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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第二部 第一章 序
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0258 三人組

手術翌日。


「お加減はどうですか?」



涼は、アベルの寝室に入ると、そう言った。

そして、眼鏡をクイッっと上げる動作をする。


医者は眼鏡をかけている、というステレオタイプを地で行っているのだ。


涼は、幼馴染や同級生が、けっこうな数で医学部に行っているが……そのうち、眼鏡をかけているのは四人しかいないのに……。



まあ、こういうのは、イメージである。そう、イメージが大切なのだ。



「ああ、リョウ。信じられないくらい、いいぞ。こんな状態は、数か月ぶりか……それ以上だな」

昨日までとは打って変わって、アベルの血色は良かった。


食事も、きちんと食べられているようだ。魔法万歳。



がんの厄介なところは、がん細胞自身は大喰らいでありながら、宿主たる人間の食欲を減退させる点にもある。

しかも地球の場合は、治療過程においても食欲不振に陥ってしまうことがしばしばであった……病気の治療というのは、非常に難しい。


「あとは、しっかり食事を摂って、焦らないで、じっくり体力を回復させましょう」

涼にしてはまともなことを言う。


気分はまるで主治医なのだ。



「時にアベル……」

「ん?」

「アベルって、王様になってからずっと、書類まみれだったじゃないですか?」

「表現があれだが……まあ、そうだな」


涼が見ていたアベルは、いつも書類にサインをしている姿だった気がする……。


「今とか、ちょっと前とか、ベッドの上で署名も出来なかったと思うのですが、その間って……」

「え……」


涼が問うと、アベルは視線をつつーっと横に動かした。

視線を逸らした、というやつだ。

人は、都合の悪いことを指摘されると、そんな行動をとる。



「ノアはまだ幼いですし、リーヒャも書類にまみれている姿を見たことはないですし……」

「まあ、その、なんだ……ハインライン侯爵に代わってもらっている……」



三年前の王国解放後、アレクシス・ハインライン侯爵は、アベルの手によって王国宰相の地位に就かされていた。


アベルが、先の王太子カインの即席国王養成問題集で、集中的に国王に必要な知識をアップグレードしたとはいえ、冒険者からいきなり国王になった。

さすがに、一人で国の舵取りをするのは、現実的ではない。


そのため、冒険者仲間であったフェルプスの父であり、南部の大貴族で、王国解放でも主導的役割を果たした一人、ハインライン侯爵に、宰相に就くように要請したのだ。


ハインライン侯爵は、当初、かなり渋ったらしいのだが。

書類まみれと聞けば……渋った理由がよくわかる。



「ハインライン侯爵、どんまい……」

涼は、その境遇を哀れんで、そう言った。


「いや、本来は、筆頭貴族であるリョウが担ってもいい役割……」

「お断りします!」

間髪を容れずとはこの事。

アベルが言い切る前に、涼は断言した。


「速いな……」

そのスピードには、アベルも驚いた。


「筆頭公爵とか筆頭貴族とか、名誉職だから受けただけですからね!」

「リョウの知識とか、けっこう使えると思う……」

「お断りします!」

二度目の拒絶。


そして、涼は、部屋から走り去った。



三十六計、逃げるに()かず。




王都には、多くのカフェがある。


その中でも涼が愛用しているのは、『カフェ・ド・ショコラ 王都店』だ。

ルンの街にあるカフェの、王都本店。

他の店との違いは、ケーキの質の高さ……特に、モンブランといちごのショートケーキがお気に入り。


もちろん、格好はいつものローブ姿なので、どこからどう見ても、冒険者の魔法使いだ。

そのため、彼が公爵であることなど、店員の誰も知らない。

とはいえ、けっこう頻繁に、一人で利用しているため、実はお得意様であると、ほとんどの店員さんから認識されていた。



手術直後もここで、一人祝勝会でケーキを食べたのは内緒なのだ。


そんな涼は、なぜか裏で「かわいい~」と言われている……決して「かっこいい」ではないあたりが、涼の涼たる所以(ゆえん)だろうか……。

もちろん、涼自身は、そんなことは知らない。



今日も、王城からの逃走の途中、王城図書館に寄って錬金術関連の本を一冊借りてから、この店にやってきていた。


そして、お気に入りのモンブランとコナコーヒーのセットを注文し、まず一口食べる。


「う~ん、この、まったりとしていて、それでいてしつこくなく、何とも言えない食感が……」

などと分かったような言葉を呟いている。


その、本当に美味しそうに食べる姿が、パティシエを含めて人気があるらしい。

見ていると、次も頑張ろうとやる気が出るのだそうだ。



人の感性とは難しいものだ……。



そしてケーキを食べ終わると、借りてきた本を開き、コーヒーを飲みながら読む。

この『カフェ・ド・ショコラ 王都店』の特徴として、コーヒーがデキャンタに入れられて出てくる点がある。

そのため、カップ三杯分くらいのコーヒーが飲めるのが、涼のお気に入りポイントであった。


「やはり、アベルの魔手から逃れてのコーヒーセットで、気分転換を図るのは素晴らしい……」

などとも呟いているが、それは誰にも聞こえない。




そんな涼が、デキャンタに残った最後のコーヒーをカップに注ぎ終わった時、その騒動は起きた。


「おい、ふざけるな!」

何やら、二つ向こうの大きめのテーブル席から、そんな声が聞こえてくる。

「モンブランが無いとはどういうことだ!」


(ああ……モンブラン、美味しいもんね。せっかく食べに来たのに売り切れてたら、叫び出したくなる気持ちはわかる!)

自分は、先ほどモンブランを食べたために、涼はしたり顔で鷹揚(おうよう)に頷く。

うるさくて周りに迷惑をかけているのはいただけないと思いつつ、まだ若い冒険者三人組の気持ちも、涼には良く分かった。


そして、ちょっとだけ同情した。

同情するのは無料だ。



だが、彼らが口にした次の言葉は……。

「俺はC級冒険者だぞ! それに将来は公爵位も継ぐ! こんな店、何とでもできるんだぞ!」


涼は、危うく、口に含んだコーヒーを噴き出すところであった。


なぜモンブランが無かったくらいで、そんな事を言う?

それを言ったからといって、何か問題が解決するのか?

そもそも、それって……めちゃくちゃカッコ悪い……。



この騒動が奥にまで伝わったのだろう。

店長と思しき五十代の落ち着いた男性が出てきて、対応し始めた。


とはいえ、若い冒険者の望んだ方向には進まない……当然だ、モンブランは売り切れて、もうないのだから。



冒険者の仲間も、一人は激高(げきこう)する仲間に同調している……だがもう一人は無言。

その無言の一人は何も言わず、表情も視線の配り方も冷静だ。

着ている服装から、おそらく神官と思われる。


神官以外の二人が(わめ)き始め、さすがに周りのお客さんたちも、眉をひそめてその集団を見始める。


「なんだ! なんか文句あるのか!」


当然、絡む人間たちが次に言い始める言葉……自分たちに胡乱(うろん)な目を向けるまともな客たちに、そう言い出すのだ。

そうなると、店としても非常に困る。


「お客様、他のお客様のご迷惑になります」

「うるさい!」

若い冒険者はそう言うと、店主に向かって一歩踏み出した。


ツルッ。


「っ……」

突然、滑り転びそうに……なるのを神官が支えた。


「ほぉ……」

涼は、そう呟き感心した。

神官の反射神経は、かなりのものだ。



涼の中の『神官』のイメージは、『十号室』のエトだ……お世辞にも、反射神経がいいとは言えない。

もちろん、だからといって、エトの価値をいささかでも毀損(きそん)するものではないが……やはり、運動神経がいいとは言えない……。


だが、あの神官は反応したのだ。

「若くしてC級というのは、伊達ではないと」

涼はそう呟き、小さく頷いた。



もちろん、足の下に<アイスバーン>を生成して転ばせようとしたのは、涼だ。



「くそっ。もういい! 帰るぞ!」

そう言うと、若いC級冒険者三人組は店を出ていった。


客も店員も、みんながホッとしたのは言うまでもない。



ただ、涼だけは、なんだかモヤモヤしていた。

窓の外に、三人が歩いているのが見える。


(<アイスバーン>)

二人が見事に転んだ。

一人、転ぶのを回避したのは……件の神官だけであった。


「やはり、あの神官は反射神経がいい」


だが、それだけでは終わらなかった。

神官は、転ぶのを回避しただけではなく、周囲を見回したのだ。

転んだのが、偶然だとは思わなかったらしい。



もちろん、何も不審なものを見つけることは出来なかったのだが……。


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