番外 <<幕間>> 総合評価195,000到達記念SS 王立錬金工房とお土産
「ケネス! ケネスはいますか~!」
王立錬金工房の玄関で、何事か叫ぶローブを纏った魔法使い風の男。
何度目かの叫びの後、ようやく奥から反応があった。
「ああ、はいはい、ちょっと待ってください」
そして、出てきたのは……ケネスではなかった。
いつかどこかで見た光景。
それが、デジャヴ……。
王立錬金工房は、王都陥落前に王都を脱出し、ルンの街にその機能を移した。
ナイトレイ王国解放戦が終了し、先日、ようやくその全機能が王都に戻ってきた。
それを待ちかねていたかのように、ローブを纏った魔法使い風の男が訪れたのだ。
前回、男は、衛兵が気付かないうちに、この玄関まで来ていた。
今回は……。
玄関に出てきたのは、ケネス・ヘイワード男爵の部下、ラデン。
「あれ? リョウさん? お久しぶりです……けど、衛兵から何の連絡もなかったですが」
ラデンがそう言っていると、門の方から、衛兵が急いで走ってきて何事か言っている。
「公爵閣下、お待ちください~」
今回は、ちゃんと衛兵に、『ロンド公爵』の身分証明プレートを見せて、涼は入っていた。
ただ、プレートを返却してもらうと、一気に<ウォータージェットスラスタ>で玄関までやってきただけなのだ。
衛兵が後からついてくるのも、致し方なかった……。
涼が通されたのは、前回同様、『分析室』と呼ばれる、錬金工房で最も広い部屋の一つ。
そこには、前回同様、工房の主ケネス・ヘイワード男爵と、鹵獲した連合の人工ゴーレムが……。
「ゴーレムが……ない……」
涼は、その目を大きく見開いて、辺りを見回す。
「ゴーレムがない」を、うわ言のように何度も何度も呟きながら……。
ケネスは、非常にバツが悪そうだ。
彷徨う涼の光景は、ラデンが、二人分のコーヒーを持ってくるまで続いた。
そこで、ようやく現実を受け入れた涼。
地面に両手両膝をつき、絶望のポーズとなって俯いた。
「すいません、リョウさん。王都から撤収するときに、廃棄……というか、溶かしたんです」
「え……」
「先の王太子殿下のご指示で。帝国に接収させないためだったのでしょうね」
「ああ……カイン殿下の……」
この王立錬金工房は、王都陥落前に王都を抜け出し、南部のルンに脱出したのだが、それは、当時の王太子カインの指示によるものであった。
死の床にあったカインは、王国軍の敗北と王都陥落を見越して、その指示を出しておいた。
そのおかげで、ケネスをはじめ、王国の錬金術関連資料が、帝国の手に落ちるのを防ぐことができた。
そんなカイン王太子を、涼は、生前から高く評価している。
「王太子殿下の指示なら仕方ありません。実際、あれが帝国の手に渡るのを防いだのですから」
涼は大きく頷いてそう言い、立ち上がった。
復活した。
だが、ふとした疑問を抱く。
「でも、あれって……簡単に溶けました?」
戦場でもそうだったが、『ヴェイドラ』で穴を開けられたり、多数の公国軍にたかられて活動停止したりはしていたが、火属性魔法などで溶けたりはしていなかったはずだ。
この『分析室』で見た時も、簡単に溶けそうには見えなかった……。
すると、ケネスは少し微笑んで、質問に質問で返した。
「リョウさんは、『融合魔法』ってご存じですか?」
「融合魔法?」
涼は首を傾げたが……聞いた記憶はある。
「以前、イラリオン様と魔法談義をした際に、チラリと聞いた気がします。『錬金術との融合魔法』というのが発表されたとか何とか……」
「ええ、それです!」
涼が、淡い記憶から呼び起こしてきた内容に、ケネスは嬉しそうに大きく頷いて答える。
「実は、一年前に、私が発表したんですけどね……」
少し照れながら言うケネス。
「マジですか……」
驚く涼。
それも当然であろう。
以前、イラリオンは言ったのだ。
「将来の中央諸国における魔法を変えることになるかもしれない理論」だと。
もちろん、ケネス・ヘイワードは、錬金術の天才であり、涼が勝手に錬金術の師と仰いでいる人物なのであるが……想像以上の天才だったらしい……。
とはいえ、『融合魔法』の詳細は、イラリオンも涼も、よく理解してはいない。
そもそも、錬金術自体が、「錬金道具を使うことによって魔法現象を発現する」のを目的としている。
その上で、そんな錬金術を使っての融合魔法……?
「そうですね……応用範囲はかなりあるし、理論も広範にわたるのですが、魔法の重ね掛けができる、というのが、一番簡単な融合魔法でしょうか」
「おぉ~!」
ケネスの説明に、感嘆の言葉を上げる涼。
それは、非常にわかりやすい説明だ。
「火属性魔法を重ね掛けすることによって、到達温度を上げることができます」
「なるほど! それなら、あのゴーレムを溶かすことも可能ですね」
ようやく見えてきた。
だが、続けて言ったケネスの言葉に、涼は衝撃を受ける。
「でも、リョウさんには関係ない気がします」
「え……」
突然突き放される涼。
「だって……リョウさんの魔法、以前見せてもらいましたけど……普通に重ね掛け、できちゃうでしょう?」
「あ……」
そう……涼の場合は、重ね掛けは普通にできる……。
ケネスが言う融合魔法は、中央諸国で一般的な、『詠唱を行っての魔法』において、画期的だといえる。
そんな、頭をガツンと叩かれた感じの涼の視界に、机の上に置かれたタブレットが目に入った。
涼が部屋に入って来た時に、ケネスが操作していたものだ。
かつて、転生するときに白い部屋で、ミカエル(仮名)が持っているのを見た石板に似ていなくもない……。
「ケネス、その……板は、錬金道具ですか?」
何と表現すればいいかよく分からなかったために、妥協して『板』という表現。
「はい。これはただの操作板ですけど。これの本体は、隣の部屋に置いてあります」
まさかの無線接続!?
まあ、大海嘯の調査に使われた『残留魔力検知機』が、ダンジョン内から地上の天幕まで情報を飛ばしていたのを考えれば、それほど難しいことではなさそうだ。
魔法万歳!
「王都に戻ってくる前に、南部のいくつかの街と王都間で、情報のやり取りをできるようにしてきたんです。今までも、大きな街の冒険者ギルドは、王都とやり取りができていたんです、かなり昔に作られた『連絡網』らしいのですけど。その頃は、領主館と王城も結ばれていたそうなのですが、度重なる戦乱や貴族の反乱、民衆の打ちこわしなどで、もう今はないんですよね。で、それらの復旧みたいな感じで……技術としては新しいものを導入したのですが……」
何やら、ネットワークが繋がったらしい。
「かなり昔に作られた連絡網って……もしや、中興の祖、リチャード王とかがやったんじゃ……」
「よくわかりましたね! リチャード陛下は、錬金術も史上最高とすら言われる方でしたので、これまでその技術の復元はできなかったんです。今回私がやったのも、技術の復元ではなくて、新しい技術での接続ですから……」
ケネスは、とんでもないことをやったらしい……。
涼には、未だ想像できないレベルの話だ。
やはり、錬金術の頂は、遥かに遠い!
頑張らねば!
ケネスは説明しながら、『操作板』を起動し、なにがしか映し出して涼に見せた。
「これが……繋がっている街? ルン、アクレ、カイラディー……え? コナ村もある!」
「はい。コーヒーの名産地として、近年有名になってきていますよね。王城から、必ずコナ村も繋げと依頼がありました」
微笑みと苦笑いの間くらいの感じで、ケネスは笑う。
(王城、グッジョブ!)
涼は心の中で称賛した。
そして、涼は閃いた。
「西の森へのお土産……いけるかも」
もちろん、連絡網への接続や、操作板を持っていこうというのではない。
コナ村や、カイラディーで採れる……。
ようやく涼が錬金工房を訪れることができました。
次回のSSで、ついに、涼は西の森を訪れます!
12月25日(金)正午に投稿されますので、
今しばらくお待ちください……。(12月15日追記)




