0270 決闘
「国王陛下、御前を血で穢します事、お許しください」
涼は、アベルの方を向いて、恭しく頭を下げて言った。
「う、うむ……決闘であれば仕方あるまい」
アベルも、展開の早さというか異常さについていきかねているのか、あるいは全てを諦めてなるようになれと思っているのか……多分後者であろう。
「さてハロルド殿、本当によろしいのですな?」
「くどい! 貴様も剣を抜け!」
涼が確認をし、ハロルドが怒鳴り返す。
この時には、ヒュー・マクグラスは謁見の間の壁際にまで後退して推移を見守っている。
ハインライン侯爵も、衛兵に指示して口をふさがれた小狡そうな貴族と一緒に、反対側の壁際に移動している。
謁見の間の中央に、涼と一行三人だけが残されていた。
「<アイスウォール10層パッケージ>」
涼が唱えると、四方と天井に氷の壁が張られた。
だが、それに驚いたのは一行のうち、神官だけ。
ハロルドのもう一人のパーティーメンバー……装備からおそらく双剣士は、そんな状況の変化も理解できないほどに、頭に血が上っているらしい。
「<アイスウォール>って……リョウ、剣での決闘じゃないのか?」
アベルのその呟きが聞こえたのは、傍らにいるリーヒャ王妃だけ……。
そしてリーヒャは、小さく首を振った。
「さて、そちらは三人でいいですからね。ハロルド殿一人では、すぐに終わっちゃうでしょうから」
「なんだと貴様!」
涼の挑発に、やすやすと乗るハロルド。
双剣士も完全に頭に血が上った状態。
ただ一人、神官だけが杖を構え、冷静さを保っている。
(やはり、この神官だけは別格……とても興味がありますけど……)
そう、興味はあるけど、だからといって、その神官がどれほどやるのかを見たいから、ハロルドを挑発したわけではない。
決してそういうわけではない。
多分……そういうわけではない。
すいません、ごめんなさい。嘘でした。
神官の技量を見たくて、ハロルドは巻き込まれました。
「C級冒険者リョウ対ハロルド並びにそのパーティーメンバーによる、決闘を執り行う。双方、準備は良いな」
アベルが確認する。
「はい」
「どうぞ」
ハロルドも涼も了解する。
「それでは、はじめ!」
「ぐほっ」
「ぐはっ」
始まった瞬間、ハロルドと双剣士の腹に、先を丸めた極太の氷の槍が突き立った。
二人が悶絶して倒れる前に、神官ジークに、氷の剣を構えたC級冒険者リョウが微笑みを浮かべて斬りつけていた。
神官ジークは油断していなかった。
突然横から入ってきたC級冒険者リョウが、『カフェ・ド・ショコラ』の件をわざわざあげつらったのは、あの時転ばせたのは自分であるということを、あえて示すためであろう、そう理解していた。
そして、この氷の壁……。
これだけでも、尋常な相手ではないことが理解できる。
とんでもない魔法使いだ。
だが、魔法使いであるなら、近接戦に持ち込めばなんとかなるかもしれない……というより、そういう展開に持っていくしかない。
そう思って、ジークも杖を構えたのだ。
だが……。
(一瞬で氷が生えて……ハロルドもゴワンも戦闘不能?! なんだそれは!)
そんな事を考えた瞬間、魔法使いが目の前に現れた。
しかも氷の剣を持っている!?
(受けたらだめだ)
瞬間、ジークはそう判断し、氷の剣を杖で受けるのをやめ、体さばきでかわした。
さらに、振り下ろされたはずの剣が、間髪を容れずに斜め下から襲ってくるのを、体重移動とわずかな引き足の動きで、再度かわす。
だが……。
(もう、無理……)
そこまでだった。
「ごふっ」
剣を胴に叩きつけられ……斬られはしなかったが、そのまま意識を失った。
涼は驚いていた。
神官が、燕返しもどきまで避け切ったからだ。
(やはり、この神官は小さな頃から鍛えられてきたようです……それも正統派の剣術……杖ではない。アベルたちのヒューム派とは、少しだけ違う気がするけど……気になります)
そのため、村雨の刃を返して、いわゆる『峰打ち』で胴を払い、気絶させた。
そのまま、悶絶からなんとか回復しつつあった双剣士の後頭部を、峰打ちで叩き、再び気絶させる。
興味があったのは、できる神官だけ。
いかにも涼らしい……。
とはいえ、決闘の原因になったモンブラン小僧ことハロルドとは、きちんと決着をつけねばならない。
それが決闘のしきたり。
涼は、ハロルドの正面に立って言った。
「さて、モンブ……ハロルド殿、仲間は全員沈みました。どうしますか? もうしわけありませんでした、僕が間違っていました。公爵になっても、二度と国民を馬鹿にしたり、虐げたりするような言動は致しませんと言えば、許してあげますよ?」
「ふざけるな!」
ハロルドはそう言うと、立ち上がって剣を構え、涼を睨んだ。
「その心意気だけは買いましょう。とはいえ、それだけでは勝てませんが……」
「うおぉぉぉぉ」
ハロルドは叫びながら、剣を振りかぶって突っ込んだ。
だがそれは……涼が相手であれば、一億回やっても、かすりもしないであろう……。
その剣を涼はあえて村雨で受けて、絡めて、弾き飛ばす。
そのままハロルドの左肩に、袈裟斬りに村雨を叩きこむ……もちろん峰打ちで。
「ぐあっ」
声と同時に、ハロルドの肩骨が砕けた音がした。
砕けた左肩を村雨で突き、そのまま、<ウォータージェットスラスタ>で一気に、奥の壁まで突っ込んだ。
奥の壁……自分のアイスウォールに激突した。
ハロルドは、あまりの衝撃に気絶。
それを確認すると、涼は村雨を外した。
実は、突き刺すのはあんまりかなと思って、刃は消してあったため、ハロルドは肩の骨が折れただけだ。
そんなハロルドの体が、どさりと床に落ちる。
「<アイスウォール解除>」
涼がアイスウォールを解除すると、急いで神官が呼びこまれ、三人の治癒が始まるのだった。
「肩を砕いて剣を突き立てるとか……」
「剣は突き立てませんでしたよ。でも、昔、アルフォンソ殿は、剣の突き立てまでされたそうです」
アベルが呟き、涼が補足説明する。ものすごく第三者的に。
突き刺したのは、言うまでもなく某エルフの女性剣士だ。
アルフォンソ・スピナゾーラは、二年前にルン辺境伯を継いだ。現在二十二歳。
「それで……リョウはハロルドたちをどうするんだ?」
「どうする、とは?」
未だ場所は、謁見の間。
涼は階の下で立ったまま答えている、片膝もつかずに。
そんな涼に、何か横から文句を言いたげな男が……。
「モゴゴグゴゴ……」
「ああ、失礼しました」
涼はそう言うと、小狡そうな貴族の口を覆っていた氷を剥がしてやる。
「貴様! ドタマ伯爵たるこのわしの口を……」
「モンブラン小僧と同じ穴のムジナでしたか。<氷棺>」
小狡そうな伯爵、ドタマ伯爵は、氷漬けになった。
「これで静かになりました」
「あ、うん、容赦ないな……」
涼は氷の棺を見て、その出来栄えに納得すると一つ頷き、そう言った。
アベルはいつものこととはいえ……何か一言、言おうと思ったがやめて、いつも通りの言葉を吐いた。
「で、どうするか、でしたけど……どうもしませんよ?」
「いや、それはあんまりじゃ……」
「もしカイン王太子がいれば、ガツンと強く叱ってやると思うんです!」
「いや、兄上は叱らないだろう……」
「ああ、じゃあ、山のような宿題を出して自分で分からせるのですね……深いです」
「そうだな……俺が出されたように山のような宿題を……」
涼は、カイン王太子の深い思慮に感心し、アベルはカインに出された山のような宿題を思い出して沈んだ。
「暴力はいけませんけど、もう一回くらい、誰かがガツンと言ってやらないと……あ、でも、モンブラン小僧はどうでもいいですけど、あの神官は凄いですね。彼は、超がつく逸材ですよ!」
「ジークだな。元々帝国出身でな。しかも珍しいことに、帝都神殿出身の神官だ。十八歳の時に、母親と一緒に王都の中央神殿に移ってきて、二年前、冒険者になったんだ。あいつの腕は、それこそエトがかなり褒めていたぞ」
涼の感想に補足説明をしたのは、グランドマスターのヒューであった。
「なるほど。まあ、神官としての腕もそうでしょうけど、彼、かなりの剣を使いますよ?」
「やっぱりか……あいつの杖術を見た時に思ったんだよな……。小さい頃から、基礎基本をみっちり仕込まれた動きだ。そういうのは、隠そうとしても隠しきれないからな」
ヒューは何度も頷きながらそう言った。
そんな二人を見ながら、アベルは深いため息をついていた。
それは、ハロルドについてのため息であった。
いずれは、ハロルドを公爵にする。
貴重な、現国王の甥だ。
ただでさえ、ナイトレイ王国王家直系の血は少ないのだ。
今後、何かあった時の事を考えると、貴重な男子を放っておく余裕はない。
だが、あまりに無法な人物を高位貴族、しかも王家に連なる人物……そんな者を公爵に就けるのはどうかとも思う……。
涼が、決闘前に告発したようなことが本当だと言うのなら、あまりにも問題が多すぎる人物ということになる……。
「どうすればいいのか……」
アベルはそう呟くと、再び、深い深いため息をつくのであった。
後の展開のために、ハロルドは涼に決闘で負ける必要があるのです……それも手酷く。
袈裟懸けで肩の骨を折るだけとか、そもそも決闘をアベルが止めるとかも、考えはしたのですが。
残念です。
そんな、作者の犠牲になったハロルド……。




