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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 最終章 ナイトレイ王国解放戦
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0244 戦場のケーキ

【南部軍首脳一覧】

総大将 アベル一世 (副官 涼)

近衛隊長 フェルプス・A・ハインライン

 近衛隊 赤き剣、白の旅団を中心に、ルンの街の冒険者

ハインライン侯爵領軍指揮官 アレクシス・ハインライン侯爵(副官 ドンタン)

ルン辺境伯領軍指揮官 アルフォンソ・スピナゾーラ(副官 ネヴィル・ブラック)

南部軍魔法団指揮官 イラリオン・バラハ

 同副指揮官 アーサー・ベラシス

冒険者部隊指揮官 ヒュー・マクグラス

 同副指揮官 ランデンビア


各領軍は、志願民兵が含まれており、この時点で総勢二万人。



涼はただ一人、アベル王付きの副官である。

常に、アベルの斜め後ろに付き従い、その身を護衛する……職務的には、副官というよりSPみたいなものであるが……。


本来、近衛隊長と近衛兵が、その役割を担うのかもしれないが、彼らはあくまで『戦場での近衛隊』だ。


戦場において、アベルの周囲を守る……だが、みんな理解している。


アベルは王ではあるが、冒険者であり、しかも剣士であると。

おそらく、突撃の下知を下せば真っ先に駆け出していくであろうと。

その時、アベルと共に突撃するのが、近衛隊であり、ルンの冒険者たちになるのだと。


だから、戦場に着くまでは、アベルの護衛は涼一人。

それがアベルの望みであり、他の首脳たちも理解していたことであった。




「おい、あいつだろ? 例の……」

「ああ、水属性の……」

「そんなに強そうには見えないよな」

「魔法使いだからな……だけど、相当異常なんだよな?」

「人を氷漬けにするのは不可能だ。それなのに、彼はやってのけるんだから……」

「そんなことより、けっこう可愛いじゃない」


野営地では、アベルは、かなり歩き回る。

見知った冒険者や騎士団の中だけではなく、違う街から参戦している者たちの間も積極的に。


その際、涼は必ず後ろについて歩く。


基本的に、敵の間者と思われるものはいない……二万人を超える人間が集まっているのにもかかわらず、『いない』と断言できるのは、ひとえにフェルプスとアレクシスら、ハインライン一族のおかげである。



とはいえ、何が起こるかわからないため、涼は必ずついて歩く。

そうすると、先述したような会話が聞こえてくることになる。


「リョウも有名になったな」

「僕、戦後、大丈夫なんでしょうか……」


涼が心配しているのは、貴族どうしの権力争いに巻き込まれないか、強引に身柄を拘束されないかという、以前にも持ったことのある不安であった。


「ああ、大丈夫だ。それに関しては、いくつか策を用意してある。俺に任せろ」


権力者の頂点とも言える、国王陛下直々のお言葉にもかかわらず……涼がアベルを見る視線は、不信感をぬぐい切れていなかった。



「おい、なんだその目は。なんで、大丈夫だと言っているのに信用していない目なんだよ」

「だって……過去のアベルがやってきたことを、胸に手を当てて考えてみればわかるでしょう?」

「過去……?」


良い奴であるアベルは、素直に胸に手を当てて考えてみる……だが、特に何も浮かばない。


「別に、何も浮かばないぞ?」

「ダンジョン四十層にて、一週間ご飯を奢ってやると言いながら奢らず!」

「ああ……」

「月一でケーキ特権と言われたけど、行軍してたら特権を享受できないじゃないですか!」

「ああ……」


事ここに至っては、アベルも、右手で頬をポリポリと掻きはじめた。



「アベル、月一のケーキすら取り上げるなんて、酷いです!」

涼は両膝を地面につき、心の底からの叫びを放った。


「いやぁ……あの時は、ここまで早く出兵することになるとは思っていなかったんだよなぁ」

そう言いながら、アベルは苦笑した。



だが、そんな二人の元に、女性の声が降り注いだ。



「誰が、戦場ではケーキを食べることができないと決めたのですか」



その声とともに現れたのは、リンとウォーレンである。

リンは何かを右手に持ち、ウォーレンは何かの箱を捧げ持っている。

涙にかすんだ目をこすりながら、涼はリンが手にしている物を見た。


「まさか……シュークリーム……」

その小さすぎる呟きは、他の誰にも聞こえてはいない。



リンは、さらに近付いてくると、口を開いた。


「これが、最近になってようやく開発された携帯式ケーキの最終形、シュークリーム」

そう言うと、手に持ったシュークリームにかぶりついた。


一口……さらに一口……瞬く間にその手から消え失せるシュークリーム。


その表情は、まさに『至福』と表現するのが最も適当な、幸せに満ちた顔であった。



そんなリンを呆然と見つめる涼の元に、ウォーレンがかがみ、捧げ持った箱の中身を見せる。

そこには、整然と並んだシュークリームがあった。

「おぉ……。い、一個貰っても……?」

涼がウォーレンに問いかけると、ウォーレンはにっこりと微笑んで頷いた。


涼は、震える手を箱に入れ、その中の一つを手に取る。


そして、一瞥すると、すぐに口に持っていった。


「美味しい……」

一口食べた時、涼の口からその言葉が漏れた。



至福……至高……まさに至宝。



「甘い物、最高……」

たちまちのうちに食べ終えた涼は、そう呟いた。



そして、全てを許した。


アベルの酷い行いも、美味しい物の前では、全てどうでもよくなるのだ。



かつて、偉大なるソロモン王は「すべてはむなしい」と言った……だが、それは至高なるものと比べれば、すべてのものをむなしく感じるということだ。

この、至高なる『シュークリーム』と比べれば……確かに、この世の茶飯事など、すべてはむなしい……。


涼は、ソロモンの英知に触れた気がした。




アベルが、野営地の中を歩き回る場合は、涼も歩いてついて行けばいい。

だが、行軍中はそうはいかない。


アベルら南部軍首脳や騎士団は、行軍は騎馬である。


冒険者をはじめ、志願民兵たちが徒歩であるため、行軍の速度は歩くのと同じ速度なのであるが、騎馬であることに変わりはない。

当然、アベルの傍らに控える涼も、騎乗して付いていくことになる。



「リョウも、だいぶ慣れたな」

「館にいる時から、だいぶ鍛えられましたからね」

特に危なげなく、涼は騎乗している。


セーラが西の森の防衛のために館を去り、涼がアベルの護衛のために館に詰めるようになってからずっと、涼は馬に乗れるように練習してきた。


その時点で、明確に、騎乗してアベルの傍らにある姿を想像していたわけではない。

だが、ルン騎士団の多くが、『涼も騎乗して戦場に向かう』ということを、当然の事だと認識していたらしい……。

そのため、彼らが先生となって、涼の騎乗訓練が行われていたのだ。



いつも、アベルの執務室のソファーの上で、ぬべ~と横になってばかりいたわけではない!



地球にいた頃、当然乗馬の経験など無かった涼であるが、馬に乗れたら楽しいだろうな、くらいは考えたことがあった。

それが、『ファイ』において実現したのであるから、騎乗訓練は大好きだった。

もちろん、慣れないうちはお尻が痛くなったりしたのだが、そんなものは慣れれば問題なくなる。


基本的に、移動は馬任せでいいというのは、地球で車を自走させるよりもはるかに楽だと言えるだろう。

『自動運転の理想は乗馬?』というキャッチコピーもあるが……現代地球において、実際に乗馬の経験がある人間はそう多くはないはずだ……。


そもそも、騎乗訓練を経て、相当に慣れたと騎士団長ネヴィル・ブラックに判断されたからこそ、騎士団の城外演習を涼は任されたのである……もちろん、騎士団員同様に騎馬で移動したのであるから。



そもそも、『騎士』と呼ばれてはいるが、戦闘そのものは下馬して行われることがほとんどである。

突撃の際は騎乗して突撃するのだが、たいてい、一度ぶつかった後は下馬状態で戦うことになる……騎乗したままであっても、敵に引きずり降ろされるし……。


これは、『ファイ』だけの話ではなく、地球の歴史においても同様であった。

そのため、地球においては、中世騎士の一騎打ち文化の時代は別として、その後は戦いの最終段階にとどめとして騎馬隊による突撃で勝利を決定づける使い方をされることが多かった。


『ファイ』においても、すでに鞍も鐙もあるため、騎乗戦闘が可能ではあるのだが……中央諸国においては、ほぼありえないらしい。



「剣が相手に届かない」



騎乗した状態は、想像以上に地面から高い場所に身体があるため、そこから有効な攻撃を繰り出すのはかなり困難なのだ。


そのため、騎乗戦闘を行うとすれば、槍で行うしかない。

だが……槍を片手で扱うのは難しい……なぜなら、長いから。


地球の歴史上にも、『馬上槍試合』という、騎乗騎士同士が構えた槍を突き合う試合があったが、あくまで試合である。

ほとんど、槍そのものを動かすことができないことからも分かるように、馬上で槍を扱うのはかなりの技量が必要だ。

脇に抱えて、そのままのランスチャージが精一杯……。


そういった様々な理由から、騎士は戦闘では馬から降りて、下馬騎士として戦うのが一般的であった。




「やはり、戦場はゴールド・ヒルになるか……」

何度目かの、野営地での昼休憩。

アベルの天幕では、臨時会議が開かれていた。


その中で、ハインライン侯爵の持つ、国内に張り巡らされた諜報網からの報告で、両陣営の接敵予想地点が割り出されていた。

とはいえ、この規模の会戦ともなると、双方の無言の合意の下に戦場は決まるものだ。

接敵地点付近の、ちょうどいい場所に。



「王都の南では、最も開けた地ですから。大軍を展開するなら、ここが最適でしょう」

アベルの呟きに、ハインライン侯爵が頷きながら答えた。


なだらかな平地が連なり、大軍の移動を阻害するようなものはない。

いくつかある丘の上に本陣を置けば、両軍の動きを確認しやすく、指揮も執りやすい。


北上するうちに、各地の南部諸領の軍を糾合し、南部軍は三万人を越えた。

対して、王都を進発したレイモンド軍は、四万とみられる。



二日後、両軍は布陣を終え、ゴールド・ヒル会戦へと突入することになる。


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