0247 王都潜入
活性化し、淡く光る鍵を鍵穴に差し込むと、カチリと音がして、目の前の扉が開いた。
同時に、通路の奥からも、カチリという音がいくつも聞こえ、見えないどこかの鍵も開いたようだ。
「よし、いくぞ」
突入隊を率いるマスター・マクグラスの言葉によって、冒険者を中心とした突入隊がエルフの地下通路を進み始めた。
マスター・マクグラスを総指揮官に、精鋭冒険者たちが地下通路を抜けて王都に入り城門を開ける。
ただ、前回帝国も、守備隊のふりをして城門を制圧したため、同じ轍を踏まぬように、かなりの戦力が各城門の防衛に回されているという情報が入っている。
だからこその、精鋭冒険者の部隊。
彼らは、王都内の反乱者たちと協力して、今回の攻撃を行う予定にしていた。
王都は、東西南北に巨大な城門があるが、それ以外にも小さな城門がいくつかある。
今回、南から南部軍が北上してきたため、南門には最大の防衛力が割り振られている……次が、王城に近い北門。
そのため、突入部隊が狙うのは、南北を避けて西門。
エルフの地下通路の王都内の出口は、もちろん自治庁である。
自治庁は、王都の北西部に位置するため、西門は決して遠くないというのが理由であった。
戒厳令が敷かれた王都で、しかも夜、それなりの人数の冒険者が移動していればどうしても目立つだろう。
自治庁からの移動は、出来るだけ短くしたいのは当然であった。
そんなマスター・マクグラスが率いる突入隊とは、別の任務を与えられた者たちがいる。
元王国騎士団中隊長で、現在はハインライン侯爵副官となっているドンタンが率いる、王城への潜入隊だ。
彼らの目的は、アベルの父であるスタッフォード四世の身柄確保。
王都陥落の際に捕らえられ、帝国軍が『英雄の間』を開けるために利用しようとした、という情報はすでにアベルの元にも届いていた。
失敗したらしいという情報と共に。
だが、その後どうなったのかは、情報が入ってきていない。
最悪、死亡した可能性もあるが、どちらにしろ人質として使うには最も有効な一人である……他の王族と共に。
他の王族との違いは、「スタッフォード四世の命令」として布告された場合、厄介なことが起きるという点だ。
アベルは、確かに王に即位したが、スタッフォード四世の王位を譲るという意思の上に行われた即位ではない。
また、三種の神器も傍らになかった。
場合によっては、簒奪と言われかねない状況だ。
そんなアベル王に対して、スタッフォード四世が「即位を認めない」などと布告したら……いろいろと厄介なことになりそうである。
アベル王、レイモンド王、スタッフォード四世……三人の王様が鼎立するなど……国王の権威はまさに地に落ちる。
そんな馬鹿げた状況を防ぐ意味でも、スタッフォード四世の身柄確保は必要であった。
そして、地下通路を開けた後は用無しとなる涼も、王城潜入隊の方に組み込まれていた。
これは、アベルたっての願いでもあった。
「なんだ、ザックとスコッティーか。我らの案内はお前たちか」
「あれ? ドンタン隊長?」
エルフの地下通路を抜け、自治庁の外で、王都の反乱者たちと顔合わせをした突入隊と潜入隊。
潜入隊を率いるドンタンは、王城に一緒に潜入する『反乱者』の顔を見て驚いた。
それは見知った顔、王国騎士団員であり、かつてトワイライトランドへの使節団護衛では、共に戦ったザックとスコッティーだったからだ。
ザックとスコッティーにしてみても、無謀とも思える王城への潜入隊を率いるのが、その時の隊長であるドンタンであるのは、驚きであった。
そして、潜入隊に加わる最後の人物を見て、さらに驚いた。
「お前は……あの時の水魔法使い」
「確か、リョウだったよな」
ザックは驚きと嫉妬交じりの声を出し、スコッティーは思い出した名前を言った。
「リョウは、アベル陛下直々のご指名だ」
ドンタンが驚く二人に簡単に説明した。
「よろしくお願いします」
涼は、なぜ驚かれているのかよく分かっていないが、とりあえず頭を下げておいた。
これが、元日本人の処世術。
突入隊の方には、反乱者の『明けの明星』と『ワルキューレ』が加わった。
「ではドンタン殿、また後で」
「マスター・マクグラス、ご武運を」
突入隊、潜入隊それぞれの隊長が固い握手を交わし、二隊は別れた。
三十分後……なぜか涼は一人で、王城内をさまよっていた。
(はぐれた……)
涼の記憶では、三人ずつに別れて探索となり、前後をザックとスコッティーに挟まれて移動していたはずなのだ。
「そう、確かに挟まれていたのに……いったいどこで何が起きたのか……」
涼は記憶を辿ってみるが、思い出せなかった。
「ハッ、まさか、時空を歪める錬金術の仕掛けがある!?」
ありません。
「あるいは、記憶に干渉する闇属性魔法がある!?」
ありません。
理由は不明だが、涼は独りぼっちで、王城の中をさまよっている。
たまに出会う兵士は<氷棺>で氷漬けにして、廊下の端に置きながら移動していた。
そんなことをしたら、潜入がばれるだろうとも思ったのだが、他にいい方法が思いつかなかったのだから仕方がない。
いずればれるだろうから、まあいっか……そう考えた……。
しばらくさまよった後、新たに涼が踏み入った一角は、今までと比べても非常に静かであった。
「これは……絶対、前国王陛下が閉じ込められている場所とかじゃないよね……」
囚われの国王がいる場所と言えば、地下牢か塔の最上階が定番。
こんな、厳かな雰囲気の、身分の高い人がいそうな場所には閉じ込められていないであろう……。
そう思い、去ろうとしたのだが……。
「貴様!?」
珍しいことに、魔法使いがいたらしく、涼に気付いた。
「風よ……ぐっ」
風属性の魔法使いであったのだろう、詠唱の最初で、涼に氷漬けにされてしまった。
ついでに、魔法使いがいた扉の守衛二人も、氷漬けにした。
これまでに、涼が回って来た場所で、扉の前に衛兵がいたことはなかった。
この扉が初めてだ。
面倒なことになるのを、頭では理解していた。
その扉を開けて中に入るべきではないことを、分かってはいた。
だが……好奇心が……。
好奇心、猫をも殺すとはまさに名言。
シュレーディンガーも納得であろう。
今さらノックをするのもあれかと思い、何も言わずに扉を開けた。
でもなんとなく、部屋に入る時に言ってしまった。
「失礼します」
礼儀正しいのは美徳……普段なら。
涼に集まる四つの視線。
中には、二人の男性がいた。
一人は六十歳を越えているであろう。白髪を綺麗に切りそろえ、ソファーの片方に静かに腰かけている。
もう一人は四十代半ばであろう。褐色の髪は丁寧に整えられているが、顔だけでなく全身から疲労というか倦怠感のようなものが溢れだしている。
見るからに豪奢な服と宝飾品をつけているのが、涼には印象的に映った。
「余を殺しに来たか」
その四十代の男が口を開いてそう言った。
涼は、そこで思い出した。ゴールド・ヒル会戦前に、アベルと会って話した男であると。
目の前の男が、アベルの叔父、レイモンドであると。
王を僭称した男であると。
「殺す予定には入っていないのですが」
涼は正直にそう答えた。
「よい。余は、ここで死ぬのが王国のためであろう」
レイモンドがそう言った瞬間、外で大きな爆発音が聞こえた。
六十代の男が立ち上がり、窓から外を確認して言った。
「西門から煙が上がっております。破られたのでしょう」
それは、悔しさや苦々しさなどを全く含んでおらず、淡々と事実を述べていた。
「是非も無し」
(信長か!)
レイモンドの言葉に、涼は思わず心の中でつっこんだ。
涼にとっては、「是非も無し」や「で、あるか」は織田信長が使う『信長用語』だ。
そんな涼の心を、レイモンドの言葉が、すぐにこの場に引き戻した。
「暗殺者よ、余の首をとって手柄とするがいい」
「あまりそういう気持ちにはなれないのですが……」
レイモンドの言葉に、涼は素直に答えた。
涼が王城に潜入したのは、レイモンドを殺すためではなく、スタッフォード四世の身柄を確保するためだからだ。
「そうか。ならば、余は薬を呷るとしよう」
「高貴なる血筋の方は、その血を流さずに自決されるのが作法である」
六十代の男、涼は名前を知らないが、パーカーが涼の方を向いてそう告げた。
涼も、地球の歴史の中で、そんな話を聞いた記憶はあったため、一つ頷く。
だが、それならと直接聞いてみることにした。
「最後に、一つだけ、教えていただきたいことがございます」
「ふむ、その願い聞いてやろう。何か?」
レイモンドは鷹揚に頷くと、先を続けさせた。
「先の国王、スタッフォード四世陛下が、どちらにいらっしゃるかを教えていただきとうございます」
涼がそう言うと、レイモンドもパーカーも少し驚いたようであった。
「なんだ、兄上がここにいると思っていたのか?」
スタッフォード四世は、レイモンドの兄である。
「兄上は、この王城にはおらぬ。容体が極めて悪いため、中央神殿で、神官どもにつきっきりで見てもらっておるわ。とはいえ、<キュア>でも治らぬらしい……」
そういったレイモンドの顔は、はっきりと悲しそうであった。
兄と弟の間に確執があったのは確かであっただろうが、積極的に憎んでいたわけではないのかもしれない。
「中央神殿……」
涼はあまりの言葉に、言葉を失った。
となると、ドンタンら潜入隊は無駄足だ。
一刻も早く知らせるべきなのだろうが……目の前では王を僭称した男が自死しようとしている……放置するのはさすがにまずいであろう。
レイモンドは、どこからか取り出した小さな水晶の瓶を傾け、極小の赤い液体を、手元のワインに注いだ。
そして一言、発した。
「パーカー、余の後を追って死ぬことを禁ずる」
「陛下!?」
パーカーは、驚きうろたえた。
「よいな? きつく命ずるぞ」
「それはあまりにも……」
レイモンドの命令にも、パーカーは頷かなかった。
「畏れながら、レイモンド王に進言したき議が」
「許す。申せ」
涼は突然そう申し出、レイモンドは頷いて先を促した。
「パーカー殿に、レイモンド王を表す何か……遺品をお渡しいただき、それをアベル王にお渡しする役目を与えていただきたく……」
「なるほど。その役目を与えれば、パーカーは死なぬな」
「なっ……」
涼の提案に、レイモンドは満足して頷き、パーカーは絶句した。
レイモンドは、首から下げていたネックレスをパーカーに渡した。
「パーカー、これをアルバートに渡す役目を申し付ける。よいな」
「……かしこまりました」
パーカーは片膝をついてネックレスを受け取った。
レイモンドは、しばらく手の中で毒入りワインをくゆらせた後、小さく呟いた。
「ナイトレイ王国に栄光あれ」
そして、ワインを呷った。




