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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第二部 第一章 序
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0259 ワイロはイチゴのショートケーキ

涼には気になることがあった。


「俺はC級冒険者だぞ! それに将来は公爵位も継ぐ」というセリフだ。


涼は、ナイトレイ王国筆頭公爵。

形だけとはいえ……名誉職とはいえ……お飾りとはいえ……。


考えてみると、王国に、公爵家がいくつあるか把握していない。


その上で、モンブランのために、三下(さんした)な脅迫をした彼が、本当に将来、公爵位を継ぐのであれば、若いうちになんとかするべきではないかと思った。


そう思ったのだ……。

そう、これは自分の職分なのだ!

決して、好奇心などではないのだ!



……多分。



まず、貴族そのものについて、確認しておこう。

上から、

公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵。


公爵の上に大公がある国もあるが……現在の王国にはない。

男爵の下に準男爵がある国もあるが……一代限りであったり、貴族として扱われない場合もある。


騎士は……騎士爵みたいなものはないらしい。

貴族ではなく、ある種の職業となっている……現在の王国では。



そう考えると、『公爵』というのは、王族を除けば王国内でも最上位の地位と言っても過言ではない。




なんとなく、アベルに聞いても教えてくれなさそうだったし、そもそも手術したばかりの人に聞くのもさすがにまずいだろうと思ったため、別の人に尋ねることにした。


だが、その『別の人』は、偉い人の陰謀によって、書類まみれになっている……宰相という、この国のナンバーツーなのに!

もう、その人よりも偉い人なんて一人しかいません!

こく、で始まり、おう、で終わる立場の、『陛下』という敬称の人物によって、書類まみれに……。



涼は、つまみ出されるのを覚悟のうえで、その宰相の部屋を訪れた。




「宰相閣下。ロンド公爵閣下がおみえです」

扉の前の衛兵が、涼の訪問を告げる。


「お通しして」

中から、落ち着いた冷静な声が聞こえてきた。



涼が部屋に入ると、部屋の主はソファーに座ってくつろいでいた。



「あ、あれ? 書類まみれのはずが……」

机の方を見ると、『処理済』の側に高い山が作られ、『未処理』の側には書類が全くなかった。


「ああ、ロンド公爵、どうぞ」

そういうと、ハインライン侯爵は、ソファーの上座を譲ろうとする。

「あ、いえ、どうかそのままで」

涼はそういうと、さっさと、下座の空いている席に座った。




「ちょうど今、いくつかの決裁が終わったところだったのですよ」

ハインライン侯爵はそう言うと、にっこり微笑んだ。


(なんて優秀な! あの国王アベルの書類まみれ攻撃を完璧に受け切ったのか……)

涼は、驚愕した。


それは、普段のアベルの様子をつぶさに見て、どれほど強力で、強大な攻撃力を持つものなのかを知っていたからである。

やはり、この人に聞きにきたのは、正解だったのかもしれない……そう確信した瞬間でもあった。



「ハインライン侯爵、お忙しいところ恐縮です」

「いやいや、お気になさらずに」

「これは、つまらない物ですが……」


涼はそう言いつつ、持ってきた小さな箱を差し出す。


ハインライン侯爵は、それを受け取ると、さっそく開いて中身を確認した。

「ほぉ、これはあれですな。噂の『カフェ・ド・ショコラ』のイチゴのショートケーキ。いや、ありがたい。後でいただくとしましょう」

嬉しそうにそう言った。



ナイトレイ王国中枢の人々は、甘い物好きが多いらしい……。



「それで、本日お目見えになったのは、何か確認したいことでも……?」

「さすが侯爵、よくお分かりで……」

涼の前にもコナコーヒーが出てきた後、侯爵が切り出し、涼が応じる。


「実は、侯爵に折り入ってお尋ねしたいことがありまして……」

「ふむ?」

ハインライン侯爵は、少しだけ目を大きくし、小さく頷いた。



「実は、王国内で、現在成人くらいの年齢で、将来公爵位を継ぐ人物を探しているのです」

「これはまた……珍しい質問ですな」


ハインライン侯爵は、滅多に来ない涼が、わざわざやってきた……しかも手土産持参で、ということで、別の理由を考えていたのだが……見事に裏切られたのだ。

(絶対に、あの件だと思ったのだが……。もしや陛下は、まだロンド公爵に伝えていない……?)


そんなことを考えつつも、涼の質問の答えも頭に浮かべていた。



「まず王国内に公爵家は、五つ。ロンド公爵家はいいとして、残りの四家のうち、シュールズベリー公爵家は、公爵家としての権限を王室が預かり、権限停止中です」

「シュールズベリー公爵と言うと、解放戦の時に、東部のウイングストンに本拠を置いていた……」

涼は、記憶を頼りに言葉を紡ぐ。


「そうです。東部動乱で、次々と爵位を継いだ方々が亡くなり、あの時、当時九歳のアーウィン殿が継がれていました。アーウィン殿以外は、直系は全員亡くなっておられたのですが……」

「まさか、そのアーウィン殿も……?」


「いえ、アーウィン殿はご存命です。ただ、未だ十二歳……もうすぐ十三歳でしたか、その後見人であったアドファ伯爵などが亡くなられ、公爵家を支える貴族がほとんどいない状態となってしまったのです。そのため、アーウィン殿が成人されるまで、公爵家の権限を停止し、王室が預かっている状態です。ロンド公爵がおっしゃる条件には、一番近いとは思うのですが……」

「う~ん、十二歳はちょっと幼いかなあ……」


モンブラン小僧は、どう見ても日本で言う高校生以上には見えたのだ……大学生に近いくらいの。

十二歳はちょっと若すぎる。



「となると、残り三家ですが……」

ハインライン侯爵は少しだけ考えた後、一つ頷いて言葉を続けた。


「一人おいでですね。確か十九歳」

「おぉ!」


「シルバーデール公爵家のフェイス殿です。確か、剣の腕もなかなかのものだと聞いたことがあります」

「おぉ!!」


涼は、正解を引いたと確信して、ちょっと興奮していた。

奮発して、イチゴのショートケーキを持ってきたかいがあったというものだ。


「ぜひ、その方についての詳細な情報を!」

涼がそう言うと、ハインライン侯爵は、今まで以上に大きく目を見開いた。

涼の、その食いつきぶりに驚いたのだ。



そして、涼にはちょっと意味不明なことを言い始めた。



「ロンド公爵のご本命は、西の森のセーラ殿だと思っていたのですが……いや、もちろん筆頭公爵ですし、経済力さえ許せば第二夫人、第三夫人を抱えるのも全く問題はございません。ですが、フェイス殿は公爵家、セーラ殿は西の森次期代表……どちらを第一夫人にするか難しいところですよ」


「……はい?」

涼は首を傾げた。



「フェイス殿はご兄弟がいらっしゃらないので、シルバーデール公爵家を継ぐのはほぼ確実です。そうなると公爵家当主。公爵家当主を第二夫人に迎えるのは、現実的に難しいでしょう。翻ってセーラ殿は、それこそ、今や王国におけるエルフの代表格。先の、帝国との西の森防衛戦における活躍は、吟遊詩人によって歌われ、中央諸国中に広まっております。そんな方を第二夫人に迎えるのも、また現実的ではないでしょう」


「あ、ああ……」

涼は、ハインライン侯爵が、何か大きく誤解していることにようやく気付いた。

そして、自分がつかんだ答えが、正解ではなかったことも。


「あの、ハインライン侯爵、確認なのですが、そのシルバーデール公爵家のフェイス殿というのは、もしかして女性……?」

「はい、見目麗しい……」

「そうですか……」


涼はうな垂れた。

あのモンブラン小僧は、間違いなく『男』だったから。



涼のその様子に、ハインライン侯爵も、自分が何か勘違いをしていたことに気付いた。



「もしや結婚相手を探していたとか、美しい女性を見初めてとか、そういう話ではなくて……」

「はい、探していた相手は、男性です……」

「男性同士の恋とかでもなくて……」

「はい、ちょっと悪ガキな小僧を探して……」


ハインライン侯爵もうな垂れた。

そして言葉を続けた。


「他に、王国の公爵家の跡継ぎで、そのあたりの年齢の方はいらっしゃいません……」

「はい、理解しました」

「ただ、他国の公爵家という可能性はどうでしょうか?」

「あ!」



そう、うかつであった。



ナイトレイ王国は大国だ。

中央諸国中から人材が集まる国の一つ、そう言っても過言ではない。

ジュー王国から留学に来たウィリー殿下のような例がある。

だが、そうなると、さすがにハインライン侯爵であっても答えられない問題となる。


「現当主であれば、国内にいる外国貴族は把握しておりますが、さすがに次期継承者までは……」

「当主は把握されているんだ……」

ハインライン侯爵の言葉に、その防諜能力の高さを垣間見て、涼は驚き呟いた。



「うん、わかりました。すいません、ハインライン侯爵、お手数をおかけしました」

「もうよろしいので?」

「はい。まあ、ちょっと気になっただけですから」

そう言うと、涼はソファーから立ち上がった。


だが……。


「ロンド公爵、ちょっとお伝えしておいた方がいいことがあります」

「え?」

今度はハインライン侯爵がそう言ったのだ。


「本当は、陛下が公爵にお伝えすると仰っていたのですが……未だ伝えられていないみたいなので……」


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