0223 西の森防衛戦 下
帝国軍の発光は、当然、エルフたちにも見えた。
細かな意味は分からないが、敵に援軍が来たことは理解できたのだ。
それは、絶望と同義であった。
「まだだ、まだ終わってはおらぬぞ!」
俯き、戦意を失いそうになる部下たちに、おババ様の叱咤が飛ぶ。
「北では、王都から戻った自治庁の者たちが戦っておる! 我らが耐え抜けば、彼らが敵を倒し、目の前の奴らにとどめを刺してくれる! 戦え!」
指揮官は、自分が信じていないことでも声高に言わねばならぬ時がある。
おババ様にとっては、今がその時であった。
自治庁の者たちも、そう簡単に倒せはしないであろう。
先ほどの発光魔法を見た敵は、『援軍が来るまで倒されなければいい』……そういう戦いに移行するに違いない。
簡単に決着はつくまい。
間違いなく、自治庁の者たちが来るよりも、自分たちの限界が先に来る。
分かってはいても、言うしかなかったのだ。
だが、おババ様の叱咤によって、折れかけたエルフたちの心が、なんとか繋ぎ止められたのも事実である。
まだ負けていない!
ダウンバーストで敵の動きを封じる者たち、その敵を射抜く者たち……今まで以上に、必死に、全員が死力を尽くし始めていた。
発光魔法が上がって二十分。
中央砦北側では、ランシャス将軍率いる帝国『影軍』横撃隊四百人と、自治庁長官カーソンが率いる王都帰還者五十人の戦いが続いていた。
「どれくらいやられた」
「ユーリ殿以下、五人……」
「くそっ」
エルフの中にも、回復系魔法を得意とする者たちがいる。
中央諸国の魔法体系とは根本的に違い、精霊の力を借りて回復速度をあげて、怪我を治すのだ。
そのため、高位神官たちのような部位欠損の修復はできない。
それでも、エルフの中では貴重な人材であり、戦闘集団には必ず、数人が入る。
今回死亡したユーリは、自治庁の中でも回復に秀でたエルフであり、戦闘集団としてみた場合、人数以上のダメージを負ったことになる。
カーソンは、指揮官として当然理解していた。
強さは拮抗している。
森の中の戦闘で、エルフと拮抗しているというのは、本来あり得ないことであるが……現実に目の前で起きている。
人数が減っていけば、ジリ貧だ……。
カーソン長官は、精神的にかなり追い詰められていた。
この相手を倒すだけでは駄目で、倒した後に、中央砦が抑えている敵千人にも攻撃を加えなければならないのだ……勝つためには。
だが……。
「この相手と互角に戦うだけで精一杯なのか……」
悔しさに、その身を打ち震えさせた。
「どれくらいやられた」
「四十程かと」
「なんたる……」
一方のランシャス将軍も、自軍の損害の多さに顔をしかめた。
発光魔法が上がったため、『援軍が到着するまで無理をするな』という指示を出しているのに、これである。
正面から叩きあったら、この王都帰りの連中には勝てないかもしれない……率直に、そう感じていた。
「気負うな。増援が来るまで遅滞戦を展開すればいい」
ランシャスが、近くの部下に、そう声をかけた瞬間であった。
「見つけたぞ!」
真後ろからの斬撃。
だが、ランシャスは難なくその斬撃をかわす。
「貴様が指揮官だな」
斬撃をかわされたにもかかわらず、その相手は落ち着いていた。
「だとしたらどうする?」
「死んでもらう」
ランシャス将軍は問いかけ、相手……カーソン長官は断言した。
当然の事として。
「出来るかな?」
「ぬかせ!」
挑発するランシャス、打ち込むカーソン。
部下には、遅滞戦をやれと言いながら、自分は正面からの剣戟を繰り広げるあたり、ランシャスは将軍というより、生粋の戦士なのかもしれない。
その剣は、時間稼ぎをする気など一ミリも無く、正面の敵を倒すことに全力を傾けた剣である。
だが、カーソン長官も一筋縄でいくエルフではない。
自ら進んで、年下であるセーラの特別講習を受け、個人技を磨いたエルフだ。
セーラがルンに戻ってからも、鍛錬を休んだことなど一度もない。
剣は、努力を裏切らない。
二人の剣戟は、果てしなく続いた。
そして、ついに帝国の増援が砦正面に現れた。
増援が、森から出てきた瞬間、さすがのおババ様も膝をつきそうになった。
どう考えても負けが確定したから……。
だが、それでも、精神力を振り絞って、立ち続ける。
しかし、多くの者たちは、がっくりとうなだれた。
ダウンバーストを放っている者たちだけが、そのまま魔法を続けている……もはや、周囲の状況も理解できない程に、魔力が尽きかけているからであった。
そんなおババ様の耳に、声が聞こえてくる。
「たすけて……」
「やめてく……」
「降伏す……」
「もう、いやだ……」
帝国の増援部隊から聞こえてくるそれらの声は、だが、森から出るとすぐに消える。
発した者たちが、次々と倒れていくからだ。
やがて……声は全く聞こえなくなった。
次の瞬間、ダウンバーストで満足に動けない帝国『影軍』前衛の間を、一条の、白金の光が奔った。
光は止まることなく動き続ける。
光が通り過ぎた所には、血煙が舞った。
斬られた帝国兵たちから噴き上がる血。
地面に刺さった火矢。
そして走り抜ける白金の光。
それはある種、幻想的な光景であった。
帝国軍千人を糧とした、一夜の夢……。
「間に合うたか……」
おババ様はそう呟き、精も根も尽き果てた上で安心したため、膝をついた。
その瞬間、一夜の夢は終わった。
後には、大量出血で動くことはできないが、辛うじて命だけは残されているらしい千人の帝国兵と、ただ一人立つ、プラチナブロンドの髪をたなびかせたエルフがいた。
「セーラ、すまぬが、北の方も助けてやっておくれ」
おババ様の声は決して大きくはなかった。
だが、セーラは一つ頷くと、消えた。
そこにいた者たちが、移動したのだと理解できたのは、数秒後であった。
「とんでもないエルフになってしまいおって」
おババ様は、そう言って苦笑した。
ランシャス将軍とカーソン長官の剣戟は、続いていた。
双方ともに、まさに全力を傾けての剣戟。
そうしなければ、即座に負けてしまう……それほどに、二人の間には差が無かった。
そのため、周囲の変化に気付くのが遅れた。
何度目か、距離をとって息を整える二人……だが、ほぼ同時に異変に気付いた。
「音が……」
「静かすぎないか」
ランシャスもカーソンも、小さく呟く。
その瞬間、ランシャスの前に白金の光が流れ込んだ。
「ばか……な……」
ランシャスは腹部への一撃を食らい、意識を手放した。
手放す直前に、剣戟相手の声が聞こえた気がした。
「セーラ……」




