0215 はぐれワイバーンとはぐれ守備隊
涼とアベルがベムバートン村に着くと、そこは上を下への大騒ぎであった。
さもありなん、ワイバーンなど、この辺境においてすら、一生に一度も関係しないことがほとんどなのである。
それが、自分たちが住む村のすぐそばで見られたとなれば、大騒ぎになるのは当然であろう。
とはいえ、そんな平常心の欠片も無くなった村人たちから、まともな情報など聞けるわけも無く、二人が途方に暮れていると、遠くから走り寄ってくる一人の兵士風の男がいた。
「ルンの冒険者ギルドから来られた方ですよね? 剣士の方と魔法使いの方」
兵士風の男は二人の元に来ると、確信に満ちた質問をした。
このタイミングで、見たことのない冒険者風の男が現れ、しかもギルドから事前に二人の冒険者が来るという知らせが来ていれば、誰でも確信するというものである。
「はい、俺たちです」
アベルが代表して答える。
「よかった、お待ちしておりました。自分は、プラゲ男爵様の部下で、この荘園の守備隊長の任を受けております、ラインズと申します」
「よろしくお願いします。今回のは、機密指定ということで、俺たちの名前は告げることは出来ません」
「承知しております。さっそくですが、ワイバーンの件について……」
見られた場所は、村の南、ほんの五百メートル程の場所。
放牧していた牛が一頭犠牲になっただけで、人への被害はまだ出ていない。
「わかりました。では、俺たち二人で向かいます。ギルド馬車の方を、休ませてやってください。手入れなどは御者がやりますので、場所だけ」
「かしこまりました」
本当にそれだけでいいのか……守備隊長ラインズの目はそう語っている。
だが、あえてそんな視線の問いかけをアベルも涼も無視する。
そして、南に向かって歩き出した。
「さっきの守備隊長、若かったですね。多分、二十歳程度でしょう?」
「ああ多分、守備隊自体、二人とか、場合によっては彼一人とか、そういうものだと思うぞ」
「たった一人の守備隊……」
何かの題名になりそうな、そんな響きの言葉であるが、その光景を思い浮かべると悲しいものがある……。
とはいえ、現代地球においても、離島の警察官とか、お医者さんとかは一人で赴任とかよくあったわけで……そう考えれば不思議ではない。
涼は強引に、そう考えることにした。
「はぐれワイバーンとはぐれ守備隊」
「何の物語だよ、それは」
涼が、何となく思い浮かべた小説の題名風な言葉を言うと、アベルは正確につっこんだ。
アベルは、できる男である。
十分も歩かないうちに、ワイバーンが飛んでいるのが見えた。
「普通に飛んでますね」
「そりゃそうだろう。これで見つからなかったら、面倒だったわけだし、発見する大変さからは解放されたな」
「あれは、大きさ的に、どれくらいなんですか?」
「珍しいことに、成竜並みのはぐれワイバーンだ。普通、はぐれは幼竜が多いんだがな。ニルスたちが倒したのも、幼竜だったらしいし」
「なるほど」
ロンドの森で、涼たちが乱獲したワイバーンと、同じ程度に見える。
あの、ワイバーンの巣状態の山にいたのは、成竜だったということだろう。
「それで、今回の討伐は、条件は課されているのですか?」
「条件?」
「倒し方とか、証拠品の提出とか」
「いや。魔石は俺たち二人の物になるそうだ。倒した証拠は……普通は、討伐証明としてワイバーンは右目を刳り出すんだが……あの守備隊長さんにしろ、村の人間にしろ、目だけ出されてもわからんだろうな……」
「そうですか……」
涼は何事か考えていたが、一つ頷いた。
「まあ、とりあえず落としましょうか」
「お、おう」
「<アイシクルランス2>」
涼が唱えると、上空に生成された極太の二本の氷の槍が、ワイバーンの羽を貫き、そのまま本体ごと地上に磔た。
「よし!」
「相変わらず……ワイバーンの『風の防御膜』なんて嘘だって思わせるな」
「空を飛ぶ剣士よりは、普通ですよ」
「うん、それも確かに非常識だ。まず人は飛べない。剣士じゃなくてもな」
アベルがそう言うと、涼はそんなアベルを横目で見る。
その目が、キランと光った……ように見えた。
「アベル、それは余りにも無知というやつですよ。世の中には、ブレイクダウン突貫という技があるのです」
「なんか懐かしいものを聞いたぞ。ブレイクダウン突貫って、あれだろ? 以前リョウが言っていた、ロマン戦術」
「ロマン戦術って……なんという言い草」
涼は、理解されない苦しさを知った。
世間は冷たく、世の中は世知辛いのである。
だが、そんなことには負けない!
「いいでしょう! そんなアベルの蒙昧を、僕が啓いてあげましょう! とくと見るがいいです」
涼はそう言うと、鞘から村雨を取り出し、刃を生じさせる。
そして言い放った。
「<アバター2>」
すると、涼の左右に、さらに涼が現れた。分身である。
「なっ……」
絶句するアベル。
だが、これだけで終わりではない。
「<アイシクルランスシャワー><ウォータージェットスラスタ>」
涼本体を含め、三体の涼から無数の氷の槍が地面に落ちたワイバーンに向かって撃ちだされ、同時に、三体の涼の背面から水が噴き出し、涼たちが氷の槍と同じ速度で突っ込んだ。
氷の槍の着弾、三体の涼の斬撃、それは一瞬で生じ、一気に収束した。
後に残ったのは、無数の氷の槍に貫かれ、首と両脚を斬り落とされたワイバーンの死体。
「ダブルアバターからの、アイシクルランスシャワー、そしてウォータージェットによる突進……水属性魔法使い版ブレイクダウン突貫です」
かなり得意そうな顔で説明をする涼。
だが、アベルはその説明が終わっても固まったまま。
「あれ? アベル?」
なんだそれはー! といった辺りの反応を期待していた涼は、あまりの反応の無さに問いかけ直す。
「あ、ああ、すまん、俺は夢を見ていた様だ……」
「いや、現実ですよ~?」
(いや、いくらリョウが規格外な魔法使いだとしても、分身からの瞬間移動のような突撃とか……いや、ないない、何かの間違いだ。うん、見なかったことにしよう)
アベルは、自分の心とそんな密約を結んだ。
とはいえ、目の前に残ったワイバーンの残骸は、事実として認めざるを得ない。
その点だけ、何か言うことにしよう。
「リョウの氷の槍は、本当に、ワイバーンの『風の防御膜』を無視するよな」
さっきも言った言葉だが、気にしない。
目の前のワイバーンは、地面に落とされても風の防御膜は展開したままであった。それなのに、無数の氷の槍はワイバーンの身体を貫いているのだ。
「ああ……それは多分、他の魔法使いが使う魔法に比べて、僕の氷の槍は、等加速度運動だからだと思います」
「とうか……そく、なに?」
「銃弾とミサイルの違い、と言っても通じませんね。なんというか……そう、風の防御膜って、ワイバーンの体表から、常に風が吹き出し続けているわけじゃないですか?」
「ああ、そうらしいな」
風の防御膜についての知識は、アベルも持っている。
「で、詠唱からの攻撃魔法って、多分、放った瞬間にだけ前に進む力を与えられているんですよ。弓矢みたいなものです。あれだって、弓から放たれる瞬間にだけ、前に進む力を与えられて、その後は慣性、つまり最初の力の残り分だけで飛んで行くだけでしょう?」
「まあ、そうだな」
「でもそれだと、ワイバーンの体表から吹き続ける風に、つまり向かい風で抵抗され続けて、いずれ前に進む力を失ってしまいます。でも僕の魔法は、放った後も、ずっと加速し続けているんですよ。槍を手に持って、相手に向かって走り続けるようなものです。多少の風に吹かれても、前に進み続けるでしょう? 多分、そういう違いです」
「なるほど。なんとなくわかった」
等加速度運動は、小学校の理科で習ったのを覚えていたのである。授業をちゃんと聞いてて良かった。
詠唱での魔法については、多分そんなものなのだろうと勝手に思っただけだ。
いつか機会があったら、中央諸国の詠唱魔法を作った『真祖様』に会って、今の仮説をぶつけてみようと心に刻んだ。
(とはいえ、詠唱魔法全てを作るとか、やっぱり真祖様、すごい)
無数の氷の槍は、きちんと計算され、ワイバーンの魔石は完全に無傷である。
しかも、その体は槍で切り裂かれ、簡単に魔石を取り出せた。
魔石を鞄にしまって、涼は宣言した。
「討伐完了です!」
「おう」
「……しまった」
「なんだ、どうした?」
涼が思わず呟き、アベルが問いかける。
「今回の討伐、アベルが何も仕事をしていません……」
「あ……」
以前のワイバーン狩りは、とどめはアベルがやっていたのだが、今回は『ブレイクダウン突貫』の犠牲となったため、アベルは……。
「C級の魔法使いに寄生するA級の剣士……」
涼がぼそりと呟く。
「お、俺のせいじゃないぞ!」
自分の非ではないと主張するアベル。
「アベル、仕方ありません。討伐の証拠に、ワイバーンの頭を持っていきましょう。それを、アベルに運んでもらいます」
「こ、これをか……」
その重量は、軽く、百キロを超える。
「これを運ぶのか……」
アベルの周りを、絶望という名の空気が覆った。
アベルは、片手でワイバーンの頭を引っ張っている。
さすがに涼も鬼ではなく、ワイバーンの頭の下に、アイスバーンを敷いてあげたのだ。
これで、運ぶのも楽ちんであった。




