0239 赤き剣 vs 五竜
サンとアベルの剣戟は、突然始まった。バルコニーの中央で。
間合いの探り合いや、呼吸の読みあいなどなく。
サンが先手を取って仕掛ける。
突き、突き、いつの間にか持ち替えた逆手からの切上げ、さらにいつの間にか取り出した左手短剣による近い間合いからの突き……。
「くっ」
およそ、正当な剣術からは程遠い剣の動きとその流れに、アベルは翻弄される。
本来、逆手や二刀流など、小手先の技とも呼べるようなそんなものは、アベルクラスの剣士であれば、簡単に粉砕できてしまう。
だが、サンはそんな簡単な相手ではなかった。
小手先の技が、小手先の技に陥らない理由は、サンの足さばきである。
細かなステップにより、アベルの間合いを簡単に浸食し、それに合わせて、剣の持ち手が変幻自在に入れ替わる。
持ち手を変える瞬間など、弾かれてしまえば剣が吹き飛び全てが終わるのであるが、それを許さない。
冒険者には、我流で剣を学んだ者が多いため、アベルもこれまで多くの剣を見てきたが、サンの剣はそのどれとも違っていた。
アベルにとっても、初めて見る剣であった。
(くそっ、なんてやりにくいんだ! 間合いが変わりすぎるからか。主導権をとられると厄介な剣だな……)
アベルはそんなことを考えながらも、丁寧に対処し続ける。
アベルが修めたヒューム流剣術も、足を使った出入りがそれなりにある流派であるが、目の前のサンほど極端ではない。
逆に、それだけに、間合いが変化しすぎてやりにくいというのもあるのかもしれない。
さすがに双方、A級冒険者であり、剣において卓越している者同士ということで、どちらに傾くともしれない剣戟が続いた。
アベルの右手、バルコニーの端で、同じく、だが全く別の様相での膠着状態に陥ったのは、槍士コナーと盾使いウォーレンであった。
コナーが槍で攻撃し、ウォーレンが盾で凌ぐ。
全て、そのパターンである。
ウォーレンも間合いが近ければ、盾そのものを相手に叩きつけるシールドバッシュや、その太い腕での拳打などの攻撃手段がある。
だが、相手が槍では、剣以上に遠い間合いでの戦闘となるため、どちらも不可能だ。
こういう時、ウォーレンは焦らない。
じっと、相手の動きを観察し、様々な動き、タイミング、癖を見極める。
しかし、今回の相手はA級の槍士コナー。
当然、ウォーレンが自分を観察していることを理解していた。
理解したうえで、攻撃し続けている。
「ほんっと、盾使いの中の盾使いだな。確かに王国中の盾使いがお手本にするだけの事はある」
コナーは苦々しい口調でありながら、ほんの僅かだが称賛も含まれていた。
攻撃され続け、それをさばき続ける……それは、想像以上に神経を削られる。
コナーも、そんな経験をこれまでにも何度も経験してきた。
だから、そこで蓄積される精神的疲労は理解している。
だからこそ、それを巌のようにすべて受け止め、さばき続ける目の前の盾使いに称賛の念を抱いたのである。
火属性の魔法使いブルーノと、風属性の魔法使いリンの戦闘は、魔法の打ち合いで始まった。
それも派手な大技ではなく……、
「風よ その意思によりて敵を切り裂く刃となれ <エアスラッシュ>」
「火よ 汝は全てを滅する姿である <ファイヤーボルト>」
速度重視で、敵の喉を狙っての攻撃魔法。
喉を潰して、詠唱できなくさせるという、魔法使いどうしの戦闘においてよくある形。
だが、あまりない形なのは、その詠唱速度と、間断なく繰り出される魔法の手数。
耳のいい者であっても、聞き取るのが難しい速さの詠唱は、中央諸国の魔法使いたちが目指す、最も高いレベルの戦闘手技である。
そして、速度差が無ければ……当然手数の勝負となる。
だが……。
(やはり速い! お師匠様並みの魔法生成速度)
リンは、ブルーノの詠唱速度と手数の多さに舌を巻いていた。
もちろん、相手はA級である。
そして、間違いなく王国における火属性魔法使いの頂点の一人……簡単にいく相手ではないというのは分かっていた。
分かっていたが……想定した中でも最悪の強さ!
中距離での魔法の打ち合いであっても、仕切り直すために双方ともに息を整えるタイミングはある。
「さすがに、王国屈指の風属性の魔法使い……イラリオンの愛弟子と呼ばれるだけはある」
ブルーノは息を整えながら、そう呟いた。
「そっちもね」
リンも、そう答えた。
リンは、師匠たるイラリオンに鍛えられていた頃を思い出していた。
イラリオンは、王国に並ぶもののない詠唱速度を誇っていたが……目の前の男も、十分それに匹敵する。
(これは……魔力が先に尽きたほうが負ける……)
リンはそう考えた。
(魔力を節約しないとまずいな……)
ブルーノもそう考えた。
二人の魔法戦も、先の見えない戦いと化していった。
これまでの三組は、ある意味、噛み合った戦闘だと言えるだろう。
だが、最後の四組目、ウォーレンらとは反対側のバルコニーの端での戦闘は、そうではなかった。
弓士兼斥候のカルヴィンと、『神官』リーヒャの戦い。
さすがに弓の使える距離ではないため、カルヴィンは斥候として、武器はダガー。
対する神官リーヒャ……そもそも、神官は後衛であり、回復役である。
攻撃に使える光属性魔法も、せいぜいライトジャベリン程度であり……しかも、けっこうな魔力を消費するくせに攻撃力は低く、人間や魔物に与えるダメージは大きいとは言えない。
そんなリーヒャであるが、他の三人がそれぞれのっぴきならない相手との戦闘であるため、彼女も近接戦を強いられていた。
相手は、本来攻撃力の低い斥候とはいえ、そこはA級冒険者。
その辺りのC級の剣士など足元にも及ばない、近接戦の実力を持っている。
そんな相手に、リーヒャは杖で戦っていた。
「驚いた」
短い一言を、全く表情を変えず、驚いているようには見えない表情で、斥候カルヴィンは呟いた。
正直、彼は、戦闘は好きではない。
それでも、これまで生きてきて、戦闘訓練の手を抜いたことはない。
そのため、近接戦の速度では、剣士サンに見劣りしないし、防御に徹すればサンを相手にしても、そう簡単に倒されることはない。
それだけ、近接戦を鍛えたカルヴィンであったが、彼の目から見ても、目の前の女性神官の杖術は、十分に評価するに値した。
『聖女リーヒャ』は、王都では有名な存在であり、カルヴィンも若い頃から名を聞いていた。
その後、南部で冒険者として活躍していることも知っていた。
だが、そんな聖女様が、近接戦が出来るなどという噂は、ついぞ聞いたことは無かった。
それだけに、目の前で見事な杖術を繰り出すリーヒャには感心していた。
もちろん、神殿に、『モンク』と呼ばれる前衛集団がいることはカルヴィンも知っている。
おそらく、リーヒャの繰り出す杖術は、そのモンクたちの流れを汲んだものであろう。
もしや神殿出身者は、全員杖術を会得するのかとも思ったが……『五竜』にいた神官ヘニングを思い出して首を振った。
ヘニングは、A級にまで上った冒険者であるのに、戦闘能力は完全にゼロだったからである。
乱戦において、彼の身を守り続けたのがカルヴィンだったから、それはよく知っている。
そうであるなら、やはり目の前の神官リーヒャは、冒険者になった後に、努力してこれほどの杖術を身につけたのだ。
『五竜』は、リーダーのサンを筆頭に、性格破綻者が過半数を占める。
だが、強さには敬意を払う。
そして、カルヴィンは性格破綻者ではないが、強さには非常に敬意を払う男であった。
だからこそ、リーヒャの一通りの実力を計り、勝負を決するタイミングを見極めると、一気に決めた。
リーヒャが杖を突き込んできたのに合わせて、身体を回転させながら間合いを侵略し、回転運動そのままに、ダガーの柄を腹に叩き込んだ。
「うぐっ」
リーヒャは気を失い、くずれおちた。
明日……明日には……きっと!




