0198 ワイバーンの襲撃
アクレを出てから八日後の午前中。
使節団は、ついに国境に達した。
書類だけ確認されてナイトレイ王国側の国境事務所を出る。
そして、百メートル先にある、トワイライトランド側の国境事務所で手続きを行った。
ランド側にも、今日、使節団が到着することは伝わっていたらしく、簡単な書類の確認だけで通過することが許された。
こうして、王都を出てから十八日、ついに使節団はトワイライトランドへと入ったのであった。
「ついにトワイライトランドですよ! 普通に太陽が出ていますね」
涼は、名前から、勝手に『常に黄昏時な地に違いない』というイメージを抱いていた。
だが、この『ファイ』においては、トワイライト=黄昏という図式は成り立っていない。
改めてそう考えると、『トワイライトランド』と命名した人物の事が気になる涼である。
「太陽が出ているのは当たり前だろ……。伝説にある『常夜の国』じゃあるまいし……」
「常夜の国……そんなものがあるのですか!」
なんというファンタジー!
まだまだ、涼の知らないことがいっぱいある。
そんな涼の剣幕に圧されながら、アベルは答えた。
「あ、ああ……西方諸国の伝説だ。あっちで冒険者をやってたことがあるアーサー・ベラシスが、以前言っていたんだ」
アーサー・ベラシスは、宮廷魔法団顧問で、ルンの街のダンジョンでアベルと共にデビルの群れと戦ったこともある人物である。
涼も、個人的なお願いなどをしたこともあり、知らない仲ではない。
「アーサーが……。今度会ったら、ぜひ聞いてみなければ」
涼は、何度も頷くと、心にメモを取った。
異変は、その日の午後に起きた。
涼の<動的水蒸気ブイ>……もとい、いつもの<パッシブソナー>は、これまでの魔物の襲撃とは違う物を感知した。
「アベル、今までの魔物とは違う、でかいのが一体来ます」
「やはりか! そろそろ来る頃かと思っていた。よし、ショーケンたちに連絡だ」
「いや、待ってください」
ショーケンたちに異常を知らせようとするアベルを、なぜか涼が止めた。
「なんだ?」
「この反応は知った反応です。恐らく、来るのはワイバーン……」
「え……」
涼のあまりの言葉に、アベルも言葉を失った。
ワイバーンと言えば、一体狩るのに、C級冒険者が二十人以上駆り出されるほどに厄介な魔物である。
しかも、そこまでやっても人間側に犠牲が出るのが普通なのだ。
そんな魔物が使節団に近付いているとなると、かなりの犠牲が……。
「とりあえず、地面に落としますので、それを狩ってもらいましょう」
「え……あ、ああ、そうだな……」
そう、普通に狩るとやっかいなワイバーンだが、涼とアベルの二人で、ロンドの森からの帰還途中に、数十体乱獲した経験がある。
なぜか、魔法が効かないと言われるワイバーンが纏う『風の防御膜』を涼は貫いて、撃墜することができる。
「ショーケン! 左手からワイバーンが来る!」
アベルは、馬車の外にいるショーケンに大声で叫ぶ。
「はい? ワイバーン?」
ショーケンは、耳から『ワイバーン』という単語は入ったが、脳の中にまでは認識されていない状態で、一行の左手の方を見る。
そこでようやく、『厄介な魔物のワイバーン』であることを認識した。
「な、な、なんでこんなところに……」
もちろん今までの魔物同様に、人為的にである。
馬車の中から、涼も近付いて来るワイバーンを視認した。
「いきます! <アイシクルランス2>」
その瞬間、ワイバーンの上空に、透明で極太の氷の槍が二本生成され、ワイバーンの羽を貫き、そのまま地面にワイバーンの身体を縫い付けた。
「ショーケン、落ちたワイバーンを槍隊で突け!」
「あ、はい。お前ら、いくぞ!」
アベルの指示に、ショーケンと槍を持った冒険者たちがワイバーンに近付き、その頭に突き刺す。
だが、なかなか突き刺さらない。
冒険者たちは、しばらく苦闘し……ようやくその中の一本が、目から入り脳に達する致命傷を与えることに成功して、動かなくなった。
少し手こずりつつも、本来のワイバーン討伐に比べれば、何の犠牲も出ていないため大成功と言えるだろう。
ちなみにその間、騎士たちは馬車の周りで見守っていた……唖然としたまま。
「反応が消えた……まさか、倒された……」
「使節団、想像以上にやるようだな。だが、ワイバーンと戦えば無傷ではあるまい。この機を逃さず襲うぞ」
黒装束の一団の中に、女性の号令が響く。
『暗殺教団』幹部ナターリアである。
従えるは暗殺者の手練れ三十人。
条件さえ整えば、騎士百人を相手にしても完勝できる戦力だ。
それだけに、絶対に失敗できない作戦であり、もちろんナターリアは失敗するつもりは微塵も無かった。
「この勝利を『黒』様に捧げる」
ナターリアは、小さく呟いた。
心酔する『黒』のために、戦う。
使節団一行は、停止していた。
冒険者たちは、倒したワイバーンから魔石を取り出し、文官らはそのタイミングで休憩をしている。
騎士たちと交渉官イグニスは、遠巻きにワイバーンを見ていた。
「いやあ、ワイバーンなんて初めて見ましたけど、おっきいですね。あんなおっきなものが空を飛ぶとか、自然は凄い」
「まったくです」
イグニスの隣には、なぜか水属性の魔法使い涼がいて、したり顔で頷いている。
少し離れた場所には、騎士ザックとスコッティーに質問攻めにされているアベルがいた。
「アベル、一体何が起きたんだ? ワイバーンが来たと思ったら突然墜落。まあ、冒険者たちがすぐに倒せたから良かったが、騎士団の連中はみんな混乱している。分かるように説明してくれ」
「いや、説明しろと言われても……」
ザックの追及に、しどろもどろになりながらも、言を左右に誤魔化しているアベル。
その視線は、時折、さっさと逃げ出して、この中で最も高い身分の交渉官イグニスの隣という、安全な場所に逃げ込んだ涼に注がれる。
もちろん、恨みがましい視線が。
自分だけ安全域に逃げ込んだ涼を恨みがましく思うが、だからと言って、「リョウがやった」とはここでは言えない。
言えば大混乱となるであろうし、そんな情報を隠蔽することは不可能だ。
いずれ、王都の貴族たちにも届いてしまい、貴族たちをも巻き込んだ問題が起こるのは分かり切っていた。
そんなことになったらどうなるか。
涼が、唯々諾々として貴族のわがままにつきあうとは思えない……優しそうに見えて、涼を怒らせたときの怖さはアベルが一番知っている。
そう、ウィットナッシュでのその姿が、嫌でも脳裏に焼き付いている。
であるならば、ここは自分が防波堤となって守るしかない。
そう、アベルは思っていた。
アベルは、本当にいい奴である。
どんな言い訳をしようか、アベルが考えていた時……だが、事態は待ってはくれなかった。
イグニスの隣にいた涼が、突然叫んだのである。
「北から、三十人規模の人間が近付いて来ます! 距離五百」
即座に反応したのは、冒険者と騎士である。
「急いで馬車に乗れ!」
反応が鈍い文官たちを馬車に誘導する。
同時に、盾を持った騎士たちが馬車の北側に壁を作り、従士たちがその中で弓を構える。
冒険者たちも、魔法使いと神官たちは壁の内側からの砲撃の準備をし、剣士や槍士たち近接職の者は、盾壁の両端に陣取る。
騎士団と冒険者たちが、対人襲撃迎撃用に編みだした陣形である。
ほとんど訓練していないのに、スムーズに構築される辺り、騎士団、冒険者双方の技量の高さと、普段からの意思の疎通を重視した隊長、リーダーたちの努力の賜物であった。
それを横目に見ながら、アベルが涼に走り寄る。
「人による襲撃だと?」
「ええ、魔物ではありません。襲撃だと断定はできませんが、このタイミングなら。なんとなくですが、走り方から『教団』の暗殺者たちの様な気がします」
「そんなことまでわかるのかよ……」
「僕も、日々成長しているんですよ?」
以前は、さすがにそこまでは分からなかった<パッシブソナー>であるが、水属性魔法そのものに対する習熟が上がったためだろうか、分かることがさらに増えたようである。
やはり、努力は裏切らないのだ!
そして、涼は馬車に入り、窓から顔だけ出した。
「リョウ……なぜ馬車の中に?」
「え? だって僕たち、ゲストですし……」
あくまで涼が叫んだのは、いつもの魔物以外が来たら言うと、ショーケンと約束したからであって、決して彼らの領分を侵そうとは考えていないのだ。
それに、これだけ見事に連携しているところに、全く話を聞いていない涼たちが入ったら、それが原因でバラバラの動きになってしまいそうだったのである。
「僕の場合は、馬車の中からでも支援は出来ますから。アベルは、外にいたほうがいいですよ!」
「なんか、不公平感たっぷりな気がする……」
文句を言いながらも、アベルは馬車の外で見守ることにした。
実際、緊急に動く場合でも、剣士のアベルは外にいたほうが動きやすいのは確かだろう。
馬車の中からでも魔法を発動できる魔法使いとは、全く違う。
職業特性の違いというやつだ。
世の中は、常に不公平なのである……。




