0214 戦争と平和
「帝国から何か発せられたとか?」
「はい、財務卿閣下。帝国外務省から、ゴーター伯爵領での騒乱に帝国民が巻き込まれて、安全が保障されていないとして、『帝国は自国民の安全確保のためにあらゆる手段をとる』という発表がなされました」
ここは、王都クリスタルパレスの王城『パレス』、財務卿執務室。
報告者は、財務事務次官シャート。
報告を受けたのは、財務卿フーカである。
財務卿フーカは、王都騒乱前のフリットウィック公爵、連合、さらに騎士団長バッカラーなどが絡んだ問題における自身への追及を、様々な手練手管を駆使して不問に付させていた。
さらに、王都騒乱の収拾においても多大な貢献をなしたとして、未だ押しも押されもせぬ国家中枢の要員として、パレスの一角に陣取り続けたのである。
そんなフーカの元にも、他の大臣の元に届けられた報告と同じ、帝国外務省からの発表が届いたのだ。
「つまり、王国内に軍隊を派遣するという宣言か。またいつものパターンか」
『自国民の保護』、これは、古今東西よく使われる手法である。
当然それは、戦争となる。
帝国と王国は、数年に一度、数万人規模の紛争をこの三十年続けている。
今回の件も、そのきっかけとなりそうであった。
いつもなら、それこそ、『いつものこと』として、粛々として準備が進められるのであるが、王国は未だ、王都騒乱の混乱から立ち直っていない。
王都騒乱によって、王国騎士団が一度壊滅し、現在再編成中だ。
それ以外にも、騒乱時に貴族街にいた衛兵は死亡し、王都とその周辺の戦力はかなり低い状態となっている。
さらに、その前から続く東部の治安悪化も収まる気配を見せず、王国全土で戦力不足が顕著となりつつあった。
「軍務卿は、北部領主たちへの参戦を促すということでした」
「そうなるか……。引き分けたとしても、参戦した領主たちには国庫から褒賞金を出さねばならぬ……。また財政の負担が増えるな……」
財務卿フーカは、自身の職権に関連する部分に関して、すぐに問題点に思い至った。
まったく、戦争ほど金のかかる国家行動はない!
「まあ、領主たちへの褒賞は戦後考えるとして……王都からも兵士が出るのであろう?」
「はい。編成中とはいえ、王国騎士団は出ます。あと、宮廷魔法団と、王国第一軍。それと、徴兵した民兵が」
「そっちも……また金がかかるな……」
フーカは深いため息をつくと、そう言った。
先ほどよりも、直接的な表現に変わったあたり、時々刻々、フーカの滅入っていく感情が現れているようであった。
南部ルンの街は平和だった。
特に涼の周りは平和だった。
いつも通りに平和だった。
朝日が昇る前に起床。
三十分間、みっちりとストレッチ。
そして、ルンの城壁の外を、両手両足、そして両肩に氷で極小の東京タワーを生成しながら、走る。
朝食を摂り、昼まで錬金術に勤しむ。
その間に、セーラが来てリビングで本を読んでいることもある。
お昼は、一緒に、飽食亭を中心とした東門付近のお店で食べることが多い。
その後は、たいてい、領主館で模擬戦。
夕飯は、家で食べることもあれば、冒険者ギルド食堂や、見かけたお店で買い食いすることもある。
そして、お風呂に入って就寝。
驚くほど規則正しい生活。
この、規則正しい生活を乱す勢力は二つ。
一つは『十号室』の三人。
そして、もう一つが……。
「リョウ、いるか~?」
ノックもせずに、勝手口から勝手に入ってくるA級冒険者の剣士。
涼がいるだろうと思って入って来たのに、リビングでエルフの女性が本を読んでいたら、それは驚くであろう。
「せ、セーラ……」
「やあ、アベル。リョウは、奥で錬金術の資料を読んでいるぞ」
「そう、読んでいたんですけど、何か不審な剣士が入って来たらしいので、出てきましたよ」
驚くアベル、涼の場所を親切に教えてあげるセーラ、そして奥から出てくる涼。
「お、おう、悪いな」
「本当にそう思っているなら、手土産くらい持ってくるはずです。そう、街中で売っているちょ~美味しいクレープ二人分とかをね!」
「確かに、それは持って来てくれないと困るな。さすがはリョウ、いい事を言った!」
涼がクレープを要求し、それに乗っかるセーラ。
「いや、お前ら……最近、連携に磨きがかかってきたな」
大きなため息をついて、愚痴るアベル。
「当然です。美味しいは正義なのです!」
涼が高らかに宣言し、セーラは何度も頷いた。
「今回は、リョウと俺にギルドから緊急依頼だ」
「僕とアベル? 珍しいですね」
「まあ、うちの連中は、まだコナ村だからな……。緊急依頼の場所は、ベムバートン村だ」
「ベムバートンというと、ルンからは馬車でも二日はかかるな」
アベルが場所を告げ、セーラが情報を補足した。
「ああ。出来るだけ早く行ってもらいたいらしく、ギルド馬車が準備されて、すでにこの家の前に来ている」
「そうですか、仕方ありません……」
そういうと、涼は手に持っていた資料を奥の部屋に置くと、いつもの鞄、村雨、ミカエル謹製ナイフ、そしてローブを羽織って出てきた。
「行きましょうか。ごめんなさい、セーラ。ちょっと行ってきます」
「うむ、気を付けて行ってくるといい」
そういうと、セーラは、おもむろに涼を抱きしめた。
なぜかその光景を見て、アベルが頬を真っ赤にしていたのは内緒である。
「そ、それにしても、準備が早かったな」
馬車の中、アベルが話を切り出した。
顔はまだ少し赤い……。
「まあ、冒険に持っていく物とか、ポーションや保存食の類くらいですからね。あと、心配しなくても、ローストされたコナコーヒーの豆は積んでありますから」
「さすがだな……」
アベルは、感心と同時に呆れた感じを出しながら言った。
「で、そもそも、僕とアベルに緊急依頼って、何ですかね?」
そう、これまで、この組み合わせでの緊急依頼、指名依頼が来たことはない。
「ワイバーン討伐だそうだ」
「なんと……」
さすがに、それは涼でも想定外であった。
ルンの街も、あまり平和ではなかったらしい。
涼がルンに来て以降、ワイバーンを見たことは一度もないし、討伐依頼が出たことも一度もない。
一度もないのだが……。
「そういえば、以前、『十号室』がワイバーンを討伐したって、話題になってませんでしたっけ?」
「ああ。アクレのC級パーティー『六華』と、別の依頼先で遭遇して、倒したらしい。九人で、しかも十号室の連中はまだD級だろう? たいしたもんだ」
アベルがそう褒めるのを聞いて、涼は嬉しそうに何度も頷いた。
『十号室』の三人は、元ルームメイトである。
彼らが活躍して、それをA級冒険者が褒めているとなれば、やはり嬉しくないはずがない。
「とはいえ、倒し方がとんでもないけどな……」
「そう……アモンが空を飛んだんでしたね……」
涼は、三人から聞いたワイバーン討伐の話を思い出しながら言った。
「『六華』の盾使いゴーリキーが飛ばしたとか……。最近は、剣士も空を飛ぶ時代になったんだな……」
しみじみとした風を装って言うアベル。
「アベルも飛んでみたらいいじゃないですか。ウォーレンに頼んで……」
「うん、絶対に、お断りだ」
「で、今回ギルマスが俺たちを選んだのは、さすがに十号室の奴らみたいに、危ない倒し方ではなく、リスク少なく、そして出来るだけ早く倒してほしいということらしい。まだ、人への被害は出ていないそうだから、その前にな」
「なるほど」
涼とアベルは、ロンドの森からルンの街に来る途中、数十のワイバーンを倒して、その魔石の販売をギルドマスターのヒュー・マクグラスに頼んだことがある。
そのため、ヒューは、この二人なら安全にワイバーンを倒せると認識しているのだ。
「でも、今回のって依頼ですよね? スムーズに倒してしまうと、僕、変な貴族に目をつけられてしまうんじゃ……」
涼がそんな心配を言うと、アベルは「今さらな気が」とつい思ってしまったが、口から出した言葉は賢明にも別の言葉であった。
「今回の緊急依頼は、同時に『機密指定』をされるそうだ。こいつは、滅多にされないんだが、依頼を出したギルドマスターと、王都のグランドマスターしか、中身を見ることができないやつだ。魔法だか、錬金術だかを使ってやるから、一年に一回程度しかされない高価なやつらしいぞ」
「それなら安心ですね」
涼は一つ頷いて、笑顔になった。
本気で、変な貴族に目をつけられるのを心配していたらしい。
「懸案も無くなったところで、コーヒーでも淹れましょう」
そう言うと、涼は氷製ミルで、コナコーヒーを挽き始めたのだった。




