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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第十一章 トワイライトランド
220/930

0206 世の中の関節は外れてしまった

左足を深く切り裂かれ、他にも何カ所も剣で斬られた状態で、アベルは地面に押さえつけられていた。

かなり血を流したが、まだ意識ははっきりとしている。


「まさかヴァンパイアが四人もいるとはな……」

アベルは、リージョ伯ロベルトを睨みつけながら言う。


「人間にしてはいい腕であった、さすがにA級冒険者といったところか。だが、しょせんは人間。勝てない戦いを挑むのは、本当に愚かだな」

「人には、逃げてはいけない戦いというものがあるんだよ。ヴァンパイアにはそれはわからんだろうさ」

ロベルトの言葉に、アベルは、ニヤリと笑いながら答えた。


「この状況でもそんな減らず口がきけるとはな。いいだろう、貴様の首はここで刎ねてやる。公開処刑に使う者たちは、他にも大勢いるからな」

そういうと、アベルを押さえつけている兵士たちが、アベルの上半身を引き揚げ、首を刎ねやすい状態にする。

そして、ロベルトは剣を振りあげた。



「本当に、その男を殺すのかい?」



その声は、辺りを吹き抜け、ロベルトを含む四人のヴァンパイアは思わず身を震わせた。


そして、扉の方を振り返る。


一人の若い男性が、模擬戦場の中に入って来た。



速くも無く、遅くも無く、この速さで歩くのが正解だとでもいうような……長い年月を経て洗練された動き。

ただ歩いているだけなのに、彼こそが全ての正解を司っているかのような、そんな感覚を見る者に抱かせる……そんな存在感。



「し、真祖様……」

ロベルトは生唾を飲み込みながら、ようやくその言葉を吐いた。


「なぜ、ここに……」

「私は、傍観者にして観察者。だから、どこにでも現れるよ?」


『真祖』と呼ばれた人物は、アベルたちのそばまで来ると、確認するかのように、アベルを見て言った。


「ふむ……。それでロベルト、もう一度聞くけど、本当にこの男を殺すのかい?」

「い、いかな真祖様と言えど、国の政には口を出さぬと……」

ロベルトは、見るからに緊張しながら、それでも自分の職分を侵されたくないからか、虚勢を張っているように見える。


「もちろんさ。定められた約定通り、国の政に口を差し挟む気はないよ」

真祖様がそういうと、ロベルトは明らかにホッとして、そっと息を吐き出した。


そして、一度背中をピンと張ってから、はっきりと言い切った。

「はい、殺します」

「そう……」


真祖様は小さくそう答えると、アベルの方を向いてから言葉を続けた。

「冒険者アベル、リージョ伯はこう言っているのですが……それでいいのですか?」



真祖様は、アベルの身分を知っているのであろう。

言外に言っているのだ。

ここで身分を明かして、外交交渉をしなくていいのか、と。


「俺は、A級冒険者、アベルだ。ただそれだけだ」

「そうですか……」

ほんのわずかにため息をついて、真祖はそう言った。


ロベルトが剣を振り上げるのに合わせて、真祖様はアベルの元を離れようとした。

その時、真祖様の耳に、アベルの呟きが聞こえてきた。



「くそっ、こういう絶体絶命の時に言うんだろうな。世の中の関節は外れてしまった、ってのは」



真祖様の反応は速かった。

「待てロベルト!」

神速の抜刀で、ロベルトが降り下ろした剣を受け、弾き返す真祖様。



「な、なにを!」

「待て、ロベルト」

ロベルトの剣を弾き返すと、改めて真祖様はそう言った。



ロベルト並みに驚いたのは、覚悟していたのに、剣が途中で止められてしまったアベルである。

目を開けて、自分の前に身体を入れてロベルトの剣を受け止めた真祖様。

その行動に驚くロベルトと、他のヴァンパイアたち。



「真祖様?」

「少し、この者に聞きたいことができた」

真祖様はそう言うと、アベルの方を向いて問うた。


「冒険者アベル、先ほど、何と言った?」

「……は?」

アベルは、真祖様が何を聞いているのか理解できなかった。

そのため、聞き返しただけなのだが……。



「貴様! 真祖様がお聞きなっているのだ、答えぬ……」

「よい、ロベルト。冒険者アベルよ、先ほど、何と言うた?」

アベルは、自分が言った言葉を思い出しながら答える。


「さっきは……くそっ、こういう絶体絶命の時に言うんだろうな……?」

「うむ、その後だ」



「ああ……。世の中の関節は外れてしまった」

「ああ、なんと呪われた因果か。それをなおすために生まれついたとは」



アベルの言葉に続けて、真祖様は続きを言った。

「なぜ、続きを知って……」

愕然としたのはアベルである。


こんな変な言葉、涼以外が口にするとは思えなかったからだ。


「冒険者アベルよ、なぜ、今の言葉を知っている?」

「俺は……友人に教えてもらった。今、ランドに一緒に来ているリョウという冒険者だ」

その言葉を聞くと、真祖様は驚愕に目を大きく見開いて小さく叫んだ。

「ここにいるのか! それはいい!」



何度も頷きを繰り返す真祖様。



そして、後ろのリージョ伯ロベルトらに、こう言った。

「ロベルト、この者を殺すことを禁ずる」

「お、畏れながら、いかな真祖様のお言葉とはいえ……」



「ロベルト、私に二度も言わせるのか?」



特に感情がこもっていたわけではない。

ただ、言っただけだ。



言っただけなのだが……真祖様の言葉を聞いた瞬間、ロベルトと他のヴァンパイアは、明らかに尋常な様子ではなくなった。

歯をガチガチと鳴らし、冷や汗が滝のように流れ、しまいには、涙まで流し出した。


「も、もうしわけ……ございま……せん……」

ようやくその言葉を言ったロベルトは、その場に片膝をついてこうべを垂れた。




アベルは拘束を解かれ、通常の状態に戻った騎士団の治癒師によって、怪我の治癒がなされた。


「さて冒険者アベル、とりあえず、あなたの身は私が預かることにしました。その条件は、あなたの友人リョウに、私を会わせることです」

「会わせる……」

「ああ、心配しなくても大丈夫。その、リョウに危害を加えたりはしないことを約束します。ただ、いくつか話をしたいだけです。それで、今、リョウはどちらに?」

「確か……アルバ公爵邸だ」


それを聞いて、真祖様は大きく落ち込んだ。

「アグネスのところか……」

「なんだ、まずいのか?」

アベルは、涼の身も心配なのだ。行った先がヤバいとなれば……。


「アグネスは、途中から横入りされることを何よりも嫌うんだ。私でも介入できない……彼女が怒ると、とても厄介だからね。リョウが、何事も無く戻ってくることを祈るしか……今の私にはできないよ、残念だ」

「マジか……」




アルバ公爵邸食堂。

そこでは、終わりの見えない剣戟が続いていた。


スピードとパワーで上回るグリフィン卿。

技術は互角の二人。


そこだけ見れば、グリフィン卿が圧倒的に有利である。

実際に、グリフィン卿が攻め、涼が守る……その展開が続いている。



そう、続いているのだ、破綻せずに。



(なんだこいつは……なぜこれだけ攻めても破れんのだ)

さすがに、グリフィン卿も苛立ち、焦りを感じていた。

ここまで攻めても破れないのは、初めての経験……いや、ただ一人を除けば……。だがその一人は圧倒的に自分よりも上なのだから破れないのは当然。

真祖様は別格なのだから破れないのは当然なのだが……人間相手に、これは想定外であった。



受けに徹した涼は堅い。

完全に受けに徹すれば、風装を纏ったセーラでも、二時間程度では破れない。

そして、涼は、受け続けることに慣れていた。



『ファイ』に来て、最初に剣を習ったのが、デュラハンの姿をした水の妖精王であり、その後、模擬戦を重ねたのが風装を纏ったセーラである。

基本的に、常に格上とばかり剣戟を繰り返してきた。

それは、嫌でも、受けが強くなろうというものだ。



受け続けると、一般的には、精神を(むしば)まれる。

一手でもミスをすれば、そこで終わるからだ。

だが、『リスクを取って攻める必要が無い』と考えれば、必ずしも悪いことばかりではないのではないか。

涼は、そう考えることにしていた。





全ての生物が……いや、生物だけではない。

ロボットや機械であっても……常に動き続けることができるわけではない。

必ず、『エネルギー供給』という問題が立ちふさがる。

それは、『バッテリー切れ』であり、人で言うなら、『スタミナ切れ』である。

言うまでもなく、人だけではなく、ヴァンパイアにおいても、当然に存在する。



それは、この剣戟における何千回目かの、グリフィン卿の袈裟懸け。

さすがにスタミナが切れてきているのか、僅かに剣閃が鈍くなってきていた。



袈裟懸けに降り下ろす一瞬前に、涼は右足を半歩だけ深く踏み込み、グリフィン卿の力が乗り切る前の剣を弾く。

そして、今度は左足を踏みだし、腰を回し、村雨から離した左手を腰からスリークウォーターぎみに斜め上に殴り上げる。


ボクシングで言う『スマッシュ』


「うぐっ」

思わずグリフィン卿の口から言葉が漏れる。

見事にグリフィン卿の脇腹を捉え、動きを止める。かつて、どこかの英雄が名将に放ったように……。


そのタイミングで、村雨の刃を消し、左手でスマッシュを打った反動を使って、今度は右手を、つまりナイフとしての村雨の刃をグリフィン卿の喉に突きたてた。

一度、奥まで突き刺さった後、グリフィン卿の身体は後方に吹き飛んだ。


そして、動かなくなった。




無論、グリフィン卿がスタミナを軽く見ていたわけではない。

ただ、涼のスタミナが異常だっただけである。


スタミナ……持久力は、誰でも努力さえすれば身につけることができるものだ。


そして、戦いとは、最後に立っていたものが勝者となる。

最後まで立ち続けるには、持久力は必要不可欠。

グリフィン卿と涼の剣戟の勝敗を分けたのは、その持久力だった。



持久力の低下によって、ほんのわずかだけ、涼の技術がグリフィン卿の技術を上回った瞬間、結果が出た。

いわゆる、『受け潰し』……人間離れした、そしてヴァンパイアすら超えた涼の持久力の勝利であった。




「リョウ殿の勝ちですね」

アグネスはそう言うと、指をパチリと鳴らした。

その瞬間、涼がずっと感じていた違和感が消え去る。

「魔法無効化が……」

「はい、無効化を止めました」


アグネスはそう言うと、執事を呼んで、グリフィン卿の手当てと、馬車の準備を命じる。


「え~っと……?」

その意図が読めず、涼は首を傾げる。

「今、公都内は、誰しもが移動を制限されています。ですが、私と一緒なら、自由に移動できます。そのため、リョウ殿を迎賓館にお送りします」

「あ……はい、ありがとうございます……」




アベルと真祖は、模擬戦場を後にし、迎賓館前まで戻ってきていた。


「あの、シンソ様は……いったいどんな立場なのですか?」

「はい?」

様々な領主たちの騎士団が配置され、封鎖されている公都内を、真祖様の馬車はフリーパスで通過していた。

ランド貴族たちですら、止められて調べられているのに。


「そうですね……なんというか……そう、私立図書館の館長、というのが一番近いのでしょうね」

「いや……すいません、意味が分かりません。国関連の立場は……」

「ああ、そういうのは全くありません」

「公的な地位は……」

「ああ、そういうのも全くありません」

「ですが、皆が恭しく接しますよね……リージョ伯爵など、震えていた気が……」

アベルは、模擬戦場での光景を思い出しながら問う。


「あれは……この国における地位などではなくて、私のヴァンパイア族における地位によるものですね。ヴァンパイア族の中では、高い地位なんですよ」

そういうと、真祖様は少しだけ微笑んだ。




二人は並んで、迎賓館へと入って行った。

もちろん、入り口にはどこかの領地の騎士団が警備をしていたが、真祖様を確認するとフリーパスである。

しかも、騎士たちは、うっすらと汗をかき、ほんのわずかに震えていることに、アベルは気付いた。

真祖様の地位によるものなのであろう。



使節団の冒険者たちと騎士団は、迎賓館食堂に集まっていた。

「アベル!」

アベルと真祖様が並んで入っていくと、騎士ザックが真っ先に気付き声を上げた。

その声に、他の冒険者と騎士たちも集まってくる。


「ああ、ザック、それにみんな、無事か?」

アベルは努めて平静に声をかけた。


「アベルさん、実は『ワルキューレ』の五人が戻って来ていないんだ」

そう報告したのは、冒険者の取りまとめ役であるショーケンである。


「『ワルキューレ』が? 彼女たちはどこに行ったんだ?」

「ミューが大公殿下に呼ばれて……」

「ああ、そういうことか」

ミューは、大公の孫である。

このタイミングということは、大公の下にもヴァンパイア貴族とその騎士団が襲撃したであろう。

ミューたちは巻き込まれている可能性が大であった。



「真祖様、今、名前の出てきたミューというのは、大公の孫にあたります。おそらく、大公と会っている時に巻き込まれたかと……」

アベルは、真祖様の方を向いて報告した。


真祖様は少しだけ首を傾げて考えてから言った。

「サイラスの子で王国関連というと、ウエストウイング侯爵の元に嫁いだ子ですね。そうですか、娘さんが冒険者になって、ランドに来ていたのですか」



真祖様はそう言うと、食堂の外に立っているどこかの領地の騎士を呼んだ。

呼ばれた騎士は、明らかに震え、冷や汗を流している。


「大公の下に、冒険者たちが五人いるらしいです。彼女たちが、公城にいる必要はないでしょう。こちら、迎賓館に戻るように手配してください」

「は……あ、あの、私などにはその権限は……」

先ほどとは比べ物にならない量の汗を流しながら、騎士は答える。


「ん? そうですか、では私が直接行きましょう。でも、一人で行っても、その子たちは素直に話を聞いてくれるかどうか……」

「私も一緒に行きます」

アベルはそう言った。

「ああ、助かります。では、行きましょうか」



迎賓館から公城への移動中。

「揃っていないのは、その五人だけだったのですかね」

「そうみたいです。交渉官たち文官は、交渉会議の建物にそのままいるそうで……。あとは、リョウだけですね」

「ああ……そこが一番心配です」

真祖様は、深いため息をついた。


「その、リョウさんというのは、剣士ですか?」

「いえ、魔法使いです」

「え……」

アベルの答えを聞き、真祖様は答えに詰まる。


「なんですか? 何かまずいのですか?」

「ええ……。場合によっては」

真祖様の頭の中には、アルバ公爵邸に設置された『魔法無効化』の錬金道具が思い浮かんでいたのである。

もしあれを使われたら、魔法使いは全く役に立たなくなってしまう。

アグネスが、リョウという冒険者を殺そうとしないことを祈る……今の真祖様に出来ることはそれだけであった。




「お、お待ちください」


必死に、真祖様を止める騎士たち。ただし、真祖様に触れずに。

触れれば、自分の腕が融けるかのように、一定の距離を保ちながら、真祖様の歩むスピードで下がり続ける騎士たち。

アベルの目から見ても、なかなかに可哀そうな光景である。



そして、真祖様は、ノックもせずにそのまま、大公応接室の扉を開けた。

「え……」

「アベルさん!」

部屋の奥で固まる男と大公。

そして、嬉しそうな声を上げる『ワルキューレ』の面々。


入って来た人物を見て固まっていた大公サイラスが、真っ先に動いた。

すぐに椅子から立ち上がって真祖様の前に来て、片膝をついたのだ。


それを見て唖然としたのはワルキューレの面々であった。

それは当然であろう。

片膝をついた人物は、このトワイライトランドの大公。つまり、この国の最高位の人物。

その人物が、何の躊躇も無く、入ってきた青年に片膝をついて礼をとったのだから。



「久しいな、サイラス」



その一言は、権力者の言葉であった。


それまで真祖様が纏っていた空気は、決して近寄りがたいものでも、重苦しいものでもない。

言うなれば、品のいい貴族の嫡男、くらいの感じであろうか。

だが、その一言を発した瞬間から、完全に空気が変わった。


それは、その場にいる全員が感じた。

アベルはもちろん、何の事情も知らない『ワルキューレ』の面々ですら、大公が片膝をついたその人物は、尋常ならざる者だということを認識した。



「このような場所に御光臨いただき……」

「よい、気にするな」


大公サイラスの言葉を、真祖様は遮った。

そして、部屋の奥を見て口を開いた。


「ビセンテ、話がある」

真祖が話しかけた相手は、エスピエル侯ビセンテ。

話しかけられたビセンテは、遠目には堂々としているように見える。

だが、近寄ってみてみればわかったであろう。彼が、僅かに震えており、必死に虚勢を張っていることが。



「し、真祖様……真祖様といえど、国の政治には……」

「そんなことを、私は一言でも言ったか?」


その一言は、強烈な刺激をビセンテに与えた。

その言葉は、怒りを含んでいたわけでも、苛立ちを含んでいたわけでもない。



ただ、告げただけである。

ただ、告げただけであるが……。


ビセンテの顔面は、白いを通り越して、青白くなっていく。



「い、いえ……」

ようやく口に出来たのは、それだけであった。

ビセンテの口の中はからからに乾き、何度も生唾を飲み込み、抑えきれない震えが体の芯から生じていた。


「エスピエル侯爵ビセンテ、こちらの王国冒険者たちの身を、迎賓館に戻す。それについて、言いたいことはあるか」

「ございません……」

真祖様は決定事項を告げるかのように、ビセンテに問い、ビセンテはただそれを受け入れた。


「王国の交渉官と文官たちも拘束しているな。彼らの身も、迎賓館に戻す。それについても、問題ないな」

「ございません……」



そこまで言うと、真祖様は振り返り、片膝をついたままの大公サイラスを見る。


そして、ビセンテに問うた。

「ビセンテ、お前たちは、サイラスをどうするつもりだ?」

「さ、サイラスは……国家反逆罪で処刑に……」

「いやっ」

ビセンテの答えに、ミューが小さく、だが鋭く声を上げる。


「ふむ……」

真祖様は、大公、ミュー、そして最後にビセンテを見てから告げる。

「ビセンテ、サイラスの命、今しばらくの間、私が預かる。処刑することは許さぬ」

「し、真祖様、そのような介入は……」



王国使節団の身柄保護に関しては、政治への介入とは言えないためビセンテも受け入れざるを得なかったが、大公サイラスの処刑を停止する措置は、受け入れるわけにはいかない。

そのために、声を上げたのだが……。


「お前たちはクーデターがやりたいのであろう? 綺麗に政治中枢や公都の中心を制圧したではないか。サイラスの身を処刑しなくとも関係あるまい」

「し、しかし、それでは……」



「ビセンテ、私に二度も言わせるのか?」



最後の言葉には、明確に怒気が混入していた。



その言葉は、魔法的な力でもあるかのように、ビセンテを打ちすえただけではなく、部屋にいる者たちの足をも、ガクガクと震えさせた。


腰が砕け、膝から床に落ち、しかもこうべを垂らすビセンテ。

その目には、うっすらと涙すら浮かぶ。


「もうしわけ……ございません……」

「わかればいい。では、皆の者、迎賓館に参るぞ。アベル、その子たちを立たせてやってくれ」

最後の言葉は、品のいい貴族の嫡男の感じに戻って言われた。



ワルキューレの面々は、三人が座り込んでいたが、なんとか立ち上がり、迎賓館へと戻ったのであった。




アベルらが、『ワルキューレ』たちを連れて戻り、交渉官を筆頭に文官たちも迎賓館に戻って来てからしばらくたった頃。


「ふぅ、やっと帰って来られました」

「リョウさん!」

水属性の魔法使いが、ようやく迎賓館に戻って来たのだ。

そして、それを最初に見つけたのはショーケンで、その叫びで、食堂にいた全員が涼の方を見た。


そして、涼の後ろから入って来た、恐ろしく妖艶な美女も、同時にその視界に入った。

「アルバ公爵……」

文官のうち、その容姿を知っている者が思わず呟く。



だが、その小さな呟きは思いのほかよく通り、使節団の多くの者たちが認識した。

そして、食堂の奥にいた、使節団に属しない者の耳にも。


「そうか、アグネスも来たのか」

「し、真祖様!?」

真祖様は立ち上がって、涼とアグネスの方に近付き、真祖様がそこにいることにアグネスは驚いて大きく目を見開いた。


だが、すぐに我に返ると、スカートの裾を持ってカーテシーで礼をとる。


それを見て驚いたのは、文官たちである。

このランドにおいて、大公すら凌ぐ権勢を誇るアルバ公爵が、礼をとる相手……。

そんな人物の情報など、全くなかったからだ。

あり得るとしたら、他国の王や皇帝くらいのものなのだ。



「なぜ真祖様が?」

「ああ、アグネス、今日は冒険者アベルを送って来たんだ。それと、そこのリョウに会いにね」

「え? 僕ですか?」


涼は思いっきり首を傾げる。

目の前にいる、こんな超絶美男子に知り合いはいない……。


いないが……。

(なるほど、シンソ様ってのは、『真祖』様か……)


ヴァンパイア関係で、『真祖』といえば、ヴァンパイアたちの頂点。場合によっては、全てのヴァンパイアの祖である。


目の前の超絶美男子は、二十歳程度に見えるが、当然見た目通りの年齢ではないのであろう。

涼はそう結論付けた。



真祖様は涼の方を向いてにっこり微笑むと、突然、ある一節を呟いた。


「世の中の関節は外れてしまった」

「……ああ、何と呪われた因果か」

「それをなおすために生まれついたとは」

思わず、涼も続きを呟き、最後に、さらに真祖様が呟く。



「なぜ、ハムレットを……」

涼は驚いたのだ。まさか、この世界にもシェイクスピアがいるのではないかと。

「うん、まあ、ハムレットがあったとしても、こんな驚くべき翻訳は、野島秀勝先生くらいしかしないんじゃないかな?」

「……」



そう、この原文は、

The time is out of joint, O cursed spite, That ever I was born to set it right.

これを、『世の中の関節は外れてしまった』と訳すなど……あまりにも天才的な訳だ。

そんな、この訳を知っているということは、日本人であることの証明……。

「あなたは……」

「うん、リョウと同じだよ」


涼は、『ファイ』に来て、二人目の転生者に出会ったのだった。


9000字……長くなってしまいました、すいません。

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