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10月11日、更新に失敗しました……もうしわけありません……
ですので、こんな時間ですが、更新します……
なんてこと……
王国東部最大の街ウイングストン。
その西に広がる、第二街道にほど近い平原で、軍が対峙していた。
王国側は、ウイングストン守備隊五百、王国東部駐留軍千、その他徴兵された者たち五千五百……合計七千人。
対する帝国軍は、皇帝魔法師団九十人……のみ。
「一昨日のストーンレイクは、抵抗なく降伏してくれたのですが……さすがに東部最大の街ともなると、簡単にはいかないですかね」
副官ユルゲンは、傍らの主にそう問いかけた。
「仕方あるまい。ウイングストンと言えば、シュールズベリー公爵領の都。王家に連なる名門中の名門である以上、簡単には帝国の軍門には下れぬのであろうさ」
「ですが、シュールズベリー公と言えば、この東部動乱で、立て続けに公爵となった方が亡くなられたとか……」
副官ユルゲンが、少し上を見て何かを思い出しながら尋ねる。
「ああ。現在は、十歳にもならぬ子が跡継ぎらしいが……。後見人についている者がいろいろ判断しているのだろうな。公爵家というのも大変なもんだな」
全然大変だとは思っていない雰囲気ありありで、副長オスカーは言った。
「閣下、本当に、戦うのですか?」
そう問うたのは、東部駐留軍司令ナリゾンである。そして、問うた相手は……、
「事ここに至ってもまだ迷っておるのか! いい加減、腹をくくれナリゾン!」
そう怒鳴ったのは、アドファ伯爵ガスパー・ヘイズ。
現シュールズベリー公爵の祖父であり、後見人である。
打ち続く動乱に、東部の多くが混乱していた。
東部の大貴族であり、王家にも連なるシュールズベリー公爵。
王国でも五指に入る権勢を誇った貴族であったが、東部の動乱に巻き込まれ、公爵家を継いだ者たちが次々と命を落としていった。
齢九歳にして公位を継いだアーウィンは、直系に残った最後の人物である。
男も女も、もう他には誰もいないのだ。
ここで帝国の軍門に下り、命をとられればシュールズベリー公爵家は断絶する。
もちろん、傍系はある。
だが、傍系の者がシュールズベリー公爵に据えられたからと言って、どこの貴族が公爵家を支えてくれるだろうか。
貴族の世界は、そんなに優しくない。
「アーウィンのためにも、ここは退けぬ!」
ガスパーの表情は苦渋に満ちていた。
ガスパーとて、相手が誰なのかは知っている。
一昨日、ストーンレイクが戦わずして降伏したことも知っている。
ストーンレイクの判断を非難するつもりはない……ガスパーとて、アーウィンの命が、シュールズベリー公爵家の断絶がかかっていないのであれば、戦わずして降伏したであろう。
爆炎の魔法使い。
その名は、それほどまでに大きく、重い。
両軍が対峙して三十分後、帝国軍、すなわち皇帝魔法師団から『声』が流れてきた。
「降伏せよ。降伏すればシュールズベリー公爵ならびに、領民の命は保証する」
「う、受け入れられるか! 戦わずして降伏した公爵家など、誰からも支持されぬわ」
奥歯を噛みしめながら、ガスパーはそう吐き捨てた。
ナリゾン司令も、ガスパーの苦悩は理解できる。
理解できるのだが……、
(絶対勝てない相手に向かって、突撃命令を出すのは……)
とはいえ、心の奥底に少しだけ、噂の皇帝魔法師団と爆炎の魔法使いが、どんな戦い方をするのかを見てみたい、という気持ちがあるのは事実である。
だが、できれば、それは観客として観るのであって、自分たちの命を賭けてまで見たいとはまったく思わない。
ナリゾンがそんなことを考えている時、自軍の一部がざわりと声をあげた。
「どうした?」
ナリゾンが誰とはなしに問いかける。
「司令、敵に動きが!」
そう言われてナリゾンが帝国軍を見ると、ただ一人、男が歩いてくるのが見えた。
「なんだ、いったい……」
両軍の中間地点に達しても止まらずに近付いてくる。
「それ以上近付けば攻撃する!」
ウイングストン守備隊の人間が、そう大声で叫んだ。だが、その男は止まらない。
さすがに、男の外見が認識できるまで近づいている。
短い白髪に褐色の肌、指揮官であろうか、マントを翻しながら歩いてくる。
「まさか……」
ナリゾンも噂は聞いたことがある。
そして、外見で最も特徴的な部分も……、
「皇帝魔法師団の、白髪の指揮官って……」
ナリゾンが戸惑っている間に、ガスパーの声が響き渡った。
「攻撃せよ!」
その号令のもとに、数十を超える矢が、ただ一人の男に向かって飛ぶ。
だが……、
その全ては、男の前の透明な壁に弾き返された。
「馬鹿な……」
そう言ったのは誰であったか……。
「ま、魔法で攻撃せよ」
その号令に応じて、数多の魔法が男に向かって飛ぶ。
だが……、
やはりその全てが、男の前の透明な壁に弾き返された。
「物理障壁と魔法障壁……」
そう呟いたのは、東部駐留軍の魔法部隊長。
「あんなに硬い障壁なんて、ありえない……」
その呟きは、魔法部隊副長。
そして、ついに男は王国軍の目の前にまで迫った。
そこまで来ても、誰も動けない……いや、ただ一人動いた。
アドファ伯爵ガスパー・ヘイズである。
「シャー!」
気合と共に、手に持った槍を突き出す。
槍士として、かつては東部一と言われたその突きは、ほとんどの者に見えないほど見事な突きであった。
だが……、
カキンッ。
やはり見えない壁に弾かれる。
「なんなのだ、それは……」
ガスパーの顔を、絶望が覆った。
文字通り、あらゆる攻撃が通じない。
矢、魔法、そして近接も……。
そんな相手、倒せるはずがない。
「その紋章、シュールズベリー公爵の後見人、アドファ伯爵とお見受けする」
白髪男はそう言うと、手を胸に添え、軽く頭を下げて自己紹介した。
「皇帝陛下より、皇帝魔法師団副長の任を賜っております、オスカー・ルスカ男爵です。謹んで、降伏を受け入れてくださいますよう、勧告に参りました」
その日、双方にただの一人の犠牲者も無く、東部最大の街ウイングストンが帝国の軍門に下った。
ウイングストンの陥落の報が届き、今まで以上に騒がしくなるルンの領主館。
その敷地内に、広大な面積を誇る開発工房があることは、一般の人にはあまり知られていない。
ルンの街にも錬金工房があるのだが、ここ数年閉まったままである。
その理由は、錬金工房で働く者たち全員が、この領主館の開発工房に入り浸っているからなのだ……。
その建物の周りを、コソコソと歩くローブを纏った一人の魔法使い風の男がいた。
男は、窓から覗いたり、扉を開けようとしたり、見るからに怪しい行動をとっている。
数日前に王都から逃れてきて、ようやくこの地に慣れてきた、王室錬金工房のラデンが、そんな怪しい男を誰何したのは当然であったろう。
「そこの男! 何をしている」
誰何された男は、ビクリとして、そっとラデンの方を振り向いた。
「あ、あれ? リョウさん?」
「やあ、ラデン……」
それは、いたずらが見つかってしまって、どうごまかそうか考えている水属性の魔法使いであった。
「リョウさん、何をやっているんですか?」
「中で何を作っているのか気になって……」
涼は、正直に答えることにした。元々、ごまかすのは苦手である。
「ああ……リョウさん、入館許可証、持ってないんですね? いくらリョウさんでも、入れないですよ。王都の頃とは、また違うので」
「……」
王太子の命令によって、王都が陥落する前に脱出したケネス・ヘイワード男爵率いる王立錬金工房の一行は、一路南下し、ルンの街に辿り着いていた。
元々、ケネスがルンの街出身ということもあったが、それ以外にも理由があったのである。
その理由が、この厳しい入館規制であり、数十年にわたってこの開発工房で開発され続けている、ある『錬金道具』であった。
その『道具』と、ケネスの『ヴェイドラ』の合体を……。
ケネスはそう考え、南部最大のアクレではなく、ルンの街を避難先に選んだのである。
もちろん、涼はそんな事情は知らないし、ラデンすら完全には理解していなかった。
「お前ら何をしてるんだ?」
涼が、悲しみに打ち震えていると、遠くから近寄って来た背の低い人物がそう声をかけた。
背の低さと声の低さから、明らかにドワーフである。
「ああ、ドラン親方、ご無沙汰しています」
涼は、その見覚えのあるドワーフに挨拶した。
街中に店を構える鍛冶師、ドラン親方である。
以前、セーラに連れて行ってもらったことがあるのを覚えていたのだ。
「ん? 確かリョウだったよな。セーラ嬢ちゃんと来た」
ドラン親方もリョウの事を覚えていた。
「そう、あのナイフを持っていた……」
ドラン親方のその言葉はとても小さかったため、悲しみに沈んだ涼には聞こえなかったらしい。
ドラン親方は、それとなく涼のベルトの辺りをみるが、ローブが涼全体をすっぽり覆っているために、外からはうかがい知れない。
「そういえばセーラが言っていました。親方は開発工房の一員でもある、腕のいい鍛冶師だと」
「よせやい」
涼がそう言うと、ドラン親方は顔を真っ赤にして照れた。
「リョウと……そっちは、男爵様のとこの錬金術師か。なんだ、二人は知り合いか」
ドラン親方は、ラデンを見るとそう言った。
「はい。王都では、リョウさんにいろいろと助けていただきました」
ラデンはそう説明した。
「で、その二人がこんなところで、何をしてるんだ?」
「いえ、ちょっと中で作っている物が気になって……」
ドラン親方の問いに、涼は正直に答えた。
「ああ……」
ドラン親方は何とも言えない表情になる。
「見せてやりたいが、こればかりは何ともならんよな……」
「はい、何ともなりません……」
ドラン親方とラデンは、申し訳なさそうな表情になって拒絶する。
「ですよね……」
涼はうなだれた。
「どうすれば、中を見られるのでしょうか」
ダメもとで聞く。
「そりゃあ……許可をもらうしかないんだろうが……こいつは、領主様の直轄事業だから、領主様から直接許可してもらうしかないんだよな。だが、それはさすがに難しいよな……」
ドラン親方はそんな風に言った。
領主館で働いている者であっても、まず領主である辺境伯に面会することは簡単ではない。
なぜなら、辺境伯は忙しいから。
その上、入館許可をもらうのは……。
だが……、
「わかりました。辺境伯にお会いしてきます!」
方法が分かれば、あとはやってみるだけだ。
涼は沈んだ表情をかなぐり捨て、顔を上げて、二人を見てそう言った。
そして、辺境伯がいる離れの方へと走って行った。
「行っちゃいました……」
「行ったな……」
ラデンもドラン親方も、何とも言えない表情になって、そう呟いた。
その後、二人がそのまま立ち話をしている間に、涼は戻って来た。
そして、何やら一枚の紙を二人の前に突き出す。
「入館許可、もらってきました!」
涼が突き出した紙には、
『リョウの開発工房への入館を許可する』と書いてある。
そして最後に、サインも。
だが、ラデンは、さすがに申し訳ないと思いながらも、偽造であろうと思った。
そんなに簡単に辺境伯には会えないと聞いているし、そのうえこの入館許可は……。
「リョウさん、入館許可証は、こういうのですよ」
そういうと、ラデンは自分のいわばカードサイズの小さな入館許可証を見せる。
そこには、名前と何やら錬金術で押された印などがあり、偽造できないようにしてあるようだ。
「そ、それの発行は時間がかかるって言われたので、紙に書いてもらったのです!」
涼はそう言うと、口をへの字に曲げながら手書きの入館許可『書』を再度見せる。
ラデンと親方はそれを受け取ると、じっくりと見た。
しばらく見た後で、唸った。
「う~ん……」
「親方さん?」
ラデンが、親方に問いかける。
「確かに、これは領主様の字なんだよなぁ」
「えっ」
ドラン親方はそう呟き、それを聞いたラデンは驚きの声をあげる。
そして、涼は胸を反らして「えへん」という感じである。
三人がそんなことをしていると、領主館の方から一人の男性が歩いてきた。
「リョウ? それに親方とラデンじゃないか。扉の前で何をやっているんだ?」
そんなことを言ったのは、次期国王、いや即位したばかりのアベル王であった。
「こ、国王陛下!」
まずラデンが慌てて片膝をつく。
「おう、アベル王」
ドラン親方は、昔からの知り合いの冒険者ということもあって、ラデンほど慌ててはいないが、それでも国王になった人物に対して、片膝をつく。
「なんでアベルがこんなところに?」
涼は、礼も何もなかった。
「この中で作られている物は、今回の戦いはもちろん、その後の王国の発展にも寄与するものだからな。俺も気にかけている。だから、時々見に来るんだが……」
「そんなことしてないで、真面目に働いてください」
「お前に言われたくないわ!」
アベルが理由を言い、涼が小言を言い、そしてアベルが怒って反論する。
「リョウは俺の護衛のはずなのに、いつもフラフラと……」
「護衛だから、領主館の中を隅々まで知っておかないといけないのです!」
「明らかに、ただの好奇心だろうが……」
「うっ……」
アベルの的確な指摘に、言葉に詰まる涼。
「と、とにかく……あ、そうだ、アベル、これを見てください」
涼はそう言うと、アベルに入館許可書を見せた。
「うん? 辺境伯直筆の書面? これがどうした」
「これを示せば、この建物に入ってもいいですよね?」
「いいんじゃないか? 辺境伯がわざわざ書いてくれたんだろう? どうせリョウが無理を言って……」
「そ、そんなことはいいのです。これで、僕が入ってもいいということが証明されました」
アベルが状況を適切に指摘したので、涼は焦りつつもごまかすことにしたのだ。
同時に、建物に入る許可も出た!
「まあ、その入館許可書が本物というのなら、問題ないだろう」
「ですね」
ドラン親方もラデンも頷いた。
こうして、晴れて、涼も開発工房に入ることが許されたのだった。
入口に、ルン辺境伯の『雌鹿』の大きな紋章のある建物内には、広大な空間が広がっていた。
以前、ルンの南図書館を初めて見た時も驚いたのだが、それ以上の広さ……。
つまり、地球におけるドーム球場以上の広さの空間がそこにはあったのだ。
外をコソコソ歩き回っている時から、相当に広いと涼も感じていたのだが、中に入っての感想は想像以上……。
「広いだろう。しかも、この広さの空間が、地下にもあるんだからな」
「なんと……」
アベルの説明に、言葉を続けられない涼。
柱無しでの広大な空間の創出は、建築の中でも結構難しいのだ。
もちろん、地震などのリスクを考えなければそれほどでもないのだが、おそらくここはそうではない。
考えられる限りのリスクが考慮されているであろう……。
そんな広大な空間の中央に、一つの巨大な物体が鎮座していた。
二人の人物が、その物体に取りつくようにして作業しているのが見える。
一人は、遠目にもケネス・ヘイワード男爵であることがわかった。
もう一人は、遠目にもかなりの美人であることが見て取れた。
「ああ、あの美女が、例のグランドマスターの娘さんだ。王都から逃れてきた」
「え……ヒューさんの、元婚約者……?」
エルシー・フォーサイス。
宮廷魔法団に所属しながら、優秀ゆえに魔法大学にも所属していた俊英である。
父であるグランドマスター、フィンレー・フォーサイスの力によって、王都陥落時に逃がされ、ヒューを頼ってルンの街に来た女性だ。
一通り、そんなことを考えた後で、涼の視線は、ようやく二人がとりついている巨大な物体全体に目がいった。
「船? いや、まさか……飛行機……」
涼は思わず呟いた。
形状は水に浮かぶ船に似ていた……かなり縦長の三胴船……トリマランに見えたのだが、よく見ると船ではない。
まさに『空を飛びそうな』という形容詞がぴったりな船が、世の中にはいくつも存在する……この『ファイ』においても、かつてウィットナッシュでみたあのトリマランは、優美だった……あれ? あれもトリマラン?
優美なトリマランは、人の心を虜にするのかもしれない。
「あれは……空を飛ぶのですね」
涼は、ある種の確信をもって、そう口にした。
その言葉を聞いて驚いたのは、ドラン親方とラデン。
アベルは全く驚かなかった。
なんとなく、涼なら見た瞬間に理解するだろうと思っていたからである。
「なるほど。あれに『ヴェイドラ』を積むのは理想的ですね。ヴェイドラは無反動……反動がなければ空中での姿勢制御も難しくないですからね」
この言葉に、さらに驚くドラン親方とラデン。
そして、これにはアベルも驚いた。
「あれにヴェイドラを積むことまでお見通しか……さすがだな、リョウ」
アベルは、素直に称賛した。
「風の魔石で飛ばし、風の魔石でヴェイドラを撃つ……相性も良さそうです」
涼は腕を組んで、そう言いながら、何度も頷いている。
そして言葉を続けた。
「ぜひ、戦争が終わったら欲し……」
「ダメだぞ」
「なぜ! 『欲しがりません 勝つまでは』の精神で、勝つまでは我慢すると言っているのに……」
アベルが間髪いれずに拒否し、絶望に満ちた表情で涼が何事か説明している。
「そんな精神は知らんが、そもそも、あの船はルン辺境伯の船だ。ヴェイドラは王国の資産だから、王国に帰属するが……あの船は、今回の戦争では、辺境伯から王国が借りるという形に過ぎんからな」
「くっ……縦割り行政の弊害……」
涼はそう呟くと、一人悔しがるのであった。
その光景を見ていたドラン親方とラデンが、我関せずという顔で、無表情だったのは内緒である。
ようやく、<0057>でルンの街の錬金工房が閉まっている伏線を回収できました……。
まあ、閉まっていたおかげで、『十号室』の三人は、涼からの魔銅鉱石の依頼を受けることができたし、ウィットナッシュでいっぱい食べることができたんですけどね。
「水属性の魔法使い」には、そんな伏線がいっぱいあります。
皆さんも、ぜひ見つけてくださいね!




