0226 涼の本気の護衛
ひとしきり絶望に浸った後、涼は立ち上がった。
それは、立ち直ったと同義である。
「実は、アベルの護衛を依頼されました」
涼は、正直に、全てを話すことにした。
『対等の友人であれ』と言われたのだ……全てを明らかにするのが一番楽だ。
「俺の護衛? 俺が、護衛をするんじゃなくて、俺を、護衛する?」
「アベルは、いちおう次期国王みたいなわけですから、今さら誰かの護衛をすることは、もうないと思いますよ。貴重な体験をする機会を、永遠に失うのですね。不憫です!」
「なんか、すごく嫌な言い方をされた気がするんだが……」
アベルは、顔をしかめてそう言った。
「まあ、いい。で、リョウが俺を護衛するのか? 確かに、この先、命を狙われる機会は増えるだろうが……。リョウに、出来るのか?」
「大丈夫です! 僕がやるからには、他の人にアベルを殺させたりはしません」
涼は、決意も新たに、そう宣言した。
「お、おう……」
「そこでアベル、アベルを他の人に殺させない、絶対確実な方法があるのですが」
「なに? そんな凄い方法があるのか?」
この提案には、さすがにアベルも驚いた。
そんな画期的な方法があるのならば、ぜひ聞くべきであろう。
「僕がアベルを殺してしまえば大丈夫……」
「どうせそんなことだろうと思ったわ!」
「いえ、それだとあんまりですからね。当然違いますよ?」
「そうか? てっきりそういうことだと思ったんだが」
「ふふふ、アベルもまだまだですね。そう、言葉を変えましょう。アベルを絶対に死なせない方法があります」
涼は自信満々に言い放った。
「おお、それならよさそうだな。で、どうする?」
「アベルを氷漬けにすれば完璧です!」
「……」
「誰も割ることのできない氷の中なら、死ぬことはありません! 透明な氷なので、みんなアベルの尊顔を拝すこともできます。二つ名は、そのまま『氷の王』でどうですかね」
涼は、いかにも完璧な提案ができたコンサルタントのように、自信満々な表情で言い切った。
「却下」
「なぜ……」
再び、涼は絶望の淵に沈んだ。
「なぜなら、それだと、書類にサインできないだろ」
「な、なるほど……」
アベルの理路整然とした反論に、涼は納得した。
「ならば、腕の部分を可動できる氷にしましょう。そして、ペンを固定にすれば問題解決です!」
「却下」
完璧な再提案ができて満足していたコンサルタントが、客の一言で打ち砕かれるように、涼はアベルの言葉に、再び打ちのめされた。
「なぜ……」
その目に、うっすらと涙すら浮かべ……てはいないが、涼はアベルを見て、尋ねた。
「かっこわるそうだから」
「うっ……」
涼にとって、『かっこいい』というのは、最優先されるべきものである。
それは、アベルも嫌というほど経験していたため、『かっこわるい』という言葉の持つ破壊力を知っていた。
「氷の中がダメなら、氷を纏うようにしましょう。水属性魔法に、ちょうどいい魔法あります。アイスアーマーというやつです。これで身体全体を覆えばどうでしょう」
「氷を纏うか……」
「透明の、薄い氷です。遠目には、纏っていることすらわからないかもしれません」
「薄いと、割れたりは……」
アベルの懸念に、涼はふふん、という顔をして言葉を続けた。
「僕の氷ですよ? 普通の攻撃程度では、割れたりしませんよ」
「なるほど……」
アベルも、涼の氷が異常に硬いことは知っている。
これなら問題なさそうな気がしていた。
「ちょっとやってみてくれ」
「では、いきます。<アイスアーマー>」
執務室の扉がノックされた。
「どうぞ」
アベルがそう言うと、扉が開いて、『赤き剣』の三人が入って来た。
「アベル、戻ったわよ。大変なことになったそう……」
「ただいま~。コナ村は大変だったよ。リョウも来てるって聞いた……」
「……」
リーヒャも、リンも、いつも通り無言のウォーレンも、部屋に入って来て、遠目にアベルを見てから、首を傾げる。
「アベル……」
「何か光ってるよね……?」
リーヒャも、リンも、理由はわからないのであるが、アベルの表面が煌めいて見えた。
窓から入る光が、アベルの表面に張られた氷の鎧に反射して、煌めいたのだ。
「ん? 二人ともよくわかったな。リョウが、俺を守るために、氷の鎧を表面に纏わせてくれてな」
「これなら、どんな不意打ちを受けても大丈夫です!」
アベルが説明し、涼は太鼓判を押した。
「ああ、リョウの氷なら確かに硬いだろうし、まあ動くのも問題なさそうだけど……」
「でも、却下」
リンが一つ頷いて理解は示したが、リーヒャがダメ出しした。
「なぜ!」
アベルと涼が異口同音に叫ぶ。
「アベルと握手した人たちが、アベルの手に感動しなくなるから」
「……は?」
これまた、二人は異口同音に発した。
アベルの手に感動? なんだろうそれは。
「アベルの手って、握手した人たちがすごく感動するのよ。何度も潰れては重なった剣ダコがあってね……。努力して掴み取った冒険者としての名声、みたいなのね。でも、その氷の鎧を纏ってたら握手した時に感動しないでしょ? だから却下」
リーヒャのその言葉に、涼は文字通り膝から崩れ落ちた。
「なんか、すまん……リョウ」
アベルが、申し訳なさそうに言う。
「いえ……まさか剣ダコに負けるとは思いませんでしたが……。ですが、それなら仕方がありません。剣ダコは、剣に生きる者の勲章です」
涼は、いっそ清々しい表情になって言った。
「リョウも……あるよな、剣ダコ」
アベルは涼の握りしめた手を見ながら言う。
小学生の頃から竹刀を振るって来て、『ファイ』でも剣を毎日……だいたい毎日、振るっている涼だ、当然ある。
「ありますよ。僕の場合は、左手の方が分厚くなっていますけどね」
昔、剣ダコは未熟の証、と言われたことがある。
出稽古に行った先で、その道場の指導者に言われたのだ。
だが、今では、涼はそれが間違い……とまでは言わないが、少なくとも涼には当てはまらないということを知っている。
毎日三千本から五千本の素振りを続ければ、常に剣ダコはあり続ける。
全日本で優勝する剣士も、その練習量を続けていれば剣ダコは消えない。
剣ダコが消えるのは、練習量が減った人……もちろん、それが一概に悪いわけではないし、四十歳を越えれば、誰しも練習量は減るであろう?
練習が全てではないし、休むも練習……それもまた事実である。
経験を重ねれば、少ない練習量でも、高い効果を生めるようになるかもしれない。
だが、どちらにしろ……。
剣ダコは、決して未熟な証ではない。
剣ダコは、剣を振るう者の勲章だ。
涼は、アベルを見て、そして自分の手を見て、改めてそう思った。




