0236 反乱者
「くそっ、やつら、人数が多いな。急いで三番抜け穴から逃げろ」
「三番だ! 一番と二番は、脱出口をみつけられている。三番からだ!」
騎士ザックとスコッティーは、『南の隠れ家』で防衛陣を構築しつつ、味方を抜け穴から逃がすための時間稼ぎをしていた。
「それにしても、この護衛隊ってのは手際がいいな」
「以前、王都を守っていた衛兵隊も、けっこう入っているらしいぞ。まあ、彼らにしても生活していかんといかんからな。『裏切り王』に仕えるのに抵抗はないのかもしれん」
二人は、そんな会話を交わしながらも、次々にやってくる護衛隊と切り結びながら、隠れ家の入口通路を死守していた。
こういった襲撃に備えて、防衛しやすいように長くて細い通路が入り口部分には作られているのだ。
入り口は一つではない。
隠れ家ということもあり、直接の入口は北と南に二つである。
しかし、同時に護衛隊に攻められ、特に南側入口はかなりの苦戦を強いられていた。
防衛の指揮を執っていたのは、C級冒険者ショーケン。
ショーケンは、トワイライトランドへの使節団の護衛においても、冒険者の取りまとめを行うなど、多くの修羅場を潜り抜けてきた熟練冒険者の一人である。
使節団が王都に戻って来たそのタイミングで、所属していたパーティーは解散し、他のパーティーメンバーは貯めていた金を持って悠々自適の生活に移っていった。
ショーケンも、それなりの金を貯めてはいたのだが、別に戻るべき故郷があるわけでもなかったために、王都の冒険者ギルドに残り、半職員として落ち着いた生活を送っていたのである……だが、王都陥落で全てが変わり……気付けば、いつの間にか『反乱者』に身を投じていた。
南側入口を守るのは、ショーケン指揮の下、元D級、E級冒険者たちである。
決して、精鋭と呼べる者たちではないが、それでも荒事に向いていない反乱者メンバーたちを逃がすために、体を張っていた。
「ちっ……、強さはそれほどでもないが、数が多い」
「倒す必要はない。時間を稼げ!」
「王都内に散っている連中が戻ってきてくれるまで、なんとか……」
そんな声を掛け合いながら、必死に入口を守る反乱者たち。
だが……、まさに多勢に無勢であった。
強さに大きな差がなければ、どうしても数の多い方が有利である。
「いかん……突破される」
ここまでなんとか粘ってきたが、南側入口の破綻は、もう目の前であった。
そして、案の定、突破を確定するために護衛隊が突撃を敢行する。
「くっ……」
ショーケンを中心とした反乱者たちは、突破と死を覚悟した。
その時……。
突撃してきた護衛隊たちを、ファイヤーアローが横から貫く。
一本で発せられた炎の矢が、五つに分裂して相手に襲い掛かる範囲攻撃であり、上手くやれば、一本で何人も貫くことができる。
そして、目の前で展開されたファイヤーアローは、熟練の技か、十人以上の護衛隊を戦闘不能に陥れた。
そのタイミングで飛び込んでくる三人の女性。
槍士が一気に薙ぎ払い、斥候が投げナイフを敵の首に突き立て、剣士が確実に護衛隊を倒していく。
まさに、戦場を駆ける乙女たち……あるいは、死を運ぶ女戦士……。
「『ワルキューレ』が来たか!」
ショーケンは、使節団でも轡を並べて戦った間柄である。間違えようが無かった。
剣士イモージェンをリーダーとする、珍しい女性五人のC級パーティー『ワルキューレ』。
この場において、なんと心強い味方の登場だろう!
「いくぞ! 押し返すぞ!」
ショーケンの号令と共に、『反乱者』たちも立ち上がる。
『ワルキューレ』と連携し、南側に押し寄せた護衛隊を押し返すことに成功する。
こうして、隠れ家南側入口は、なんとか立て直すことができたのである。
その間、北側入口も、護衛隊の圧力が増していた。
「なあ、あの奥にチラチラ見える指揮官……」
「ああ。あれが、噂のあの人なんだろうな」
「宰相閣下になったのに、最前線で反乱者狩りとは……内務卿のままだった方が良かったんじゃないか」
ザックは、少しだけ同情を込めた視線を向けた。
その視線の先にいるのは、スタッフォード四世の治世中、内務卿として王都の治安に責任を持っていた、ハロルド・ロレンス伯爵その人である。
王国騎士団に所属していた二人は、ハロルド・ロレンスという男が、大臣の中では極めて優秀な男であるという噂は聞いたことがあった。
スタッフォード四世は宰相を置かない国王であったが、いずれはハロルド・ロレンスは宰相に任ぜられるのではないかとすら言われていたのである。
その将来は、輝いて見えた……騎士団員から見ても。
だが……。
「王国を裏切り、レイモンドと通じ、あまつさえ王都陥落の日、帝国軍を招き入れたのがあの人なんだろ」
「ああ、そうらしいな。それによって宰相の地位を手にしたそうだが……レイモンドは宰相としての権限は何も与えず……。そして人望は地に落ちた。ああなると、惨めなものだ。いったい、どこで何を間違ったのかな」
ザックは激しいというより憐れみを含んだ視線を向けながら静かに糾弾し、スコッティーは憐れみを通り越して、一周回っての同情を込めた視線を向けながら答えた。
「くそっ、なぜ私がこんなところにいなければならんのだ!」
小さな、だが鋭い呟きが、ハロルド・ロレンス伯爵の口から洩れた。
彼は、レイモンド王の下、間違いなく『宰相』の地位にある。
宰相というのは、行政のトップ、大臣たちをまとめるまさに、位人臣を極めた地位だ。
国の状況によっては、国王すら凌ぐ権勢を持っている場合もある……それほどの地位なのである。
だが、ハロルド・ロレンスがやっているのは、反乱者狩りの指揮……。
無論、レイモンド王からの直接の命令、いわば勅命であるため、それに背くという選択肢はない。
だがだが、それにしても……宰相がやるべき仕事ではないであろう……。
「さっさと壊滅させろ!」
思わず、そんな指示を出してしまうのも、仕方のないことであった。
完全に、余裕を失っていた。
かつて、彼が纏っていた雰囲気……大物、有能、怜悧といった言葉は、もう完全に当てはまらなくなっているのだ。
現場の護衛隊の者たちからの視線も、嘲りが含まれているようにすら感じていた。
そんなハロルド・ロレンスに率いられた護衛隊が、何度目かの突撃を敢行した直後、ハロルド・ロレンスのすぐそばを、後ろから、土の槍が通り抜けた。
ハロルド・ロレンスが振り向いた瞬間、最後衛の隊員が数人まとめて倒れた。
「なにごとか」
そう叫ぶが、誰もそれに答えない。
後背から襲撃されたのだ。
答える余裕のある者などいないし、襲撃されたのは言わなくても分かるだろう! という雰囲気である。
だが、決して現場経験の多くないハロルド・ロレンスは、理解できていなかった。
すぐそばに、死が迫っている感覚を。
そして、敵が指揮官たる自分を狙っているということを。
気付いた時には、目の前に剣士ヘクターが迫り……。
この日、かつて内務卿として俊英を謳われたハロルド・ロレンス伯爵が死んだ。
倒したのは、『明けの明星』という冒険者パーティーであった。
「C級冒険者で、あれほどの腕を持っているというのは凄いな」
「ああ。実戦で鍛えられてきた剣だよな。騎士の剣術とは、また違う」
スコッティーとザックは、ヘクターが一刀両断し、ハロルド・ロレンスが倒れる瞬間を見ていた。
それに合わせて、隠れ家側からも押し出し、一気に北側入口前にいた護衛隊を突き崩したのである。
千人規模で反乱者の隠れ家を包囲した護衛隊は、指揮官の死亡、数百人を超える死傷者を出して撤退した。
「よし、三番通路から逃げるぞ」
護衛隊を退けはしたものの、襲撃された隠れ家はもう使えない。
最後まで隠れ家に残り、襲撃を退けた者たちは、隠れ家内を焼き、通路を抜けざま崩落させ、全ての証拠を隠滅してから撤収した。
撤収した先は、東門近くの大きな工房跡である。
工房主が亡くなり、弟子たちがそれぞれ独立したために使われなくなった工房の地下室に、三番通路は繋がっていた。
もちろん、ここに長居をすることはない。
一息つけるのは、隣の建物に移ってからである。
その隣の建物とは……ある外国の大使館であった。




