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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第二章 二人旅
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0028 二人旅

「さて、では出発しましょうか」

忘れ物が無いか、涼は最後のチェックを行った後、アベルにそう告げた。

「ああ、では行こう」


二人とも軽装だ。

そもそもアベルは難破したために荷物は持っていない。

服類と財布、軽鎧と剣だけ。

涼も、デュラハンにもらったローブ、腰布、サンダル、ナイフと村雨、調味料類だけ。

森を抜けていくのだから、荷物は少なければ少ないほどいい。


「基本的に食料は全て現地調達になります。塩とコショウという調味料、それと水は僕が出すので問題ないですけど、動物や魔物を狩ったり、生ってる果物を食べたりということになります。まあ、この森は生き物は多いので、問題ないと思いますが」

「わかった」

「しばらく北に向かうと、かなり大きめの湿原があります。そこの先まではよく行ってましたので、状況は分かっています。そこまでは、たいした魔物も今はもう出ないでしょう」

そう言いながら、涼の頭に浮かぶのは、片目のアサシンホークと初めて出会った光景であった。

あの時は、この北の森で出会ったのだった。

「そうか。じゃあとりあえず、その湿原まで進もう」



結界を出て、しばらくは二人とも無言であった。

涼は、長らく暮らした家に思いを馳せていたし、アベルは涼のことが気になっていたのだ。


耐えられなくなって口火を切ったのは、アベルであった。

「なあリョウ。一つ尋ねたいことがあるのだが」

「ん? どうしました?」

「その……ぶしつけな質問かもしれないから、嫌なら答えなくてもいいんだが……。昨日の夜はどこに行ってたんだ?」

逡巡しつつも、気になることは質さなければずっと気になったままになってしまうアベル……。


「ああ、別に問題ないですよ。昨日は師匠のところへ、しばらく留守にするので挨拶に行ってきました」

「師匠? そのローブは、その師匠が?」

「ええ、そうです。餞別にいただきました」

一見、仕立てはいいが、普通のどこにでもあるローブに見える。

だが、アベルは違和感を感じていた。


アベルは昔から、良品、美品に囲まれて育った。

それゆえに、ある種の審美眼を備えている。その審美眼が言うのだ。

(何か普通じゃない)

だが、何がどう普通じゃないのかは分からない。


「その……ローブなんだが、何か特別な効果とかあるのか?」

本来、そういうことを質問するのはタブーではあるのだが、パーティーを組んだ仲間内であればタブーにはならない。

パーティーメンバーの武器、防具、あるいは得意技などは把握しておかなければ、いざという時に連携が取れなくなるからだ。

もっとも、アベルが涼に尋ねた理由は、ただ単に自分が抱いた違和感の正体を知りたかったからであるのだが。

「ん~特にないと思いますよ。師匠は何も言わなかったので」

これまでにデュラハンが喋ったことは一度もない。

まあ、首から上が無いのだから当たり前と言えば当たり前なのだが。

「そうか……」

持ち主が知らないというのならばどうしようもない。

アベルとしては納得できなかったが、それ以上にどうしようもなかった。



そうこうするうちに、北の湿原に着いた。

「この湿原は左から、西の方から迂回して北に向かいます。その先は、僕もよく知らないので、少し慎重に進むことになると思います」

「おう、わかった」

アベルは頷いた。

「なんていうか、魔法使いってのは理路整然と話す奴が多いのかね。俺の仲間もそうだったけど、故郷の知り合いの魔法使いも、今のリョウみたいに話してたよ」

「そうなんですか……僕は他の魔法使いに会ったことが無いので、なんとも言えないですね……」

(他の魔法使いというか、他の人間そのものに会ったのも、アベルが初めてなんですけどね)

そう思って涼は心の中で苦笑した。



北の大湿原を迂回し、湿原の北に出ても魔物には出会わなかった。


さらに北に進み、午後を半ばすぎた頃、もうそろそろ夕方になろうかという時に、ついに魔物に遭遇した。

「レッサーボアですね」

「昨日言った通り、俺がやる。リョウは後ろで見ていてくれ」

そう言って、アベルは剣を抜き、構える。

涼は言われるままに、後ろに控えた。


涼の脳裏には、『ファイ』に来て初めての戦闘の光景が蘇っていた。

(そう、最初の戦闘の相手がレッサーボアだった。生まれて初めて殺意にさらされて、身体が動かなくなったんだったな。最終的にはアイスバーン+アイシクルランスに、竹槍のめった刺しで倒したんだったか……懐かしいなぁ)

涼が思い出している間に、戦闘が始まっていた。

レッサーボアがアベルに向かって突っ込む。

「闘技 サイドステップ」

レッサーボアの突進を、アベルは最小の動きで、そして衝突寸前で横に回避する。

そしてかわしざま、

「闘技 完全貫通」

レッサーボアの左耳に剣を突き刺す。剣は脳にまで達し、レッサーボアは何もできずに倒された。


驚いたのは涼である。その鮮やかな手並みに……ではなく、初めて知った『もの』に。

(闘技!? なにそれ? 今の横への回避と、最後の耳への突きだよね。『ファイ』にはそんなものもあるの!?)

「ふぅ、これで今夜のおかずは決まりだな。ん? どうしたリョウ」

「あ、いえ、闘技、というのを初めて見たもので……」

「ああ、そうか、魔法使いは使わないもんな。剣士とかそういう武器で戦う奴ら専用の……なんというか、技?みたいなものだな」

「なるほど……」

何事か考え込む涼。


「それより、そろそろ夕方になるし、野営の準備でもしないか。レッサーボアは耳から貫いたから、そこから血が流れて自然と血抜きしてる形になってるが……」

「ああ、そうですね。そういえば、ちょっと戻ったところの大木に洞がありましたから、その前で野営しましょう。焚火をするスペースくらいはあったはずです」

考えるのは後にして、最も重要なことを考え始めた涼であった。


そう、最も重要なこと、それは食事だ。


「よく見てるな。じゃ、このレッサーボア、解体して食べる部分だけ持って行くか」

アベルはその場で解体しようとナイフを取り出した。

「じゃあ僕は枯れ枝を拾いながら戻って、火を起こしておきます」

涼は、火を起こすのが得意な水属性の魔法使いなのである。



レッサーボアのモモを使った炙り肉は美味しかった。

塩とブラックペッパーの組み合わせは、間違いなく至高。

ただ惜しむらくはお米が無かったことか。

一定の満足感を得てはいても、何か物足りなさを感じる涼であった。

アベルは特にそんなことは感じておらず、かなり満足したようだ。

この辺りは、昨日まで定住していた者と、ずっと冒険者として過ごしている者との違いなのかもしれない。


まさか家を出て半日で、後ろ髪を引かれるとは……。

食事における『米』の重要性……失ってはじめてわかる悲哀。


(こんなことなら、無理をしてでもお米を持ってくるべきだったか……)

具体的にどうやって持ってくるつもりなのか、実現する案は全くないのだが、涼は確信していた。

お米は大切。

家に戻ったら、大切に育てようと。



「じゃあ、俺が先に仮眠をとらせてもらう。深く眠ることは無いと思うが、何かあったら遠慮なく起こしてくれ」

そう言って、アベルは大木の洞の中に入って行った。

今日の月齢的に、月が中天を過ぎてから、涼がアベルを起こすことになっていた。


(さて、時間も出来たし暇だから魔法制御の訓練でもしておこう)

今日は一日歩き通しで、しかも戦闘をすることもなかったので魔力は有り余っている。

この後の仮眠で、どれくらい魔力が回復するのかはわからないが、多少魔法制御の訓練をした程度の消費魔力なら回復するだろう……なんとなく涼はそう思っていた。


以前は、魔法制御の訓練で、庭に、氷で巨大な五重塔や東京スカイツリーを作っていたが、最近は逆に極小の東京タワーを作るのがお気に入りだった。

たいていのものがそうであるが、大きいものを小さくするのは非常に難しい。

一口に『小型化』と言っても、様々な技術が求められるのは当然として、設計から製造まで細やかな気配りが必要になってくるのだ。

この『気配り』が、魔法だといわば『制御』である。

巨大な東京スカイツリーを作るのは、消費魔力はかなり必要だ。

だが、魔法制御という点で言うなら、極小の東京タワーの製造の方が鍛えられる……様な気が涼はしていた。

まあどちらにしても、お気に入りの訓練なので、特に不満は無い。


敢えてゆっくりと、糸よりも細い氷の線で東京タワーを組み上げていく。

右手、左手、右足、左足と四体同時に。

一体では、もはや訓練にもならないのだ。

訓練とは負荷をかけるもの!

楽しいと感じつつも、負荷がかかるような訓練メニューの作成は、いつの世でも大切なものであろう?



涼が東京タワーを掌の上や爪先に作り上げている間にも、何頭かの魔物が涼たちの匂いに釣られて近付いていた。

「魔物が来たら起こせ」とアベルに言われてはいたが、まだ明日からも長い距離を歩かなければならないのだから、ゆっくり寝てもらったほうがいいだろう。

涼はそう思い、勝手に処理することにした。

とは言っても、特に強い魔物でもない以上、動く必要も無い。


魔物の右耳から左耳へ、ウォータージェットで貫くだけ……。

先ほどアベルも、レッサーボアの耳を貫いて見せていた。

耳からならば、けっこう簡単に貫けるものだということは、涼も経験で知っている。

これなら大きな音を立てることもなく、つまりアベルの睡眠を妨げることもなく、魔物を倒せるというものだ。


倒した魔物はそのまま放置しておいても、すぐに別の魔物が持って行く。

魔物の流した血が、他の魔物を呼び集める……などということになる前に、涼たちの近くからは無くなるのだ。

夜の森とはそういう場所である。

なので、翌朝の食事用にレッサーラビットを一頭だけ手元に確保し、後は森の摂理に任せておいた。

お腹いっぱいになれば、わざわざ涼たちを襲ったりもしないであろうし。


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