0021 デュラハン
涼が海中で気絶させられてから、恐らく一年ほどが経った。
未だに、<血液凍結>は成功しない。
わずか一年やそこらで成功するはずがない……。
それでも、毎日の魔法制御の訓練は欠かしていない。
ちなみに現在では、ミカエル(仮名)が準備した冷凍肉の解凍は、一瞬でできるようになっている。
そんな涼であるが、ここ数カ月、夜な夜な出かけて行く場所があった。
それは北の森の先、大湿原の中央部にある湖のほとり。
月が中天に差し掛かる頃になると、それは現れる。
首無し馬に跨った、首無し騎士、デュラハンと呼ばれるものだ。
そのデュラハンは左手に首を抱えていない。
ロンドの森に、何ゆえに首無し騎士がいるのか。
もしや昔、ロンドの森には国が栄えていたりしたのか。
それにしては、人が住んでいた形跡など全くないし、人工物の一つも見たことは無いが。
地球における元々のデュラハンは、アイルランドの妖精なので、決して騎士の亡霊などではない……。
そう考えると、昔は人がいたどこかから、このロンドの森に流れてきた妖精か何かなのだと考えてもいいのかもしれないなぁ、と涼は適当に考えていた。
涼にとって、このデュラハンの存在価値は、剣の師匠としてである。
もちろん首が無いので、しゃべったりはしない。
だが、こちらが剣……とは言っても切り出した木刀の表面に氷でコーティングして耐久力を上げたものだが……その剣を構えればデュラハンも構える。
なんとなく「またか……困った奴だ」といった感じな気がしている。
もちろん首が無いために、全て涼の想像である。
そして始まる剣戟。
そもそも、デュラハンは『魔物大全 初級編』には載っていない。
つまりそれは、「魔物ではない」か「初級編のレベルではない」ということだ。
このデュラハン、倒すことが出来るかどうか、という観点で見た場合、現在の涼ではおそらく不可能だろう。
魔法は使ってこない。だから涼も使わない。身体を守る『アイスアーマー』だけは身体に着けているが。
だが、剣技だけでもかなり強いのだ。
しかも上から目線。
「稽古をつけてやる」
そう言われている気がする……もちろん首は無いので想像だが。
このデュラハンは、涼に三度致命的なダメージになると思われる攻撃を成功させると、そっぽを向く。
「出直して来い」
とでも言うかのように。
涼が三度致命的なダメージを与えるとどうなるかは、不明だ。
そもそも、一度もダメージを与えていないのだから……。
それでも、最近は戦闘時間はだいぶ延びてきた。
最初の頃など、まさに秒殺だったのだが、この頃は一時間ほどは戦闘が続く。
もちろん、色々不満はある。
そもそも対人戦の向上というのは、武道であろうが武術であろうが、あるいはゲームであってさえも、実際に対人戦闘を何度も繰り返し、経験と知識、そして身体の動かし方などを、自分の血肉として身に付けていくしか方法は無い。
そういう意味では、いつも一人で素振りをするしかない涼にとっては、極めて貴重な経験になっているのだが、いかんせん相手はデュラハンなのだ。
ある程度、対人戦を理解してくると必ず言われるのが
『呼吸は大事』
ということである。
これは自分の呼吸を整えることも大事であるが、相手の呼吸を読むことも大事なために言われる。
だが、デュラハンは呼吸をしない……というか首から上が無い!
なので、『相手の呼吸を読む』という経験は、涼は積めていない。
それと足さばき、あるいは足の運びと呼ばれるものだ。
足の運びは、どんな戦闘においても大切なものだ。
対人戦においては、相手の動きを予測するのに大切な情報となり得る。
そのため、剣道や剣術においては『袴』というものをはいている。
袴をはいていると、足の運びは相手に見えず、相当に有利な状況を手に入れることができるからだ。
だから、袴をはいていないデュラハンからは、そこも涼は学びたいのだが……いかんせん戦闘力の差がありすぎて、デュラハンはほとんどその場から動かないのだ……。
全く動かないわけではないが、剣道の師範とかが子供たちをいなすような感じで。
そう、涼はまだ子ども扱いされている。
「もっと強くなって動かしてみろ、ということか!」
もちろん良い点もある。
どんな武道、武術であろうとも、一人で練習をしていれば、どうしてもその内容は攻撃に偏ってしまう。
だが、それではダメなのだ。
特に、この『ファイ』のように、生き死にが懸かった状況においては、防御をおろそかにするのはあまりにも愚かと言える。
そういう意味でも、まずデュラハンの攻撃を防ぐ、あるいはかわして、反撃をするというのはかなり実践的だ。
とはいえ、涼はそこまで理解しているわけではないのだが。
だが、今夜はいつもの涼とは違っていた。
身体もいつも以上にキレがあり、デュラハンの攻撃に対する先読みも的確であった。
そのためであろうか、デュラハンの連撃を受け、最後の唐竹割りを半歩だけ動くことでかわし、そのままデュラハンの右腕を斬り飛ばしたのだ。
いや、相手が人や普通の魔物なら斬り飛ばしているのだろうが、デュラハンの腕は斬り飛ばなかった。
同時に、唐竹割りで地面すれすれまで行っていたデュラハンの剣が、燕返しのように逆袈裟懸けに涼の胴を斜め下方から薙いだ。
今夜も三発目の致命打をもらって涼は倒れ伏した。
アイスアーマーをつけているために身体へのダメージはほぼ無いのだが、倒れ伏したのは精神的なダメージのためだ。
いつもなら、ここでデュラハンは剣を鞘に納め、首無し馬に跨って消えていくのだが、今日は違った。
倒れ伏した涼の元に近寄り、何やら歪な形のナイフを取り出した。
刃は十センチ程度の長さであり、ヒルトと呼ばれる刃と柄の間にある出っ張り、日本刀なら鍔に当たる部分も全長十センチほど、だがグリップというか柄の長さが長い……二十センチ以上ある。
涼は気づいた。
その柄の長さは、涼が持っている木刀と同じ長さ、つまり二十四センチほどであると。
そのため、そのナイフは横から見ると、縦長の十字架の様な形だ。
そんなナイフなど、涼は聞いたことがない。
デュラハンは、左手でナイフの柄を持ち、刃の根元に右手を当てると、まるでそこに刃があるかのように右手を見えざる刃先に向かって動かした。
すると、手の動きに沿って水の刃が生まれた。
「水の剣……」
さらにデュラハンが魔力を込めると、それは凍りつき、氷の剣となった。
「そのための柄の長さか」
デュラハンは氷の刃を消し、涼にそれを渡してきた。
「これを使いこなせと?」
涼が受け取ると、デュラハンはいつものように首のない馬に跨り、消えていった。
「なんというファンタジー……」
家に戻る途中でさえも、何度も剣に氷の刃を生じさせた。
その剣は、恐ろしいほどに、何のストレスも無く魔法が通るのだ。
まるで涼のために拵えたかのように。
水属性魔法使いのための剣だと言えよう。
家の結界に着くと、さっそく氷の刃を生じさせて振ってみる。
その際に、日本刀や木刀の様に、反りがあり片刃にしてみた。
なんとなくそんな気分だったから。
その形状から、重心は心配であった。
日本刀にしろ何にしろ、重心の場所次第で操作性に違いが出る。
もちろん、どこに重心があるのが正しい、などといったそんなレベルの話ではない。
使う人によって、違うのだ。目的によっても、違うのだ。
基本的に操作が重視される日本刀は手元重心となるが、それとても限度と言うものがある。
ナイフ部分が金属で、刃部分が氷のために重心がどうなるか心配であったのだが、ナイフ部分は想像以上に軽かった。
これに八十センチほどの刃を生成し、少し重心の調整のために刃の太さを調整しただけでちょうどよくなったのである。
「よし、これならデュラハンに勝て……るとは言わないけど一撃は入れられる!」
涼も相手の力量は把握している。
「これをあの段階で渡したってことは、この剣ならいくらでも打ち込んできていいぞ。自分はいくら打たれても消滅することは無いぞ、安心して打ち込んで来い、と言うことなんだろう、きっと」
……あまり、力量差は把握していなかった。
次の日も、湖畔に、涼とデュラハンの打ち合う姿があったことは言うまでもない。
 





