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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第十一章 トワイライトランド
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0205 絶体絶命

さすがに、ヴァンパイアの国という指摘は、アグネスとしても想定外であった。


「なぜ……」

「様々な情報を総合的に判断した結果です。アグネス様の、その美しさも、判断材料となりました」


九十歳を超えてもこんな美しさなど、少なくとも人ではない……多分。

そう、それについては、涼の独断と偏見である。



「いちおう、誤解のないように言っておきますと、ハスキル伯カリニコスは同胞を売ったりはしませんでしたよ」

「なるほど。リョウ殿は、カリニコスが消滅した現場にいたのですね」

特にその言葉には、非難する感情も、責める調子も含まれてはいなかった。

ただ、単に確認である。


「はい。最後は、西方教会の聖職者の手で……」

「ええ、大司教グラハムですね」

その言葉には、ほんのわずかながら、感情の揺らぎを見ることができた。


「まあ、いいでしょう。リョウ殿が、この国の秘密に気づいてしまったのは想定外でしたが、仕方ありません。ですが、それだけに、余計に……ここから出ていかれては困ります」

「どうしても出ていくとなれば?」

「死んでいただきます」

そう言ったアグネスの表情は、本当に悲しそうであった。



「わたくしも本意ではありませんが、割り当てられた役割くらいはこなさなければ……」

「僕がとどまっている間、使節団の仲間の無事が保証されるわけではないのでしょう? 大公と一緒に、処刑される未来が見えます」

「正直に言いますと、おそらくそうなるでしょう」


アグネスは、涼にはとどまって欲しいが、嘘をつく気にはならなかった。

嘘をついてとどめたとして、その後事実を知ったら、関わった者たち全員が恐ろしい目に遭いそうな気がしたから……。



「ならば、出ていくしかありませんね」

「どうしても?」

「ええ、どうしても」

涼のその言葉を聞いて、アグネスは小さく首を横に振った。



その瞬間、食堂の壁が、窓も含めて、全て石の壁に変わった。

そして、扉から、一人の男性が入って来た。



「残念ですが、リョウ殿には力ずくでとどまっていただきます……場合によっては、死なせてしまうかもしれません……」

「仕方がありません」

「魔法が使えないのですよ? リョウ殿が、たとえ剣も使えたとしても……スピードでもパワーでも人間を上回る我々ヴァンパイア相手に、どう戦うのですか? いえ、何を言っても仕方ありますまい。せめて……すぐに終わらせましょう。彼は……」

そういうと、アグネスは、扉から現れた男性を指していった。


「彼は、ヴァンパイア屈指の剣士、グリフィン卿。リョウ殿、万に一つの勝ち目もありません」

「そうかもしれません。ですが……人には、逃げてはいけない戦いがあります。僕にとっては、これがそうなのでしょう」



涼は、自覚していた。

勝ち目のない戦いであると。



それでも、戦うしかない……なんとなくだが、アベルたちが助けを待っているような気がしていたのである。




涼は、いつものように村雨を持ち、刃を生じさせる。

それを見て、アグネスは息をのんだ。

だが、目の前の剣士、グリフィン卿は全く揺るがない。



涼とグリフィン卿、それぞれ、少しずつ近づいていく。



じりじりと近付き……最初に踏み込んだのは、グリフィン卿であった。

袈裟懸けに、恐ろしい速度の打ち込み。

村雨で受けず、体捌きで避け、避けざま村雨を横に薙ぐ涼。

それを、尋常ではないスピードでバックステップしてかわすグリフィン卿。



ただ、一撃ずつの攻撃でありながら、尋常ではない剣戟であることは、アグネスにも分かった。



アルバ公アグネスは、ランドにおいて、最も有名かつ最も強力な魔法使いの一人として知られている。

また、剣においてもトップクラスの強さを誇る。

そのため、魔法無効化の上で、剣で、涼と対峙しても良かったのであるが、もしもの事を考えたのだ。



『水魔法使いとして異常ともいえる涼が、剣においても異常である可能性』をである。



そのため、ヴァンパイア屈指の剣士、グリフィン卿を呼んでおいた。

おそらく、涼は、仲間たちの元に行くと言い出すだろう……そう想定し、そうなって欲しくないと思いながら……残念ながらその通りになってしまった……。

このまま殺すことになったとしても、せめて苦しまずに死なせたい……。



アグネスは、涼の事を気に入っていた。



最初は、強力な水魔法使いとして意識し、今日は、その所作を含めた全体を気に入っていた。

もちろん、女として、男として意識した、などということではない。

ヴァンパイアとして、人間の中ではかなり良い部類だ、という認識に近い。


それでも、気に入ったのである。


その気に入ったものを手放さねばならない……悔しいという思いと、悲しいという思いと、そして苦しまずに死なせてあげたいという思い。

それらがない交ぜになった状態で、二人の剣戟を見始めたのだが……。


最初の一撃で、自分の予測が大きく外れていたことを知った。



『涼は剣においても異常』ではなく……『涼は剣においても極めて異常』だった。




(これはまずい……)

グリフィン卿の袈裟懸けの一撃をかわした瞬間、涼はそう感じていた。


確かにアグネスが言う通り、スピードにおいてもパワーにおいても、圧倒的に向こうが上。

ならば、勇者ローマンを相手にしたアベルやヒューのように、『捌く技術』で相手を上回っているかというと……恐らくそこも上回っていない。


スピードとパワーだけの相手ではない。


(つまり、勝てる要素が無い)

『風装』を纏ったセーラ並みに、高い壁を感じる……。

そして、風装を纏ったセーラには、涼は勝てていない。



打開策を全く思いつかないまま、剣戟は続いていった。




三人の中で、最も驚いていたのはグリフィン卿であったろう。

昨日、かの『女公爵(ダッチェス)』から、剣で、人間の魔法使いの相手をしてほしいと言われた。

その時点で、まず意味が分からなかった。



相手は、『人間』でしかも『魔法使い』だと。

ヴァンパイアがまともに相手をする必要など、欠片もない程に脆弱な存在である。

無論、学習能力、勤勉さ、あるいは創造力など、そういう方面においては、見るべきものを持っている人間たちはいる。


そこは認める。


だが、およそ戦闘行為においては、剣であろうが魔法であろうが、相手にはならない。


もちろん、ランドにおいて、その頂点といっても過言ではないアルバ公爵の依頼であれば、どんなに無駄と思えることだろうとも、断るということはあり得ない。

しかもよく聞くと、『屋敷の魔法無効化を稼働した上での剣での戦闘』だという。


本当に、純粋な剣での戦闘。

やれと言われればやるが、恐らく数合ともたないであろう。


噂に聞く勇者や、ランドを訪れているA級冒険者の剣士ですら、十合もてばいい方である。


グリフィン卿は、アルバ公爵に素直にそう告げた。

その時、アルバ公爵は笑いながらこう言ったのだ。

「うん、わたくしもそう思う。そう思うのだが……何があるかわからない……そういう相手だと思う」

かのアルバ公爵に、そこまで言わせる人間の魔法使い……その言葉で、ようやくグリフィン卿は、相手に興味を持った。



そして、今日である。



すでに、二十合を越えて剣戟が続いている。

スピードも、パワーも自分が上。

技術においては、お互い甲乙つけがたい。


それなのに、目の前の守りを破れない。


(こいつは、本当に魔法使いなのか……)

純粋な剣士以上に厄介な相手である。


負けるとは思わない。

だが、簡単に決着がつくとも思えない。



果てしなく続きそうな戦いが、いつ終わるとも知れない戦いが、続いていた。


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『水属性の魔法使い』第三部 第3巻表紙  2025年7月15日(火)発売! html>
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