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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第二部 第一章 序
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0271 西方への使節団

次の日、涼は王都の冒険者ギルドを訪れた。


昨日聞いた、できる神官ジークについて知りたいと思ったからだ。

もちろん、ギルドでは個人情報は教えてくれないため、ジークを知っているらしい『十号室』のエトに聞こうと思ったのだが……エトがどこに住んでいるかも知らなかった……。

もちろん、ニルスの住所も、アモンの住所も。



それで、ギルドに来れば、知ってる人に会えるかなと思って来たのだが……。



「おい、お前、何してるんだ」


コソコソとしていた涼が目立ったのであろう。

王都の冒険者ギルドでは、一度も見たことのない奴である……当然怪しい。

喧嘩(けんか)っぱやそうな冒険者がそんなことを言うのも、仕方ないことであったろう。


涼はどう見ても、強そうには見えないし……。


そんな状況に陥り、ただ一人歓喜した人物がいる。

もちろん、それは涼本人。



そう、ついに! ついにである!

異世界転生もの王道展開、ギルドでの衝突……それを経験できるかもしれないのだ。



ようやく、ここに来て! ここに来て、ようやく!

これまで、どれほど待たされたことか!



涼の表情に笑みが浮かんだのも仕方ないことであったろう。

そして、訝しんで声をかけた相手が、そんな馬鹿にしたような表情をすれば、当然、喧嘩っぱやい冒険者は激昂(げっこう)する。


「てめえ、何がおかしい!」

そういうと、拳を振り上げ……。



「おい、何をしている!」



鋭い、そして圧力を持った声が辺りを貫いた。


「ぐ、グランドマスター……」

声の主は、ヒュー・マクグラス。


拳を振り上げた冒険者は、冷や汗を流しながら、しどろもどろになりながらも言い訳をする。


「こ、こいつが怪しい行動をして、俺を馬鹿にして……」

言葉として意味不明であるが仕方ない……それほどに、ヒューの圧力は凄まじい。


そんな冒険者から、ヒューは傍らのリョウに視線を移す。


そして読み取った。

涼が、もうちょっとだったのに、と思っているのを。



「リョウ……からかうのは、やめてやってくれ……」

「え?」

涼と冒険者は、異口同音に声を出した。



どちらも、「どうして」の意味ではあるが……意図するところは、大きく違いそうだ。



「いいか、そいつはルンのC級冒険者リョウ。C級だが、それはただのランク詐欺(さぎ)だ」

「え……」

涼は絶句する。グランドマスター自らが、ランク詐欺などと言ってしまっているのだ。


「そいつには手を出すな。ルンの水属性魔法使いといえば、聞いたことくらいあるだろう? このギルドが崩壊するぞ。比喩じゃなく、物理的にだ。死にたくなければ手を出すな」

グランドマスター自らがそんなことを言う相手。


周囲の視線が、涼には痛かった……。


「いや、僕はそんなことしませんよ……」

「そんなことより、なんでここに来た? というか、お前、初めて来たんじゃないか?」

ヒューはそう言うと、涼を連れて奥に入って行った。



残された冒険者たちは、口々に言い始めた。

「聞いたことあるぞ、ルンの水属性魔法使いリョウ……」

「昔、噂になったあれだろ……当時のA級冒険者を氷漬けにした……」

「あれ、ただの噂だったんだろ?」

「本当だったってことだろ、グランドマスターが言うくらいだぞ?」

「二つ名は、白銀公爵……?」

「あるいは、氷瀑……」




涼がグランドマスター執務室に通されると、そこには先客がいた。

三人。


彼らは、まごうかたなきB級冒険者、ニルス、アモン……。

「エト! 実はエトに質問が……」

「ん?」

涼は神官エトを見つけると、すぐに質問を始めた。


「帝国から来た、神官のジークについてなのです」

「ジーク? どうしてリョウがジークを知っているの?」



エトの疑問に、涼は、『カフェ・ド・ショコラ』でのことと、謁見の間でのことを話した。

かいつまんで。

謁見の間でのことは……決闘場面ははぶいて……。


ニルスもアモンも、そしてエトも驚いていた……だが、最後に、「リョウだもんね」の一言で、納得したらしいのが、涼には若干不満ではあったが……気にしないことにした。

涼は、空気を読める男なのである!

まずは情報の収集が先決。



「ジークは、同い年なんだよね、今年二十一歳。半年ほど、私の方が先輩。リョウも知ってる通り、帝国からやって来たんだけど、珍しいことに帝国の帝都神殿出身」

「珍しいの?」

「うん、極めて珍しい。帝国は、国の政策で、国立の治癒師(ちゆし)養成所があるんだ。そこでヒールやキュアといった、治癒系の魔法を身につけることができるから、神殿に入る人が極めて少ないの。元々、治癒系、つまり光属性の魔法を使える人自体が、風火土水に比べれば少ないんだけど、養成所に入られてしまうから、帝都神殿に入る人はさらに少ない」



涼が初めて知る、帝国の神官事情。



「とはいえ、私が冒険者になって中央神殿を出たから、一緒にいたのは半年くらいかな? ジークは、神官としての能力が高いのはもちろんなんだけど、武術の心得もあったみたいで、モンクに混ざって杖術の訓練も受けてたなあ」


モンクは、中央神殿の武装修道士。

光の女神にその身を捧げ、戦い続ける者たち。

聖なる祝福を受けた杖を持ち、最前線にその身をさらして戦う前衛職。


涼も、王都騒乱時、地下墳墓の防衛線で共闘した覚えがある。


「なるほど……」

涼はそう言うと、何度か頷き、いくつかの記憶とすり合わせを行った。



そんな時だ。

ギルド入口の方からざわめきが起きる。

「何だ? またリョウみたいなのが来たのか?」

ヒューは胡乱な目でギルド入口の方を見る。


風評被害を受けた涼はうな垂れた……もうちょっとで上手くいきそうだった、王道展開の失敗を思い出したのだ。

「本当に、もうちょっとだったのに!」と。


だが、入口の方のざわめきは、今回は違ったようだ。

すぐに静かになったから。



そして、受付嬢が来訪者を連れてきた。

「グランドマスター、国王陛下がお見えです」

「こくおーへーか? ああ、国王陛下。アベル……王か」


受付嬢が来訪を告げ、ヒューが理解する。

そこに、元A級冒険者にしてナイトレイ王国現国王アベル一世が現れた。


「グラマス、突然すま……ん? ニルス、エト、アモン? 久しぶりだな」

「国王陛下!」

ニルスがそう叫ぶと、三人は片膝をついて礼をとる。


「こくおーへーかがギルドに来るのは珍しいな……珍しいですな」

ヒューはそう言うと、おざなりながらも片膝をついて礼をとる。


「またアベルはお仕事をさぼって……」

涼はそう言うと、そのままの姿勢で何度も首を振って肩を(すく)め、やれやれといった表情になった。

もちろん礼をとったりはしない……。



「なんで、リョウがここにいるんだ?」

そんな涼に対して、アベルは尋ねた。


アベルがギルドに来ることも非常に珍しいのだが、涼が王都冒険者ギルドにいるのも珍しいことだ。

だいたいにおいて、アベルの部屋のソファーでぬべ~っと寝転んでいるか、カフェ・ド・ショコラでケーキを食べているか……そんなイメージだから……。



だが……。


「もちろん僕は、現役のC級冒険者ですからね。ギルドにいるのは当然ですよ」

「……誰も信じそうにないことを、よくそんなに堂々と言えるな」

アベルは小さく首を振りながら言う。


「なぜ信じない……」

「それはやはり、日頃の行い……」


涼の絶望に満ちた呟きに、ニルスの確信に満ちた呟きが覆いかぶさった。




「グラマス、まだこれは内々定なのだが……」

アベルはコーヒーが届くと、そう切り出した。


結局、涼も『十号室』の三人もそのまま部屋に残され、アベルの話を聞いている。

ただし、他言無用、この部屋から外には情報を漏らさないようにと釘を刺されたうえで。


「例の使節団の王国団長を、グラマスにやってもらいたいと思っている」

「マジか……」

アベルが言うと、ヒューは小さくそう呟いた。



しばらく考えた後、ヒューは涼の方をチラリと見てから口を開いた。

「俺より、そこの筆頭公爵を団長にした方がいいんじゃないか? (はく)もつくだろ」

「残念ながら、リョウは王族相手、あるいは高位貴族相手の、交渉の経験が多くはない……」


アベルがそう説明する横で、涼は大きく、何度も頷いている。

その手の経験が少なく、そして好きでもないことは自覚しているのだ。


「俺だって好きじゃないんだが……」

「グラマスなら大丈夫だ」

「ヒューさんなら大丈夫だ」


ヒューの嘆きに、アベルが無責任に保証し、涼も無責任に保証する。


「俺、子供が産まれて……」

「フレデリカ殿だな。大丈夫だ、奥方へのサポートは、王室が責任を持って行う」

「グラマスがギルドを長期間空けるのも……」

「その点も考えてある。大丈夫だ、完璧な代理を手配させてもらう」


ヒューの文句に対して、アベルが一つ一つ論破していく。



しばらくそれを繰り返し……ついにヒューは諦めた。


「わかった……。俺が団長をする」

「そうか! さすがグラマスだ。これなら、帝国や連合から、誰が出てきても大丈夫だな!」

アベルはそう言って喜んだ。

隣で聞いていた涼も喜んだ。

十号室の三人は良く分からないけど、コーヒーを飲んでいた。



だが、すぐに自分たちに話が降ってくるとは想像していたのかどうか……。



「で、ニルスたちに残ってもらったのは、恐らくお前たちにも一緒に行ってもらうだろうからだ」

「俺たち? もちろんアベルさんが、いえ陛下が仰せになるのであれば世界の果てまでも行ってきます!」

ニルスは熱っぽくそう答えた。

エトもアモンも苦笑しているが、基本的に断ることはないだろうと思っている。


「そうか! その言葉を聞いて安心したぞ! 行ってもらうのは、西方諸国だからな」

「え……」

アベルの言葉に、三人は絶句した。

「世界の果てでも」と言ったものの、本当に西の果てに行くことになるとは……。



その後、使節団の話、規模や、王国だけが出すわけではないし、多くの冒険者や騎士団も一緒だという説明を聞き、十号室の三人も落ち着くことができた。

さすがに、パーティーに毛が生えた程度だけで西方諸国へと、数百人規模で西方諸国へでは、いろいろと安心感が違うというものだ。



「ところで陛下……」

話がほぼ終わったらしいところで、ヒューが切り出した。

「うん?」

「こちらにいる筆頭公爵兼C級冒険者殿は、どうされるので?」


ヒューの視線は、二杯目のコーヒーを飲みながら、すでに頭の中は、西方のゴーレムはどんなものかな~と考えている涼に向けられた。



その言葉と視線を受けて、涼は初めて気づいたのだ。

自分に関する部分が、未だ正式には決まっていないことに。



「え……いや、当然、僕も行くんでしょ? 行くんですよね? さっき箔がつくからとかどうとか言いましたよね? 止めても無駄ですからね!」

「あ~、リョウは国の貴重な戦力だし、その戦力が国を離れるのはちょっと……」

「行きますからね! アベルが何と言おうと、僕は行きます!」

アベルの言葉に、半分涙目になりながら涼は立ち上がって叫ぶ。


「しかしなあ……」

「わかりました。今日、この時をもって、ロンド公爵領はナイトレイ王国から離脱して、僕は西方諸国へ行きます! 王国が力づくで阻止するなら、公爵領の全戦力でもってお相手しましょう!」

「おい、馬鹿、やめろ」

涙をぬぐって独立を宣言しようとした涼に、アベルは若干焦って言った。



どうせ、涼が行くのを止めるのは無理だというのは分かっているのだ。

ちょっと意地悪で言っただけなのだ。

それで独立されたらたまらない。



「わかった、リョウも使節団に入れておくから。筆頭公爵じゃなくて、C級冒険者で護衛の人員として入れた方がいいよな」

「わ~い、さすがアベルです! これで、ロンドの森の魔物たちが、王国を襲うことはないでしょう」

「うん、それは絶対にやるな」


グリフォン、ワイバーン、あるいはベヒモスが王国を襲う光景を想像し、アベルは小さく首を振った。


もちろん、涼がそれらの魔物を自由自在に動かせるとは思わないが……涼なら、例えばお肉を駆使してやれそうな気が……若干したのも、また事実だった……。


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