0256 四月は始まりの季節
「第二部 西方諸国編」の開幕です!
四月。
ロンド公爵領では田植えも終わり、穏やかな田園風景が広がっている。
水田の広さは、約五反。
五千平方メートル。
坪にして、千五百坪。
東京ドーム……十分の一個分……。
まあ、確かに、それほど広くはないが、人ひとりの一年分のお米と、ご近所さんへ配る分と、親しい人へのお土産分と考えれば、十分なお米が採れる。
「ふぅ、今日も暑くなりそうです」
ロンド公爵である涼は、朝早くから働く。
毎朝、水田を回り、草取り。
除草剤を使わないで稲の育成を行った場合、避けては通れない道だ。
これが地球であれば、水田の中に入っていって手で取ったり、田車などを押したりして除去する……かなりな重労働。
ロンド公爵領においては、もちろん、雑草自動除去機能を持ったゴーレムが完成している……のだが、涼はあえて、自分で取ることにしている。
とはいえ、いちいち水田に入るのは面倒。
右手の親指と人差し指だけ伸ばし、銃の形にする。
そして、水中から顔を出している草の根元に狙いを定め、撃つ。
「<バンッ>」
根元の泥が弾け、草は水面に浮きあがる。
水田は、わずかに水の流れがあるため、後は放っておいても、勝手に川に流れていく……。
かつて、テッポウエビの大きい版が、涼を気絶させた、あのプラズマというか……キャビテーションというか……あれである。
涼がつけた魔法名は<バンッ>
……やっぱり涼には、命名のセンスがないようだ。
水田の周りには、何本かの柱が立っている。
王国で『退魔柱』と呼ばれ、大きな街道沿いに立っている魔物避けの柱。
ミカエル(仮名)が設置した、涼の家にある『結界』の性能には及ばないが、今までのところ十分役に立っており、魔物が水田や畑に入ってきたことはない。
もちろん、ご近所さんである、超巨大で超強力な方々には、ミカエル製の結界すら効果が無いことはわかっている……。
彼らを、決して、怒らせてはいけない。
朝方は、そんな水田の見回りをし、残りの午前中は、森の中を走りながら魔法の練習をして過ごし、午後は様々な図書館からくすねてきた……もとい、借りてきた錬金術関連の書物を読んだりして過ごす。
そんな平穏な生活が破られたのは、ある日の夕方であった。
今まで、一度として起動したことのなかった錬金道具が、動き出したのだ。
リビングの棚に置いてあった『通信タブレット』と涼が勝手に呼んでいる、石板のような錬金道具。
ファックスのような……電子メールのような……そんな文字情報を届けるもの……。
一対一で。
しかも、一方通行。
しかもしかも、一回使えばエネルギー切れになる。
ただし、有効距離は数千キロ……。
ロンドの森にある涼の家から王都まで、直線距離で約二千キロ以上あるのだが、問題なく届く。
「珍しい物が動いた……」
初めて通信が行われたため、さすがに涼も驚いてタブレットを手に取って読む。
「できるだけ速やかに、正装して登城せよ……? 登城せよは分かるけど……正装して?」
面倒ごとの予感しかしない……。
その夜。
涼は支度して王都に……はもちろん向かわない。
まず、伝えるべき相手がいる。
涼が出向いたのは、北の湿地。
そこにやって来たのは、首なし騎士デュラハン……の姿をした、涼の剣の師匠たる水の妖精王であった。
二人は言葉を交わすことなく剣を抜き、剣戟を始めた。
二時間後、涼の二勝三敗で模擬戦が終了。
なかなか勝ち越せない。
涼が強くなるたびに、デュラハンも強くなるのだ……その限界はいったいどこに?
「師匠、もうしわけありません。また今夜から、しばらく森を留守にすることになりそうです」
涼はそう言うと、深々と頭を下げた。
これまでにも何度かあったことではある……もちろん、首なしのデュラハンは何も喋らない。
いつものように、少し寂しそうな雰囲気を醸し出すだけ。
少なくとも、涼はそう感じている。
いつもは、剣戟が終わると、デュラハンは踵を返し、去っていくのだが、今日は違った。
両手に何かが生じた。
そして、涼の方に、両手を突き出す。
涼はそれを受け取った。
「これは……靴? ブーツですか?」
決して華美ではない。
見た目は、ごく普通のブーツ……よく見ると、何かのデザインもなされている。
レースアップブーツとでも言おうか。
それを見て、ふと涼は自分が履いている靴を見た。
かなりボロボロ。
着るものに、まったく頓着しない涼らしいといえばらしいのだろうが。
そのため、涼は靴を脱ぎ、レースアップブーツを履いてみた。
当然のように、完璧なサイズ。
飛んだり跳ねたりしてみたが、非常に動きやすい!
「すごい。ぴったりです。師匠、ありがとうございます!」
涼は嬉しそうに、そして再び深々とお辞儀した。
デュラハンはそれを見ると踵を返し、去っていった。
家に戻った涼は、少し考えた。
「師匠が物をくれたのは……このローブ以来だ。あの時も、しばらくここには戻ってこられなかった……もしかしたら、今回もしばらく帰ることができないということなのだろうか」
妖精王に、予知能力や未来視の力があるかどうかはわからない。
だが、彼ら人外の者が、人間よりも鋭い感覚を持っているのは間違いない。
彼らが『いつもと違う』ということは、『いつもと違うことが起きる』と考えておいた方がいいだろう。
結果、いつも通りであれば、それはそれでいいのだから。
涼は裏庭に向かった。
そこには、人の大きさ程の二体のゴーレムがある。
そう、ついに、涼はゴーレムの製造に成功したのである。とりあえずのゴーレム製造に。
だが、その性能には全く満足できていない……。
彼らが持つ機能は、田植え、除草、稲刈り、乾燥、脱穀……水田管理特化ゴーレムだ。
しかも、喋ることはできない……。
人工知能のように、自己学習することもできない……。
本当に、未だ『機械』でしかない……。
涼の理想には、ほど遠い者たちであった。
とはいえ、涼の留守中、水田の管理を任せる分には問題ない。
涼は彼らを起動し、お風呂に入って汗を流し、お肉を用意した。
動きやすい服を着て、村雨と鞘、ミカエル謹製ナイフ、肩掛け鞄を身につけ、いつものローブを羽織り、さきほど貰ったブーツを履く。
そして家の外に出て、唱えた。
「<アイスクリエイト 覇者の笛>」
すると、右手に小さな笛が生成される。
それを口に持っていき、吹いた。
人の可聴域外であるため、涼には認識できないが、鳴っている。
しばらく待っていると、目の前に降りてきたものがいた。
それは、天空の覇者……グリフォン。
涼は何も言わずに、右手に塩と胡椒をまぶした肉を持ち、グリフォンに投げる。
グリフォンは、飛んできた肉を、器用に嘴で受け取り、一瞥したのち、嘴を開いて口の中に滑り落とした。
そして、涼を見る。
「グリグリ、王都まで乗せていって欲しいのです。報酬はいつも通り、今のお肉二枚。どうでしょうか?」
グリフォンのグリグリは、少し考えた後、体を沈めて涼が乗りやすいようにし、頭を動かして「乗れ」という意思表示をした。
「ああ、ありがとう!」
涼は、グリフォンを『テイム』、つまり調教に成功したわけではない。
そもそも、そんなことができる者などいない。
あくまで、一人の人間として、一人のお肉提供者として、グリフォンに協力を願い出ているだけ。
今まで、断られたことはないが、断られても仕方のないことだ……本来グリフォンは、その背に何者も乗せないのだから。
涼が乗せてもらえるようになったのも、地道な交渉の結果なのだ。
だが、そのおかげで、涼はロンドの森からの、他の追随を許さない移動力を手に入れた。
涼は、グリグリの背に跨った。
グリグリはそれを確認すると、一つ大きく羽ばたき空に上がる。
ぐんぐん上昇した後、水平飛行に入った。
それは、すぐに音速を超える。
音速を超えるほどだと、断熱圧縮で熱くなるだろう?
おっしゃる通り。
宇宙から帰還する宇宙船とかがちょ~熱くなる、ああいうやつです。
気体は圧縮すると熱を持つのです。
でも……グリグリはもちろん、乗せてもらっている涼も、熱くなったことはない。
グリグリはグリフォンなため、風属性魔法で何かやっているのかもしれない……。
人には理解できない魔法の使い方が、『ファイ』にはまだまだあるようだ。
とはいえそれとは別に、涼が、グリグリに乗せてもらい、超音速で飛ぶ場合に、一つお手伝いさせてもらうことがある。
それは、ソニックブームの発生を抑えることだ。
例えば、航空機などが超音速で飛行すると、機体各部から発生する衝撃波が、大気中を長い距離伝播する間に統合し、地上で急激な圧力上昇を引き起こし、被害を与えることがある。
それが、いわゆるソニックブームと呼ばれるものだ。
だが二十一世紀にはすでに、この発生するソニックブームの強さを半減させる研究は、地球においては各国で進められ、試験機や実験機が作られていた。
JAXAのS3CMやNASAのX-59など……。
それらすべてに共通するのが、『恐ろしく長い機首』と『三角翼』。
そのため、涼は、超音速で飛んでくれる場合にグリグリと交渉して、グリグリの前に、不可視の氷で長い機首をつけることを許可してもらっていた。
最初はグリグリも渋ったが、実際につけてみると飛びやすかったらしく、今ではお気に入りの装備になっている。
ちなみに、三角翼は、グリフォンの翼の場合には必要ないらしい……。
かくして、地上はソニックブームの脅威から解放された。
地上の住人が、誰も知らないうちに。
ロンドの森から王都まで二千キロ強。
グリフォンの飛行でも一時間半はかかる。
一時間半、氷のロングコーンを維持したまま……それもグリフォンの背の上で、というのは、涼ですら多少の疲労を感じる行為だ。
涼が、王都にグリグリで乗り付ける場合、もちろん王都そのものには乗り入れない。
そんなことをすれば、王都中が大パニックになるから。
基本的に、グリフォンを人に見せることはないし、人に見られるべきではないと涼は感じていた……その辺りは、グリグリも理解しているようである。
王都上空に差し掛かると、涼は報酬のお肉を、手ずからグリグリに食べさせる。
そして、グリグリの背から飛び降りる!
グリグリはそのまま反転してロンドの森に帰っていき……涼はパラシュート無しのスカイダイビング。
大丈夫、地面に叩きつけられたりはしない。
「<ウォータージェットスラスタ>」
体前面からウォータージェットを噴き出して減速し、地面が接近すると、体の各所からもウォータージェットを噴き出して姿勢を制御して、完全にノーダメージで着地する。
数百回の経験により、今では完全に身につけた、パラシュート無しスカイダイビングの技術。
王都、ロンド公爵邸。午前三時。
王城にほど近い場所にある、ロンド公爵の王都における邸宅……なのだが、実は、涼はほとんど使ったことがない。
国王から下賜された時には入り、数日利用したが、それ以来、ほとんど利用していなかった。
王都そのものにはよくいて、錬金工房や王城にもそれなりに出入りしていた……非公式に。
特に、国王執務室は、隠し通路があり、涼はよく利用していたのである……ほら、男の子って、そういうの好きでしょ?
そのため、結果的に、一度も正式に登城していないのだが……。
公爵邸の鍵はもちろん持っているため、涼は鍵を開けて中に入った。
屋敷と庭の管理は業者に任せてあり、外も中も非常にきれいだ。
涼は、今夜は全く寝ていないことを思い出し、二階の寝室に行ってベッドにもぐりこんだ。
睡眠不足でいいことなど何もない……。
翌朝七時。
ロンド公爵邸の正面扉が開かれ、少年が入って来た。
歳の頃は十六歳ほどであろうか?
「失礼します」
扉のところで、決して大きな声ではないが挨拶をする。
とても礼儀正しい。
誰かが見ているわけでもないだろうに、きちんとする……その一つの動作が、自分の将来を切り開くこともある。
「どうぞ」
その声が奥から聞こえてきた時、少年は文字通り飛びあがった。
誰かがいるとは思っていなかったからだ。
少年が、このお屋敷の清掃担当になって一年。
週に一度、こうして清掃に来ているが、誰も見たことなどないのに……今朝は言葉が返ってきた……。
少年は、しばらく固まったままであったが、意を決し、玄関より奥に進むことにした。
少年が所属する商会は、清掃業務だけでなく管理業務全般を請け負っている。
この館に貴重品は無く、十数着の服があるだけだということは分かっているが、ソファーやベッドなどの調度品は一級品だ。
噂では、国王自らが命じて納入されたと言われるほどの物であり、それらに対しての強盗や窃盗であったら、大変なことになる。
もっとも、そんな賊が、「どうぞ」などと返事をするとも思えないが。
少年はリビングに続く扉を開ける。
「失礼します……」
見ると、リビングには、一人の青年……自分とそれほど歳の違わないように見える、黒髪の青年がおり、ソファーに座ってコーヒーを飲んでいた。
風呂上がりなのだろうか、非常にリラックスした様子だ。
「ああ、こんにちは。この家の清掃の方ですよね?」
黒髪の青年は、丁寧な口調でそう問うた。
質問ではあるが、答えを確信した質問である。
「はい。シュミットハウゼン管理商会王都店のボブです。こちらの、ロンド公爵邸の清掃を担当させていただいております」
「ああ、やっぱり。すごく綺麗な状態なので、丁寧な仕事をしてもらっているのは理解できます。いつもありがとうございます」
そう言うと、黒髪の青年は頭を下げた。
「あ、いえ……」
言葉の内容から、黒髪の青年は、ロンド公爵邸の関係者らしい……。
とはいえ、ボブは、そんな人が来るという話を商会から聞いていない。
いったいなぜ?
「ちょっと急用で館を使うことになって……。昨日の夜、というか明け方に来て、ベッドとお風呂を使いました」
そう言うと、黒髪の青年は金色の鍵を見せた。
それは、ボブには、この公爵邸の正式な鍵に見えた。
「で、ボブにお願いがあります。今日は、清掃は必要ないので、代わりのお仕事をお願いしたいのです」
「え……」
ボブも、貴族の館の清掃担当。
貴族とその周辺の人間たちが、時に無茶な要求をすることは理解している。
商会の方針として、人間としての尊厳を損なうような要求は断固として断るべきだが、それ以外なら受けても構わない、となっている。
「えっと、商会の規約的に、内容次第ではあるのですが……」
「ああ……。大丈夫、大変な仕事ではありません」
そういうと、黒髪の青年はにっこり笑った。
同じ男性であり、多分ちょっとだけ相手の方が年上でもあるにもかかわらず、その笑顔はボブには、可愛らしく見えた。
「この手紙を、今から届けて欲しいだけです」
そういうと、黒髪の青年は、封筒に入った手紙をボブに差し出した。
ボブは受け取ると宛名と差出人を見る。
「こ、国王陛下宛て……ロンド公爵様から……。あの、失礼ですがあなた様は……」
「ああ、申し遅れました。私は、ロンド公爵リョウ・ミハラと申します」
そう言うと、涼は立ち上がって、頭を下げた。
あまりの驚きから、ボブの思考が正常に戻ったのはきっちり一分後であった。
「本物なのか?」
「そんなこと、分かるわけないだろうが。公爵位についた三年前以来、一度も登城していないんだぞ」
「当然、『プレート』で本人だと判断されたから、こうして謁見されるのであろう?」
「そもそも、王妃様は、顔もご存じらしいじゃないか」
「まあ、どちらもルンの冒険者だったしな」
「それにしても急過ぎだろう……ここに来て、三年間、一度も姿を見せなかった筆頭公爵が登城して謁見……」
「やはり、噂は本当……」
「しっ! 声が大きい」
ロンド公爵の、初めての謁見を前に、謁見の間に居並ぶ廷臣たちの間では、様々な会話が交わされていた。
すでに全ての準備は整い、あとはロンド公爵が謁見の間に入るだけだ。
「ロンド公爵リョウ・ミハラ殿!」
宣武官がそう声をあげると、謁見の間の扉が開かれた。
一人の黒髪の青年が、公爵の正装を身につけ、マントを翻しながら入って来る。
その歩は速すぎず、しかして遅すぎず。
三年前に、アベル王に特訓されて身につけたことを思い出しながら歩いている……などということは、誰にもわからない。
涼が歩を進めるごとに、小さな声を漏らす者たちがいた。
「若いな……」
「あれが爆炎の魔法使いすら上回る……」
「一部では、『白銀公爵』あるいは『氷瀑』と……」
涼は玉座に近付くにつれ、奇妙なことに気付いた。
(玉座が二つ並んでいる?)
普通、玉座は一つ。当然だ。
だが、二つある……しかも片方に座っている人物は、やけに小さい。
(アベルが縮んだ……わけではなさそうです)
もう一方の玉座に座っている人物はわかる。
王妃リーヒャ。
アベル王の正妃であり、『赤き剣』にいた神官リーヒャ。
となると、もう片方の小さい人は。
(第一王子ノア……まだ三歳にはなっていないはず。ぐずりもせずに座っている)
階の下につき、片膝をついて礼をとる涼。
「ロンド公爵リョウ・ミハラ、お召しにより登城いたしました」
「ロンド公爵、面を上げよ」
女性の声が響く。リーヒャの声だ。
だが、その声には感情が籠っていなかった。
そして、見上げた涼から見たリーヒャの表情も、全く感情の表れていないものであった。
「公爵、遠いところを大儀です」
「もったいなきお言葉」
この辺りはテンプレ通り。
だが、やはり抱く疑問。
(アベルは、どこに行った?)
お待たせいたしました!
水属性の魔法使い、第二部 西方諸国編の開幕です。
第一部から第二部の間が、物語上、三年ほど空きました。
いつか、この間に起きた事をSSや外伝で書く予定ではありますが……。
本作、各部の間では、この第一部と第二部の間の三年間というのが、一番長い開きになる予定です。
第二部と第三部の間なんて、一秒もないですからね。
終わった瞬間が、次の始まりという……。
まあ、三年経ちましたけど、変わっていない部分も多々あります。
アベルも、まだ二十代ですしね!
涼は、永遠の十九歳ですしね!
(最初の計画で、第一部と第二部の間は二十年開くはずだったなんて言えない……
書いてみたら、想像以上に、涼とアベルの相性が良かったので五年に縮まり、最終的に三年になりました)
まあ……アベル、出てきてませんけどね……。
とにかく! また投稿し続けますので、よろしくお願いいたします。
また明日、21時にお会いしましょう!




