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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 最終章 ナイトレイ王国解放戦
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0221 西の森防衛戦 上

「副長、『優先目標』の中での確保失敗は、この二つが突出しています」

皇帝魔法師団用に割り当てられた宿舎に戻ると、副官ユルゲンが報告して来た。


「王立錬金工房とエルフ自治庁か……。突入時、すでにもぬけの殻?」

「はい。三日前に、すでに退去命令が出されていたそうです」

「王太子の命令……。病死した第一王子だな。王都陥落を予想して命令を出していたか」



オスカーは、報告書を読みながら、ため息をついた。

この二つは、『優先目標』の中では最も重要な場所として、皇帝ルパート六世が指定した場所だったはず。


『最優先目標』は王城ただ一つ。

ということは、この二つは、王都内で王城の次に優先的に確保することを指示された場所だったのだが……中身が誰もいなければ、それは『確保』したことにはならないであろう。


「王太子……相当な切れ者だったようだな。死してなお王国を救うか。亡くなって、良かったのかもしれない」

後半の呟きは余りにも小さく、副官ユルゲンの耳にすら届かなかった。


「錬金工房、ケネス・ヘイワード男爵と研究成果の確保を失敗したのは想定外だが、それ以上に自治庁はまずいな」

「例の森ですか」

「ああ。『西の森』の攻略に影響が出るかもしれん……」




王都から西に二百余キロ。

王国西部の更に西の端は、広大な森に覆われている。


その一帯は『西の森』と呼ばれ、王国内でありながらエルフの自治領として、認められた土地である。

その自治の歴史は、王国中興の祖と言われるリチャード王の治世より始まる。

以来数百年、西の森はエルフの森として、平和と平穏の象徴であった。



だが、その平穏は、二日前に破られていた。



「南東の物見櫓、焼け落ちました」


部下の報告を、苦々しい顔で受けているのは、一人の女性大長老。

通称『おババ様』。

王都騒乱時、王都の自治庁でセーラと共に防衛の指揮を執ったエルフである。

王都騒乱後、この西の森に戻り、いつもの生活に戻っていたのだが、二日前、突如攻撃を受けたのだ。


王国軍の、デスボロー平原での敗北の報の直後であり、相手は……。

「エルフが森の中で負けるとは……帝国軍は化物か」

おババ様は額を押さえて嘆いた。


そこにさらに悲報が追い打ちをかける。

「大長老ゴリン様、討ち死に」

「な……」


最前線で指揮を執っていた大長老の一人、ゴリンの戦死の報は、さすがのおババ様にもかなりの衝撃を与えた。

「言わんこっちゃない……ゴリンの馬鹿者が! 慎重であるべき大長老が、突撃を敢行するからそうなるのじゃ」

口では憎まれ口を叩いているが、その表情はこれまでになく沈んだ。

周りのエルフたちも、おババ様の悲しみを理解しているため、沈痛な表情で誰も口を開かない。


おババ様と、長い間に渡ってこの西の森を発展させてきた大長老……おババ様を含め三人の大長老のうち、グン大長老は戦闘初期に戦死。さらに今、ゴリン大長老も戦死。


二人とも、他のエルフをかばっての討ち死にということもあり、戦死者数は二十人程度であるが、元々の人数が少なく、人口増加率も極めて低いエルフ族にとっては、かなり深刻な打撃を受けているのは確かだ。


おババ様は決断を下す。

「やむを得ぬ。森の東部地域を放棄。中央砦まで引き上げる。全員呼び戻せ」

ただ一人残った大長老としての苦渋の決断に、しかめた顔は元に戻らなかった。




西の森、東外縁。

そこには、森を襲撃した帝国軍の拠点がある。


「やはり、エルフは化物か」

呟いたのは、襲撃軍を率いるランシャス将軍。


「被害数が桁違いですな……」

そう言ったのは、ランシャスの副官アンバー。


「死者数が二百を超えるなど……ありえるか! 我らは『影』ぞ?」

ランシャス将軍は叫んだ。



彼が率いるのは、帝国第二十軍。通称『影軍』。

開けた平地での戦闘ではなく、市街地、建物内、山岳地帯、あるいは森林など、障害物の多い地形での戦闘に特化した、近接戦のスペシャリスト集団である。


他の帝国軍に比べて、圧倒的な実戦数をこなしており、他国からも怖れられる部隊。

だが、その実態はめったに表に出ることはなく、それだけに、帝国の貴族の中にも『影軍』の存在を知らない者すらいた。



しかし、その強さは圧倒的。



帝国の表の切札が、フィオナとオスカー率いる皇帝魔法師団であるなら、裏の切札が、ランシャス率いるこの『影軍』である。


だが、その『影』が、これまでに経験したことのない損害を経験していた。

これまで、一度の参戦で最大死者十数人しか出さなかった部隊が、この二日余りの戦闘で二百人超である。

「ありえるか」とランシャスが叫ぶのも無理からぬことであろう。



「皇帝陛下が、エルフたちを最優先で排除しようとされるのがよく分かる。あんな化物たちが数百人もいるなど……悪夢でしかないわ」

ランシャスはそう吐き捨てた。


そこへ、前線からの報告が届く。

「報告。エルフ族、東の砦を放棄し、森の奥へ撤退を開始しました」

「ご苦労。閣下、作戦を第二段階に移行します」

報告に対して、副官アンバーが第二段階への移行を進言する。


「うむ。第二段階への移行を許可する。一気にエルフどもを根絶やしにするぞ!」

手塩にかけて育てた部下二百人を失ったランシャス将軍は、その目に憎悪の光を宿して、森の奥を睨みつけた。

まるでそこに、部下を殺した憎き相手が立っているかのように。


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