0260 火花散る交渉
涼は、王城離れの、アベル王が静養している部屋を訪れた。
「おう、リョウ。すこぶる体調がいいぞ。感謝す……」
「アベル」
「ん? なんだ、怖い顔をして」
アベルが感謝の言葉を述べようとしたのを遮って、涼はアベルに呼びかけた。
それをアベルは訝しむ。
「アベル、僕に、何か隠していることがあるんじゃないですか?」
「なんだ藪から棒に……」
涼が詰問すると、アベルはツツーと視線を逸らした。
「ほら! 目を逸らした! さあ、はっきり言ってください」
「いや、そんなの多すぎて、どれの事を言っているのかわからない……」
「なっ……」
涼は両手両膝を床に着き、絶望のポーズとなった。
「ナイトレイ王国、国王と筆頭公爵の間に亀裂!」
「いや、国の危機を煽るようなことを言わなくてもいいと思うぞ」
涼が、まるで新聞か週刊誌の見出しのようなことを言い、アベルは苦笑しながらたしなめる。
ちなみに、中央諸国においては、新聞の類は一切ない。
「で、ホントに、どれの事なんだ?」
「もういっそ、全部言ってもいいですよ?」
「全部知ると、リョウが書類まみれになるが……それもまた一興か」
「ごめんなさい、そうなったら、ロンド公爵領は王国から離脱します」
「うん、それはやめろ」
国王と筆頭公爵の交渉は、まるで火花が散るかのような、丁々発止の……。
「ハインライン侯爵が言っていました。僕を呼んだ理由の一つは、一カ月後に帝国から来る人たちのためだと」
「ああ、それか……」
アベルは小さく何度か頷いた。
「そう、リョウが、呼んですぐに来られるとは思っていなくてな。ロンドの森にいたら一カ月くらいはかかるだろう? そう思って、早めに伝えたんだ。実は、一カ月後に、帝国から使節が来る。普通の使節ではなく、正使はルビーン女公爵。現皇帝の妹御だ」
「大物ですね」
涼は、なんとなく雰囲気で相槌を打つ。
「まあな。これほどの大物となると、迎える王国側としても適当な人物だけで、というわけにはいかん。国王かそれに準じる者が出なければならない……」
「ああ……、つまり、アベル王の病気がどれほどのものかを計るために送られてくる使節なわけですね」
「そういうことだ。もしくは、俺がもう死んでいるかもしれないことの確認のためにだ」
アベルはそういうと、苦笑した。
実際、数日前までは、帝国の使節が来る前には死んでいるかもしれないと覚悟していたのだから。
「実際の交渉そのものは、ハインライン侯がやるとして、その場にリョウもいてくれれば……宰相と筆頭公爵が揃っていれば、俺が出ていけなくとも格好はつくだろうと思ったわけだ」
「でも、結局、アベルの病が重い、というのは確認されちゃうでしょう?」
「それは事実だしな。どうせすぐにばれるから、しょうがないかなと……」
アベルは、王としての駆け引きは、全く得意ではない。
だがそれでも、なんとかして国の存続を考えた結果が、涼の登城だった……。
そこまで言われれば、当然、涼は協力する。
「わかりました。その使節団の交渉の席には、僕も出ましょう」
涼は力強く頷き、アベルはにっこり微笑み、二人は固い握手を交わしたのであった。
さて、一カ月後の予定は決まったが、それまでどうするか……。
やるべきことはたくさんある!
美味しい料理屋の発掘。
錬金術関連書籍の読書。
……。
などなど、涼がやるべきことはたくさんあるのだ。
「食べるか錬金しかないのか……」
「ずっと寝ている王様に言われたくないです!」
「いや、俺、病気だったんだけど……」
そんな王様と筆頭公爵の会話が、王城の離れで交わされていた時。
ノックが響き、国王付き侍従たちが、何かの書類の山を持って入って来た。
「陛下、本当によろしいのですか? もう少しお休みに……」
「いや、かまわん。ここに置いて……」
「アベル? いったいこれは何のまねですか?」
侍従が尋ね、アベルが答え、涼がその行動を詰問する。
「いや、少し、仕事をしようかと……」
「ダメに決まっているでしょう! 一カ月安静にしてくださいと言ったはずです!」
涼は、主治医として、患者に絶対安静を申し渡しているのだ。
「いや、今、涼だって、『ずっと寝てる王様に言われたくない』って……」
「それはそれ、これはこれです。主治医としてこんなことは許可しません。侍従さんたち、それはそのまま、ハインライン侯爵のところへ持っていってください。筆頭公爵たるロンド公爵がそう言ったと、お伝えを」
「は、はい! かしこまりました!」
そういうと、書類を抱えた侍従たちは部屋を出て行った。
アベルは、「ああ……」とか言って、手を伸ばしている。
完全に、仕事中毒だ。
仕事をしない王様というのは困るが、書類に囲まれていないと不安になる王様というのも、あまり健全だとは思わない涼であった……。
「なあ、リョウ……」
「なんですか? またお金?」
「それ、三年前にも言われなかったか?」
「よく覚えていましたね。ネタの使い回しは仕方のないことです」
「うん、その時もネタ、って言ってたな……」
「ネタ国王……寝た国王……寝たアベル……」
「うん、馬鹿にされていることだけはわかる」
アベルは王城図書館から持ってきてもらった、なにがしかの本を読み、リョウも王城図書館『禁書庫』にあった錬金術の本を読みながら、そんな会話を交わしている。
「暇なんだが……」
「本を読んでいるじゃないですか」
「いや、読んでいるが……こう、やはり書類を……」
それを聞いて、涼は深いため息をつき、何事か反論しようとした。
だが、そこへ来客が告げられる。
「陛下、王都冒険者ギルドのグランドマスターが見えられました」
「通せ」
入って来たのは、強面巨漢の男、ヒュー・マクグラスであった。




