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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 最終章 ナイトレイ王国解放戦
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0248 王都解放

『赤き剣』と『白の旅団』の面々を率いたアベルが王城の入口に到着したのは、西門が破られてから一時間後であった。

破られて、それほど時間が経たないうちに、カークハウス伯爵パーカー・フレッチャーの名で王都内のレイモンド軍の降伏が拡がり、さしたる抵抗が無かったためにこの程度で済んだのだ。



王城入口で、アベルを待っていたのは、涼とパーカーであった。


「リョウと……カークハウス伯爵? そうか、叔父上は……」


二人がいるだけで、アベルは察したようであった。

高い地位にいる者は、責任の取り方が厳しいものになる。地位が高ければ高いほど、より厳しく。

それは、どんな世界でも、いつの時代でも変わらない。


国を代表するほどの者であれば……命を賭けることになってしまう……そういうものなのかもしれない。



「こちらが、レイモンド王の遺品になります」


パーカーは、そう言うと、レイモンドのネックレスをフェルプスに渡した。

そして、フェルプスがアベルに渡す。


「ああ……これは知っている。父上と叔父上が、対になる形で持っていたネックレスだな……。そうか、叔父上は今でもこれをつけておられたのか」


アベルはそう言うと、しばし目を閉じた。

亡くなったレイモンドを悼んだのかもしれない。



アベルは目を開けると、今度は涼を見た。


涼は一つ頷くと、口を開いた。

「スタッフォード四世陛下は、中央神殿に。ドンタン隊長が、一隊を率いて神殿に向かい、確保しているということです」

パーカーなどもいるということで、丁寧な口調で説明した。


「そうか」

アベルは少しだけ微笑んだ。


「ただ……」

涼はそれだけ言うと、隣のパーカーを見る。


パーカーは一つ頷いて口を開いた。

「その先は、私が説明しましょう。スタッフォード陛下は、ここ数年、帝国の手の者に、毒を飲まされておりました。帝国が王都を落とした後は、毒を口にすることはなくなったようですが、あまりにも長く服毒していた影響でしょう、神殿の総力を挙げても回復は難しいそうです」


「光魔法の……<キュア>であったか、あれでも無理だと?」

アベルが問うと、パーカーは苦い顔で頷いた。



「<キュア>は、毒や病気からの回復を行う魔法だけど、時間が経てばたつほど、回復を受け付けなくなる。数年も受けていたとなれば……」

神官リーヒャがキュアについて補足した。

彼女の顔も、悲しげだ。


「そうか……」

アベルは、ただそれだけ、呟いた。




アベルは、執務室でレイモンドの死を確認した後、中央神殿に移動した。

つき従ったのは、『赤き剣』と『白の旅団』、それと涼。


終始、重い雰囲気であったアベルであるが、中央神殿で大神官ガブリエルの出迎えを受けた時は、少しだけ微笑んだ。

王都騒乱時、地下墳墓で共に戦った仲だ。



スタッフォード四世が眠る部屋には、赤き剣の四人と涼が入った。


白の旅団は扉の前に護衛として残った。

王たる者が、毒に倒れた姿を多くの者にさらすのは避けた方がいいだろうという、旅団長フェルプスの考えである。


赤き剣の面々は、元々アベルの護衛的な立場でもあるため入った。

涼は、アベルの護衛であるため入った。



スタッフォード四世はうっすらと目が開いていた。

アベルが枕元に立つと、小さく一つ頷いた。


「父上……」

アベルの言葉は、小さく弱々しかった。


毒に冒されたと聞いて、覚悟をしていたとしても……それでも実際に目の前にすれば、心は(きし)むものだ。



その後は、アベルが一方的に、現状の説明を行った。

スタッフォード四世は聞いているのかどうか不明であるが、目をつぶっている。


最後に、アベルはこう告げた。

「私は王になって、帝国を追い出します。よろしいでしょうか」

それを聞くと、スタッフォード四世は目を開いてアベルを見て、少しだけ微笑んだ。


そして、頷いた。



こうして、ナイトレイ王国の王位は、スタッフォード四世からアベル一世へ、正式に引き継がれた。




アベル王が王都に入った翌日から、王都では『解放祭』が開かれた。



『祭』とは言っても、特に出し物や催し物があるわけではない。

ただ、帝国軍の侵攻以降、常に閉じられていた王都の門が開放され、外から運ばれた食料などが無料で振るまわれた。


これらの食料は、南部から運ばれたもので、商人ゲッコーがルンの他の商会や、ルン辺境伯を通じてアクレなどにも打診して、運んできたものだ。


もちろん料金は、ルン辺境伯やハインライン侯爵が支払い済み。


アベルの皮算用としては、今回の騒動で取り潰す貴族たちから没収する予定の資産の一部を、辺境伯や侯爵にはやればいい、と考えている。



未だ、東部や北部には帝国軍が居座っているとはいえ、付き従う南部軍の者たちにも休息をとらせなければならない。

さらに、抑圧されて来た王都民たちにも、『アベル王はレイモンドとは違う』というところを見せる必要がある。


それらを解決する方法が、『解放祭』であった。



安全の面から、当初、ヒュー・マクグラスなどは顔をしかめていたが、最終的には受け入れた。


涼が「疲れるほどには働くな」「疲れるとミスが出ますよ」とボソボソと呟いたのが効果的だった……わけではないのだろうが、とりあえず受け入れた。


王都民への『解放祭』は、王都の商人も巻き込んだゲッコーらによって勝手に進められる。

アベルがそう指示したからである。



問題は、王城における『解放祭』であった。



王城における『解放祭』は、王城の主がアベル王であるということを示すための催し。

同時に、王国政府は問題なく統治能力を持っているということを示すものでもある。


この後、帝国軍との決戦のため、物資や追加の戦力が必要となってくる。

それらを、各貴族に出させるという意味合いもあるのだ。



新たな国王は、すでに強力な力を持っているぞ、勝ち馬に乗る方がいいぞ、というアピールだと言える。

それに呼応して、王国内の貴族たちが参集するだろう。


これまで旗幟(きし)を鮮明にしなかった貴族……。

王都内に囚われていた貴族……。

あるいは、アベル王に付き従い、共に戦った貴族……。


様々な立場の貴族たちが、新たな国王と新たな関係を構築するためにも、この機会を逃すのは悪手であると理解していた。

王都『解放祭』の三日目に、王城内での貴族向けの解放祭パーティーが開かれることが告知され、未だ王都にいない貴族たちは、急いで王都に向かう羽目になったのだった……。




王城、解放祭パーティー。

アベル王の挨拶の中で、正式に先王スタッフォード四世から王位を譲り受けたことが説明された。


もちろん、レイモンドは、王を僭称した男なだけであり、正式に王位についたわけではないことが、中央神殿大神官ガブリエルの口から宣言された。

その上で、参集した貴族たちが、新国王であるアベル王への挨拶をしていくのだ。



アベル王は、一人ずつ言葉をかけていく。

左右をリーヒャとリンに挟まれ、左後ろにウォーレンを従えたアベルを見て、涼は心の底から思った。

(王なんて、なるもんじゃない!)


ちなみに、涼自身はアベルの右後ろに立っている……ただ立っているだけでも非常に苦痛であるが、アベルの指名であるため仕方がない。



ハインライン侯爵に始まり、ルン辺境伯代理アルフォンソ・スピナゾーラ、さらにホープ侯爵と挨拶が続いていく。


いずれも、アベルが即位を宣言した、最初期にそれを支持した大貴族たち。

当然、アベル王からの評価は最も高いものとなる。



「イグニス殿、よくぞお父上を説得してくださいました。感謝いたします」

「陛下、勿体ないお言葉です。私が説得するまでもなく、父も兄も、アベル王こそ正当な王、という認識を持っておりました」

ホープ侯爵の次男、イグニス・ハグリットも、父であるホープ侯爵と共に参集し、挨拶をした。


南部のハインライン侯爵とルン辺境伯だけではなく、西部の大貴族たるホープ侯爵家がアベルを支持したことは、王国全体の趨勢に大きな影響を及ぼしたのだ。


アベルは、その支持を極めて高く評価したことを伝えた。




ホープ侯爵の次に現れたのが、同じく西部の大貴族ウエストウイング侯爵とその娘、さらに隣の領地であるコムリー子爵とその令嬢であった。


「久しいな、ミュー殿、イモージェン殿」

「トワイライトランドへの使節団以来にございます」

「……ご、ございます」

侯爵と子爵自身への声かけを終えた後、アベルはそれぞれの娘にも声をかけた。

知らぬ仲ではない。


王都のC級パーティー『ワルキューレ』の、ミューとイモージェンだ。


二人とも、王都内で『反乱者』として、帝国軍とレイモンド軍の妨害を行っていたため、それぞれの実家もかなり早い段階でアベル王への支持を表明していた。


アベルの下問にも、特に問題なく答えたミューと、憧れから顔を真っ赤にしてほとんど何も言えなくなってしまったイモージェン。

コムリー子爵は、昔から男勝りであった娘イモージェンの、そんな姿を初めて見たため、かなり驚いていた。

隣のウエストウイング侯爵は、何かを悟ったのであろう、小さく何度か頷いていた。




リンの実家、シューク伯爵と、ウォーレンの実家、ハローム男爵も挨拶に来た。

どちらも、王都近郊に領地を持ち、王城に詰めていたため、帝国軍による王都陥落以降、ずっと軟禁されていた。


リンは、シューク伯爵の次女であるため、伯爵家を相続する可能性はほぼないが、ウォーレンは、ハローム男爵の嫡男であり、息子は他にいないため、よほどの事がない限り男爵家を継ぐことになる。


代々、ハローム男爵家は、国王の守りを預かる家系として知られ、『王家の盾使い』を多数輩出してきた家系でもある。

現ハローム男爵も、若かりし頃は王太子時代のスタッフォード四世を守る盾として、王家に仕えていた。



「陛下、不肖の息子はお役に立てておりますでしょうか」

ウォーレンと並ぶ堂々たる体躯のハローム男爵であるが、性格は穏やかを通り越して弱々しいほどだ。

言葉にも、それが現れている。


「男爵、問題ない。ウォーレンには、何度も命を救ってもらった。間違いなく、王国最高の盾使いに育ったぞ」

「おぉ……なんという、ありがたきお言葉。ハロームの名も、光り輝くというものです」


ハローム男爵はそう言うと、さめざめと泣き始め、アベルの後ろに侍っていたウォーレンは、顔を真っ赤にしながらも立ち続けていた。


隣の涼は、小さく何度も頷きながらウォーレンとハローム男爵を交互に見て、したり顔で呟いた。

「どんな世界でも、親は子が褒められれば嬉しいものです」




その後も、大小さまざまな貴族たちの挨拶が続き……ようやく終わったのは二時間後であった。



だが、そこでアベルの前に片膝をついて畏まった騎士が二人いた。


「どうした、ザック、スコッティー」

「陛下に、ぜひご紹介させていただきたい方がおられます。我ら『反乱者』を、最も早い段階から支援してくださった、ジュー王国の……」


ザックの口上の途中で、思わず涼が呟いてしまった。


「ウィリー殿下?」

「リョウ先生!」


ウィリー殿下は嬉しそうに、アベルの後ろに佇む涼に微笑んだ。


「……先生?」

小さく呟いたのはアベルだ。


「そうですか、早い段階でアベルへの支持を……」

「はい。中立を貫くという選択肢もないことはなかったのですが……弱小国である以上、強い一歩を踏み出さねば、王国内での立場が弱いままになりますので」

ウィリー殿下は、はにかみながら、そう答えた。



「それはいい判断をされましたね。故郷の本に、『中立でいると、勝者にとっては敵になるだけでなく、敗者にとっても助けてくれなかったという事で敵視されることになる』という記述がありました。多くの場合、中立を貫けば、その後の立場が非常に難しくなります。殿下は、正しく判断され、正しく行動されたと思います。アベル王も、きっと高く評価されるに違いありません」


涼はそう言うと、アベルの方を振り向いた。


「お、おう……無論だ。ウィリー殿下、王国は、貴国のとった行動に深い敬意と感謝の意を表します」

「陛下、勿体なきお言葉」


アベルが感謝を表し、ウィリー殿下は面目躍如であった。



「それにしても、リョウがジュー王国の王子から先生と呼ばれているとはな。先ほどの言葉といい、リョウは帝王学の心得もあるのか?」

アベルは涼の方を向いて言った。


「帝王学? 帝王学って別に学問の名前じゃない気が……。先ほどのは、マキャヴェッリの……ああ、帝王の心得的な面から見れば、そうとも言えるのでしょうか。書名は『君主論』ですからね。ですが、故郷ならどんな街の図書館にでもある、ごく一般的な本ですよ」

「帝王学の本が街の図書館にあるって、リョウの故郷って、いったいどんな故郷なのよ」


涼の説明に、リンが呆れたように呟く。


「でもそんなことよりも、ウィリー殿下にお伝えした最も大切な事は、食は王族の嗜み、ということです」

「はい、そうでした! あの時食べた、ハンバーグでしたか……さすが大国の料理と感服いたしました」

「殿下、王都にも美味しいハンバーグを出すお店があります。それに、カレーライスもぜひ食べていただきたいです。帝国軍が片付いたら、ちょっと食べに行きましょう」

「はい、ぜひ!」


涼とウィリー殿下が、食の話で盛り上がっているのをアベルは横で見ていた。


そんなアベルの小さな呟きは、横にいたリーヒャとリンにしか聞こえなかった。

「帝国軍が片付いたら……か。リョウが言うと、簡単なことに聞こえてしまう……そんなはずはないのに」




「教授、よろしかったのですか?」

「はい?」

「『計画者』はあなただったのでしょう? 王都における反乱者たちが、効果的に動けたのは、あなたの計画と指示があったからです。アベル陛下にお伝えすれば、高く評価してくださるでしょうに」

「殿下……面と向かってそう言われますと、何と言えばいいのか困ります」


『教授』は苦笑してから言った。


「私は、世俗での栄達など望んでおりません。ここで、誰の掣肘も受けずに研究をしたい。そのために、学長にはなりたいと思っていますが……それだけです。反乱者への指示などは、よくわかりませんな」



そう言うと、軽く頭を下げて、自分の研究室に入ろうとした。

だが立ち止まって、また口を開いた。


「それに、まだ終わっていませんよ」

「え? それはどういう意味……」

「ほら、王国東部には、まだ占領されたままの街があるじゃないですか。わが魔法大学の東部研究所もありますし、たまたま実家に戻っていて帝国に捕らえられた学生もいますからね」


そういうと、教授は研究室に入って行った。


「王国東部……。特に何もしなくとも、ルンのダンジョンの功績だけで、この魔法大学学長の席はあなたの物だとは思います……。でも、食えない方ですからね……どこまで信じてよいのやら」

ウィリー殿下は苦笑すると、『教授』が入っていった研究室の扉を見た。


『主席教授クリストファー・ブラット』


ようやく、主席教授クリストファー・ブラット、再登場しました。


え? 誰それ?

ほら、ルンの大海嘯の調査団で、幹部が三人いたじゃないですか。

魔法団顧問アーサー、四十層で死んだ総長クライブ・ステープルス、そして、魔法大学主席教授クリストファー・ブラット。

彼です。


きっと、第二部、第三部で活躍してくれるはず……。

いや、その前に書籍版オリジナルエピソードに絡めたら……いいなぁ。


けっこう細かく設定されているキャラなのです。

外見は、英国の俳優トム・ヒドルストン似です。

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『水属性の魔法使い』第三部 第3巻表紙  2025年7月15日(火)発売! html>
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