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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第十一章 トワイライトランド
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0204 幸せの終わり

幸せな時は、突然破られた。


廊下から大きな音が聞こえたかと思うと、大公応接室の扉が、突然開かれ、武装した兵たちがなだれ込んでくる。

一見して、公城の衛兵たちでないことは分かる。

だが、ならず者や冒険者の類でもない。

それは、統一された武装と、一糸乱れぬ動きのために。


それらを確認すると、『ワルキューレ』の五人の動きは素早かった。

この場における最重要人物である、大公サイラスの前に立ちはだかり、身を挺して守る態勢をとった。

さすがはC級冒険者と言える反応。



「これはどういうことだ」

サイラスは、入ってきた兵たちに向けて……いや、その中心にいる人物に対して声を上げる。


「もう一度問うぞ。これは、どういうことだ、マギージャ伯爵」

マギージャ伯爵は、表情を全く変えることなく、答えた。

「サイラス・テオ・サンタヤーナ、あなたを国家反逆罪の容疑で拘束します」

「なんだと……」


サイラスは目を大きく見開き、呟く。



「国の宝物を、訪問中の使節団を通じて、ナイトレイ王国に売り渡そうとし、あまつさえ国そのものも売り渡そうとしたこと、調べはついています。その所業、まさに売国奴と呼んでもいいでしょう。この瞬間をもって、あなたの大公としての全ての特権は凍結されます。おとなしく裁きを受けることをお勧めします」

「馬鹿な……。なぜこんなことをする? そんな必要はない。『あなた方』が望むのであれば、私はいつだって大公の地位を降りる用意はある。それは知っているはずだ!」


大公サイラスの言葉に驚いたのは、マギージャ伯爵らではなかった。

ミューをはじめとしたワルキューレの面々である。


だが、彼女たちも口は差し挟まない。

彼女たちが口を挟むべき問題でないことは、理解しているからだ。


そして……、

「それでは困るのですよ、サイラス」



言葉は、扉の奥、廊下から聞こえてきた。



そして、言葉の主が姿を現す。

「やはり、『あなた方』でしたか、エスピエル侯爵。なぜですか、こんなことをする必要はない、それは、あなた方が一番わかっているはずだ!」

だが、エスピエル侯爵と呼ばれたその男は、その問いには答えずに、『ワルキューレ』たちに話しかけた。

「王国の冒険者の方々、我々は、すでに使節団二十人の身柄も拘束しています。抵抗しないほうがよろしいでしょう」


その言葉に、五人は視線で会話をする。

代表して、ミューがサイラスに視線で問いかけた。


「ああ、恐らく事実だろう。彼らに逆らうのは無意味だ。彼らこそが、この国の真の支配者だから」

「お爺様?」

「すまぬなミューよ、お前たちを巻き込んでしまった……」

トワイライトランド大公サイラス・テオ・サンタヤーナは、がっくりと肩を落とし、抵抗しない旨を宣言した。




模擬戦場。

アベルの目から見て、正直、盛り上がりの無いまま進行していた。

(これで、感想を求められても……困る)

心の中では、深いため息をつきながらも、それを表情には出さない。


困っているうちに、何やら早馬が到着し、リージョ伯ロベルトが少し離れた場所で報告を聞く。

報告を聞き終わると、ロベルトは観覧席にいた兵士に頷く。

ラッパが鳴り響き、兵士の声が模擬戦場に響き渡った。

「模擬戦、終了」


驚いたのはアベルである。

(ここで終わりだと? なんてタイミングで終わらせるんだ……感想とか、すげー困る)

心の中で、顔は苦渋に歪んでいた。



そんなアベルの事など頓着せず、ロベルトが声をかける。

「ではアベル殿、下に降りましょう」

ロベルトを先頭に、アベル、そして残りの三人の貴族が、模擬戦場に降りる。


この間も、アベルは心の中で必死に考えていた。模擬戦の感想を。

だからではなかったろうが、ロベルトにそのままついて行ったら、四騎士団の真ん中に導かれていた。


「ん?」



そこで、ようやく異変に気付いた。



ちょうど、自分は、騎士団に包囲される位置におり、騎士たちは抜剣はしていないものの、剣の柄に手は置いていた。



「さてアベル殿、突然で申し訳ないのだが、抵抗せずにこのまま降伏していただきたい」

リージョ伯ロベルトの声は、これまでに比べて、若干、嘲りの感じが含まれていた。

「リージョ伯爵、仰っている意味がわかりませんが」


アベルは平静を装いつつ、周囲に気を配る。

すでに包囲下にあり、無傷で突破できそうな箇所は無い。


「では、意味が分かるように説明いたしましょう。先ほど、大公サイラスが国家反逆罪で逮捕されました。国の宝物をナイトレイ王国に売り、さらに国そのものを売ろうとした証拠があがっております。使節団の荷物から、その宝物が発見されたそうです」


もちろん、仕組んだのであろう。

考えなくともわかる。


問題は、使節団の者たちの安否と、この反乱がどれほどの規模なのかである。

つまり、首都を出た後、王国国境まで辿り着けるか?

もっと情報を引き出さねば。



リージョ伯ロベルトは、都合のいいことに、その後も説明を続けた。


「そちらの使節団、文官らは全て拘束しております。また、迎賓館の騎士団と冒険者たちも、抵抗することなく我らに従ってくれました」

(文官たちを人質にすれば、そうなるだろうよ!)

心の中では、苦々しい顔で、そう叫んではいるが、表情には出さない。


「なるほど。それで、大公の元を訪れている冒険者がいたはずだな、彼女たちは?」

「ああ、大公の孫娘たちですな。彼女たちは、大公の裏切りの証人です。彼女たちを通して、宝物を売り払ったのでしょうからな。ですので、彼女たちは死刑となります」


この時には、ロベルトの言葉には、はっきりと嘲りが混じっていた。

「もしかしたら、見せしめに、使節団の方々も……」



その瞬間、ロベルトの首が飛んだ。



アベルが剣を抜きざま、一足飛びにロベルトに近付き、首を刎ねたのである。


さらにそのまま、正面の騎士たちに襲い掛かかった。



あまりの速度に、警戒していたはずの騎士たちも反応が遅れた。


その間に、騎士の間に入っては、鎧や兜の隙間から剣を突き刺し、倒していく。



一瞬の遅滞も無く、一秒も留まることなく、常に動き続け、倒し続ける。



さすがに二十人を倒した辺りで、騎士たちも反撃の態勢を整えた。


だが、異様だったのは、誰一人声を発することなく、無言のままだった点である。

「さっきの模擬戦では、普通に声を出していただろうが」

アベルは小さく呟きながらも、動き続けている。


一撃で致命傷を与えるのは難しくなったが、それでも、鎧の隙間に攻撃をする。

鎧の隙間というのは、基本的に関節であり、硬い骨も無く、それでいて腱がある。

腱を断てば、動物は動けなくなる仕組みだ。

アベルの狙いはそれであった。


もちろん、普通の剣士であれば、こんなことは不可能である。

だが、そこは天才剣士アベル。

僅かずつではあっても、戦果を重ねていった。


重ねていったのだが……。



足元からの攻撃は想定していなかった。

倒した相手からの攻撃は想定していなかった。



首を刎ねた相手からの攻撃は想定していなかった。



「くそっ」

首を刎ねられ、地面に倒れていたリージョ伯ロベルトが手に持った剣が、アベルの左足腿裏……筋肉で言うハムストリングを深く切り裂いた。



一気に動けなくなるアベル。



機動力を失えば、いかなアベルといえども、百人前後の騎士を相手に立ちまわることは不可能である。

数カ所を刺され、剣を奪われ、地面に押さえつけられた。



「一体何が……」

アベルの言葉に反応したわけではないであろうが、ロベルトの死体が起き上がり、転がった首を拾い上げ、元あった場所に置いた。


「まさか首を刎ねられるとは……人間ごときに!」

先ほどまでの、余裕に満ちた、あるいは嘲りを含んだような口調は既にそこには無かった。

ただ、ひたすら、自分の首を刎ねた目の前の剣士に対する憎悪だけが、そこにはあった。



「そうか、お前はヴァンパイアか」

アベルは一つの答えを導き出した。

アベルの愛剣は、『魔剣』である。

魔剣で首を刎ねても倒せない存在というのは、そう多くはない。

しかも『人型』となれば、ほぼヴァンパイアに限定される。


「そうだ、我々はヴァンパイアだ」

「我々……」


リージョ伯ロベルトを含む、四人の貴族……彼らはヴァンパイアであった。




アルバ公爵邸食堂。

そこには、一戦を終え、満足した表情でコーヒーを飲む水属性の魔法使いがいた。



だが、涼には大きな疑問が残っていた。

それは、ラーメンの麺である。


数ある異世界転生ものの物語において、ラーメンの再現はあまりなされていない。

その理由は、ひとえに、ラーメンの『麺』に原因がある。


ラーメンの麺の再現の難しさ、それは、『かんすい』による。

ラーメンの麺は、小麦粉に『かんすい』を混ぜることで出来上がる。

それこそが、例えばうどんやそばといったものとは、一線を画す理由なのだ。


この『かんすい』は、合成化学品だ。


それを、異世界で手に入れるのは、確かに難易度が高すぎであろう……。

そのため、異世界ものでは、カレーは出てくるが、ラーメンは……涼の知る限りは出てこない……と思う……多分……おそらく……。


だが、今回、現実に、目の前に出てきたのだ。

謎である。



「リョウ殿、どうかされましたか?」

涼がそんな思考に沈んでいると、横から声をかけられた。

同様にコーヒーを楽しんでいたアルバ公爵アグネスである。

「あ、いえ、あのラーメンはいったい、どなたの作なのかと思いまして……」


正直に、疑問をぶつけてみることにした。


「ふふふ、気になりますか? あれはシンソ様が手ずからレシピを作成されたお料理です」

アグネスは、問われたことが非常に嬉しいのか、今まで以上に楽しそうに答えた。


「そのシンソ様という方は、天才ですね!」

「わかりますか! さすがリョウ殿、料理一つでシンソ様の偉大さに気付かれるとは」

シンソ様を褒められて、本当にアグネスは嬉しそうである。



涼のような朴念仁にも分かる。

アグネスは、シンソ様という人に好意を抱いているのだと。


たとえその対象が自分でなかったとしても、見目麗しい女性が、誰かに恋していて楽しそうにしているのを見ると、見ている側も何となく嬉しくなるものである。

もちろん、場合によっては、嫉妬してしまう場合もあるのだが……。



二人がそんな会話を交わしていると、執事が一枚の小さな紙をアグネスの元に持ってきた。

アグネスはそれを一瞥すると、ほんの少しだけ、ほんとうに少しだけ表情を陰らせた。

だが、すぐに元に戻ると、手ずからその紙を暖炉で燃やした。


そして、こう切り出した。

「リョウ殿、実はお願いがあります」

「はい、なんでしょうか?」


涼としても、これほどのラーメンを食べさせてもらったのである。

出来る限り、希望に沿いたいと思うのは当然であろう。


「今しばらく、この屋敷にとどまってください」

「……はい?」

涼は首を傾げて聞き返す。

「どういう意味でしょうか?」


純粋な疑問からの問いだったのだが、突然涼の頭に閃いた。


それは、根本に「トワイライトランドは、きな臭くなりつつある」と言ったフェルプスの言葉があり、さらに反乱分子に雇われた暗殺教団がおり、そして今日、このタイミングで、涼、アベル、その他がバラバラになっている……その他にも、無意識下で認識している様々な情報を、脳が勝手に分析したのであろう……。



「クーデターですか……」



『クーデター』という単語は、本来フランス語。

おそらく、アグネスにはその意味は通じていないであろう。


だが、涼が何かに気付いたことを理解し、寂しげな表情になって告げた。

「外に出なければ、リョウ殿の、完全な安全を保障します。事が終われば、解放すると誓いましょう。ですが、どうしても出ていくとなれば……」

「出ていくとなれば?」

「いたし方ありません」

アグネスはそういうと、指をぱちんと鳴らす。


その瞬間、涼を違和感が襲った。

違和感……だが、過去に経験した記憶のある違和感。

そう、最初は片目のアサシンホーク、次はベヒモスのベヒちゃん、そして暗殺者『ハサン』の村……。



「まさか、魔法無効化?」



涼のその呟きに、アグネスは傍目にも分かるほどの驚きを見せた。

「これは……驚きました。なぜわかったのか疑問ですが……」

「驚いたのは僕の方です。これって錬金術による魔法無効化ですよね?」

(まさか、ハサン以外に、魔法無効空間を錬金術で現出できる者がいるとは)


「この技術には非常に興味があります。こんな時でなければ、ぜひ魔法式を見たいのですが……」

「残念ながら、この魔法式は外部からは見られません……。シンソ様が、ただ一つだけ、私のために作ってくださった特別製です」

「やはりシンソ様は天才か……」



ラーメンを作り上げ、魔法無効空間を作り上げる。

なんという才能。



「これでわかってもらえたでしょう? 確かにリョウ殿は、稀に見る魔法使いです。中央諸国では、必ず詠唱を唱えて、魔法を発動するように百年前からなっているのですが、リョウ殿はそれに当てはまりません。それでも、この魔法無効空間では……」

「アグネス様。僕が魔法を生成するのを、どこで見られたのですか?」


アグネスは深いため息をつき、顔を上げて答えた。


「隠しても仕方ないでしょう。暗殺教団の刺客を倒す時に」

「なるほど……」

あの時、少なくとも半径五百メートル以内には、それらしい者たちはいなかった。

それより外か、あるいは気付かれない方法で、見ることができるのであろう。


そして、さっきのアグネスの言葉が引っかかった。

(必ず詠唱を唱えて、魔法を発動するように百年前からなっている……確かにその通りなのだけど……似たフレーズをどこかで聞いた……)


そして正解に辿り着く。



「ハスキル伯カリニコス」



その言葉に、アグネスは明らかに反応した。

それが最後のピースであった。



「アグネス様……ここが、ヴァンパイアの国なのですね」


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