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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 最終章 ナイトレイ王国解放戦
256/933

0242 失敗の影響

「副長、レイモンド王によるアベル王襲撃が失敗したとのことです」

そこは王国北部、ゴーター伯爵領の都キャットロウ。


ゴーター伯爵は、レイモンド王に付き従う北部貴族の中でも重鎮の一人であり、伯爵領は、王国の北東外縁で、帝国と国境を接する。

そのため、代々、強力な騎士団、魔法団を抱えている。


地図上では、伯爵領の東は連合とも接しているのだが、その間には、ただ『裂け目』と呼ばれる巨大な峡谷が横たわっていた。

この『裂け目』は、南に行けば、ある程度幅が狭まり、いくつかの橋も架けられているのだが、ゴーター伯爵領付近の峡谷は、とても橋など架けられる幅ではない。

また、峡谷の底を流れる川も急流なため、船での渡河も不可能であり、過去、この『裂け目』をまたいでの軍の侵攻が行われたことはない。


とはいえ、王国の要衝であることに変わりはない。

そして、ゴーター伯爵は、王国を離れ帝国につくことを、すでに選んでいた。



「アベル王襲撃というと、『五竜』を派遣した、あれだろう、極秘任務。アベル王自身は確かにA級冒険者だから強いのだろうが……五竜全員、いや四人が揃っていながら失敗とはな。手傷を負わせたとかそういう報告は入っているか」

「いえ……剣士サンは、アベル王が一騎打ちにより斬り捨てたと。他の三人は捕らえられたということです」

副官ユルゲンは、そう報告した。


報告したのだが、何かスッキリとしない表情をしている。

それなりに長い付き合いであるオスカーは、その表情に気付いた。


「ユルゲン、何か付け足すべき報告があるんじゃないか」

「はっ……失礼いたしました。三人は、氷漬けになって捕まったのだそうです」


ユルゲンが報告した瞬間、オスカーの雰囲気が変わった。

それは、ユルゲンですら背筋を氷が滑り落ちるような……正直、あまり経験したくない雰囲気である。



「あの魔法使いか」



それだけ口にした後、奥歯をギリギリと噛みしめているのが、ユルゲンにも分かった。

正直、分かりたくなかった……。

敬愛する皇女フィオナを、氷漬けにすると言った水属性の魔法使いのことは、一生許すつもりはない……そのことを、ユルゲンは嫌でも理解したのである。



そんな状況が一分ほど続いた後、突然、オスカーの雰囲気が変わった。

いつもの状態に戻ったというべきか。


「ウィットナッシュで、アベル王がルンの街の冒険者たちだと言ったからな……アベル王の周囲に(はべ)っているということだろう」

内容は、例の水属性の魔法使いに関することであったが、言い方はいつも通りである。


「名前は、確か、リョウでしたか」

「ああ」

ユルゲンが問い、オスカーはそれだけ答えた。


だが、その後、言葉を続けた。


「ユルゲン、現状、アベル王は敵だ。おそらく、いつか戦うことになるだろう。その時、あの魔法使いが戦場に出てきたら、全員退かせろ」

「はっ」

「必ず退かせろよ。お前たちでは相手にならん。俺が一人で戦う。俺でも必ず勝てるとは思わんが、少なくとも相討ちまではもって行く」

「ふ、副長……」


オスカーのあまりにも壮絶な決意に、言葉を続けられないユルゲン。


「それほどの相手なのですね」

「ああ、胸くそ悪いが、それほどの相手だ。だが、必ず、殺す」


最後の言葉は、とても小さく、とても低いものであった……ユルゲンにもぎりぎり聞き取れるほどの。

しかし、それだけに、そこに込められた意思を、ユルゲンは感じていた。


(A級冒険者すら倒す水属性魔法使い……まさに化物。だが、それは副長もだ)




「失敗した……だと……」

王城の執務室で、レイモンド王は、口からその言葉を絞り出していた。

A級冒険者四人を投入した暗殺任務……それが失敗?



A級冒険者とは、人の頂点である。場合によっては、人外と言ってもいいかもしれない。



そんな者たち四人が、王とはいえ、さらにA級の剣士とはいえ、たった一人の暗殺に失敗したなど、レイモンドには信じられなかった。


「裏切って、依頼を放棄したのではあるまいな?」

レイモンド王は、疑いを抱いた視線でパーカーを見た。


「いえ……剣士サンは首を刎ねられた死体が公開され、他の三人は氷漬けになった状態で、街の広場に、今も公開されているそうです……」

「そんな馬鹿なことが、あり得るのか……」

レイモンドは、何度も何度も呻きながら部屋の中を歩き回った。


パーカーは、それを見ながら何も喋らない。

こういう時のレイモンドに話しかけると、激昂することを長年の経験から知っているからだ。

静かに黙って待つに限る。



たっぷり五分以上、レイモンドは部屋を歩き回った。



パーカーは慣れているため、じっと待っている。

そして、ついにレイモンドは、パーカーの方を見て、口を開いた。


「パーカー、やはり正面から叩き潰すしかない」

「御意」

「だが、問題は帝国軍だ。やつらはどうしている?」


レイモンドが危惧したのは、アベル王軍とレイモンド王軍が対峙している時に、レイモンドの背後から帝国軍が襲い掛かってくることだった。

冷静に考えれば、帝国軍がアベル王側につくことはあり得ないのだが、この時、レイモンドの心はネガティブであった……五竜の失敗がその理由であるのは言うまでもない。



「帝国軍は現在、ミューゼル侯爵と主力軍がウイングストン、数百名規模の守備部隊がストーンレイクとスランゼウイに置かれているようです」

「奴ら……本気で、どういうつもりなんだ」


戦前、レイモンドが帝国皇帝ルパート六世と結んだ協定には、帝国軍が陥落させた街は、戦後、レイモンド王に全て譲渡する条文がある。

絶対君主である帝国皇帝の名で結ばれた協定を、部下や家臣が蔑ろにするとは思えない。

レイモンドには、現在の帝国軍の行動が、全く理解できなかった。




「一番の問題は、帝国の出方だ」

アベルは、そう呟いた。


執務室にいるのは、アベルと涼だけである。

涼は、いつものソファーにぬべ~と横たわりながら、図書室から借りてきた錬金術関連の本を読んでいる。


「アベル……自分は仕事をしていますアピールはいいですから……」

「そんなんじゃないわ!」

涼が、やれやれまたか、といった表情で肩を竦めて言うと、アベルは怒鳴り返した。


「口に出して言うと、頭の中でまとまりやすいだけだ」


実際、アベルは仕事をしていた。


『五竜』による襲撃、それを完璧に迎え撃ち、しかもリーダーの剣士サンを、アベル自らが返り討ちにしたことを、中央諸国中に発表した。

表立っては、その発表に対して反応する国や、国内貴族はいなかったが、各地で話題になっているのは、国民の多くが知るところである。


三人の氷漬けは、今もルンの広場に置かれている。生きたまま。

さすがに、サンの首や死体は、あんまりだろうということで、現在は公開されていないが。



「リョウには本当に感謝している。今回は、俺だけじゃなく、仲間の命も救ってもらったからな」

「照れますねぇ……でも、本当に感謝しているなら、特権をください、特権を」

「特権? 貴族特権とかか?」


涼が珍しく、ご飯を奢れ以外の要求をし、あまつさえその内容が『特権の要求』であるため、アベルは(いぶか)しんで尋ねた。



「コーヒータイムに、週に一回くらいはケーキをつけてくれる特権がいいです!」

「ケーキ……」

「ハッ……む、難しいなら、二週間に一回でも……いや、あるいは……仕方ありません! 一カ月に一回で手を打ちましょう!」


涼は、悩みに悩んだ末の、妥協の産物としての提案だったのだろう……苦渋に満ちた表情で、一カ月に一回のケーキ付コーヒーを要求した。


「一カ月に一回……」

「さ、さすがに、それ以上は妥協しませんからね! 月一回のケーキ特権を、断固として要求します!」

「ああ……いいだろう」

「やった~」


涼は文字通り、飛びあがってガッツポーズをした。何度も何度も。

やっぱり涼は涼である……アベルは、安心した。



アベルの執務室は、今日も平和であった。




だが、その平和な執務室に、平和とは程遠い知らせが舞い込んできた。

持ってきたのは、ハインライン侯爵である。


「陛下、北方より緊急の知らせが参りました」

そう言うと、アレクシス・ハインライン侯爵は、一枚の紙をアベル王に渡した。


「帝国で、貴族の反乱? 首謀者はモールグルント公爵だと……」

「モールグルント公爵?」

アベルが思わず呟いた言葉に、涼が首を傾げながら尋ねた。


それに対して答えたのは、ハインライン侯爵である。

「モールグルント公爵は、帝国の南東部に領地を持つ、名門中の名門。現在のルパート六世陛下は、即位以降かなりの数の貴族を粛清したが、『最後の大物』とすら呼ばれているのがモールグルント公爵だ。現在、王国への遠征軍の総司令官となっているミューゼル侯爵と、双璧を成す帝国最大の貴族といっても過言ではない」

「すごい大物なんですね~」


貴族社会というものをよく知らない涼からすれば、その程度の感想になる。



「なるほど、これは最初から想定内だったわけか……」


アベルが小さくそう呟いたのが涼にも聞こえた。

ハインライン侯爵にも聞こえたらしく、それに対して答えた。

「でしょうな。反乱が起きて、それを鎮圧するまでがルパート陛下の想定の範囲内なのでしょう」

「どういうこと?」


「ルパート六世という人物は、他国を征服する際には、必ず自ら軍を率いて攻め入る。皇帝親征というやつだ。北方や西方の小国を攻めた時もそうだった。だが、今回の王国への遠征は違った……王国ほどの大国への遠征だというのに、だ。つまり、最初から王国を攻め滅ぼすつもりはなかった……ミューゼル侯爵を国外に出させ、帝国貴族の力を割ったところで、目の上のたんこぶであったモールグルント公爵を、反乱を企てた者として滅ぼす。そして、ミューゼル侯爵が遠征に失敗するようであれば、その責を問うてミューゼル侯爵も滅ぼす。これで、帝国に最後に残った厄介な大貴族は一掃される」

「すごいですね……まさに権謀術数……」



アベルの説明を聞き、涼は素直に凄いと感じていた。

もちろん、王国への遠征が成功し、王国を支配下に置いたとしてもそれはそれでいい。

帝国にとってはマイナスにはならない……そういう計算もしてあるのだろう。



「皇帝と貴族……関係が難しいんですね~。王国は大丈夫なのでしょうか……」

涼のその呟きに、アベルとハインライン侯爵は思わず顔を見合わせた。

それこそ、この二人が『国王と貴族』の関係なのだから。


「あ、大丈夫ですよ、アベル。僕はアベルの味方ですからね」

涼は力強く言い切り、アベルの方を向いて、一つ大きく頷いた。


「……もし、ハインライン侯爵が、毎週、コーヒーにケーキをつけてくれると言ったら?」

「それは仕方ありません。アベル、残念です。僕は貴族側につきます」

「うん、そんな気がした……」


(あわ)れ、ケーキで売られる国王……。

世知辛い世の中なのであった。


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