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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 最終章 ナイトレイ王国解放戦
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0235 演習

「帝国軍が王都を去る……」

アベルは報告書を読み、呟いた。


「東部に行くんですかね~」

涼はいつものソファーにぬべ~っと寝転んで、本を読みながら適当に返事をしている。



だが、突然本を閉じて立ち上がった。



「ど、どうした?」

珍しい涼の行動に、アベルですら驚いた。



「アベル、提案があります」

「東部へのリョウの派遣なら却下だ」

「なぜわかった……」


突然立ち上がった時には驚いたが、すぐに平常心を取り戻したアベル。

涼の提案など、だいたいお見通しである。


「どうせ、爆炎の魔法使いにちょっかいを出したいとかそういうのだろう」

「ちょっかいとは失敬な。奴の息の根を止め……」

「却下だ」

「くっ……アベル王の横暴、ここに極まれり!」

「適当なことを言うな……」

涼が権力者の横暴に屈し、アベルは疲れたようにうな垂れた。




涼も理解はしているのだ。

先の、涼単独での王都潜入、帝国軍氷漬け作戦を却下された時と同様の理由だと。


国民全員、までは不可能でも、「自分たちの手で国を取り戻した」と多くの国民に認識させたうえで、国を解放せねばならないのだと。



これが、敵国に侵略して征服する、というのであれば、涼のような強力な戦力を派遣して、敵軍全体を氷漬けにして、その後侵攻して勝利、というのはある意味理想である。

戦力の損耗も少なくてすむし、城壁や王城などの防御機構も無傷のまま手に入れることが可能だからだ。


だが、解放戦争、あるいは独立戦争はそれではダメなのだ。

解放戦争そのものが、象徴的な意味合いを持っているのが、その理由である。



どういうことか?



正確に言うならば、戦争行為そのもののためではなく、戦後、国を回復、あるいは独立した際に国民をスムーズに糾合するために、国民たちに「自分たちも参加して国を取り戻した」と認識させる必要があるということである。

そう認識させることによって、解放戦争後の国民統合、ならびに国家統治がスムーズにいく。


戦術でも、戦略でもなく、さらに大きな、政略での話となるのだ。


部隊長なら、戦術レベルの問題を解決すればいい。

将軍なら、戦略レベルの問題を解決すればいい。

だが政略となると……『優秀な』政治家でなければ解決できない話だ。



アベルは、すでに王として、国を統べる政治家としての考え方ができている……そういうことなのである。




そんな午前中に、リョウの平穏は突然破られた。


破ったのは、ルン辺境伯領騎士団長ネヴィル・ブラックである。


「リョウ殿、ようやく城外演習に出られるように編成が終了したぞ」

執務室に入って来たネヴィルは、涼に向かってそう告げた。


告げられた涼は、見るからにうろたえていた。


「だ、団長、僕にはアベルの護衛という大切な仕事が……」

「おう、それはもちろんだ。だが、陛下が館内にいる間は暇だろう? 以前言っていた通り、騎士団を城外演習で鍛えてやってくれ」

「き、鍛えるのは演習場でやって……」

「もっと実戦的なやつでな」


涼は助けを求めてアベルを見る。


「たまにはそういうことも必要だな。うん、外で羽を伸ばして来い」

「アベルの裏切り者~」



王国の、様々な場所に裏切り者はいるらしい……。

くしくも、どちらも『王』を名乗っているが。


この後、涼は週に一度、城外演習に出る羽目になるのであった……。




同じ日の午後、アベルの執務室。

「ふぃ~つかれた~。甘いものとコーヒーを~」


いつも涼がだらだらとしているソファーを、新たに占領した魔法使いがいた。

彼女は、風属性の魔法使いであり、傍らには、強力無比な盾使いが従っている。


「リョウが仕事に行ったと思ったら、今度はリンか……」

アベルは、一瞥した後、再び書類に目を戻し、ぼやいた。


「あれ? そういえばリョウは?」

いつもダラダラと涼が寝そべっているソファーに座った後で、リンは気付いたようである。

珍しく、涼がいないと。


「騎士団の城外演習に行った」

「あぁ……それ、リョウが引率だったのか~。騎士団の人たちが、すごく嬉しそうにしていたから何事かと思ったけど……リョウも大変ね」

リンは、出てきた焼き菓子をつまみながら、不幸な魔法使いのために祈った。



「まあ、館にいる限りは、護衛のお仕事はないからね~。他の事でこき使われるよね……リョウ、騎士団員から人気あるし」

「そういえば、時々模擬戦をしてやってるらしいな」

「そうそう。セーラさんが森に戻って、一人分空いた指南役にリョウが入ったらしいよ、正式に」「魔法使いが騎士団の剣術指南役……」


アベルは、何かが間違っている気がしたのだが、まあ涼ならありかと思い直した。

前任のセーラも、弓が得意なはずのエルフだったし、まあいいのかと。


「ほんと……リョウはいったいどこを目指しているのかしらね」

美味しそうに焼き菓子とコーヒーを楽しむリン。

その横で、無言のまま、だが、これまた美味しそうにコーヒーを飲むウォーレン。



水属性の魔法使いを除いて、領主館は平和であった。




翻って王都は、平和とは程遠い。

だが、それによって一定の成果が出てきたのも確かである。


「どうも、帝国軍が王都を去るのは確かなようだな」

「うん、来週だろうって」

C級パーティー『明けの明星』のリーダー剣士ヘクターが言い、同じく斥候のオリアナが掴んできた情報で補足した。



二人は、今、『反乱者』のアジトにいる。

王都内にいくつかあるアジトの内で、最も大きな『南の隠れ家』である。


「ヘクター、それは本当か?」

「ああ、ザック、確かだ」


ヘクターにそう問うたのは、かつての王国騎士団所属ザック・クーラーであった。

もちろん傍らには、同じく騎士団のスコッティー・コブックもいる。

彼らも『反乱者』となって、王都内でのレジスタンス活動に身を投じたのである。


「ようやくだな。まあ、確かに、『計画者』の言う通り、帝国軍は去って行ってくれそうだ……ようやく第一段階終了になるんだが……」

「問題は第二段階だな」

ザックとスコッティーは、小さくため息をついた。



第二段階の相手は、レイモンド一派と北部貴族……それと最近合流しつつある、王都周辺を領する貴族たちになる。

相手も、王都を確保するために必死になるのは間違いない。

帝国のように追い出すのは難しいであろう。


『反乱者』たちにとって、正念場となりそうであった。



「第二段階は終わりが見えないからな。アベル王が勝つまで、やり続ける……」

ヘクターの心の中は、なかなかに複雑だ。


かつて、知らなかったとはいえ、アベルを拉致しようとしたことがあった。

もちろん今では、その時かかわりを持った『B級冒険者アベル』が、アベル王となったことは知っている。

そして、自分たちの雇い主でもあるハインライン侯爵が、アベル王を支持していることも。


ヘクターとしても、レイモンド王とその一派が王国を支配するよりは、アベル王が支配した方がいいと思っている。

ただ、ちょっと、過去のいきさつから複雑な気分になるだけである。


「いろいろ不思議よね」

斥候オリアナも、同じようなことを考えたのだろうか、苦笑しながらそう言った。




次の週。

その日、王都に長らく居座っていた帝国軍の最後の部隊が、王都を出た。


レイモンド王の下で新たに編成された王都護衛隊と、北部および中央部の貴族たちの軍が総出で、帝国軍を見送る。



それらを隠れて見守る、一部の反乱者たち。


「で、あの帝国軍は、この後どこに行くんだ?」

「王城の中の情報だと、東部最大の街ウイングストンらしいよ」


剣士ヘクターの問いに、斥候オリアナが答える。


「結局、王国からは出て行かないのか……」

「まあ、それなりの兵を送って来て、それなりの犠牲を出したわけだし……レイモンドから欲しいもの貰わないと出て行かないでしょうね」

「帝国にくれてやるのが『王国東部』とかだったら、笑えないな」

ヘクターは顔をしかめながらそう言った。

オリアナも大きく頷く。




帝国軍を送り出した護衛隊と貴族軍は、王都の門を閉めた。


最近は、物資の搬入時にしか、王都の門は開かないと言われている。

実際、現状の王都に外から商売に来る者などいないわけで、王都民の生活も悪化の一途を辿っていた。


だが、今日の護衛隊と貴族軍の動きは、いつもと違うようにみえる。


「ん? 護衛隊と貴族軍の奴ら、どこに向かっているんだ? 王城と野営地に向かっていない……よな?」

「そうね。何か変ね」

ヘクターが疑問を呈し、オリアナも同意する。



護衛隊は王都の南に向かい、貴族軍は東門と西門の方に向かう。

ちなみに、二人がいる場所は、反乱者の協力者が提供してくれている、ある望楼の先端である。

そこからだと、王都のかなりの場所を見渡すことができる。



二人がしばらく様子を見ていると、下方から急いで上がってくる足音が聞こえてきた。

足音から、それが、パーティーメンバーの魔法使いケンジーと神官ターロウであることがわかる。


「ヘクター、オリアナ、やばいぞ。護衛隊が『南の隠れ家』に向かっている」

「なに!?」


『南の隠れ家』は、王都内に点在する反乱者たちの隠れ家の一つであり、その規模は王都最大である。

規模が最大ということは、潜んでいる人数も最大である。



「南門を警備していた護衛隊も向かっているそうだ」

神官ターロウが情報を補足する。

「帝国軍がいなくなったら、早速かよ!」



ついに、反乱者狩りが開始された。


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