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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 最終章 ナイトレイ王国解放戦
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0225 王の友

セーラが西の森に向かった後、涼は抜け殻となっていた。

一所にぼーっと座って、日がな一日何もしない、とかそういうわけではない。


だが……これまでであれば……。


朝日が昇る前に起床。

三十分間、みっちりとストレッチ。

そして、ルンの城壁の外を、両手両足、そして両肩に氷で極小の東京タワーを生成しながら走る。

朝食を摂り、昼まで錬金術に勤しむ。

その間に、セーラが来てリビングで本を読んでいることもある。

お昼は、一緒に、飽食亭を中心とした東門付近のお店で食べることが多い。

その後は、たいてい、領主館で模擬戦。


こんな風に一日が流れていたのだが、セーラがいなくなったことによって、


『その間に、セーラが来てリビングで本を読んでいることもある』

『お昼は、一緒に、飽食亭を中心とした東門付近のお店で食べることが多い』

『その後は、たいてい、領主館で模擬戦』


これが全てなくなってしまったのだ。

単純に、何をすればいいかわからなくなってしまった。



何をすればいいか分からない人、やりたいことが見つかっていない人というのは、周りにちょっかいを出す迷惑な存在になってしまう……。




「ねむい……」

「なぜ、それを、俺の部屋に来てわざわざ言うんだ?」


ここはルンの領主館にある、前領主執務室。

現在は、領主執務室と隣にあった領主寝室が離れに移り、次期国王予定者の執務室と寝室になっていた。

もちろん、アベルが強引に接収したわけではなく、ルン辺境伯の提案による。


そんな次期国王執務室で、アベルはせっせと書き仕事をこなしている。

各地の領主や、周辺の国への根回しのための文章などである。

国王として立つ前にやっておいた方がいいことは、けっこうあるのだ。

もちろん、国王となった後も似たような文章を出すことになるのだが……。



そんな、見るからに忙しそうな次期国王の執務室で、水属性の魔法使いはグダっていたのだ。

「心の充電をしているだけです、次期国王様は気にしないでください」

「ジュウデンというのがよくわからんが……ぐだぐだしているのはわかる。なぜこの部屋でやっているのかはわからんが……」

「だって他の部屋の人たちは、ものすごく真面目に仕事をしているんですもん……邪魔しちゃ悪いでしょ」


わざわざ言わないと、そんなこともわからないのか、やれやれ……と言った感じで、肩をすくめる涼。

アベルがイラッとしたのは言うまでもない。


「俺も、ものすごく真面目に仕事をしているんだが?」

「アベルには、周囲の妨害にも負けない、強い国王になって欲しいと思い、泣く泣く邪魔をしているんです」

「邪魔って言ってるじゃないか……」


こうして、アベルは強い国王になれるよう、日々鍛錬をこなすことになったのであった。

もちろん、望まずして……。




「やっぱり……さっさと王都に行って、帝国軍を全員凍らせるのが一番早いと思うんですよ」

涼が、提案を装ってそんな独り言を言っている。

「おいリョウ、何度も言うが、絶対にそれはするなよ!」


必死に止める次期国王様。

いつも大変そうだ。


「敵国軍を皆殺しにすれば終わるという段階は、とうに過ぎているんだ。北部貴族全てが裏切ったということは、間違いなくフリットウィック公爵……叔父上が裏にいるということだ。いずれ王都で、国王への即位を宣言するだろう。彼の勢力から王国を奪い返しつつ、帝国とその影響力を排除しなければ国の復興にはならんのだからな」

「まったく……国が負けるというのは、本当に大変ですね。我々、王国民にとっては、いい迷惑です」

涼はそう言いながら、小さく何度も首を振った。


「あ、ああ……なんか、すまん」

アベルには、全く責任はないのだが、なんとなく謝るべき雰囲気を、涼は醸し出していた。



その時、扉がノックされた。

「どうぞ」

アベルが言うと、扉が開き、一人の青年が入って来た。


「アベル様、失礼します」

「これはアルフォンソ殿、どうしました?」

「実は、領主様がリョウ殿と話をしたいと仰っておりまして……。もし可能なら、離れの方まで来ていただけないかと」


後半は、涼の方を向いて言った。


「あ、はい、暇です。伺います」

涼はそう言うと、アルフォンソ殿と連れ立って、離れに向かって歩き出した。




「リョウ殿には一度もご挨拶していなかったかと思います。アルフォンソ・スピナゾーラです」

「あ、リョウです。スピナゾーラ、と言うと……」

「はい、現領主の孫です」

「ああ、セーラに肩を……」


そこまで言って、涼は慌てて口をつぐむ。さすがに失礼なことを言った自覚があるのだ。

アルフォンソは、顔を真っ赤にして、いかにも恥ずかしい過去を知られて、いたたまれない若者となってしまった。

「はい、お恥ずかしい話です」


しばらく無言で歩いていたが、アルフォンソの方から口を開いた。

「リョウ殿とセーラ先生の模擬戦はよく見ていました。凄いの一言でした」

「あ、いえいえ……」

面と向かって褒められることに涼は慣れていない。


「それで……時々でもいいので、私と騎士団に、稽古をつけていただけないでしょうか」

「はい?」

「私に稽古をつけてくださり、二人の剣術指南役の内の一人でもあったセーラ先生が西の森に行かれ……さらに、午後の恒例になっていたお二方の模擬戦も無くなってしまい、騎士団の士気が下がっているようなのです。この件は、騎士団長のネヴィル・ブラックとも相談し、リョウ殿がいいなら、という許可をもらっています。いかがでしょうか?」



まさかの、セーラの後釜である。



「しかし……僕は正式に剣を習ったわけでもありませんし……」

「基本的な剣術は、もう一人の指南役、マックス・ドイルがつけてくれます。王都のヒューム流剣術です。ルン騎士団は、ドイルが基礎と応用を身につけさせ、セーラ先生が叩きのめす、という関係性で鍛え上げられました」

「叩きのめす……」


アルフォンソの説明に、涼は呟いた。



「もちろん、セーラ先生は、大きな怪我をしない程度に、かなりの手加減をされていたみたいですが。騎士団員は、全力を出してもまだまだ届かない人、そんな人が目の前にいて自分たちを鍛え上げてくれているということが、高い士気にも繋がっていたのです。どうでしょうか、リョウ殿、引き受けていただけませんか」


そういうと、アルフォンソは立ち止まって、頭を下げた。

こうしてみると、かなりまともな青年である。

劣情に負けてセーラを押し倒そうとしたというのは信じられないが……その時の激烈な反撃で、性根を叩きなおされたというのも、またありそうなことでもあった。



「わかりました。時々でいいのなら……」

「ありがとうございます!」

涼は引き受け、アルフォンソは嬉しそうに、再び頭を下げた。


涼に、一つ、やるべきことが見つかった瞬間であった。




離れに移った領主寝室。

アルフォンソと涼が入っていくと、以前、見た時と同じように、ベッドに座った状態のルン辺境伯が、何事か書き物をしていた。


「ああ、リョウ、わざわざすまぬな」

「いえ。お呼びとか」

「うむ。いくつかリョウに頼みたいことがあってな」


そういうと、辺境伯は顎に手を当てた。

どういう順番で切り出そうか考えているかのようである。


「領主様、横から失礼します」

アルフォンソが呼びかける。「お爺様」でも「おじいちゃん」でもなく、「領主様」と呼びかけねばならないようだ。

領主の家系もいろいろと大変そうである。



「うむ?」

「先ほどリョウ殿に、私と騎士団への稽古の件をお願いしたところ、引き受けていただけました」

「そうか! それはよかった」

アルフォンソの報告に、辺境伯は嬉しそうな声を出した。


それも、『頼みたいこと』の一つに入っていたようである。



辺境伯は、うんうんと小さく何度か頷いた後、切り出した。


「実は、リョウに、アベル様の護衛を依頼したいのじゃ」

「アベルの護衛?」

A級冒険者であり、超一流の剣士でもあるアベル。

護衛することはあっても、護衛される必要はないと思うのだが……。


「うむ。アベル様は次期国王陛下。王太子カイン様が亡くなられた以上、そうなるのは確実……。だが、それを良く思わない者もおる」

「ああ……フリッタ……アベルの叔父上」


涼は、フリットウィック公爵という単語に、未だ耳が慣れていないらしい。



「そう。まず間違いなく、アベル様の命を奪うために、様々な手段を弄してくる」

「それを防げと。しかし、僕でいいのでしょうか……そういうのって、いわゆる近衛兵とかがやる……」

「王宮に上がればそうなるであろうが……正直、『国王』という地位に慣れるまでは、冒険者が周りにいたほうがいい気がするのじゃ、アベル様の精神の安定的に」


辺境伯はそういうと、微笑んだ。

想像以上に、柔軟な頭を持った人物であるらしい。



「ある種、理想的だとは思わんか? 市井(しせい)の民からも、冒険者からも、もちろん騎士たちからも好かれる国王……。畏怖だけではなく、好意をも寄せられる国王。冒険者として、A級にまで上がり、ルンの街の者からの人気も高い『冒険者アベル』だからこそじゃ。わしは、そういう国王陛下を見てみたいのじゃよ」



そう言った辺境伯の笑顔は、輝いていた。

こんな歳のとり方をしたい、涼にそう思わせるような。



「もちろん、『赤き剣』の三人も、コナから戻ってくればアベル様の周辺に侍ることになる。そもそも、あの三人はそういう立場として、パーティーメンバーになった者たちじゃからな」

「ああ、やっぱり……」


涼も、薄々感じてはいたのだ。


かつて聖女とすら呼ばれた神官リーヒャ、王国一と言われる盾使いウォーレン、王国でも屈指の風属性の魔法使いリン。

自然に集ったにしては、有能すぎる集団。


アベルのカリスマ性が異常に高いのだとしても、様々な力が働いて集った一流の人材、そう考えた方がしっくりくるというものだ。



「でもそうなると、いよいよ僕が護衛する必要性など無い気が……」

涼は首を傾げる。


「そうじゃのぅ……なんというか……リョウには、アベル様にとって、対等の友人でいて欲しいのじゃよ」

「対等の友人?」



王とは孤独なものである。

いつの時代、どんな国においても……それはおそらく、地球であろうが、この『ファイ』であろうが変わらない。

それくらいは、涼でも知っている。



『対等』という関係は、精神的にいくら頑張っても、ずっと続くわけではない。

どうしても、そこには、『力関係』というものが介在してくるからだ。

『暴力』という名の物理的な力、『札束』という名の金の力、そして『権力』という名の無形の力などなど……。


それらが同じくらいの者同士が、ようやく『対等』という立場に立てる。



しかして、国王という者は、国においてそれらの『力』を最も多く持っている者である。

すくなくともナイトレイ王国における王は、そういうものだ。

であるなら、『対等の』しかも『友人』というのは、王である以上、望むべくもないのは自明の理であろうに。


賢明なるルン辺境伯が、その辺りの事を理解していないとは思えないのだが……。



「まず、一対一でアベルに勝てる者は多くない。だが、リョウはそれに該当する」

辺境伯は、一つ一つ具体的に述べていく。

まずは『暴力』である。


「次に……お金は、国王は多くの財産を持っていると思われているが、現実には、自由になる金はそう多くない。その多くは、国の財産であり、予算によって使い道は決まってしまうからじゃ」

次は『札束』であった。


私有財産の少ない国王……ちょっと可哀そうである。


「三つめは権力じゃ……。わしが、リョウを支援しよう。なんなら、どこかの小国を奪って来てもよいぞ」

「いやいや、それはまずいでしょ」

「じゃが、以前、村を氷漬けしたと聞いたが……」



なぜか、暗殺者の村を氷漬けした話は、かなり広がっているようである。

しかも、涼がやったという確定情報付きで。



「それは仕方なく……」

「その調子で、国を一つとってきてもよいが……」

「と、とりあえず、『権力』は置いておきましょう。まあ……『対等』が出来るか分かりませんが、友人ではありたいと思っています」


涼がそういうと、辺境伯は嬉しそうに何度も頷いた。


もちろん、辺境伯の心内(こころうち)には、強力な戦力であると思われる涼を、王国との間ではなく、アベル個人との間に関係を持ってほしいというのがある。

それが、『友人』という関係なのだ。




領主寝室から、アベルの執務室に戻って来た涼。

完璧なタイミングで、涼のコーヒーが運ばれて来る。

領主館の執事、メイドのレベルの高さがうかがえるというものだ。


「で、辺境伯はなんだって?」

アベルが、顔を上げないで、紙に何事か書きながら、戻って来た涼に尋ねた。


「小国をひとつ()って来いと」

「……は?」


さすがに、意味の分からないことを言われたら、人は顔を上げるらしい。


「国を奪って、アベルと対等の権力を持てと」

「い、意味がわからんのだが……」

「それを、辺境伯は全力で支援してくださると」

「お前たちは、一体何を話し合ってきた……」


ほんの少し、文を削っただけで、これほどに内容が異なるものになる……。

言葉というものの取り扱いには、本当に気を付けなければいけないのだ。



(そういえば、以前、悪魔レオノールが、国を奪って来てやるぞと言っていました……ああ、でもあれは、王国をあげるという話でしたね、うん、やはりそれは却下ですね)

危険な過去を思い出した涼。



「まあ、既存の国を奪ったらいろいろ大変そうなので……そうですね、ロンドの森を領有とかすればいいのですかね」

我ながら名案、という得意そうな顔をしながら、涼は偉そうに腕を組んで、何度も頷いた。


「いや……涼は貴族じゃないから、領有とかできないぞ……」

「え……」

涼は劇画調の絶望の表情になってアベルを見返した。


格差社会の現実を、思い知らされたのであった。


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