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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 最終章 ナイトレイ王国解放戦
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0249 対帝国軍

王国東部最大都市ウイングストン。

かつてはシュールズベリー公爵領の都であった街だが、現在、帝国遠征軍主力が駐留している。



そこには当然、総司令官ミューゼル侯爵と、主席副官クルーガー子爵リーヌス・ワーナーもいた。


「リーヌス、モールグルント公爵の反乱はどうなった」

「鎮圧されつつあるそうです。フィオナ皇女率いる皇帝魔法師団を従え、皇帝陛下自ら鎮圧に向かわれたそうで」

「それでか。ゴーター伯爵領にいた爆炎の魔法使いが、帝国本土に向かったのは……」

「南から、モールグルント公爵領を(やく)したのでしょう」


ミューゼル侯爵の表情は複雑であった。

帝国貴族として、最大のライバルであるモールグルント公爵。

それがいなくなるのは悪くない。

だが、対皇帝という面で見た場合は、貴族陣営戦力の減少が著しくなる。


素直に喜べないのは当然であった。



ミューゼル侯爵自身は、特に皇帝に対して叛意を抱いてはいない。

確かに、帝国を代表する大貴族ではあるが、正直、現状で満足しているからだ。


だが、息子がそうではないことは知っていた。

畏れおおくも、玉座に対する執着があることも。


そのため、今回の遠征の総司令官を拝命した際、息子リーヌスを主席副官として遠征に伴うことを皇帝に願い出たのだ。

帝国に残して行けば、何を引き起こすかわからない。

あるいは、何に巻き込まれるかわからない。


決して愚鈍ではないと思っているが、まだ宮廷で生き残っていくには、経験が決定的に足りない……そのことを父親として知っていたからであった。



「リーヌス、例の輸送はどうなっている」

「『黒い粉』ですな。最後の輸送部隊が、帝国国境を越えた頃かと。それ以前の全ての部隊は、帝国本土への到達を確認できております」

「そうか。最低限の役割はこなせたか。あとは、アベル王か……」

ミューゼル侯爵は一つ頷くと、そう言った。


「我が軍は、侯爵領からの後詰めを入れて、総兵力二万八千です。アベル王が率いる南部軍も三万弱ということですので、数は同じ。同数の敵であれば、我が帝国軍に勝てる者はおりませぬ」

リーヌスは、そう言い放った。



これは決して大言壮語ではない。

帝国以外の中央諸国の軍が、騎士団、魔法団を除けば、『民兵』によって人数の(かさ)ましが図られているのに比べ、帝国軍は違う。


侯爵領軍のような貴族の軍隊は民兵がいるが、帝国本軍は全て職業軍人だ。


近衛を除いても、騎士団は別にある。魔法団も別にある。

それらとは別に、『帝国軍』という職業軍人の集団がいる。



今回、ミューゼル侯爵の指揮下にも、帝国第八軍、一万五千人が入っていた。

帝国全軍五十万とすら言われる数からすれば、ごく一部ではあるが、対王国軍で考えた場合、かなりの戦力と言っても過言ではないだろう。


この帝国第八軍、ミューゼル侯爵領軍と共に、新たに遠征軍の中心となったのが『帝国第七魔法軍』だ。

爆炎の魔法使いオスカー率いる皇帝魔法師団は帝国本土に戻ったとはいえ、攻撃魔法を使える魔法使い二千人が所属する帝国第七魔法軍は、強力な戦力であった。



また、この第七魔法軍の指揮官は、ミューゼル侯爵とも仲のいいオステルマン伯爵グーターであることも、ミューゼル侯爵の心を強くしていた。



オスカーは、もちろん強力な魔法使いであり、彼に鍛えられた皇帝魔法師団も、強力な魔法使い集団であるのだが、いかんせん、皇帝直属の魔法部隊だ。

正式には、ミューゼル侯爵に命令権は無かったため、多少なりともやりにくさを感じていたのは確かであった。


だが、第七魔法軍のオステルマン伯爵は違う。



正直、ミューゼル侯爵は、アベル王との決戦を待ち遠しく感じていた。




「爆炎の魔法使いがいないというのは、確かか?」

「はい陛下。オスカー・ルスカ男爵並びに彼が率いる皇帝魔法師団は、帝国本土に戻り、モールグルント公爵征討戦に参加していることを、確認いたしました」

「残念……」


最後の言葉は、アベルを護衛する水属性の魔法使いが呟いた言葉であり、聞こえた者たちも、聞こえなかったふりをすることにしていた。


絡まないのが吉である。



ここは、王城内の元王太子執務室。

国王執務室は、レイモンド王が自死したり、さらに未だアベルの父スタッフォード四世自身は存命であることなどから、アベルは居を構えるのを避けた。


その王太子執務室には、現在、南部軍首脳が集まり、進軍計画が話し合われている。



フェルプスとハインライン侯爵の報告により、ウイングストン並びに王国内にいる帝国軍の陣容は、ほぼ正確に知るところとなっていた。



現在、ハインライン侯爵は、王国軍務卿の地位も兼任している。


デスボロー平原で敗北し、その後、紆余曲折を経て王都内で軟禁状態に置かれていた、前任の軍務卿ウィストン侯爵エリオット・オースティンから、押し付けられたのだ。


エリオット自身は、自領の騎士団を率いて、帝国軍との戦いに参戦する意思を示しているが、軍務卿の職務には耐えられないためハインライン侯爵に譲りたいと、王都に入ったアベルに直言した。

それを聞いたハインライン侯爵が絶句したのは、内緒である。


高い地位に就くのも、いろいろ大変らしい……。




「爆炎の魔法使いはおりませんが、帝国第七魔法軍、二千が厄介です」

「二千人の魔法砲撃とは……豪気じゃのう。互いに干渉するから、狙い通りにはなかなか飛ばんじゃろうが、それでも二千という数は厄介じゃ」


ハインライン侯爵の指摘に、顧問アーサーは頷いてそう言った。



「さすがに、リョウでも二千本の攻撃魔法の迎撃は……いや、違うか。アロー系であれば、一本が五本に別れるから、一万本の砲撃か……」

「高速で移動する一万の標的に、精密砲撃……さすがに無理ですね……」


涼は小さく首を振りながらそう答えたが……途中で首を振るのを止めた。



「ん? もしかして……もしかしたら、水属性にちょうどいい魔法があるかもしれません」

「あるのかよ」


言い直した涼に、思わずつっこんだのはアベルであった。



「試したことはないので、確実ではないけど……。ちょっと後で試してみますね」

そう言うと、涼は一人ブツブツと呟き始めた。


それを興味深そうに見ているのは、イラリオンと顧問アーサーの、老人魔法使いコンビ。

その二人と涼の三人を、恐ろしいものでも見るような目で見ているのはリン。

面白そうに見ているのはフェルプス。


いろいろ諦めて、見るのをやめたのはアベルであった……。




「今回、敵の主力は帝国第八軍と第七魔法軍です。となると、戦術展開は帝国のお家芸を推し進めてくると思われます」

「魔法軍による一斉砲撃で戦列をボロボロにし、錐行陣形の本軍による突撃だな」

ハインライン侯爵の言葉に、アベルが頷きながら答えた。


その、アベルのスムーズな回答を見て涼は驚いた。


そんな涼を、アベルはジト目で見て不満げに言う。


「リョウ、今、何でアベルのくせにそんなことを知っているんだ、と思っただろう!」

「そ、そんな不敬な事、思うわけないじゃないですかぁ……王太子殿下の宿題には、そんなのもあったのかなと考えただけです」

「ねーよ。兄上の宿題には、そんなのは無かった」

「じゃあ、なぜアベルのくせに、そんなことを知っているんですか!」

「ほら、やっぱり思ってるじゃねーか!」

「しまった! 罠に嵌められた……」



そんな二人の会話を、ハインライン侯爵、イラリオン、顧問アーサーといった、大人たちは微笑みながら見ていた。

本来なら、涼の不敬を咎めるべきところなのだが……。


彼らは知っているのだ。


本質的に、国王というものは孤独であると。

だからこそ、少しでも、ほんの僅かでも、心を通わせることができる存在がいるのは、とても喜ばしいことであると。


アベルにとっては、涼は、数少ないそんな存在の一人であり、しかも個人の持つ能力として比類ない力をも持っている……その二つが両立した存在がアベルの近くにあり、アベルと心を通わせているのは、奇跡的なものなのだとも、理解していた。


そうであるならば、少しくらいの不敬など、たいした問題ではないと。


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