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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第十一章 トワイライトランド
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0199 人による襲撃

距離が二百メートルほどになったところで、襲撃者たちは一斉に矢を放った。

馬車に何本か刺さるが、人的損失は無い。

他も、騎士の盾が完璧に防ぎ、ノーダメージである。


だが、狙いは矢でのダメージではなかった。


矢の先についた握りこぶし半分ほどの大きさの塊から、白煙が勢いよく噴き出した。

白煙に紛れて対象に近付いて倒していく、暗殺教団お得意の戦術である。


しかし……、

「またそれですか」

涼は小さく呟くと、心の中で唱えた。

(<スコール><氷結>)

唱えた瞬間、前も見えないほど濃密な雨雫が一帯を襲い、立ち込めていた白煙を洗い流す。

そして、白煙を吐き出していた矢の先は、全て凍りついて、白煙の噴出は止まった。



シャーフィーの時といい、教団の村に乗り込んだ時といい、リョウにとっては、やられ慣れた戦術である。

むしろ、「それしかないのか!」とすら思えるような……。

だが、実際の所、暗殺者の特性を考えると、非常に有効な戦術なのだ。

そもそも、雨で洗い流す涼や、風で吹き飛ばすリンのような一流以上の魔法使いの存在が稀有なのである。




スコールで白煙が洗い流された時、すでに襲撃者たちは百メートルを切る距離にまで近づいていた。


そこで、突然白煙が無くなったのだ。混乱してもおかしくはない。

だが、そこは鍛えられた暗殺者たち。

ほんの一瞬だけ逡巡したが、そのまま突撃を強行した。

すでに引き返せる距離ではなくなっていたのである。


正面の敵を倒し、凱旋する以外にはない!

ほぼ全員がそう判断し、ナターリアもそう判断していた。

ただ一人、ナターリアの後ろをついてくる女暗殺者だけが、明らかに意思を鈍らせていた。


その意思が鈍った感じを、ナターリアは即座に感じとり、はっぱをかける。

「ロザリア、今さら戻れません。突っ込みます」

「はい、ナターリア様」

返事をしつつも、ロザリアは不安でいっぱいであった。



ロザリアは、鍛え上げられた一流の暗殺者だ。

無手で騎士二人を同時に相手にしても、倒してしまうであろう。


だが、ロザリアの最も得意とするところは、暗殺者としての近接戦闘ではない。



彼女こそが、暗殺教団ただ一人の、闇属性魔法を操る人物なのである。



『ファイ』においては、生まれつき扱うことのできる魔法属性は決まっている。

闇属性魔法を扱える特性を持った人間は現れにくく、さらに、闇属性魔法を扱う『詠唱』は存在しない。

それだけに、闇属性の魔法使いとして認知されるほどの者は、中央諸国においては、ほぼいない……。


詠唱も無く、周りに師と呼べる人物もおらず、試行錯誤を繰り返すことによってのみ、使えるようになる……。

そういう意味では、ワイバーンすらも従えることができるようになったロザリアは、闇属性魔法の天才といっても過言ではなかった。



だが、そんな彼女が恐怖したのだ。

彼女が使役したワイバーンすらも、さしたる抵抗なく倒されてしまったのだから。


なぜ、どうやって、誰に倒されたのかは分からない。


ワイバーン討伐というのは、年に数度行われるが、討伐手法として確立されたものは、未だにない。

毎回、多くの犠牲を払いながら討伐しているのだ。当然、多くの時間を掛けながら。



それが、今回は、あまりにも早く倒された。

それが、ロザリアを恐怖させていた。



「何か恐ろしいものがいる」……その確信と共に。



そこに、白煙に紛れてならともかく、全くの正面から突撃する羽目になれば、それは足もすくむというものだ。

だが、もう引き返せない。

倒すしかない!


A級冒険者のアベルというのは、恐ろしく厄介らしいが、他の冒険者はC級。

さらに騎士も、近年緩み切ったと評判の王立騎士団の騎士二十人。

暗殺者三十人なら、倒せるはずだ。



ワイバーンの件は、あえて考えないようにして、ロザリアは自分を納得させた。

どうせ、正面から突っ込んで倒す以外にはないのだから。



一帯を覆った白煙が消え去り、襲撃者たちが丸見えになると、使節団からの遠距離攻撃が開始された。

従士たちによる弓、そして冒険者の魔法使い達による攻撃魔法。



従士たちの弓矢は、暗殺者たちに全て切り伏せられる。

『弓士』や『エルフ』たちの強弓であれば、あるいは命を、そこまでいかずとも手傷を負わせることは出来たかもしれない。

だが、本職ではない従士たちの弓ではそこまでは無理である。


ダメージを与えたのは、魔法使い達による攻撃魔法であった。

攻撃魔法の速度は、従士たちの矢に比べて桁違いに速い。

『緩い』弓矢攻撃の後であったために、高速度の攻撃魔法を避け切れなかった襲撃者たちは少なくなかった。


三十人の襲撃者のうち、即死したものはいなかったが、五人が戦闘継続不可能なほどの傷を負い、さらに五人が足に深手の傷を負って、それ以上近付くことができなくなっていた。

使節団は、遠距離攻撃によって、三分の一の戦力を削ることに成功したのである。

それは、想定以上の戦果であった。




「これは凄いな……」

完全に、見学のポジションに収まっているアベルは、その戦果をつぶさに観察することができた。


戦場における弓と魔法の有効な使い方……それは、アベルの経験に足りていない部分であり、アベル自身がそれを自覚している。

実は、大規模戦闘においては、弓矢への対処法は確立しているため、それほど脅威とはならない。

ただし、乱戦の中での狙撃的な使用に関しては、別であるが。



「まあ、煙が一気に消失したからな……そういえば、宿屋でリンが同じようにやって見せたっけ。リンといいリョウといい、魔法使いってのは賢いなぁ」

アベルは、煙を消し去って見せた手際に、素直に感心していた。



そんなのんきなことを言っているアベルであるが、すぐ目の前の戦闘は、近接戦に移行していた。


近付くだけで三分の一の戦力を失った暗殺者たちであるが、それでも一流の暗殺者であることに変わりはない。


連なる盾の外側を回り込み、後背に出ようとする者。

騎士の盾を避け、その後ろにいる魔法使いと神官を狙おうとする者。

前衛を一気に飛び越え、直接馬車を狙おうとする者。


様々な者たちがいたのだが……、

「風よ 吹きすさべ <風圧>」

非常に短い詠唱から繰り出される風属性魔法<風圧>

効果は単純に、風が吹くだけである。


ただし、C級魔法使いの<風圧>であれば、かなりの勢いの風となる。

しかも、風属性の魔法使い四人全員が、正面に向かって放つ。

暗殺者たちにとっては、正面からの強風。


台風の風の中では、ろくに歩くことができないように、暗殺者たちも倒れないようにするのが精一杯となる。

そこに突き入れられる冒険者と騎士の槍。恐ろしいほどに効果的な攻撃となった。



<風圧>の中、次々と倒されて行く暗殺者。



一分余りの風圧の嵐の後、ついに完全な近接戦へと移行する。

ショーケンに率いられた冒険者の剣士と、隊長ドンタンに率いられた剣に秀でた騎士たちが、暗殺者たちに襲い掛かったのだ。


さすがに、この場面では使節団側も無傷とはいかない。

敵はいずれも手練れの暗殺者。


だが、傷を負い、後退したそばから神官たちによって回復され、再び前線に出ていく剣士と騎士。

かたや、回復をポーションに頼るしかない暗殺者たち。

暗殺者たち全員が討ち取られるのは時間の問題に見えた。




だが、ただ一人、攻撃に加わらず、抜け目なく使節団を観察する者がいた。

ナターリアである。


(狙いの者に一撃いれればいい。標的は魔法使い……女性……髪はブルネット……身長は小さい……いた!)


その瞬間、ナターリアの表情が喜悦に歪んだ。



手に生成するのは、極めて細い、高速で動けば、まず目で捉えることは不可能なほど細い石の槍。

ナターリアは、成功を確信し、石の槍を放った。

かつて自分たちの『首領』に向かって放ったように。


狙い違わず、標的の魔法使いの心臓に到達しようとした瞬間。



カランッ。



目に見えない壁に当たったかのように、石の槍は弾かれた。



「馬鹿な!」

「危ない危ない」

ナターリアのすぐ耳元で男の声が聞こえた。



振り向こうとしたが、振り向けない。

すでに、ナターリアの身体全体が氷に覆われつつあった。


「あの細い石の槍は見覚えがあります。『ハサン』を殺したのはあなたですね……そう、名前は確かナターリア」

声はそういうと、ナターリアの正面に移動した。



「お前は……なぜここに……」



ナターリアは、その声の男に見覚えがあった。

かつて商人ゲッコーの傍らにあり、さらには自分たちの村をたった一人で襲撃した水属性の魔法使い……。

『首領』の最期を看取った男。



だが、なぜそんな奴がここにいる……。



使節団随行員の名簿は全て覚えている。

冒険者の名前、魔法使いの属性、騎士たちそれぞれの特徴など、全て把握済みだ。

また、護衛以外に二人の冒険者がおり、そのうちの一人はA級の剣士で極めて高い戦闘力を持っていることもわかっている。

もう一人は、C級の冒険者でしかない。リョウという名前もわかっている。

まさか……、


「お前が……リョウ」


だが、ナターリアのその言葉は、言葉にならなかった。

完全に氷漬けとなっていたから。


「名前と顔は一致させないとダメですよ?」

涼は、出来上がった氷柱を軽く手でパンパンと叩きながら、うそぶくのであった。

「とりあえず、『ハサン』の仇はとりました」




「やはり失敗したか」

「暗殺教団といっても、しょせんは人間。こんなもんだろう」

「まあ、王国使節団がトワイライトランドで襲われた、という既成事実は作れたのだ、よかろうよ」

「さて、国内に入った使節団をどう使うか」

「何をするにせよ、一人、恐ろしく厄介な水魔法使いがいるな」

最後の声は女性であったが、残り四つは男性の声である。



そこは使節団一行から、一キロ以上離れた丘の上。

五人は、その距離から事の成り行きを見ていたらしい。

さすがに一キロ近く離れていると、涼のソナーにもひっかからない。


「『ダッチェス』ほどの者が厄介とは……あの水魔法使いは、それほどですか?」

「ああ。私が一対一で戦ったとして……勝率は五割を切るだろうな。水魔法使いとして、あれは異常だ」


『ダッチェス』と呼ばれた女性は、首を小さく横に振りながら答えた。

それを聞いた他の四人は驚く。

『ダッチェス』の弱音など、初めて聞いたからだ。


「それほどとは……。水魔法使いは水魔法使いを知る……我らの認識は甘かったと。事を起こす際は、あの魔法使いを切り離してからですな。やはり、『あれ』を使いましょう」

その言葉に、“ダッチェス”を含む四人は頷いた。



厄介なら、使えなくするしかない……。


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