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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 最終章 ナイトレイ王国解放戦
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0253 アベル vs ルパート

涼とオスカー、二人とは関係のないところで、事態は進行しはじめていた。



「アベ……陛下、敵の後方に五万人規模の人間が出現しましたぞ」

思わず、昔の呼び方をしそうになったイラリオンが報告する。


イラリオンですら焦らせる状況の発生。


再びの<転移>



「全軍召集。敵の新手だ!」

アベルの号令に呼応して、イラリオンが<伝声>によって、全軍に召集を呼びかける。



思い思いに、涼対オスカーの、ほとんど人外同士ともいえる戦闘を見守っていた南部軍は、その伝声で気を引き締め直した。



だが、転移した五万人は、そのまま動かず、そこから騎馬の人物が二人だけ、前に歩いて来る。



「あれは、まさか……」

さすがのアベルですら、出てきた二人のうちの片方には、信じられない思いであった。

「皇帝、ですな」

傍らのイラリオンが、一つ頷きそう告げた。



デブヒ帝国皇帝ルパート六世の臨場であった。



「俺が行かねばなるまいな」

アベルはそう言うと、前に踏み出した。

「であるなら、わしが同行しよう。あと、リーヒャ、リョウの手当てを」

そういうと、イラリオンがアベルに続き、リーヒャも涼の手当てのために続いた。




「フィオナ、オスカーを治癒せよ」

「リーヒャ、リョウを頼む」



ルパートとアベルは、それぞれ指示を出した後で、お互いに向かい合った。



「デブヒ帝国皇帝ルパート六世だ。アベル王には、お初にお目にかかる。おっとその前に、ご即位おめでとうございます」

「ご挨拶痛み入ります。ナイトレイ王国国王アベル一世。ルパート陛下には、いろいろとお世話になりました」

それぞれが挨拶をかわす。



「はて、何かお世話いたしましたかな」

「レイモンドの反乱に力を貸したり、ですな」

「いやいや、レイモンド殿こそが、正当な王位継承者と信じたために、お力をお貸ししたのですが、いろいろと行き違いがあったようですな」


まさに、これぞ、いけしゃあしゃあといった感じでルパートは言った。


「先ほど、私の即位を祝福してくださったという事は、今後はそのような問題は起きない、と認識してよろしいのでしょうな」

「ええ、そうなりますな」



アベルは言質をとった。

全てを理解したうえで、ルパートは言質を与えた。


帝国が、アベルをナイトレイ王国国王として、正式に認めた瞬間であった。




「さて、アベル陛下。陛下が国王に即位されるのは認めるのですが、実は即位される前に、王国と帝国の間で契約が交わされていましてな」

「契約?」

「ええ。帝国に、王国東部と一部北部の支配権を譲渡するという契約が」

「ありえませんな」


ルパートが言った言葉を、言下に退けるアベル。



いくらレイモンドが愚かであっても、帝国に領土の割譲は行わないであろう……一度奪われれば永久に取り返せないことをわかっているからだ。

これが、連合相手であれば分からないが……。


巨大すぎる相手には、一時的であっても土地の支配権を渡してはいけない……それは国でも個人でも同じなのだ。



「ありえないと言われましても……。こちらも慈善事業で軍隊を出しているわけではありませんからな。お渡しいただけないとなると、面倒なことになりますな」

「脅し、ですかな」

「いやいや、ただの助言ですよ。ですが、我が軍の指揮官たちも、けっこう暴走する者たちがおりましてな……五万の兵がいると、そう、何が起こるかわからないものですから」



これが交渉なのである。



「話し合いで解決」などというのは、結局『力』を背景にしたものにならざるを得ない。

国内においては、裁判や示談など、話し合いで解決というのは、司法の力が背景にあるからこそ成り立つ『話し合い』なだけだ。


国どうしの話し合いでは、そんな司法の力に該当するものはない。

各々が持つ軍事力を中心とした力が、重要になってしまう。



地球においては、軍事力を背景にした経済力が、その『力』になったわけだが、結局、領土問題は絶対に解決しない。

力を背景にした割譲の要求か、金で買い取るか……他に解決方法などないのだ。


そして、この場において、アベルはお金を出す気は無かった。



「イラリオン、連絡を」

「かしこまりました」


アベルはすぐ後ろにいるイラリオンにそう告げると、イラリオンは<伝声>に似た魔法で、何事か呼びかけた。


「王国は、我が帝国軍五万に対抗できる力をお持ちであると?」

「それは実際に見ていただくのがよろしいでしょう」



「おぉ!」

アベルの言葉が終わるとすぐに、王国軍の後方から、驚きの声が上がり始めた。


その理由は、すぐにわかった。

そこに現れたのは、空中に浮かぶ巨大な船。



「我が国が誇る船、ゴールデン・ハインド号です」

「空中戦艦か……」



さすがの皇帝ルパートですら、それは想定外の代物であった。

三胴船、つまりトリマランの船が空に浮かんだような……流線型の、とても洗練された美しい船であった。



「これはまた……すごいものを作りましたな」

そう言ったのは、ルパートのすぐ後ろに控えたハンス・キルヒホフ伯爵。

ルパートは何も言わなかったが、心の中ではかなり警戒しはじめていた。


確かに、帝国も空中戦艦と呼ばれる、空飛ぶ船を持っている。

だが、それは古代からの遺産とでも言うべき物であり、今、もう一隻作れと言われても作ることは出来ない。

技術的な問題もあるが、それ以上に動力源となる『魔石』の問題だ。

帝国の空中戦艦の魔石は、もう二度と手に入らないであろう物……だから、二隻目を作ることはあり得ない。


だが、目の前の王国の船は、現代において作られたのだ……つまり、現在手に入る材料で空を飛ばせたのだ。

それを警戒しない方がおかしい。



だが……。

「確かに驚きましたが、我が軍五万に匹敵するかというと……」


「ルパート殿、あちらの、山の上をご覧ください」

そういうと、アベルは戦場から少し離れた山を指さした。

そして、イラリオンに頷く。


二十秒後、ゴールデン・ハインド号から緑色の光が奔り、指さした山の頂が「弾けた」。



「……」



これには、さすがのルパートですらも言葉を失った。

もちろん、走った緑色の光が何かは知っている。

『ヴェイドラ』だ。

完成すれば脅威になるとして、元内務卿ハロルド・ロレンスをして邪魔をさせていたのは、かくいうこのルパートなのだから。


それが完成し、あまつさえ、空中戦艦に積まれていたのは想像の外であった。


その表情を見て、アベルは心の中でガッツポーズをする。


ルパートは、ヴェイドラを知っている。

その破壊力も知っている。

そうであるなら、交渉はかなり有利に運べそうであった。




「さて、ルパート殿。王国が望むのはただ一つ。このまま帝国全軍が、帝国領にお戻りいただくことです」




こうして、王国と帝国の間の戦争は終結した。

正式な条約の締結は後日という事になるだろうが。



「帝国軍は、ようやく帰ってくれたな」

合流したヒュー・マクグラスが、疲労困憊の態でそう言った。


「帝国としては十分な成果でしょう。この戦争の間に、モールグルント公爵家を潰し、おそらくこの後、ミューゼル侯爵家も取り潰す。王国東部に保管されていた『黒い粉』は帝国領に運び込まれたそうですし」

「最初から、東部や北部を支配下に置くつもりはなかったわけだ。そうでなければ、帝国領に運んだりはしないからな」

フェルプスの説明に、アベルは一つため息をついてから、そう言った。


それでいて、王国の新たな秘密兵器たるゴールデン・ハインド号とヴェイドラを知ることができたというのも、帝国にとってはこの戦争での成果であったろう。


もちろん、王国にしても、今後抑止力として、この二つは効果を持ち続けるから、必ずしも悪いわけではない。

この戦争で落ちた王国の国力を、十分に補えるだけのものを新たに手にしたという事を示せたであろう。



大規模な戦争を回避するために、軍事的な抑止力を見せておく。



なんとも矛盾しそうな論理だが、古今東西、どんな世界においても、数千年にわたって人間が刻んできた歴史の真実でもあるのだ。




「陛下、申し訳ありませんでした」

「ん?」

皇帝ルパート六世は、目の前に跪いた皇女フィオナとオスカーを見て、首を傾げた。

「なぜ、謝る?」

「あの水属性の魔法使いを討ち取ることができませんでした」


そう言ったのは、オスカーであった。

その体からは、怒りが噴き出しそうである。



「そのことは良い。お主ら二人が無事であったことの方が重要だ。今回の戦、帝国は多くの物を手に入れることができた。第八軍は失ったが、それに見合ったものは……いや、第二十軍も壊滅したか。戦後交渉で、捕らえられたままの第二十軍の者たちを取り戻さねばな。厄介なエルフが戦線に出てこぬように抑えを命令したのだが……戦端を開いてしまったのが間違いだったな」


そういうと、ルパートは初めて、顔をしかめた。

エルフの『西の森』で、第二十軍が壊滅したのは、想定以上の損害だった。

だが、かなりの人数が生かされ、捕らえられているとのことだ。生きていればなんとかなる。

取り戻すために、かなりの物を出すことになるだろうが、優秀な人材には代えられない……。



「まあいい。それより、オスカー、先の戦では王国北部貴族たちを裏切らせ、ウイングストンをはじめ、いくつもの都市を落としたとか。よくやった」

「お褒めにあずかり恐悦至極に存じます」


ルパートが褒め、オスカーは一層頭を下げた。

「喜べ、帝都に戻ったら陞爵(しょうしゃく)だ」

「は?」

「二段階上がるがよかろう。一気に伯爵にする」

ルパートはそう言うと、二人を下がらせた。



傍らにいるのは、片腕たるハンス・キルヒホフ伯爵だけである。

「期待を裏切らず、オスカー殿は功績をあげましたな」

「ああ。フィオナを傍らに置いたまま、オスカーだけ戦場に出したかいがあったわ」


そういうと、ルパートは小さく笑った。


「伯爵となれば、女公爵の夫となっても問題はあるまい」

「やはり、フィオナ殿下の夫に?」

「当たり前だ。それ以外の者と結婚させようとしたら、俺はフィオナに焼かれかねん」


先ほどよりも大きな声で、ルパートは笑った。


「どうせ、国内には、たいした貴族は残っておらん。かといって、外国に嫁がせる必要性もすでに無い。であるなら、オスカーを婿にもらうのが良いであろうよ。あれほどの魔法使いの血、帝室の近くに置いておければ、何代か後には直系に入るやも知れぬであろう?」


次話、涼パートで、「第一部 中央諸国編」の最終話となります。

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