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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第十一章 トワイライトランド
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0203 ラーメン

三日目も、二日目とそれほど変わることなく過ぎた。


そして、四日目。

運命の日である。



この日、涼は朝から浮かれていた。


「ククク、ついにですよ! ついに、我が野望がかなうのです!」

「何だよ、野望って……」


アベルが朝食を食べている横で、涼はコーヒーのみである。

「朝食はしっかり食べないと!」を、ほとんど口癖のように言っている涼が、朝食を食べないのは非常に珍しい。



「ラーメンですよ! ついに、あのラーメンを食すことができるのです! 苦節数十年……どれほどこの日を待ちわびたことか」

「数十年って……。その、『ラーメン』とかいうのが、涼の思っている『ラーメン』と同じものだといいな」


アベルは、皮肉を言ったわけでも、特に何かを意図して言ったわけでもなく、思ったことをそのまま口にしただけであった。


だが、涼に与えた衝撃は激しかった。

涼は浮かれた状態のまま固まり、そして表情は凍りつき……しばらくすると、ギギギと音を立てたかのように首だけ、アベルの方を向いた。


「……あの『ラーメン』ではない可能性……」

「いや、可能性な、あくまで可能性」

涼のあまりの変化に、怖くなったアベルはなだめる。


「もしそんなことになったら……ごめんなさい、ランド全域を氷漬けに……」

「おい、こら、ばか、やめろ!」


必死に交渉を続けている文官たちのためにも、アベルは、涼が望む『ラーメン』が出ることを祈った。




本日午前中、アベル自身は、ランド貴族たちの騎士団による模擬戦の見学である。

模擬戦見学自体は、特におべっかを使ったりする必要も無いため、嫌いではないのだが……問題は『貴族たちの騎士団』という点であった。


「貴族の相手とか、めんどくさい……」

ナイトレイ王国第二王子の呟きは、幸いなことに、誰の耳にも届かなかった。




文官たちの交渉が始まり、アベルが模擬戦場に馬車で向かい、涼がアルバ公爵お迎えの馬車で迎賓館を出た後、公城へと案内される冒険者たちがいた。


案内された先は、大公応接室。

案内されたのは、ミューとそのパーティー、合計五人。



今回の使節団護衛の冒険者たちは、騎士団という近接戦闘職専門の者たちとの兼ね合いから、魔法職の多いC級パーティーが選ばれている。

魔法は、男性よりも女性の方が親和性が高いと言われているため、冒険者で見た場合、男性魔法使いよりも女性魔法使いの方が多い。


そして、ミューが所属するパーティー『ワルキューレ』は、三人が魔法使い、しかも五人全員が女性という珍しいパーティーである。

そのためだろうか、パーティー仲は、非常に良く、基本的にどこに行くにも一緒であった。

ミューが、祖父たるランド大公に呼ばれたこの時も、残りの四人は、当然の様に後ろからついていった。

もちろん、ミューから事前に、大公には許可を取ってある。


五人が中に入ると、すでにトワイライトランド大公サイラス・テオ・サンタヤーナが待っていた。

「お爺様……」

「おお……ミューや、久しいな」

そこには、一国を治める国主の顔ではなく、ただ孫に会えて嬉しい、祖父がいた。




模擬戦場は、公都の郊外にあった。

アベルが到着した時には、すでに四つの騎士団が整列を終えていた。


「アベル殿、よく来てくださいました」

アベルが馬車を降りると、身なりの整った四人の若い男たちが出迎えた。

「私が、今回の模擬戦を主宰いたしますリージョ伯ロベルトです」

「王国A級冒険者のアベルです」

そういうと、握手を交わす。


他の三人も、子爵、子爵、男爵と、貴族である。

つまり、今回の四つの騎士団の主たちということになる。


(若い貴族たちの集まりか……それぞれ、四十人規模の騎士団……男爵でも四十人規模の戦力を抱えているというのは意外だな。うちのケネスとか、ヘイワード男爵として、きっと一人も抱えていないだろうし……。血気盛んな若手集団なのかもな)

アベルは、騎士団たちを見ながら、そんな感想をもった。


「ではアベル殿、あちらの観覧席に参りましょう。模擬戦の後、ご感想やお気づきになった点を指摘していただけるとありがたい」

「かしこまりました」

リージョ伯ロベルトに促され、アベルは観覧席へと移動するのであった。




アルバ公爵邸。

門から入ると、屋敷というよりは、郊外にある国立大学のイメージを涼は抱いた。

涼自身が進学したのは、東京の私立大学であったが、広大な敷地に移った地元の国立大学が、そういえばこんな感じだったなと。


もちろん、アルバ公爵邸には、五階建てのビルなどはないのだが……。


瀟洒(しょうしゃ)な建物がいくつも並んでいる。

きっと、あれは図書館だろうとか、あれはコンサートホールだろうとか、あれは天文台に違いないとか……。

なぜ天文台と思しきものがあるのかは不明である。



そして、馬車は、ひときわ豪奢な建物の前に停まった。

涼が馬車を降りると、レッドカーペットが敷かれ、両脇に、ずらりと並ぶ執事やメイドたち。

「いらっしゃいませ」

一ミリのずれも無く、完璧に揃ったお出迎えの声。



涼は、圧倒された。



これを見ただけで、アルバ公爵の権勢というものが想像できるというものだ。

部下たちがだらけて適当にやっていれば、上に立つ人間もたいしたことないだろう……どうしてもそう判断されてしまう。


そうであるなら、逆もまた真なり。


部下たちの所作が、気持ちいいほど揃っていれば、彼らの上に立つ人間も凄いのだろう……そう判断されるのはこれまた当然なのだ。



ここにいる執事、メイドたちは、自分たち一人ひとりの行動が、『アルバ公爵』というものを判断する材料にされるのだという自覚があるのだ。

普段から、そうやって所作の一つ一つにまで責任を持つように鍛えられている。


それが、プロフェッショナルというもの。


もちろん、上に立つ者は、プロフェッショナルなその人材が外に流れないようにするために、高い給料、恵まれた待遇、そういったものを提供する。

それだけの『お金』があるし、そういう部分に『お金』を使う意味を理解しているのだ。


部下がプロフェッショナルであるということは……そのプロフェッショナルな部下たちを繋いでおくためには、上に立つ者もプロフェッショナルでなければならない。

そして、アルバ公爵は、『上に立つ者』として、プロフェッショナルであると。


執事とメイドの、たったこれだけの所作で、そのことが示されている。


涼は、いろいろと考えさせられた。




涼が通された先は、かなり広い食堂であった。


ヴェルサイユ宮殿や、赤坂迎賓館の写真で見たことがある……ただし、大きさが尋常ではない。

縦横高さ、全てを数倍したような……。


中央に巨大な長机が置いてある。

恐らく、食堂のテーブルなのだろうが……これも巨大である。


そして、その奥、部屋の奥に、人がいるように見える。

そう、『人がいるように見える』程度にしか認識できない程に、部屋が広いのだ。

涼はここで思い至った。

(そう、学校の体育館より広い……)


体育館より広い食堂。


涼は、執事に案内されて、その部屋の奥に歩いて行った。

すると、奥にいた人もこちらに歩いてくる。


「リョウ殿、よく来てくれました」

晩餐会で会った、妖艶な美女、アグネスであった。

「公爵閣下、本日はお招きにあずかりまして……」

「ああ、よいよい。そのような堅苦しい言葉は不要です。ぜひ、アグネスと呼んでください。同じ水属性の魔法使いとして」

そう言うと、アグネスはにっこりとニヤリの中間と言うべきか、恐ろしく妖艶な笑みを浮かべた。

涼ですら、一瞬その笑みに見惚れた。



「あ、はい、アグネス様」


なんとか理性を保てたのは、涼が強固な理性を持っていたからではなく、食堂にまで流れてきた香りのお陰であった。

それは、懐かしい……、

「おお、ここまで薫ってきますね。難しい話は後にして、まずは食べましょうか。さあ、こちらへ」

アグネスはそういうと、涼に席を示し、自分もその隣に腰を下ろした。



涼が座ると同時に扉が開き、トレーが運ばれて来る。

涼の横に来ると、覆いが取られ、その姿が露わになった。


それは……、

「おぉ……」



それは、涼が望んだとおりの、まぎれもないとんこつラーメンであった。



そして、恭しく、執事によって、二杯のとんこつラーメンが二人の前に置かれる。

その時になって、涼は初めて気づいた。

ラーメンが置かれた横には、すでにセッティングされている物があったのである。



「フォークと、お箸とレンゲ……」



そう、まさかの、お箸。


ロンドの森を出て以降、王国でも公国でも、一度もお目にかかったことのなかった『箸』。


「ラーメンを食べるにはフォークでもいいのですが、正式には、そこの『はし』というものを使うらしいのです。東方の食器で。とはいえ、初めてではなかなか使いこなせないので、フォークも準備させてあります」

「おぉ……」


この『ファイ』においても、東方にはお箸で食べる文化圏があるのだ。

涼はこの日、そのことを初めて知った。



「さあ、温かいうちに食べましょう」

「はい。いただきます」


涼は思わず、手を合わせて『いただきます』と言った。

アグネスはそれを見て驚いていたが、すでに全意識がラーメンに向かっている涼の目には入っていない。



涼の手は、右手にはお箸を持ち、左手にはレンゲ。完璧なる布陣。



まず、スープから。

レンゲにスープをすくい、口に運ぶ。

「美味い……」

思わず言葉が漏れた。


それを横目に見て、満足そうな表情のアグネスも、レンゲでスープをすくって飲んでいる。

涼は、スープを二杯飲むと、ついに麺に取り掛かった。

その麺は、いわゆる中太麺と呼ばれるタイプである。


『とんこつラーメンは細麺が正義だ!』という教義は、涼の中には全くない。


美味しければいい。

料理は、味が全てであり、美味しければそれは正義なのだ。

極太のとんこつラーメンだって、美味しければ正義だ!


はたして、目の前にあるとんこつラーメン……麺とスープの絡みは……。

チュルッ。


まず、一口。

さらに、一口。

もう一つ、一口。

……。



もうその後は止まらなかった。

涼は、決して早食いが得意ではない。大食いなのも、時と場合による。

そして、汚く食べるのは最も嫌いである。


この時の涼は、『美しい早食い』という、ほとんど奇跡ともいえる姿を見せた。


理由はただ一つ。

ラーメンが美味かったから。


九州出身の涼は、とんこつラーメンには、もちろんうるさい。

だが目の前のラーメンは、純粋に、美味い!

涼は、あっという間に、一杯を食べ干した。



「ふぅ~」

満足の吐息を吐く涼を見て、アグネスは微笑みながら、恐ろしい一言を放ったのだ。


「おかわりはどうですか?」

「はい、いただきます!」


間髪を容れずにとは、まさにこのこと。

完全に条件反射で返事をした涼を見て、アグネスは楽しそうに微笑んだ。

そして、自分も食べ続ける。

ほんの少しだけ手持ち無沙汰になった涼。


ふと、横で食べるアグネスを見る。

少し首を横に傾げ、落ちてくる髪を耳にかけながらラーメンを食す美女。

それだけで、美しい一つの映像作品が作れそうなほどの光景が、そこにはあった。


涼は、幸せだった。


幸せの後には……。

そう、明日はそんな感じに。

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