけるものだが……。
「あの~、僕は体に穴をあけるのは苦手で……」
涼は、生まれてこの方、ピアスを付けたことがなかった。
「大丈夫です。そう言うかもしれないと思って、これはイヤリングみたいに、カチッと耳たぶを挟むタイプです。一度設定すれば、ぴったりの大きさに自動調整するので、痛くもないですよ」
「なんと!」
さすがは魔法の世界。
さすがは錬金術。
さすがはケネス・ヘイワードだ。
それにしても……。
「青い魔石は初めて見ました」
「ああ……青い魔石はなかなか手に入らないんです。もちろん、水属性魔法系なので、水生の魔物から取れるのですが、彼らは倒してもそのまま海の底に沈んで行って……」
「なるほど」
ケネスの説明に、頷く涼。そう言えば、ベイト・ボールと戦った時も、倒した魔物たちは沈んで行った……。
「リョウさんは水属性の魔法使いなので、青い魔石との相性は抜群です。実はこれ、リョウさんの使用を想定して準備しました」
「マジですか……」
「これには一つ、ものすごい機能があるんです。ほら、トワイライトランドにいる、闇属性魔法使いのロザリアさん。彼女の協力もあって、できあがりました。それこそが、『魂の響』と名付けた所以でして……」
ケネスはそう言うと、今まで以上ににっこりと笑って説明を始めた。
対になりそうな、青い魔石の填まった指輪を見せながら。
王城、国王執務室。
アベル王は、以前同様に、書類にまみれていた。
ただ、以前よりは書類が少なくなっている。
「なあ、リョウ」
「なんですか、アベル?」
アベルは書類に署名をしながら、涼に呼びかけ、涼はソファーの上にぬべ~っと寝転がりながら、錬金術関連の本を読み、適当に答えている。
「お前さん、明日には西方諸国に出発するんだが、もう準備は全て終わっているのか?」
「当たり前じゃないですか。セーラには言ってあるし、司書長さんには今読んでいるこの本以外は、全部返却してあることを確認してあります。あとは、今夜、『ごちそう亭』でカレーかハンバーグを食べれば完璧ですよ」
「お、おぅ……」
アベルは、ちょっとだけ『ごちそう亭』のメニューが気になったが、詳しくは聞かないことにした。
病気も治ったことだし、涼のいない間にそこを訪れてもいいな、と思ったのだ。
だが、ドクターの目はごまかせない!
「アベル、僕がいないからといって、無理をしたり勝手に出歩いたりしてはダメですからね。病み上がりなのですから」
「も、もちろんじゃないか……」
涼が、眼鏡クイッのジェスチャーをしながら、アベルを見つめている。
さながら医者というより、被告を追い詰める検事の雰囲気だ。
「それにしても、結局リョウは、錬金術か食事しか重要なものはないのか……」
「失敬な! 錬金術の頂は遙か遠いのです。無駄にしていい時間などありません。そして食事は人間の活動の基礎です。おろそかにしていいものではありません。国王陛下がその程度の認識では、王国の先行きも暗いですね!」
「な、なんかすいません……」
涼に指摘され、なぜか謝るアベル。
そんなアベルを、したり顔で見ていた涼が、突然叫んだ。
「しまった!」
「どうした?」
思わずアベルも、書類から顔をあげて尋ねる。
「『カフェ・ド・ショコラ』で、ケーキを食べる予定を入れていませんでした」
「あ、うん……それは大変だな」
脱力した国王アベル一世……また、いつものように書類へのサインを再開した。
そう、いつものことである。
だが、今日はそれだけでは終わらなかった。
「リョウ、珍しいな。今までピアスとか付けてたか?」
アベルは、ふと書類から目を離し、涼を見るとそう尋ねた。
涼の左耳に、青い綺麗な魔石がついているのに気付いたのだ。
「そうでした! 忘れていました」
「けっこうたくさん、忘れてそうだな……」
涼が、忘れていたの声を上げ、アベルはやっぱりと呆れた。
出発に際して、きっと忘れ物がいっぱいあるだろうと。
「これは、ケネスの発明品です。すごく便利なものだけど、付けている間中、魔力を消費し続けるそうなので、とりあえず僕が最初に試すことになったのです」
「まあ、リョウの魔力量は底なしだからな……」
多くの魔法使いを知っているアベルから見ても、涼が持つ魔力量は異常だ。
そもそも、涼の魔力が尽きた姿を見たことがない。
涼は、そこでじっとアベルを見つめた。
「ど、どうした?」
涼に、そんな風にみられることなどめったにないアベルは尋ねる。
「アベル。アベルは、僕のことを心の底から信頼していますか?」
「それこそ、どうした……」
涼の問いに、さらに驚くアベル。
「もしアベルが望むなら、そして僕を心の底から信頼しているのなら、その魂を、西方諸国へ一緒に連れていってあげます」
「!」
王都冒険者ギルド、グランドマスター執務室。
「俺がいない間のグランドマスター代理が、今日来るそうだが……」
ヒュー・マクグラスは落ち着かない様子でありながらも、書類を見る手を休めない。
そもそも、直前まで誰が引き継ぐのか、当の本人が知らされていないというのが、本来ならあり得ない。
だが、国王アベルが言ったのだ。「完璧な代理だから」と。
だから直前まで知る必要はないと言って、あえて教えてくれなかった……。
もっとも、ヒューの頭の中には、ありそうな答えは導かれているが。
ノックの音が響き、受付嬢が来客を告げた。
「お見えになりました」
そして執務室に入って来たのは……、
「ヒュー、引き継ぎに来たぞ」
「ああ、やはりあなたでしたか……」
入って来たのは、フィンレー・フォーサイス。
前グランドマスターであった。
三年前の王都陥落を生き延び、グランドマスターの地位をヒューに譲って、今は悠々自適の生活を送っている。
そして、ヒューの妻、エルシーの父親でもある。
「まあ、フォーサイス殿であれば引き継ぎは特に必要ないですな。いちおう、サブマスターのショーケンも呼ぶ予定ではありますが……」
「フォーサイス殿……いずれは、ヒューがその家名と伯爵位は継ぐのだが……。ショーケンがサブマスターか。堅実に、丁寧に仕事をこなす事を考えると、いい人選かもしれん」
かつて、トワイライトランドへの使節団の護衛冒険者のまとめ役をし、王都陥落後は『反乱者』の有力冒険者として抵抗運動の主力を担っていたのがショーケンだ。
派手さはないが、人をまとめ、確実に役割をこなす手腕は高く評価されていた。
「こき使ってやろう」
前グランドマスターのその呟きに、現グランドマスターは心の中でため息をついた。
そして、祈った……自分が戻ってくるまで、ショーケンが無事でありますようにと。
翌日、出発式は大々的に行われた。
当然である。
王国が、帝国、連合他の中央諸国と共同で、西方諸国に使節を送るなど、歴史上初めての事なのだ。
各国の使節団は、一旦、帝国北西部のギルスバッハの街で合流、会合を行った後、西方諸国へと進発することになる。
文官百人、護衛二百人の合計三百人。
その中でも特徴的であったのは、護衛二百人が、全員冒険者で構成されているという点であろうか。
王国は冒険者の国……その言葉は健在。
例えば、帝国使節団の護衛二百人の中には、冒険者が全く含まれていないことと比べると、分かりやすいと言えるだろう。
もちろんそこには、先の王都騒乱から王国解放戦まで、王国騎士団をはじめ国内の騎士団の多くがかなりの損害を受け、未だ復旧の途上にあることも、大きな理由であった。
だが、冒険者の数が比較的多い王国とはいえ、国境を越えての依頼を受けることができるC級以上の冒険者だけで、二百人を集めるのはさすがに厳しい。
もちろん、数の上では可能だが、それを行うと、王国各地のギルドが悲鳴を上げることになる。
彼ら使節団が西方諸国に行っている間も、いつも通りの依頼は来る。
B級、C級がごっそり抜ければ、力量の足りない者たちが無理をして依頼をこなす場面が出てくる……当然、失敗すれば命にかかわる場面もあるだろう。
そのため、この使節団においては例外的に、一部D級冒険者も含まれていた。
もちろん、人数的に最も多いのはC級冒険者だが。
B級は、D級以上に少ない……。
B級冒険者は、さすが王国を代表する精鋭ともいえる位置付けなのであった。
「エト、アモンはともかく、ニルスも、そんな精鋭B級冒険者……」
「おい、リョウ、聞こえているぞ」
涼の呟きは、B級パーティー『十号室』のリーダー、ニルスの耳にも聞こえていた。
当然である。
涼のすぐ隣を歩いているのだから。
「ニルス、僕の独り言ですから気にしないでください。僕は全然気にしませんから」
「おい……」
涼のあまりの言いように、うな垂れるニルス。
声を抑えて笑うエト、苦笑するアモン。
平和な『十号室』の光景が、そこには広がっていた。
そんな四人の様子を見つめる三人の冒険者。
将来の公爵ハロルド率いる『十一号室』の三人だ。
特に、ハロルドの表情は複雑であった。
尊敬する『十号室』のニルスが、自分の肩を砕いた男と談笑している……。
もちろん、ニルスへの尊敬と憧れには一片の曇りもない。
複雑な表情の理由は、主に、涼一人に関する部分。
自分の肩を砕いた人物……。そんな人物に、何の感情も持たない、などということはありえないであろう。
だが、今ハロルドの心にある感情は『憎しみ』ではない。
もちろん、戒めてくれたことに対する『感謝』でもない。
かと言って、純粋な『恐怖』というわけでもない。
それら全てがない交ぜになった、自分でもよくわからない感情……だからこそ、複雑な表情となっているのだ。
そんなハロルドたち十一号室と、涼を加えた十号室は、王国使節団の最後尾に配置されていた。
使節団の先頭には、デロング率いるB級パーティー『コーヒーメーカー』が配され、最後尾に涼を加えたB級パーティー『十号室』。
先頭と最後尾に精鋭が置かれるのは当然の配置といえよう。
そして、『十号室』預かり的な状態である『十一号室』も、当然のように最後尾に配されている。
これらの配置を決めたのは、全て、使節団代表でありグランドマスターの、ヒュー・マクグラスであった。
「三百人の使節団が泊まれる宿って、どれくらいあるのでしょう……」
涼が誰とはなしにそう問うた。
「まあ、帝国国境までは第一街道を通るからな。南部の第三街道ほどではないにしても、王国主要街道の一つだ。通る街は、かなりでかいのが多いだろ?」
「事前に、いくつかの宿を借り上げていたはずだよ」
ニルスの答えを、エトが補足する。
「ということは、野宿する必要はなさそうですね」
涼は嬉しそうに言った。
もちろん冒険者である以上、野宿には慣れている方であろうが、それでも可能ならば宿屋で、ベッドで、眠れた方がいいのは当然だ。
「帝国国境の街、ブラウンベアまでは問題ないだろ。街から街の間も、各領軍騎士団が護衛に出てくれるそうだからな」
ニルスのその言葉に、涼は後ろを振り向いて言った。
「ということは、その間は、十一号室の三人はギリギリまで鍛えられても問題ないということですね!」
「いや、それはやめてやれ」
涼の過激な発言をニルスは止めた。
どうせ、数日の訓練で強くなったりするものではないのだ。
旅が始まる前からボロボロでは、三人が無事に西方諸国まで辿りつけるかどうか危うくなる。
そしてニルスは見た。
十一号室の、ハロルドとゴワンが、少し震えているのを。
本日二話目の投稿です。
12時に「0276 幕間」を投稿済みです。
『実はあの後、あの技術を利用した『物』を、涼はケネスから貰っているのだが……。
それは、また別のお話。』
という文が本文中にありますが……これはまだ書かれていません。
いつかどこかで書かれるかもしれない、「外伝」用のネタです。
ええ、書籍版第一部の外伝「火属性の魔法使い」みたいなやつです。
まだ、内緒ですよ? 誰にも言っちゃだめですよ?
筆者と、ここを読んでいる皆さんだけの秘密です……。




