0232 白の旅団
「南部と西部はアベル王。北部と中央部はレイモンド。ここまでは予想された通りでしたが、東部が……」
「爆炎の魔法使いが東部に進出するとは……」
アレクシス・ハインライン侯爵と、アベル王が、王国の地図を前にそんな会話を交わしている。
いつものソファーを、会議に占領されているため、涼は部屋の隅のイスにちょこんと座って、図書室から持ってきた錬金術関連の本を読んでいる。
「ストーンレイクだけでなく、ウイングストンまで、この短期間で落とすとは」
アベルがそう言うと、涼は本から顔を上げて、二人の方を見た。
別に何かを閃いたわけではなく、知っている地名が出たから、ちょっと興味が湧いただけである。
そして立ち上がると、椅子に本を置いて、二人の近くにやって来て地図を覗き込んだ。
東部国境の街レッドポストから、バーシャム、ウイングストン、ストーンレイクそして王都。
これらの街を繋ぐ第二街道。
それは、涼がジュー王国のウィリー殿下を護衛した街であり、道である。
途中、暗殺教団の村を凍らせたり、『ハサン』との出会いと別れがあったりと、なかなかの冒険譚を経験した懐かしい道。
涼は地図を見ながら、そんな思い出に浸っていた。
ただそれだけであって、国政の重大な問題を考え込んだりしていたわけでは、決してない。
「リョウ、どうした?」
アベルがそう声をかけたのは、別に何かを期待しての声かけではない。
どうせ、涼の事だから、知った街の名前が聞こえて、地図を見に来ただけだろう……そう思って声をかけただけなのだ。
正解である。
「何か思い当たる節があるのか?」
ハインライン侯爵がそう言ったのは、涼に対する誤解で、なぜか涼の事を高く評価しているからである。
誤解とは恐ろしいものだ。
とはいえ、涼にだって頭はある。
なんとなく閃く日もあるのだ。
「帝国は、第二街道よりも南の、スランゼウイまでは進出しておきたいでしょうね」
「なっ……」
アベルとハインライン侯爵は、言葉に詰まった。
スランゼウイは、第二街道よりも南にあり、東部から南部に繋がる街道沿いである。
「リョウ、なぜそう思うんだ?」
「ん? 東部ってことは、狙いは火薬……えっと、『黒い粉』って言いましたっけ。あれが狙いでしょう? 実用化されれば、戦争が一変する……かどうか、魔法があるからよくわかりませんけど……。まあ、そうだとして、確か、東部のあれの集積地はスランゼウイって、ゲッコーさんが以前言ってました……あ、これは機密らしいですよ」
「なんでそんな機密を、他国の商人やリョウが知っているんだ……」
アベルはそんなボヤキを吐く。
「まさかとは思っていたが、やはり黒い粉が狙いか……」
ハインライン侯爵は、その可能性も考えていた様である。
「アベルは知っているでしょう。ほら、例のシャーフィーが最初に襲撃したのが、そのスランゼウイなんですよ」
「暗殺教団か……。帝国の依頼を受けてということは、初めから帝国の狙いは王国東部と『黒い粉』か」
「東部だけ確保しても意味はないですな……そこに繋がる場所、つまり北部の一部は、レイモンドではなく、最終的に帝国につく……」
ハインライン侯爵のその呟きに、アベルはギョッとして言った。
「それはまずい」
王国北部は、帝国と接している。もしそんな動きがあるのなら、早いうちに手を打たねばならないが、まず情報すら手元にない……。
「私の……ではなく、正確にはフェルプスの手の者が向こうにいます。パーティーメンバーの最精鋭を送り込んだそうなので、連絡を取ってみましょう」
ハインライン侯爵はそう言うと、小さく頷いた。
(さすが……)
涼は、素直に感心した。ハインライン侯爵も息子のフェルプスも。
いったい何手先まで読んで手を打っているのか……尊敬のまなざしで見る。
「そういえばアクレの方に、魔法団顧問のアーサー・ベラシス殿が合流され、あちらの魔法団を鍛えていただいています」
「そうか。それは心強い! そういえば、フェルプスは今どこに?」
「私がルンに来ているので、アクレをフェルプスに任せています」
侯爵は、事もなげにそう言った。
領地を任せても大丈夫なほどに、フェルプスは鍛えられてきているのだ。
B級冒険者であり、しかも侯爵の後継者としても十分。
感心する涼の耳に、アベルの、本当に小さな呟きが聞こえた。
「すげぇ」
「おい、やばいぞ、このままじゃ死ぬだろ」
ブレアの言葉に、いつもなら土属性魔法使いのワイアットが言い返すのだが、土壁を構築して、敵の攻撃を防いでいるため何も言わない。
まさに、降り注ぐ魔法と矢の雨……その中でワイアットの土壁が最後の砦である。
王弟レイモンド、フリットウィック公爵領の都カーライル。
その街中の一角に、四人は追い詰められていた。
ブレア、ワイアット、ギデオン、ロレンツォ……この四人は、ルンの街の冒険者パーティー『白の旅団』の幹部たちである。
団長フェルプス・A・ハインラインの命により、フリットウィック公爵領に潜入し、昨日までいくつもの情報をアクレに送っていた。
だが、今日……。
「くそ、化物め……。なんであいつらがここにいるんだよ!」
「さすがに相手が悪すぎますね」
双剣士ブレアが吐き捨て、神官ギデオンが相槌を打つ。
彼ら四人は、四人全員がB級冒険者である。
もちろん、団長のフェルプスと副団長のシェナが揃って、完全なパーティーとなるのではあるが、二人がいない状態での行動もよくある。
特に、街への潜入は何度も経験がある。
たまに、街の衛兵や守備兵に追いかけられることもあるが、基本的に彼らの方が強いため、ピンチと呼べるほどのピンチに陥ったことはなかった。
なんと言ってもB級冒険者だから!
だが、今回の相手は今までとは桁が違った。
「まさか、『五竜』がここにいるとは……」
神官ギデオンがそう呟いた。
「ざ~こ~ちゃ~~~ん、出ておいで~~~」
通りの向こうから、嘲笑を含んだそんな言葉が聞こえてくる。
「くそっ、絶対さっきの剣士だ!」
「リーダーのサンですね」
『五竜』は、王国が誇るA級パーティーであり、『五人全員がA級』である。
そのリーダー、剣士のサン……あまりいい噂は聞かない。
双剣士ブレアが吐き捨て、神官ギデオンが顔をしかめて名前を言う。
「悔しいが、俺では相手にならん。もしかしたらアベル以上に厄介な剣士だ」
ブレアは悔しそうにそう言った。
ぶっきらぼうで、風貌も決して賢そうには見えないが、敵と自分の力量差を正確に測ることには長けていた。
「とはいえ……」
両側面も後ろも壁があり、しかもその壁の向こうにも衛兵隊が手ぐすね引いて待っているのは分かっている。
前方の『五竜』を倒すか……空を飛ぶか……あるいは……。
「よし、通じたぞ」
右手で土壁を維持しながら、左手を地面に当てて何事かやっていたワイアットが小さく告げた。
「みんな、落下の衝撃に備えて」
「え……」
言うが早いか、地面が抜けた。
通り抜けた地面は、すぐに埋まっていく。
四人は、地中に落ちていった。
「いっくぜ~~~」
そう言うと、サンは土壁に突っ込み、一気に切り裂いた。
何らかの反撃があるかと思ったのだが、何もない。
それどころか、壁の向こうにも、誰もいない。
「あら?」
地面を見ると、固まっていく最中であった。
サンに続いて、槍士コナーと魔法使いのブルーノが突っ込んでくる。
そして、誰もいない空間を確認した。
「逃げられた?」
槍士コナーが眉をひそめてそう呟く。
「地面の下にな。ブルーノ、なんとかならんか?」
「なんともならないな、私は火属性だ。相手に土属性がいたんだろう。この下は……」
「下水道」
最後に歩きながらやって来た弓士兼斥候のカルヴィンが、ぼそりと一言だけ呟いた。
「それはざ~んね~ん」
まったく残念に感じていないのが明らかな口調で、剣士サンは言う。
そして、少しだけ口調を変えて振り向いてから大声を出す。
「衛兵隊長、敵は地下の下水道に逃げた。あとは任せた」
「はっ!」
言われた衛兵隊長は、急いで隊を分け、下水道の地上出口を抑えに移動し始めた。
「さっき王都から連絡がきた」
斥候カルヴィンが、一枚の紙をサンに渡す。
「なになに……おお、ようやく、王都に戻れるぞ」
サンは嬉しそうに言った。
その一言に、魔法使いブルーノも、槍士コナーも笑顔になった。
元々、王都所属の冒険者である。
いくつかの理由から、王都を離れて北部に潜伏していたが、やはり王都が一番!
表情が、それを物語っていた。
カーライル下水道内。
「臭い……臭いけど、逃げられてよかった。今回ばかりはワイアットに感謝する」
「珍しいですね」
双剣士ブレアの珍しい感謝に、訝し気な顔をする魔法使いワイアット。
「ここから、さらに横穴をたくさん掘ってもらって、城壁の外に出ないといけないからな。頼んだぞ、土属性の魔法使い、ワイアット!」
「……は?」
この後、衛兵隊が街の隅々まで探したが、四人の行方はようとして知れなかった……。
どうしてもこのタイミングで入れるしかなかったのです……五竜……。
唐突? き、気にしないでください……。