0218 王都……
デスボロー平原での敗北と、北部貴族の裏切りは、その日のうちに王城に知らされた。
極めて強い箝口令が敷かれたため、王都の民に知らされることはなかった。
『パニックを抑制するための情報遮断』といえば聞こえはいいが、この時の王国政府要人たちがどう考えていたのか、それは分からない。
だが、この時すでに亡くなっていた王太子によって、いくつかの手が打たれており、それが、先の趨勢に大きな影響を与えることになることは、まだ誰も知らなかった。
「まさか北部貴族全員が反乱とは……」
財務卿執務室で、この部屋の主フーカが呻いた。
「中心にいるのは、フリットウィック公爵でしょう」
部下マシューが冷静に答える。
「王弟殿下か……。国を割ってでも王位につきたいか。帝国を招き入れれば、国を割るどころか、亡ぶぞ……なぜそれがわからぬ」
冷静なマシューに比べ、フーカは怒っていた。
うろたえる他の大臣、官僚たちとは違って、『怒っている』辺りが、彼らしいと言えるかもしれない。
多少の問題を抱え、手法にも賛否両論あるとはいえ、フーカなりに国のためを思って税の徴収、予算の配分を行ってきた。
だが、それらを全て無にするかのような今回の暴挙……怒るのは当然かもしれない。
「敵軍は南下し、王都を目指しているようです。北部のほぼ全てが寝返ったため、障害となる物がほとんどありませんが……到着は七日後? 膨れ上がって速度が落ちているようですね」
報告書に目を通しながら、マシューが告げた。
「それまでの間に、周辺の街から、出来る限り兵を集めようとしておる。軍務省が手を打っておるらしいが、果たして間に合うか……」
フーカは、一度深いため息をついて言葉を続ける。
「まあ、この高い王都の城壁があれば、しばらくはもつであろう。城壁で敵を退けつつ、各地からの援軍を待つという戦略になるらしい」
「確か、以前にもそういうことがあったとか?」
「ああ。とは言っても、数百年も前の事だぞ。どうしても……王都の前に敵軍が迫る光景は、民に与えるショックも大きいであろう」
フーカは何度目かの深いため息をつき、さらに何度も首を振った。
「副長、進軍速度、信じられないほどゆっくりですね」
副官ユルゲンが、馬の背でゆったり揺られながら、そう言った。
「今回は、ゆっくり進む必要があるのだ」
作戦のほぼ全容を、皇帝ルパートから聞かされているオスカーは、そう答えた。
「ですが、ゆっくり進めば、その間に、王都の防備はもちろん、王都に辿り着く間にも邪魔が入るのでは?」
「まず、北部貴族がこちらについた以上、王都までの邪魔は各地の守備隊程度だ。問題にならない」
ユルゲンの問いに、あまり気乗りしなさそうにオスカーは答える。
「なるほど。では、王都の防備は?」
「それこそ、平原で戦った我々が、王都も陥落させる必要はないであろう? 平地戦と攻城戦、同じ部隊がやらねばならぬ法などない」
オスカーのその言葉に、ユルゲンの脳裏に閃く何かがあった。
「まさか、攻城部隊はすでに先行して……」
「王国が北部に展開していた守備隊をデスボロー平原に集めさせ、さらに北部貴族を裏切らせたのは、我らとは違う部隊を、我らとは違うルートから王国内に侵攻させるため。デスボローでの戦闘が、あえてゆっくりと進行していたのもすべてそのため」
「王都の連中が我々の動きに注目している間に、その部隊が……」
「まあ、そういうことだ」
その夜、王都の闇に蠢く影があった。
その影たちは、不思議なことに、内務省の王都衛兵隊の装備を着けていた。
衛兵隊が、夜、王都内の見回りをするのは不思議な事ではない、というより、よくあることである。
歓楽街を中心に、冒険者をはじめ、夜中になっても騒いでいる者たちは数多くおり、目に余る者たちは衛兵隊が朝まで牢に入れたりすることもあるからだ。
そんな者たちは、多くの衛兵隊の顔も知っているのだが、この夜の衛兵隊の中には、知った顔は一つも無かった。
王都には、大小数十の門がある。
最も巨大な、東西南北の各門はもちろん、全ての門は、衛兵隊と予備役たる王国第二軍で警護されている。
王都に敵軍が迫っている現状であれば当然であろう。
そんな中、東西南北の四つの巨大な門が、同時に開いた。
敵軍が迫る現状において、そんなことはあり得ないことなのだが……。
各門には、多くの死体が転がり、ここに来れば何があったのか嫌でも理解できたかもしれない。
そして、開け放たれた各門を通って、一斉に騎馬に乗った兵たちが侵入。
その数、総勢一万。
なぜか、各所の詰め所にいるはずの衛兵隊、そして王国第二軍の者たちは迎撃に出てこなかった。
詰め所で出された食事に、遅効性の強力な眠り薬が混入しており、それが理由であったことがわかるのは、だいぶ後の話である。
こうして、ほとんど抵抗なく、王都クリスタルパレスは陥落した。
その日、王都冒険者ギルド本部から、ルンの冒険者ギルドに、直通通信が入った。
これは、錬金道具で、本部と各支部を一対一で繋ぐものだ。極めて寿命が短く、材料も高価なため、本当に重要な連絡でしか使用されない。
さらに、盗聴の可能性も完全には排除できないため、使用される場合もかなり限定される。
だが、この日は使用された。
グランドマスターからルンのギルドマスターへ。
「はい、こちらマクグラス」
「フィンレー・フォーサイスだ。ヒュー、落ち着いて聞け、質問は最後に。王都が陥落する」
「!」
ヒューは、あまりの内容に、言葉をあげそうになったが、「質問は最後に」とわざわざ言われていたこともあり、無言のまま先を待った。
「いつの間にか城門が開け放たれ、数千を超える帝国軍が侵攻。王城はすでに落ちた。耳の早い冒険者や商人たちは、王都を脱出している。エルシーも逃がした。運のいいことに、先ほどまで一緒にいたのでな。神のご加護であろうよ」
ヒューは、フィンレーの信仰心が極めて薄いことを知っている。
だが、何も言わない……さすがにつっこむタイミングではないだろう。
フィンレーの娘であるエルシーは、無事に王都を出た。フィンレーが伝えたい一番の事は、そのことのはずだ。
「エルシーは、ギルド馬車で、ルンまでノンストップで行くように指示した。最初で最後の公私混同だ」
「最初で……最後?」
さすがに、ヒューも黙っていられなかった。
最後? まさか……。
「質問は最後にと言うたであろうが。さすがに、王都のグランドマスターが、責任をとらぬわけにはいくまいよ。だから私はここに残る。『システム』は切断してある。各ギルドで、冒険者たちが預けておる余剰金の管理は行え」
「はい……」
ヒューには、もはや返事をすることしかできなかった。
「ヒュー・マクグラス、エルシーの事、頼んだぞ」
その言葉と共に、通信は切れた。
後には、何も言えず、立ち尽くすだけのマスター・マクグラスが残された。




