0254 エピローグ
「今回は、いろいろありました」
「リョウが、そのセリフを言うのは珍しいな」
アベルは、傍らにいる涼にそう言った。
ここは、王城の、元王太子執務室。
結局、アベルは、ここを新たな国王執務室にすることにしたのだ。
表向きの理由はいくつもあるが、真の理由は、王都外への抜け道も、王都内への抜け道もあるため、いろいろ都合がよい。
そんな新たな国王執務室で、アベルはやはり書類仕事をしながら、それをハインライン侯爵が補佐し、涼はソファーにきちんと座って話していた。
きちんと座っている理由は、もちろん、目の前にコーヒーがあるから。
コーヒーが無ければ……ぬべ~っと……。
「さすがに、右目の辺りに火傷を負って、お腹にでっかい穴が空きましたからね。着地したばかりで、ローブが開いていたのが失敗でした。でも、あいつの両腕は斬り飛ばしたし、僕の方は気を失いませんでしたから。実質勝利です!」
「お、おう……」
涼のアピールに、アベルはとりあえず肯定した。
反論してもどうしようもない、という消極的理由によって。
「しかも<転移>で敵の首魁が現れるという、転移イベントもあったとなれば、『いろいろありました』というのは正しい発言でしょう」
「転移イベントとかいうのがよくわからんが、まあ、あれは確かに驚いた」
涼が言い、アベルも同意した。
そこで、ハインライン侯爵が情報を補足した。
「その集団転移ですが、どうも頻繁に使えるものではなく、一回使うごとにハーゲン・ベンダ男爵は健康を害しているそうです。もしかしたら、寿命を削っての魔法なのかもしれません。実際、皇帝魔法師団を転移させ、その後すぐに皇帝ら五万人を転移させましたが、血反吐を吐きながらの転移だったとか。帝都に戻るまでも、戻ってからも、未だに起き上がれないそうです」
「ヒールすら効かないとは、なんて壮絶な魔法……」
「そこまでして、皇帝はあの場に現れたということか」
涼もアベルも、ベンダ男爵のその境遇に、少しだけ憐れみを感じていた。
確かに、自分たちを危地に追い込んだ魔法であるが、男爵の使われ方があまりにも不憫だったからだ。
「まあ、そう簡単に使えないのであれば、こちらとしては有り難いな。あれで、大軍をいきなり王都に送り込まれたら大変だからな」
アベルは、署名する筆を止めてそう言った。
そのタイミングで、ハインライン侯爵がアベルに言った。
「陛下、リョウ殿の例の件、ルン辺境伯並びにホープ侯爵にも根回しが終了いたしました」
「そうか。問題なさそうか?」
「はい。お二方とも喜んでおりました。あれほどの戦力、どこかの貴族が取り込んだら大変なことになると」
「はい?」
ハインライン侯爵が、意味ありげに涼を見て、涼は首を傾げて問いかける。
「いや、今回の功績によって、リョウを貴族に取り立てるという策だ」
「貴族……」
アベルが言い、涼は眉根を寄せながら問いかけた。
その言葉からは、あまりいいイメージを受けないからだ。
「魑魅魍魎が住む王宮政治……領民の反乱に悩む日々……近隣領主による嫌がらせ……」
「いや、どんな破綻国家だよ」
涼の呟きに、アベルがつっこんだ。
王国は法治国家であり、貴族に対しても守るべき法律が存在する。
もちろん、それは平民よりは緩いものであるが、それとて、時の王室との関係次第だ。
あるいは、王室自体の力の大小次第というべきか。
王室が強ければ貴族はきっちり従うし、王室が弱ければ貴族のわがままは多くなる。
ではアベル王はどうか?
まだこれからではあるが、ハインライン侯爵、ルン辺境伯、そしてホープ侯爵という南部、西部の大貴族の支持を受け、しかも王国中にいる冒険者たちの支持を受け、その来歴から王国民の人気も高い。
しかも、今回の戦争において、レイモンド側についた貴族領は基本的に取り潰され、いったん王室の管理の元に入ることになる。
そこから、既存の、どの貴族にそれらの領地を分け与えるか、あるいは新たな貴族家を興すか……あるいはそのまま王室直轄領とするか。
すべてはアベル王次第。
つまり、アベル王の権力は、相当に強くなりそうであることは、誰の目にも明らかであった。
「フリットウィック公爵家を取り潰し、新たに公爵家を興す。リョウには、その公爵家の当主となってもらう」
「……はい?」
アベルの説明に、涼は首を傾げた。
言われたことは理解できた。
だが、意味が分からない。
たまに、人の脳で起きることである。
「そうだな……ロンド公爵でいいんじゃないか? ロンド公爵リョウ・ミハラ。領地はロンドの森で。どうせ人外魔境だ、他に誰も統治できないだろうし、人もいないから統治する必要も無い。名前だけだな」
「ロンド公爵家は、フリットウィック公爵家を取り潰して興した家になりますので、筆頭公爵。つまり、筆頭貴族でもあります」
アベルがロンド公爵に任じ、ハインライン侯爵がロンド公爵の地位を説明した。
「筆頭貴族……」
涼はあまりの事に頭がついていかなかった。
「筆頭貴族であれば、涼を自分の下になどと、馬鹿なことを考える貴族は出てこないさ。以前言ったろ? ちゃんと考えてあるって」
アベルは、涼が貴族に取り込まれて面倒なことになるのを嫌がっているのを分かっており、それに対しての方策は考えてあると言っていた。
これが、その方策だったのである。
あんまりと言えばあんまりである。
「いやいや……例えばハインライン侯爵様とか、それでいいんですか? いきなり僕が筆頭貴族とか……」
「もちろん。それどころか、私が進言したのですよ。国の最高戦力ですからな。名実ともに国王直下であり、他の貴族たちがどうこうできる者ではないという事を、その地位によって示せます」
「特に王城で何かしろというわけでもない。普段、登城する必要もないし……王国には、例えば国中の貴族が一堂に会すような、そんな行事はないからな。ホープ侯爵など、ここ十年以上、王都に来なかったそうだし。まあ、今回のような戦争が起きた場合は、手伝ってほしいが、それ以外は好きに生活すればいい。王都に住むもよし、ルンに住むもよし、あるいは領地たるロンドの森で過ごすもよしだ」
アベルは何度も頷きながら、そう言った。
『筆頭公爵』『筆頭貴族』として名誉的な地位を与えるが、実質的な国の中枢に関わる権限、職務には就けないということである。
もちろん、涼はそんなことは一ミリも望んでいないので、ありがたいのであるが……その辺りは、現実主義者でもあるハインライン侯爵の考えも入っているのであろう。
「まあ……名誉的な肩書ということなら、受けますが……」
「そうか! よかったよかった。そんなのめんどくさい、とか言われたらどうしようかと思っていたんだが……うん、よかった」
アベルは嬉しそうに微笑み、そう言った。
ハインライン侯爵も嬉しそうに微笑んでいる。
「王都に屋敷は準備するから、好きなように使うといい。ああ、普段使わないというのなら、管理を請け負う業者もあるからな。その辺りは、おいおいな」
アベルは機嫌良くそう言った。
涼がロンド公爵となることを受け入れたのが、よほど嬉しかったのであろう。
「そうそう、リョウがロンド公爵になるというのは、貴族の間にはもちろん知らせるのだが、一般の国民の間には特に知らせたりはしないからな。だから、冒険者としての活動とか、普通に続けられるぞ」
「ああ、それはちょっと嬉しいですね」
「そのうち、身分を表す『プレート』が国から渡されるから、それは持っておいた方がいい。いろいろ役に立つ。例えば、王都図書館の『禁書庫』に入ったりな」
その言葉には、涼は飛び上がるように反応した。
「禁書庫はいいですね! プレートのやつは、以前、ウィリー殿下のを見たことがあります。巡察隊みたいな人が、何か錬金道具で確認していました」
王都に来る途中の出来事を、涼は思い出していた。
王都図書館の禁書庫に入れるのは、涼にとっては非常に高ポイントであった。
未だ、錬金術の頂は遙かかなたにあるが……例えば王都図書館だけではなく、王城の禁書庫などであれば、リチャード王が残した錬金術関連の書籍などもあるのではないか……。
「アベル、もしかして、王城にも『禁書庫』がありますか?」
「ああ……どうだったか?」
アベルは記憶が定かではないらしく、傍らのハインライン侯爵に尋ねた。
「ございます。規定がかなり厳しいですので、錬金工房の主任であるケネス・ヘイワード男爵すらも入れなかったはずですが……そうですね、筆頭公爵であれば入れるでしょう」
「やった~」
ハインライン侯爵の説明に、何度も小さくガッツポーズを繰り返す涼。
それを苦笑しながら見守るアベル。
ようやく、王国は平和を取り戻したのであった。
第一部 中央諸国編 完
「水属性の魔法使い 第一部 中央諸国編」ついに完結しました!
今までお読みいただき、ありがとうございました!
「第二部 西方諸国編」の開始は、今しばらくお待ちください。
一年はお待たせせずにすみそうです……。
決まりましたら、本編のあらすじや活動報告、その他でアナウンスいたします。
途中、<幕間>などを投稿する可能性がありますので、ブックマークは外さないことをお勧めします。
「第一部 中央諸国編」は、『水属性の魔法使い』という物語の、いわば序章です。
これからも、続いていきますので、気長にお付き合いいただけると嬉しいです。
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