0268 各国の事情
「ククク、見ましたか、あの火属性魔法使いの間の抜けた顔! 我々の完全勝利です!」
アベルの執務室に戻ると、悪そうな顔で悪そうに笑う水属性魔法使いが……。
ご満悦であった。
「ま、まあ……あんまり表情は変えていなかった……」
反論しようとして、国王陛下は筆頭公爵の厳しい視線にさらされる。
「お、驚きを隠しているのが透けて見えていたな……」
「そうでしょうそうでしょう」
アベルは意見を修正し、涼は何度も頷いた。
隣で聞いているハインライン侯爵は、無言だ。
この二人はこういうものだと、諦めているのかもしれない。
とはいえ、意識のすり合わせを早急にしておかねばならない問題があるため、自分から切り出した。
「西方諸国への使節団派遣……これは検討せざるを得ません」
「うむ。その提案を聞いた時には驚いたが……疑問としては、なぜ今で、なぜそんなことを、だな」
アベルが抱いた疑問も、話を聞いた時にハインライン侯爵が抱いた疑問と同じものであった。
提案のタイミングが、あまりにも唐突なのだ。
「あの~、西方諸国って、そんなに行くのが大変なのです?」
涼は、西方諸国に関する知識が全くないため、素直に質問することにした。
聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。
「ああ、大変だな。まず、この中央諸国との間に街道が整備されていない。定期的な交流はもちろん、直接の貿易も行われていない。間に、いくつかの小国家が点在し、それらを経由しながら行くわけだが……治安がいいとは言えない上に、国が全く存在しない場所もある。およそ、まともな商隊は行き来しない。中央諸国にしろ西方諸国にしろ、どちらから見ても、定期的な交流は物理的に難しいな」
涼の質問に、アベルがそう答えた。
その答えに、涼は目を見張る。
「アベルがまともな答えを……」
「おい、こら。これでも国王だぞ。それくらいは知ってるわ!」
涼の酷い言い草に、どなりつけるアベル。
だが、涼の頭にふと疑問が浮かんだ。
「そういえば、勇者ローマンたちって、西方諸国から来たんでしたよね? それに、ほら、魔法団のアーサー・ベラシス顧問も、若い頃は西方諸国に行ってたことがあるって……」
「ああ。だが、いずれも一流以上の冒険者たちだろ? アーサーだって、その当時すでにB級冒険者だったはずだ。そんな実力者たちなら、決して辿りつけないわけじゃあない。ただ、今回のように、非戦闘員を多数抱え、荒事に慣れていない者たちを守りながらとなると……どう思う、ハインライン侯」
「そうですな、かなりの困難が生じるでしょうな」
ハインライン侯爵は何度か頷きながら答え、続けた。
「西方諸国の最東端であるキューシー公国までの間に、最低でも四つの小国を経由することになります。回廊諸国、と一部で呼ばれている国々です。全体で、片道一カ月の旅程というだけでも大変ですが、間にある漆黒の森、ランシ峡谷、そしてフンスン山脈……いずれも難所です」
ハインライン侯爵の説明に、涼は素直に感心していた。
「さすが宰相閣下……国王陛下よりお詳しい……」
「おい、そこの筆頭公爵、聞こえているぞ!」
国のナンバー1とナンバー2の仲というのは、たいてい良くないものだが、王国においては、その心配はなさそうである……。
「派遣するとした場合、規模と、誰を団長として送るかが問題になってくると思います」
ハインライン侯は言った。
アベル、ハインライン侯、涼の三人は、ソファーに座り、話し合いの最中。
三人の前には、コナコーヒーが置かれてある。
「帝国の出方次第というのが面倒だな」
アベルはそう言うと、コーヒーを一口すする。
「帝国の?」
涼はよく意味が分からず首を傾げながら問う。
「帝国が、使節団の団長として誰を据えてくるかによって、我々も誰を団長として出すかが変わってくる。例えば、帝国外務省の交渉官などが団長であれば、こちらも外務省の人間でいいだろう。だが、例えば先ほどのルビーン女公爵、つまり現皇帝の妹などが団長として出てきたりすると、こちらも王族、あるいは高位貴族を据えねばならん」
「面倒ですね~」
アベルが顔をしかめながらそう説明し、涼は国どうしの、一般の民からは見えないそういう部分ってわかりにくいうえに面倒だな~と、他人事のように思い、呟いた。
筆頭公爵は、間違いなく高位貴族なのだが……。
「それに、帝国と我ら王国以外にも、考えるべき相手が……」
ハインライン侯が言うと、アベルが答えた。
「連合だな……」
ハンダルー諸国連合首都ジェイクレア。執政執務室。
「なんてめんどくさいことを……」
執政オーブリー卿は、大きなため息をついて、そう言った。
連合にも、帝国の使節から、西方諸国への合同使節団のお誘いが来た。
帝国使節を送り出した後、オーブリー卿は執務室のソファーで、検討している。
目の前には、右腕たる補佐官ランバーが座り、いくつかの書類を見ながら言う。
「閣下、そう言われましても……」
「分かっている。帝国が主導し、おそらく王国も使節団を出すだろう。両国と比べ、明らかに劣る内容で送り出すわけにはいかん……バカバカしいとは思うが、国のメンツを潰すような政策をとれば、一部の民が怒り出すからな。スムーズな統治をおこなうには、自国は大国であり、周辺諸国からも敬意を払われている国であると、国民に認識させるのが一番だ。ここで下手な使節団を西方諸国に送ろうものなら、数十年先まで、何を言われるか知れたものではないわ」
オーブリー卿は、苦笑いをしながらそう言った。
とはいえ……。
「さて、誰を責任者として送るべきか……」
頭の中で、その人選に、難航していた。
もちろん、連合政府としては、まだ何も決定していない……そもそも、一時間前に帝国使節から聞いた話なのだから。
外務省の官僚たちは、慌てて検討に入ったらしい。
そんな段階ではあるが、オーブリー卿は連合の執政。
外務省が出してくるであろう叩き台たる素案、それはそれとして、別に自分の中でも考えておくのが当然だと思っている。
持ち寄って、検討して、いいプランになれば良し。
お互いが出してきた案が一致していれば更に良し。
持ってきてもらうまでこちらはノープランなど、そんな馬鹿は、執政などできはしない。
「どう考えても……あのご老体以外、思い浮かばん……」
オーブリー卿のその呟きに、ランバーは口をへの字に曲げて言った。
「受けてくださるかどうか……。閣下は、かの御仁に警戒されていますから……」
「まあな……」
オーブリー卿は苦笑して、ランバーの意見を受け入れた。
「一昨年、ようやく代替わりをして、今は隠棲しているよな……場所はどこだ?」
「北方の街、フォストですね。良質な鉄鉱石が採れる……ここ五年でかなり成長した街でして、風光明媚ないい所です」
「そうか。ではちょっと行ってくる。近衛は……中隊で連れていくか。襲われたらかなわんからな」
本気とも冗談ともつかない表情でそう言うと、オーブリー卿は部屋を出て行った。
後には、机の上の大量の未決裁書類と、ランバーが残される。
「……あの……三日は帰って来られないじゃないですか……書類はどうするので……」
執務室では、ランバーの呟きは誰にも聞こえない。
一日後。
北方の街フォストは、大きな川を挟んで両岸に街が広がる。
西岸が市街地で、東岸に裕福な商人や貴族の館が並んでいる。
東岸の中でも、ひと際大きな館の前に、立派な馬車と三十人余りの騎馬が到着した。
当然、訝しむ門番。
その馬車には、連合の紋章が描いてある。しかも護衛する騎馬は、それを見る誰もが無視できない存在感を放つ精悍な部隊。
それだけで、馬車に乗る人物が尋常な者ではないことは、門番にすら理解できた。
騎馬を率いる指揮官が馬を降り、門番に近付いて尋ねる。
「こちらは、カピトーネ王国、先の国王、ロベルト・ピルロ陛下のお屋敷でよろしいか」
「いかにも、その通りです。役儀により尋ねますが、そちらはどなた様でしょうか」
門番も、しっかりと尋ね返す。
さすがに、先王が隠棲する館の門番だ。
「こちらは、ハンダルー諸国連合執政、オーブリー・ハッブル・コールマンの馬車です。訪問の取次ぎをお願いします」
「執政……オーブリー卿! か、かしこまりました。しばらくお待ちください」
そう言うと、門番二人のうち、年上の方が走って館の中に入っていく。
残された方は、緊張を顔に張り付かせ、全く動けない状態で待つのであった。
「連合の執政は、それほど暇なのか?」
オーブリー卿が部屋に通され、出されたコーヒーを前に待っていると、ドアを開けて入って来た老人が、いきなりそう言い放った。
白髪は短く切り揃えられ、髭は無く、背筋もピンとしている。
だが、間違いなく老人であり、見た目の年齢は七十歳を越えているであろう。
しかし、眼光には力があり、正面から見据えられれば、多くの者たちが震えあがる……現役を退いて、今なおこれである。
とはいえ、言われた人物はオーブリー卿。
「ありがたいことに、十三年もこの職を続けさせていただいておりますので、少しは慣れました」
そう言い返すと、コーヒーを一口すすった。
「そのコーヒーに、わしが毒を入れたとは思わんのか?」
「思いませんね。今、私を排除して、誰が連合をまとめていけるのか。陛下は一番よくお分かりでしょう」
そう言い放てるだけの存在感を、オーブリー卿も持っている。
「ふん。お主を執政に選んだのは正しかったとは思うが……憎たらしいのもまた事実じゃ」
そう言うと、老人はオーブリー卿の正面に座った。
カピトーネ王国。
ハンダルー諸国連合を構成する主要十か国のうちの一つ。
ハンダルー諸国連合の中心は、十か国である。
それぞれの国から代表を出して『十人会議』が構成され、そこが本来の、連合の最高意思決定機関であった。
そう、本来は……であった。
今から十三年前、連合は、王国に大敗した。いわゆる『大戦』によって。
その後、十人会議は、連合を立て直すために、『執政』ならびに戦時の『独裁官』として、オーブリー卿を選んだ。
この時点では、力関係は『十人会議』の方が、新たな執政オーブリー卿よりも強かったのは確かだ。
執政、独裁官の任命権を持っているのだから、当然であろう。
これまでも、数多の執政が選出され、連合を取り仕切ってきたのだが、常にその上に、十人会議があった。
だが、オーブリー卿が執政に就いて以降、力関係が変わっていった。
十年経つ頃には、完全に執政オーブリー卿の方が、十人会議よりも強くなっていたのだ。
その理由としては、十人会議の十人のうち、九人が入れ替わったのが、大きいであろう。
十人会議を構成する各国代表というのは、各国の国王、大公あるいは公爵など、いわゆる国主だ。
それぞれの国における、最高権力者と言ってもいい。
だが、オーブリー卿が執政になって以降、彼らが立て続けに不幸な目に合う……。
ある者は病で命を落とし、ある者は暴漢に襲われて帰らぬ人となり、ある者はクーデターまがいの事件に巻き込まれてこの世を去った……。
当然、あまりに都合よく、タイミングよくそんな事が起これば、誰かが後ろで糸を引いているのではないかと考える……。
陰謀論者でなくても……当然であろう。
そして、この場合、糸を引く可能性が最も高いのは、執政オーブリー卿であった。
それだけの力があり、能力があり、理由もある……。
入れ替わった九人……彼らは、それぞれの国において、新たな最高権力者になった者たち……そして、彼らは、その地位だけで満足した。
『連合』における最高権力は、オーブリー卿が持つことを認めたのだ……自分たちの保身のために。
自分たちが、それぞれの自国で持つ地位を守るために。
連合の最高権力まで欲して、前任者同様に殺されてしまったら……元も子もなくす。
こうして、オーブリー卿は、連合における最高権力者として、誰からの掣肘を受けることなく辣腕を振るえるようになった。
入れ替わった九人。
だが、ただ一人だけ、入れ替わらず十人会議の座を守り続けた男がいる。
それが、オーブリー卿の目の前にいる、カピトーネ王国、先代国王ロベルト・ピルロ。
もちろんそれは、オーブリー卿が、ロベルト・ピルロ王を信頼して首のすげ替えを行わなかった……などというわけではない。
ロベルト・ピルロ王が、人一倍有能であり、あらゆる障害を排除して、その座を守り抜いただけの事だ。
そして二年前、ロベルト・ピルロは、王太子にカピトーネ王国の玉座と、十人会議の椅子を譲り、ついに隠棲した。
「して、わざわざジェイクレアからやって来た理由は何じゃ? わしはこれから、剣を打たねばならんのじゃ。手短に話せよ」
「先王陛下が鍛冶とは、驚きです」
もちろん嘘である。
ロベルト・ピルロ王が、趣味で鍛冶をしていたのはオーブリー卿も知っている。
そのために、良質な鉄鉱石が採れる、このフォストを隠棲場所に選んだことも。
「ふん、嘘をつけ。このフォストは、開拓村であった頃から良い鉄鉱石が採れ、当時は優秀な鍛冶師がおったらしく、時々、目を見張る剣を供給しておったのじゃ。わしも、名前を伏せて剣を求めたこともあった……。じゃが、ウォーウルフの群れに村が襲われ、全滅したのじゃ……。今は、これほど大きな街になったがな」
そう言うと、ロベルト・ピルロは窓の外に視線を送る。
対岸の街の景色を見るのがお気に入りとなっていた。
「実は、昨日、帝国より使節が来まして……」
オーブリー卿はそう切り出すと、西方諸国への使節団派遣の話を伝えた。
「……その、連合の責任者を、先王陛下にお願いしたいと思いまして」
「もう七十五じゃぞ? そんな老いぼれに、西方諸国までの旅をせえと言うのか。まったく……連合の執政は鬼じゃな……」
ロベルト・ピルロは、顔をしかめてそう言った。
とはいえ、本当に嫌がっているわけではないことを、オーブリー卿は知っている。
だからこそ、責任者になることを願いに来たのだ。
「先王陛下は、かつて、西方諸国への憧れを語っておられたはずです」
「……そんな昔の事をよく覚えておったな」
オーブリー卿が執政に選任される前に交わした会話の中で、ロベルト・ピルロが語っていた。
抜群の記憶力を誇るオーブリー卿が、忘れるわけがない。
「しかし、なぜわしなのじゃ? もっと若くてふさわしい者がおろうに」
「私が知る限り、一線を退きつつも、有能で、帝国や王国が誰を出してきても伍することができる連合の人間となると、先王陛下しかいらっしゃいません」
「そんなに連合は人材不足じゃなかろうに……」
とはいえ、ロベルト・ピルロは手を顎に持っていき、深く考え込んだ。
そして呟いた。
「誰を出してきても、か……」
その後、無言のまま、たっぷり一分が過ぎ……。
「まあ、よかろう。いろいろ注文はつけてやるが、わしが行ってやる」
「ありがとうございます」
ロベルト・ピルロが受け入れ、オーブリー卿は頭を下げた。
「とはいえ、例えば帝国が、責任者に外務省の高官などを据えてきた場合は、こちらも陛下ではなく外務省から出すことになりますが……」
「ここまで煽っておいて、なんという落ちじゃ……」
オーブリー卿の言葉に、小さく何度も首を振るロベルト・ピルロであった。
フォスト!
書籍版第一巻を買われた皆様は、よくご存じですよね。
『外伝 火属性の魔法使い』に出てきた、あそこです!
第二部以降、こういう感じで、書籍版とリンクする部分もあったりしますので、
書籍版を買われた皆様は、それを探しながら、楽しみながら……。
そんな読み方をするのも面白いのではないかな~と思っています。
(もちろん書籍版を読んでいなくても、今まで通り楽しく読めるはずです!
ガイドライン違反はしていないはず!)
せっかく、書籍版の刊行と、なろうでの連載を同時に行っているのですから、
その二つをリンクさせた、今までにない面白さや楽しさを現出できれば……。
そう考えるわけです。
まあ、上手くやれるかは分かりませんけどね!
第一部「0168」の「彼らはこの十年の間に、ただ一人を除いて、全て代替わりをした。」
の伏線を回収しました! ようやく……。
生き残ったただ一人、ロベルト・ピルロ陛下、登場。
あと、「番外 <<幕間>> 老魔法使いたちの日常」の伏線も回収しました。
いつか、遠い将来、『大戦』の外伝を書くことがあったら、この辺りの因縁も記述されるでしょう……。
ヒュー・マクグラスとオーブリー卿の因縁と共に。




