0237 野心
「ああ、どうぞ、こちらへ。食べ物と飲み物を準備しております。しばらく休まれるといいでしょう」
「ロドリゴ殿、感謝いたします」
ザックは、迎えてくれた執事にそう言うと、奥の部屋に行き、ようやく一息ついた。
ここは、反乱者を陰ながら助けてくれる『協力者』の一つ、『ジュー王国大使館』の地下室である。
無論、この事がレイモンド王に露見すれば大変なことになる。
だが、逆にアベル王が王国全土を掌握すれば、この『協力者』としての行為が恩を売ることになる。
その二つを秤にかけた結果、ジュー王国第八王子ウィリー殿下は、『協力者』になる方を選んだのだ。
奥の部屋には、先に『南の隠れ家』から逃げた者たちがいた。
ただ一人だけ、そうではない者が。
「ウィリー殿下……」
「御自ら……」
ザックとスコッティーが慌てて膝をつく。
この辺りは、さすが王国騎士団員であろうか。他の冒険者たちとは違う。
「ああ、いや、お二人とも、ここは避難所です。身分とか関係無しでお願いします」
ウィリー殿下は苦笑いしながら言った。
「食べ物も飲み物もありますので、まずはお腹を満たしてください」
ウィリー殿下はそう言うと、二人を招き、さらにその後ろから入って来た者たちにも声をかける。
「『明けの明星』と……『ワルキューレ』の方々ですね。さあ、みなさんもどうぞ」
一息つくことができた反乱者たちは、食べながら情報交換を行っていた。
「ハロルド・ロレンスを倒したって、ほんと?」
「ああ、明けの明星のヘクターが一刀両断した」
『ワルキューレ』の剣士イモージェンが聞き、ザックが目の前で見たことを言った。
「なるほど、それで護衛隊は撤退したのね。ヘクター、すごいじゃない」
「いや、それほどでも……」
王都冒険者ギルドでも美人剣士として知られるイモージェンに称賛され、ヘクターの顔はにやけていた。
それをジト目で見る斥候オリアナ。
その視線に気づくと、ヘクターは慌てて表情を引き締める……色々遅いだろうが。
「大丈夫よ、オリアナ。ヘクターに手を出す人は、ワルキューレにはいないから」
そんなオリアナを見て、『ワルキューレ』の斥候アビゲイルがニヤリと笑って言う。
「わ、私は別に……」
慌てて顔の前で手を振るオリアナ。
それを見てアビゲイルは言葉を続けた。
「イモージェンの本命は、アベル王だから」
「えっ」
そこにいた、多くの反乱者が驚きの声をあげた。
その中には、まだ未成年のため、ブドウジュースを飲んでいたウィリー殿下も含まれていた。
「イモージェンさんは、アベル陛下の……つまり、王妃様の座を?」
ウィリー殿下のその言葉は、本人が考えている以上の深い意味を持って、辺りを巡った。
「イモージェン……野心家」
「いや、ちょっと! 違うから!」
C級冒険者ショーケンの呟きにも焦ったのだろう、慌てて否定するイモージェン。
だが、女同士の絆は、どんな時にも強い物だ。
「イモージェンは子爵家令嬢だから、第一王妃は難しいけど、第二王妃なら狙えると思うよ」
そう言ったのは、父がウエストウイング侯爵である、『ワルキューレ』の魔法使いミューである。
「なるほど!」
「なるほどじゃない!」
異口同音にワルキューレの面々が納得し、それをまた否定するイモージェン。
「アベル、すごい人気だな……」
「次男坊連合の出世頭だよ」
そんな華やかな話を横に聞きながら、ザックとスコッティーは、アベルの出世に乾杯した。
「お二人は、アベル陛下とお知り合いなんですよね」
乾杯していた二人に、そう話しかけてきたのはウィリー殿下であった。
「はい。まだ若かりし頃より、親しくお付き合いを……」
「特にザックと一緒に悪さをしていたみたいです」
ザックが真面目に答え、スコッティーがまぜっかえす。
「ああ、ご学友でしたか」
ウィリー殿下が、なるほどと何度も小さく頷いて言った。
「ウィリー殿下も、確か統合された『王都学院』で学ばれていらっしゃるとか」
王都騒乱によって、貴族や裕福な家庭の子女にも多くの犠牲者が出たため、王都内にあった中流階級以上の者たち向けの学校は、いくつか統合されていた。
その一つが『王都学院』であり、十八歳で成人するまで通う学校である。
ちなみにそれ以上は、中央大学や魔法大学など、いわゆる『大学』となる。
「王都学院もようやく慣れてきたのに、この戦争で王都が陥落したので……。もちろん今は閉校していますが、みんながどうしているかは心配ですね」
ウィリー殿下は、小国とはいえジュー王国の王子であり、治外法権である大使館内にいるため、表向きレイモンド王とその一派も何もしてこないが、学友たちの実家がどうなっているかは心配な部分でもあった。
「出来るだけ早く、アベル陛下に王国全土を統治して欲しいものです」
ウィリーはそう呟いた。
ザックとスコッティーも、同じ気持ちで大きく頷いた。
「そういえば……殿下は、シュワルツコフ家の者たちがどうなったかご存じありませんか?」
スコッティーがそう聞いたのは、一族の者たち全体がというよりも、デスボロー平原で共に戦った、ナタリー・シュワルツコフの事が気になったからであった。
彼女は、ザック、スコッティーと共に王都に潜入し、自らの一族と接触したはずだ。
「ええ、聞いています。当主レイス殿が王都陥落の際に亡くなられ、ご令嬢のナタリー殿が当主の座を継がれました。そして、一族を率いて、西部に逃れたそうです」
「ナタリー、そんなことになっていたのか……」
ザックはそう呟いた。
「確か、その際に、軟禁されていたフーカ一族、財務卿の一族ですね……あそこと協力して脱出されたとか」
「フーカ家もシュワルツコフ家も、どちらも西部に領地を持つ貴族ですよね」
「二家みたいに、領主が王都に軟禁された貴族とか、けっこう多そうだな」
ウィリー殿下が財務卿フーカの事も説明し、スコッティーが補足し、ザックが推測を述べる。
「領主が王都に捕まったままでは、さすがにアベル王支持を表明できませんからね」
ウィリー殿下は頷きながら言った。
「こうやって解放されていく領主が増えると、アベルの支持者が増えるだろうな。レイモンド王は、何らかの手を打ってくるだろう……」
スコッティーはそう呟き、ウィリー殿下もザックも同意して頷いた。
王都、カークハウス伯爵パーカー・フレッチャーに新たに下賜された館。
その応接室に、レイモンド王の右腕たるパーカーと、四人の冒険者が座っていた。
「それで、伯爵様直々に呼び出すってことは、重要な依頼の話なんだろう?」
切り出したのはリーダーの剣士サンである。
本来は、伯爵であり、レイモンド王の補佐役という高い地位にあるパーカーが話しだすまで黙ったまま、というのが礼儀なのだが……この男には関係ないらしい。
そこにはA級パーティー『五竜』の四人が座っていた。
「そう、極めて重要な依頼です。ちょっと、一人排除して欲しい人物がいます。依頼料は、皆さんそれぞれに五億フロリンずつ」
「ほぉ~」
サンは小さく呟き、他の三人も驚きを隠せない。
A級冒険者とはいえ、さすがにこれほどの額の依頼は受けたことがない。
一人五億ということは、四人で二十億フロリン……。
「先に五千万、成功したら四億五千万」
パーカーは表情を変えずに淡々と告げる。
「それもまた珍しい分割だな。普通なら先に半分、後で半分なんだが……。つまり、厄介な仕事というわけだ。で、誰を暗殺すればいい?」
「ほう、わかりますか」
「当たり前だろ。他にこんな依頼があるかよ。誰だ? それだけ倒しにくいってことは、爆炎の魔法使いか?」
「いえ、彼にはノータッチで。こちらがお願いしたいのは、アベル王です」
パーカーは何の躊躇も無く言い切った。
「なるほど……。王にしてA級冒険者の暗殺か……。確かに、それは俺らにしかできないわな」
剣士サンはニヤリと笑う。
他の三人も、薄笑いを浮かべている。
「方法は問いません。期限は一カ月以内。アベル王は、ルンの街の領主館にいます。即位式で街の広場に出た以外は、ずっと館内にいるそうなので、守りは厚いですが……」
「そんなもんは関係ねぇよ。邪魔する奴は全員殺す。それも問題ないんだろ?」
「ええ、問題ありません。お任せします」
パーカーは頷き、それを確認した剣士サンは、禍々しい笑いを浮かべて何度も小さく頷いた。
いよいよ……動き出します!




