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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第二部 第一章 序
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0273 危地

そんな、中央諸国が西方諸国への使節団派遣で盛り上がる中。

王国東部で、あるC級パーティーが危地にあった。



辛うじて意識はあるが、自分では動くことができない剣士。

その剣士を背負い、なんとか危地を脱しようとする双剣士。

そして、その二人のために、杖で退路を切り開く神官。



杖を振り回し、叩き、突く。



武器の特性上、範囲攻撃すらできるために、杖を使う神官ジークが魔物を蹴散らしている。

とはいえ、森の中という事もあり、振り回しが少なめであるが……。


とにかく、急いで脱出しなければならない!


「ゴワン、もうすぐ森が切れる。そこまで粘って!」

「おう! 俺の体力ならまだまだ大丈夫だ!」

ハロルドを背負ったまま、ジークについていくゴワン。


大丈夫とは言っているが、彼の疲労もピークを迎えているのは、ジークにも理解できていた。

なぜなら、ジークも疲労の極にあるから。



「よし、抜けた! ……っ」

ゴワンが嬉しそうに言ったが……すぐにその言葉は切れた。

理由は明白。

三人が森から抜けた先に、魔物の集団がいたのだ。

「オーク……」



オーク。

豚の頭部を持つ、体長二メートル弱の二足歩行の魔物。

多くの場合、手に武器を持っている。

剣や簡単に作られた棍棒など、様々。


オーガより知性があり、ゴブリンより頑丈。

強さ的には、その二つの中間あたりであるが、知力がある分、集団戦では厄介な相手となる。


そんなオークが、ざっと五十体。


「なぜ、こんなところに……」

思わず呟いたのは、やはりゴワンであるが、ジークも同じ疑問を持った。

しかも、彼ら三人が来るのが分かっていたかのように、武器を持ち、待ち構えていたのだ。



しかし、今はそれを考えるべき時ではない。

(なんとか脱出する方法は……)

ジークは、二人の前で杖を構えながら、視線だけ左右に動かし、退路を探る。



だが……退路はない。



(こいつらを倒すしかないのか……)

他に方法はない。

オーク五十体……それもハロルドとゴワンを守りながら。



絶望しか感じなかった。



恐らく、自分一人であれば、オークを突破して逃げることは可能であろう。

あるいは、ゴワンまでなら、なんとかなるかもしれない。

だが、動けないハロルドを抱えてとなると、それは不可能だ。


そして、ジークの選択肢の中には、ハロルドを置いていくという選択はない。


それは、彼だけではなく……。

「ジーク、ハロルドは俺に任せろ。奴らには指一本触れさせねえ!」

そう言うと、ゴワンはハロルドを地面に寝かせ、その前に双剣を抜いて立ち塞がった。


ジークもゴワンも、ハロルドを置いて逃げるつもりなど皆無。



「ええ。彼を頼みます」

ジークはそう言うと、地面を蹴ってオークの群れに突っ込んだ。




『突かば槍 払えば薙刀(なぎなた) 持たば太刀(たち) 杖はかくにも 外れざりけり』

日本において、杖が、槍、薙刀、太刀全ての特性を持っていることを表す古歌。


そして、もう一つある。


(きず)つけず 人をこらして 戒しむる 教えは杖の 外にやはある』

そう、本来、杖は相手を傷つけないで制圧するもの……そう、本来は。



だが、『ファイ』においては、そして神官が使う杖は、そうではない。

なぜならその杖は、『聖なる祝福を受けた』杖だから。


人間相手であれば、普通の杖なのだが、魔物に対してはそうではないのだ。


人間へのダメージに比べて、何十倍ものダメージを与える。

当たりどころによっては、たとえオークであっても、一撃で倒すこともある。

もちろん対アンデッドであれば、さらにダメージは倍増する。




ジークは、オークの集団に飛び込みざま、杖を振り回す。


倒し切れずとも、戦闘不能に。そうでなくとも、戦闘力を削ぐために。



そして、突く! 突く! 突く!


その姿、鬼神の如し。



「ジーク、やっぱすげぇ……」

双剣士ゴワンは、そう呟いていた。


ゴワンは、その忠誠の全てをハロルドに捧げている。

それは、命を救われたから。


だが、ジークに対しては、その全てに全幅の信頼を置いている。

ハロルドも、ジークを信頼していた。


今回の東部行も、ジークは反対していた。

いつもならジークの直言なら聞くハロルドであったが、今回だけは頑なに拒み……。

結果がこれだ。



何はともあれ、ジークは凄い。

神官としての光属性魔法に関してはもちろん、判断力、行動力、そして、その戦闘力においても。


これほどの、全力の杖術を見たのはパーティーを組んで以来、初めてだが、それでも全く意外ではなかった。

ジークなら……。心の奥底でそう思っていたからだ。


だからこそ!


そのジークを避けて、何体かのオークがゴワンとハロルドに向かってくる……。

「絶対に通さん!」

一合すら許さず、双剣で斬りまくる。



ゴワンも、C級冒険者だ。

その戦闘力は、C級にふさわしいものであることを十分に証明していた。




だが……やはり、オーク五十体を二人で倒すのは厳しい。

鬼神の如き動きを続けながらも、ジークの頭の一部は、冷静に戦況を見ていた。


(倒し切れない……)


しかし、止まることもできない。

オークを減らしたとはいっても、今から逃げ出すのは、もう無理なのだ。

ポイント・オブ・ノーリターン……引き返せるタイミングは、もう過ぎ去っている。


(せめてハロルドとゴワンだけでも……)

そう思うが、ゴワンもかなりの傷を負いながら戦っている。

ジークがヒールで癒しながら戦える状況にない以上、傷を負ったまま、ハロルドを守り続けていた。



「うっ……」

オークの棍棒がジークの足に当たり、思わず声を上げて膝をついた。

(しまった!)



だが、その時。




いくつかの攻撃魔法と、矢が、オークたちを後背から襲った。


同時に、辺りに響く命令。



「騎士団、突撃!」



騎士の一団が、突如オークを後背から襲った。


これは、さすがのオークも想定外だったのであろう。

混乱し、組織立った動きはできなくなった。

逃げ始め、そこを騎士たちが後背から、さらに斬りつける。



そして、騎士団の登場からわずか一分後には、全てのオークが地に伏していた。



「貴殿ら、無事か?」

なんとか、杖を支えにして立つジークの元に、歩いて来る指揮官。


その胸に光る紋章は……、

「シルバーデール騎士団?」

「シルバーデールって、王都近く、中央部の公爵だろ? なんでこんな東部に」

ジークが騎士団を特定し、それを聞いてゴワンが疑問を呈した。


だが、まずはお礼だ。


「ご助力感謝いたします。仲間が詳細不明な罠にかかり、逃げているところをオークの集団に襲われました。ありがとうございました」

「いや、間に合ってよかった。神官殿もかなりの傷、双剣士殿も。よければ、うちの神官に治癒させるが?」

「お願いします」

ジークはそう言うと、頭を下げた。


すぐに、騎士団付きの神官が、手分けしてジークとゴワンを治癒する。


そして、ハロルドも診るが……。

「これは、いったい……」

思わず、その神官は呟いた。彼も見たことのない状態だった。



ハロルドは、心臓付近を中心に、青い炎のようなものが噴き上がっている……ように見えるのだ。

幻影のような……実際に手をかざしても熱くはないため、本物の炎ではないのであろう。


だが、それがいったい何なのか……なぜそんな状況になっているのか、騎士団付きの神官たちもわからなかった。




「その仲間の状態は、この辺りではどうにもなりそうにないな。紋章で分かったようだが、我らはシルバーデール騎士団だ。現在、遠征演習でこの東部に来ている……東部最大のウイングストンに逗留(とうりゅう)しているが、現在、高位神官様はいらっしゃらない……」


「はい、存じております。もし、間違っていたら申し訳ないのですが、あなた様は、シルバーデール公爵家のフェイス様ではないでしょうか?」

「いかにも、フェイスだ」

ジークの問いに、フェイス嬢は頷いて答えた。


「この我が仲間は、国王陛下の甥であるハロルド様です」

「ハロルド? 先の王太子カインディッシュ様の忘れ形見か……」

それには、フェイス嬢も驚いたようである。


「なるほど。一刻も早く……そうだな、王都の中央神殿で診てもらうのがよかろう。シルバーデール公爵家が馬車を用意しよう。ウイングストンから、急げば二日で王都に着く」

「感謝いたします」

異口同音に、ジークとゴワンは感謝の言葉を述べた。

「よい。総員撤収!」


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