0246 王都攻略を
ゴールド・ヒル会戦から三日後。
南部軍は、王都を包囲していた。
ゴールド・ヒルでの殲滅戦によって、レイモンド軍の主力は最終的に包囲され、そのほとんどが降伏した。
そのため、王都に戻ることができた戦力は少なく、元々の防衛戦力も決して多くはない……ないのだが……。
「王都を落とすのは簡単ではない」
南部軍指揮天幕では、南部軍首脳が一堂に会して、王都攻略の作戦を話し合っていた。
そんな中、アベルが、改めてそう言ったのである。
その言葉に頷くハインライン侯爵、イラリオン・バラハ、アーサー・ベラシス、ランデンビア、リン、リーヒャ。
ハインライン侯爵を除けば、全員、当代を代表する魔法使いである。
だが、ゴールド・ヒル会戦によって名を上げた魔法使いの涼は、王都の知識が無いため、首を傾げている。
「王都の城壁と城門は、全ての魔法攻撃を弾き返す」
「なんと……」
アベルの説明に、涼は心底驚いた。
そんなことが可能なのか……城壁と城門が、ということは、それは錬金術によるものだということだ。
これはなんとかして、その機構を知りたい……。
理解できるかどうかは別として、涼の好奇心がむくむくと起きだした。
「リョウ、一応言っておくが、細かなその仕組みを理解している人間はいないからな」
「え……」
「お前、絶対、どうしてそうなっているのか知りたい、って思っただろ?」
「な~ぜ~ば~れ~た~」
アベルの鋭い指摘に、頭を抱えながら両膝を床につく涼。
「以前、ケネスとフランク・デ・ヴェルデという、現在の中央諸国を代表する錬金術師二人が解析をしたのだが、結局よくわからなかったらしい」
「ケネスが……。しかもフランク・デ・ヴェルデって人工ゴーレムを作った人ですよね。その二人でもわからないなんて……」
涼が知る限り、その二人は錬金術師としてトップファイブに入る人材である。
他だと、『ハサン』と真祖様?
どちらにしろ、そんなすごい二人でもわからないとは……。
「もしかして、その機構を作ったのって、中興の祖の……」
「ああ。リチャード王だ」
全属性の魔法を操り、錬金術において極北を極めたと言われるナイトレイ王国中興の祖。
王城宝物庫の深奥『英雄の間』を作り上げた彼は、王都城壁、城門に関しても現代の錬金術師をはるかに超える代物を残したようだ。
「ちょ、ちょっと試し撃ちを……」
「ダメだ!」
涼の希望は、アベルが即座に却下した。
「リョウ、気持ちはわかるが、やらんほうがよいぞ」
涼の気持ちがわかったのは、イラリオン・バラハである。
「イラリオン様? まさか……」
「うむ、当然、昔試したことがある」
「おい!」
涼の問いを受け、イラリオンのカミングアウト。それに思わず突っ込むアベル。
「エアスラッシュが見事に跳ね返って来て、左腕を切り落とされたわい」
イラリオンはそういうと、大笑いした。
「撃ってすぐに動いたのじゃが、動いた先に跳ね返ってきおった……あれはヤバいぞ」
「イラリオン様も左腕を……切り落とされると痛いですよね」
「なんじゃ、リョウも腕を失ったことがあるのか」
「はい、首を守るためにやむをえず左腕を犠牲に……」
なぜか城壁の防御機構の話から、左腕を切られた話で盛り上がる二人……。
それをポカンと見守る他首脳。
パンパン。
アベルが手を叩いて、空気が変わった。
二人の左腕の話は終わり、ポカンとしていた者たちの意識も戻った。
「とりあえず、王都攻略の話に戻すぞ」
「ああ、ごめんなさい」
涼は素直に頭を下げた。
「魔法は弾き返され、弓矢などの物理攻撃も防がれる。城壁に膜が張られる感じで、城壁そのものに届かない。そういうわけで、王都を正面から落とすことは不可能だ」
「だから、帝国軍も内部から城門を開けさせたのよね」
「そうじゃ、ハロルド・ロレンスを裏切らせることによってな」
リンが言い、イラリオン・バラハが苦々しい表情で答えた。
以前、ほんのわずかに抱いた疑念が正しかったわけだが、イラリオンにとっては、ただただ苦い思い出でしかない。
「実際には、王都外からの地下通路が、いくつか作られているため、以前ならそれを利用することも可能だったのだが……」
「まあ、王室関係の地下通路なら、フリットウィック公爵は全て知っていて、封じているでしょうな。前王弟ですから」
アベルが言い、ハインライン侯爵が頷きながら補足した。
「城壁下を通る地下通路、つまり王都の内外を繋ぐ地下通路は、一定期間が過ぎれば勝手に潰れる」
「まさか、それもリチャード王の……」
「そうだ」
とんでもない機構である……涼は唖然とした。
数百年の時を経ても稼働し続ける機構というだけでもすごいのに、新たな地下通路すら自動検出して潰すとは……。
「だが、王室関係の地下通路は潰されない。それは、特殊な錬金術で魔法式が組み込まれるからだ。この魔法式を知るのは、国王、王太子を除けば、リチャード王と共に錬金術を発展させたと言われる『西の森』のエルフのみ」
「西の森のエルフ……」
アベルの説明に、涼は思わず呟いた。
もちろん、その頭の中には、西の森を救いに行ったセーラの姿が浮かんでいる。
「その西の森から、数日前に手紙が届いた。簡単に言えば、城壁によって潰されない地下通路があると」
「なんと……」
驚きの声をあげたのは、ハインライン侯爵とイラリオン・バラハであった。
だが他の者たちも、一様に驚きの表情であるが。
「それを使えと言うことなのでしょうが、正直、あまりよろしくないですな……」
ハインライン侯爵は、現時点におけるその地下通路の有用性に理解を示しつつも、王都の内外を繋ぐ王室関係者の知らない地下通路があるのはまずいということを指摘した。
アベルも一つ頷き、西の森からの手紙をハインライン侯爵に渡した。
ハインライン侯爵は手紙を受け取ると、素早く目を通す。
「これは……」
「そうだ。王都陥落前に、自治庁のエルフたちが王都から撤収するのに使った地下通路だ。だが、現在は封印が施され、中からも外からも、誰も通れない。エルフですら通れないようにしてある。ただ一人を除いて」
そういうと、アベルは、一つの銀色の鍵をポケットから取り出した。
「その一人が、この鍵を使うことによってのみ、通れると。さすがはエルフの錬金術だ。未だに我々の先を行く技術がある」
エルフの錬金術を見たことがあるのであろう、イラリオン・バラハとアーサー・ベラシスは何度も頷いた。
セーラに錬金術を教えてもらったことのある涼も、同じように頷いた。
そんな頷く涼を、アベルは見て言った。
「ただ一人、この鍵を使えるのがリョウだ」
「はい?」
アベルの一言で、全員の視線が涼に集まり、涼は意味が分からないため素っ頓狂な声を出していた。
「『妖精の因子を活性化させることができるリョウだけが』この鍵を活性化させることができるのだそうだ」
「ああ……」
涼を取り巻く様々な『謎言葉』の中でも最たるものの一つ、『妖精の因子』。
未だに、全くわからないもの……。
「人間にも僕自身にも、全く何の恩恵も無いやつ……」
「そう言ってたな……」
少し落ち込んだ風に言う涼、それに同調してドンマイという雰囲気のアベル。
その二人の雰囲気から、あまりいい物じゃないらしいと判断する周囲の南部軍首脳たち。
「まあ、とりあえず、持ってみろ」
アベルはそう言うと、鍵を涼に渡した。
涼の手に渡ると、淡い光を放ち始めた。
「リョウ、何かしたのか?」
「いえ、何もしていません。これが、活性化した状態なのかな?」
イラリオンの質問に、首を振りながら答える涼。
「そういう理由なので、今回の突入には、リョウも参加してもらう」
アベルのその決定を、涼は断ることはできなかった。
「わかりました」




