0220 宝物庫
「どういうことだ! 国王と王太子は生きたまま確保せよと厳命したであろうが!」
ナイトレイ王国王城謁見の間。
そこに、遠征軍主席副官リーヌスの怒声が響き渡った。
「申し訳ございません。ですが、我々が王城を確保した時には、すでに王太子は死亡しておりました。数日前に死亡していたとのことです」
「数日前に?」
「はい。病死だったとか」
別動隊として、夜陰に紛れて王都に突入した帝国軍を率いたアリスバール将軍は、リーヌスの怒声にも微動だにすることなく、冷静に報告した。
「王太子は、幼少より病弱であったとの報告がございました」
リーヌスの護衛隊長メルが補足する。
「ああ、そうであったな」
それによって、リーヌスは少しだけ落ち着いた。そして、さらに将軍に問うた。
「国王は確保したのであろうな」
「はい。見張りをつけて、執務室に閉じ込めてございます」
「よし。では、宝物庫に連れて来い。それからメル、オスカー副長とハッシュフォード最高顧問を呼んで来い」
宝物庫前。
オスカーが護衛隊長メルに着いていくと、遠征軍総司令官ミューゼル侯爵、主席副官リーヌス、帝国錬金協会最高顧問ハッシュフォード伯爵が揃っていた。
「オスカー殿、いよいよですぞ」
総司令官のミューゼル侯爵が、ようやく満願成就、といった表情でオスカーに告げる。
「なるほど。『その瞬間』に立ち会わせていただけるのは光栄の至り」
そういうと、オスカーは軽く頭を下げ、それを見たミューゼル侯爵は、うんうんと何度も頷いた。
こうして見ても、侯爵自身は決して悪い人間ではない……オスカーはそう思った。
だが、息子が……。
オスカーは、チラリと侯爵の息子である主席副官リーヌスを見る。
彼は、宝物庫のさらに奥の扉を、恍惚の表情で見つめている。
その奥にあるものに思いを馳せているのか、あるいはそれを帝国にもたらした際の功績に思いを馳せているのか……。
全ての策は皇帝ルパート六世によって準備されたとはいえ、実行者としての功績も、また大きなものであることは事実である。
それは、帝国数百年の悲願と言ってもいいのだから。
アリスバール将軍と兵たちによって、国王スタッフォード四世が連れられてきた。
後ろ手に紐で縛られている。
本来、敵国とはいえ王族に、ましてや国王に対して行うにはあまりに非礼ではあるのだが、これから先の作業のためには下手に抵抗されると困るため仕方のない措置であった。
「では、ハッシュフォード伯爵、お願いします」
「こころえた」
ミューゼル侯爵が言うと、ハッシュフォード伯爵が一つ頷き、宝物庫の最奥の扉の前に移動し、扉の前に手をかざして何事か唱えた。
その扉こそ、『英雄の間』の入口である。
英雄の間……ナイトレイ王国中興の祖、リチャード王によって作られた、王城の真の宝物庫とも言うべき場所。
中には、世界のバランスを壊すとすら言われる、いくつもの宝物が収められており、リチャード王の遺言により、この中の宝物は、下賜することは許されない。
それほど、この中にある宝物たちは、異常なのである。
遠征軍は、それを開けようとしていた。
これこそが、この遠征の最優先目標であり、そのために『鍵』を持つ国王と王太子の確保が必要だったのだ。
「では、スタッフォード陛下をこちらへ」
ハッシュフォード伯爵が、英雄の間の扉の前にスタッフォードを連れてくるようにアリスバール将軍に言う。
スタッフォードは、すでに観念しているのか、あるいは抵抗できないのか、アリスバールに連れられて扉の前に来た。
すると、扉から緑の光が発し、スタッフォードの顔に照射される。
……だが、扉は開かない。
「ふむ」
ハッシュフォード伯爵は、小さく呟き、再び扉をいじる。
そして、言った。
「では、もう一度」
今度は、スタッフォードを扉の前に置いた状態で、最初に唱えた言葉を発した。
先ほどと同じように、扉から緑色の光が発し、スタッフォードの顔に照射された。
そして、先ほどと同じように……何も起きなかった。
「ミューゼル侯爵、残念ながら、こちらの方は、『鍵』を持っていないようです」
「なんですと?」
ハッシュフォード伯爵は冷静に告げたが、聞き返したミューゼル侯爵の声は裏返っていた。
「こちらの方が本物のスタッフォード陛下ではないか、あるいは、本物ではあっても何らかの理由によって、すでに『英雄の間』の鍵を消失しているかのどちらかですな」
「馬鹿な……」
ハッシュフォード伯爵は冷静に説明した。
それに対し、主席副官リーヌスが思わずつぶやいたのだ。
「そんなことがあり得るか……」
「リーヌス殿、そう仰っても……事実は事実。この方の中に、『鍵』が無いのは間違いありません」
その瞬間、両膝をつき、下を向いたままのスタッフォードの口角が上がり笑ったのを見たのは、オスカーだけであった。
笑ったのは、本当に一瞬だけであり、人によっては見間違いかと思うほどの刹那である。
だが、オスカーは、連れてこられてからずっと、スタッフォードの表情をつぶさに観察していたため、その『笑い』に気付いた。
(皇帝陛下が仰るには、スタッフォード四世はこの二年、薬漬けにしてあり、様々な判断力の低下、意欲減退、などの状態になっているはずということであったが。もしかしたら、時々は、元の状態に戻ることもあったのかもしれぬ)
オスカーは、先ほどの一瞬の笑いを見て、そう考えていた。
どちらにしろ、遠征軍の最優先目標の奪取は潰えたのだ。
うろたえるミューゼル侯爵と、怒りをその目にたたえた主席副官リーヌスを尻目に、オスカーは宝物庫を出た。
宝物庫を出て、廊下を少し歩いた先で、オスカーはポケットから小さな箱を取り出す。
そして、何事か唱えると、箱が光る。それを確認すると、言葉を念じた。
二分ほど言葉を念じた後、箱の光が消えた。
「帝都へのご報告ですかな」
その声にオスカーが振り返ると、ハッシュフォード伯爵が近寄ってきているところであった。
「いや、失礼。昔、私が改良した錬金道具が見えたものですから」
「なるほど」
ハッシュフォード伯爵は小さく笑いながら言い、オスカーもハッシュフォードが理解した理由を受け入れた。
「それにしても、残念です。わたくしも、かのリチャード王によって作られた英雄の間、ぜひ中を見てみたかったですな」
ハッシュフォード伯爵は笑顔のままそう言った。
「中の宝物よりも、箱自体ですか」
「当然です。私は、これでも錬金術師ですから」
百八十センチを超える堂々たる体躯に、白髪を伸ばし、帝国錬金協会のマントをたなびかせて歩く姿は、七十歳を越えた錬金術師とはとても思えない。
かつて戦場を闊歩した将軍、といった方がしっくりくるであろう。
「なるほど。そんな伯爵にお尋ねしたいことがあるのですが……」
「ほう? 爆炎の魔法使いに尋ねられるとは、これは興味深いですな。なんなりとどうぞ」
「英雄の間の鍵は、国王と王太子の二人だけが持つと聞きました。ですが、王太子は死に、国王は鍵を持っていない。となると……英雄の間は、この先、二度と開かないのでしょうか」
オスカーのその問いに、ハッシュフォード伯爵は、小さく何度も頷いた。
おそらく、自分の中でも、その問いを既にしていたのであろう。
「もちろん、あの英雄の間を詳細に分析したわけではないのですが……これまでにも、その二人が同時に亡くなる、というようなことはあったのではないかと思うのです。そして、そうなる可能性は、かのリチャード王であれば想定内だろうと思うわけです」
ここで一度、ハッシュフォードは言葉を切る。
そして、一息ついた後、言葉を続けた。
「もし、本当に、鍵を持った者が誰もいなくなったのであるならば、なんらかの緊急避難的な機構が組み込まれていると、私は思いますな」
「緊急避難的な機構……」
「そう、例えば、三番目に登録された者に鍵が移るとか……あるいは、鍵によらずに開けることができる方法があるとか……。しかし、正直に言いまして、一番可能性があるのは、『もう一人、鍵を持っている人物がいる』でしょうな」
ハッシュフォード伯爵は顔をしかめてそう言った。
その頭の中には、そのもう一人の人物が誰なのか、浮かんでいるのかもしれない。
「なるほど」
あえて、オスカーはその先は問わなかった。
別れ際、ハッシュフォード伯爵は言った。
「爆炎の魔法使い殿に忠告しておきたいことがあります」
「なんでしょうか」
「決して、あの英雄の間を、ご自身の魔法で破壊して中に入ろうなどとは考えないことです」
そう言われた時、ほんの少しだけ、オスカーの眉が動いた。
常人であれば気付かないほどであるが、ハッシュフォード伯爵は気付いたのであろう、微笑んで言葉を続けた。
「あの英雄の間を作ったのは、希代の錬金術師と言ってもいいリチャード王です。超一流の錬金術師というのは、同時に超一流の魔法使いでもあります。おそらく、英雄の間には、強力な魔法的防御機構が組み込まれているはずです。例えば……そう、この前の<真・天地崩落>を撃ち込んだら、そっくりそのままオスカー殿に<真・天地崩落>が返ってくる、みたいなね」
その言葉には、さすがにオスカーも無表情を保つことは出来なかった。
「それは……恐ろしいですね」
「ええ、恐ろしいです」
オスカーの言葉に、ハッシュフォードも素直に頷いた。
「リチャード王は、それほどの錬金術師であったと」
「はい」
「帝国最高の、伯爵よりも凄いと?」
オスカーのその問いに、ハッシュフォード伯爵は大きく笑った。そして答えた。
「オスカー殿は、私を買いかぶりすぎです。私など足元にも及びませんよ。そう、例えば、中央諸国には二人の、今代を代表する錬金術師がおりますな。ケネス・ヘイワード男爵とフランク・デ・ヴェルデ伯爵。二人を合したとしても、リチャード王とは比較できますまい」
「それほどですか、リチャード王は……」
オスカーは、素直に驚いていた。
「何事であれ深淵を極めた者には、常人が辿り着けるものではありませぬ」




