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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第二章 二人旅
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0029 剣技

見張りを涼と交代し、アベルは焚火の前に座った。

傍らには、涼が獲ったレッサーラビットの死体が一頭。

耳から血が流れたらしい跡がある。

(耳にナイフを一突き、か? 悪くない腕だ……。いや待て、レッサーラビット相手に、耳に一突き? しかもナイフを? 悪くない腕どころか、ちょっと意味がわからん。普通に近付いたら逃げられるだろう? 気配を殺すのが相当に上手いとか、そういうことか? 魔法使いというより生粋のナイフ使いの方がいいんじゃないか? さすがに、この森で一人で暮らしているだけある、と言ったところか)


焚火に枯れ木をくべながら、アベルは涼が準備してくれた氷の水差しと氷のコップを手に取った。

(よくわからんと言えば、これもだ。いつの間にか準備してくれたこの水差しとコップ。あいつが寝てる間に喉が渇いたら飲め、ということだったが……魔力は大丈夫なのか? 飯食う前に風呂の代わりと言って、シャワーみたいに頭から水を降らせてくれたが……これと合わせて、けっこう魔力使ったんじゃないかと思うんだが……別に魔力切れみたいには見えなかったし……う~ん、よくわからん)


洞の中で、ローブにくるまって眠っている涼をチラリと見る。

(あのローブ……やはり普通ではない……おそらく人の手で生み出せるものではない、とかそういう類のものだと思う。それを餞別として与えられたとか……いったいどんな師匠だよ。「しばらく留守にするので挨拶してくる」と言った際に、昔一緒に住んでいて亡くなった誰かの霊にでも挨拶に行くのかと思ったが……あんなものを貰ったのなら霊じゃないわな……でも人でもない……いったい何だよ、ドラゴンとかそういう伝説上の生き物か何かか? いや、人の手で生み出せるものではないということは、霊か何かからも貰ったという可能性も……いやいや、しかし……)

結論など出ようはずの無い、堂々巡りの問答。

まあ、特に何かする必要も無い見張りの時間だから問題ないのだが。



そうこうしているうちに、東の空が白んできた。

時をほぼ同じくして、涼が起きてくる。

「アベル、おはよう」

「ああ、おはよう」

結局この夜、アベルは一度も魔物に襲われることは無かった。



涼が獲っておいたレッサーラビットを食べると、二人は北へ歩き始めた。

道など当然ない、森の中。

辛うじて獣道らしきものはあるが、決して通りやすいわけではない。

隊列は、前にアベル、後ろに涼。

不意に魔物に襲われても、剣士のアベルならすぐに対応できるから、というアベルの申し出によるものであった。

まあ、両掌に極小の東京タワーを作りながらついていく涼としては、後方にだけ気を配ればいいので否やは無かった。

先に歩けば、後ろがついてきているかという点にも気を配らねばならない以上、疲労のたまりは早いからだ。



この日は、午前中から、それなりに魔物に襲われた。

襲ってきた魔物は、レッサーラビットやレッサーボア、あるいはレッサースネークといった全く強くない魔物ばかりではあったが。

「リョウ、倒した魔物はそのまま放置する。昼近くになったら、倒した奴を昼飯にしよう」

「了解」


レッサーラビットやレッサーボアなどからも、心臓の辺りから魔石を採取できる。

これは、錬金術などで使うのであるが、『レッサー』と名の付く弱い魔物の魔石は、ほとんど使い道のない小さくて品質の良くない魔石だ。

そのため、冒険者たちはレッサーの魔石は採取しない。

そもそも買い取ってもらえないし、それなら採取の時間だけ無駄になる。

これが『グレーター』以上となると、それなりの高値で買い取りが発生するのだが……少なくとも、涼とアベルの旅路では、未だ『グレーター』の魔物は出てこなかった。



戦闘は全てアベルが担当した。

涼は後ろでアベルの動きを見ていた。

昨日、初めて知った『闘技』という存在。

これは非常に気になるものだ。

涼はもちろん使えないが、剣術の稽古をつけてくれたデュラハンも使っていなかった気がする……。

もちろん、涼の目が捉えられなかっただけの可能性はあるのだが……。


アベルの発動する闘技を見ていると、その発動の瞬間、身体の一部が白く光る。

横に回避する「闘技 サイドステップ」なら両脚、剣による攻撃力を上げるらしい「闘技 完全貫通」なら武器を持つ手と上半身が。

だが、二十年に及ぶデュラハンとの剣戟の最中に、デュラハンの身体がそんな風に光ったことなど一度もなかった。

そう考えると、やはりデュラハンは闘技は使っていなかった、ということになる。

使わなくともあれほどの強さに至れるのであればそれでいいのかな、という気もするのだが、それでも目の前で見たこともない技を使われていると気になるのだ。


それに、「闘技 ○○」とか言って一発逆転したりとか……かっこいいじゃないですか!

そう、男は、いくつになっても中二病。



一方のアベルは、涼がアベルの戦闘を食い入るように見ているのには当然気付いていた。

(剣士の戦闘に興味があるのか? まあ、ナイフの戦闘に活かせる部分はあるだろうが……)

その程度の認識であった。


元々、アベルは人から見られるのには慣れている。

子供の頃から、剣の天才と言われて育った。

魔法も習ったのだが、そちらはしっくりこなかった。

その分、剣にのめり込んだ。

それこそ、朝から晩まで剣の稽古に明け暮れた。

そして、いくつかの闘技も身につけた。

元々次男であるため、家を継ぐ必要はない。

それを幸いに、アベルは成人した十八歳になると、すぐに冒険者になった。

それから八年、今では、かなり名の知れたB級冒険者だ。



そろそろ昼時になろうかという頃合い。

涼とアベルは、森の少し開けた場所に出た。

鬱蒼とした森の中でも、時々そういう場所がある。

そう、涼が初めて片目のアサシンホークに奇襲を受けた場所の様な……。


カキンッ


アベルが剣を抜きざま、目の前を横に薙ぐと、剣が何かを弾いた。

何か目に見えない、不可視の……。

「アサシンホーク!」

後ろから涼が叫ぶ。

アベルが上空を見ると、一羽の大鷹が空中で羽ばたきながらこちらを見ていた。


「さっきのは風属性の攻撃魔法です」

涼が走ってきてアベルに並ぶ。

「アサシンホークか、これは厄介だな。うちのパーティーなら、走って森の中に逃げ込むかもしれん。どうする」

「残念ながらそれは無理です。後ろからノーマルボア、前方の森の中には、僕が遭遇したことのない魔物がいます」

「マジか。いきなり囲まれた? 罠か何かか」


少しだけ考えて、涼は首を横に振る。

「いえ、恐らく偶然でしょう。まあ、ここの広場は、アサシンホークの狩場の可能性がありますけどね」

涼が初めて片目のアサシンホークに襲われた場所も、こういう開けた場所であった。

こういう場所なら自分たちの優位を活かせるということを、アサシンホークは知っているのであろう。


「さて、どうする」

「前方の森にいるやつは、とりあえず無視しましょう。ここで戦えば、出てこない可能性もあります」

「おう。ということは、ここで、アサシンホークとノーマルボアを叩くわけだな」

アベルは小さく溜息をついた。どちらにしろ厄介な相手ではある。


「僕がアサシンホークを、アベルがノーマルボアをやりましょう」

その割り振りにアベルは驚く。

アサシンホークのエアスラッシュと突撃は、アベルでも下手をすれば、死ぬ。

「いや、しかしそれは……」

「アサシンホークは空中ですし、剣士だとやりにくいでしょう。僕は水属性の魔法使いですから、防御は得意です」

涼はにっこり笑う。

「今日のお昼は、鳥肉とイノシシ肉、好きな方を食べられますよ」

そう言いながら、涼はアサシンホークの方に向かう。

「くっ……。わかった。ノーマルボアを倒してすぐに駆けつけるから、死ぬなよ」

そう言うと、アベルは後方に駆け出した。

「アベル、焦って怪我しちゃダメですよ」

涼のそんな声が、アベルに聞こえた。



本来、アベルがパーティーでノーマルボアと戦う場合、盾役のウォーレンがノーマルボアの突進を受け止め、そこに風属性魔法使いのリンの攻撃魔法と、アベルの剣による攻撃で止めを刺す。

だが今回、ウォーレンはいない。

しかも、時間をかければ涼がアサシンホークにやられるかもしれない。

「速攻で倒す」


アベルの視界にノーマルボアが入った。

「リョウは、よくこんな遠くの魔物の気配がわかったな。いや、今はそれはいい。集中しないと俺がやられる」

自分に向かってくる人間を見て、ノーマルボアは二つの石礫を生成、発射する。


「当たるかよ。剣技 絶影」

闘技の上位、剣士専用の『剣技』、その中でも習得が難しいと言われる『剣技 絶影』

魔法を含めた全ての遠距離攻撃を、最小の動きでかわす技だ。


『剣技 絶影』でかわしながら、ノーマルボアに向かう速度は全く落とさない。

ノーマルボアは頭を下げる。

アベルは知っている。ボア系は頭を下げた後、自ら突進してくると。

いつもなら、その突進を待ち受け、衝突する直前に『闘技 サイドステップ』で横にかわす。

だが今は時間が惜しいために、自分もボアに向かっている。

タイミングを計るのが異常に難しい。


「やむを得ん、サイドステップは諦めるか」

そう呟いた時、ノーマルボアの姿が消えた。

レッサーボアとは比較にならない速度での突進。


「剣技 零旋」

突っ込んでくる敵の攻撃を、ゼロ距離で、右足を軸に四五○度回転してかわし、その勢いのまま敵の左側面に剣を突き刺す技だ。


赤く輝くアベルの魔剣は、狙い違わずノーマルボアの左耳を突き刺した。

「ギィェェェェェエェ」

響き渡るノーマルボアの断末魔の叫び。

だが、ノーマルボアが倒れると同時に、アベルも片膝をつく。

『剣技』の連続発動、これは、いかな天才と呼ばれた剣士と言えど、かなりの疲労を覚える。


だが、ここでゆっくりと回復を待つ暇はない。

先ほどの場所では、涼がアサシンホークを相手に戦っているからだ。

気力で立ち上がり、深呼吸をする。

呼吸を整えると、アベルは先ほどの広場に向かって走り出した。



さすがに、今のアベルにノーマルボアに向かった時ほどのスピードはない。

だがかなり急いで広場に戻ったのだが、そこでは……。


涼が、アサシンホークの首をナイフで切り、血抜きをしていた。


「ああ、おかえりアベル」

「ああ……ただいま……? 倒したのか」

「ええ、今から血抜きをするところです。正面の森にいた魔物は、どうやら奥に引っ込んだようですよ」

それを聞いてアベルは膝から崩れ落ちた。

「え? アベル? 怪我したんですか?」

その光景に慌てる涼。

「いや大丈夫だ、どこも怪我してない。ちょっと疲れただけだ」

とりあえず、二人とも無事でよかった……そうアベルは思うことにした。


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