0195 アクレ
使節団が王都を出発して十日目。
王国第三街道を南下し、南部最大の街アクレに入った。
アクレは、ハインライン侯爵領の領都であり、ルンの街と並んで王国でも最大規模の街と言える。
領主であるハインライン侯爵は、元王国騎士団長で、ルンの街のB級冒険者フェルプスの実父でもある。
そんなアクレの街では、文官と騎士団、従士は領主館に宿泊し、冒険者たちは、館に隣接する高級旅館に宿泊することになっていた。
表向きは、文官と騎士団たちの歓迎式典を行い、そこに冒険者が参加しても肩身が狭いだろうということで、冒険者は自由に羽を伸ばしてもらうために、館の外に宿泊することになったのだ。
実際は、第二王子でありながらA級冒険者となったアベルのためであった。
極力、王国内での式典関係には、アベルは引き出さないというのが、事情を知る者たちの間での共通認識となっていた。
フェルプスの父でもあるハインライン侯爵アレクシスは、当然アベルの身分を知っているため、『事情を知る者』の一人であった。
アベルと涼を含めた冒険者二十二人が泊まる宿は、領主館隣接の宿というだけあって、超高級旅館。
普段であれば、ハインライン侯爵家お抱えの大商人であるとか、侯爵家を訪れる貴族の随行員などが泊まる宿である。
まずロビーからして違う。
大理石を敷き詰めた広大な……そう、広いではなく、広大なロビーには、豪奢と洗練とが絶妙なバランスで存在し、広大でありながら非常に居心地のいい空間を形作っていた。
「アベル……このお宿、凄いですね……」
「ああ……。南部随一なのはもちろんだが、王国全土で見ても一、二を争う高級旅館だからな」
従業員たちの立ち居振る舞いはまさにプロであり、がさつな者も多い冒険者たちを相手にしても、常に笑顔で接客を行い、強面の冒険者たちからも笑顔が溢れ出ていた。
そんな風に見入っていた涼とアベルの元にも、二人の従業員がやってきた。
「アベル様とリョウ様ですね。お手続きの方は済んでおりますので、お部屋の方へご案内いたします」
「お荷物をお持ちします」
二人の従業員に導かれるまま、二人は二階の一番奥の部屋とその手前の部屋に案内された。
涼の入った部屋は……、
広いリビングには高級そうなソファと、おしゃれなロッキングチェア。
リビングとは別に寝室があり、そこにはふかふかのキングサイズベッド。
さらに、なんと、客室露天風呂まで!
「すごい……」
思わず涼の口から洩れた感嘆の言葉に、案内した従業員はにっこり微笑んで、ありがとうございますと、お辞儀した。
大貴族が本気で運営する旅館……その凄さを、涼は初めて認識したのであった。
涼は、客室露天風呂にゆっくりと入ってから、用意されていた部屋着を着て、一階の食堂に降りた。
そこには、すでに半分出来上がった冒険者たちが……。
その中に、凶悪なA級剣士を発見したため、涼は見つからないように隅の方に移動した……いや、移動しようとしたのだが……。
「こら、リョウ、自分だけ逃げるな!」
「ヒトチガイデス」
「そんなわけあるか」
酔っ払ったアベルに捕まり、酔っ払った冒険者たちの中に入れられた涼。
強制的に続く、飲みと食のスパイラル。
それと、なぜか左右を女性冒険者に挟まれての「かわいい~」の合唱。
涼は、女性冒険者からは可愛がられるらしい……。
東方系の顔は、世界を問わず童顔に見えるのであろうか。
基本的に、ルンでは特定の冒険者としか絡まないため、そんな状況に陥る経験もこれまでなかったのだ……。
周りが酒の海に轟沈し、涼もかなりフラフラとしながらも、ほとんど無意識に肉料理を食べていた時。
窓の外に、いるはずのない人物を見つけた。
しかもその人物は、涼を見て、おいでおいでをしている。
涼は周りを見回し、自分以外、全員が寝込んでいるのを確認すると、宿の外に出た。
「フェルプスさん?」
「やあ、リョウ」
そこには、ルンの街のB級パーティー『白の旅団』団長のフェルプスがいた。
「どうしてここに……」
「ん? 実家だから……」
「ああ、そう言えば……」
フェルプス・A・ハインラインは、ハインライン侯爵家の後継ぎである。
そしてここは、ハインライン侯爵領の領都アクレ。
「そうだ、アベルなら中にいますよ?」
「いや、今回は、リョウに伝えておこうと思って」
フェルプスはオープンテラスの椅子に座り、涼も向かいに腰掛ける。
「単刀直入に言うけど、リョウは『暗殺教団』を知っているよね?」
「え……」
もちろん知っているのだが……正直に答えていいものかどうか、迷ったのだ。
その挙句に、
「な、なんのことだか……」
「うん、全然誤魔化せていないから」
フェルプスは、くっくっくと笑いながら指摘した。
「暗殺教団の村を壊滅させたのは知っているんだ」
「あ、あれは成り行きで……」
まさか、そこまで知られていたのは、さすがに涼も想定外であったため、あたふたとしながら説明しようとする。
「いや、別にそれを責めているんじゃないんだ」
「あ、そうですか?」
あからさまにほっとする涼。
「ただ、その暗殺教団がまた動き出した」
「え……。でも、首領はもう……」
そう、首領であった『ハサン』は涼の目の前で命が尽きた。
そして、彼の錬金資料は涼が引き継いだのだ。
「うん、どうも別の人物が新たな指導者になったらしいんだ。で、彼らの狙いの中に、今回の使節団が入っている可能性がある」
「なっ……。どうして、使節団が?」
「理由はわからないんだ。ただ、この街で、しばらく前から、使節団に関する情報を集めている者たちがいてね。捕まえて聞いてみたら、そういう話だったんだよ」
フェルプスの表情に変化は無い。
それだけに「捕まえて聞いてみた」方法が、きっと恐ろしい方法なのだろうと、涼は思った。
フェルプスは、大貴族の後継者で、『騎士』に対する誇りも立派なものを持っているのだが、こういった搦め手的なものも得意なのかもな~と、涼は何となく思った。
以前、アベルから聞いた気もする?
「もしかして、アベルを狙ってとか?」
涼の言葉に、フェルプスは、涼の目をじっと見つめる。
「その感じからすると、リョウはアベルの身分を聞いているね?」
少しだけ微笑んで、フェルプスは問うた。質問の形だが、すでに確信しているようだ。
「第二王子だと僭称しています」
「僭称って」
さすがに、これにはフェルプスも、声を出して笑った。
「うん、まあ、事実なんだよ」
「ああ……まあ、薄々そうじゃないかとは思っていました」
そう、思っていたのだ。
嘘じゃないよ? ほんとだよ?
「今回の狙いがアベルかどうかはちょっとわからない……。アベルを狙うなら、わざわざこのタイミングじゃなくても、もっと周りに人がいない時が、いっぱいあるからね。ただ、可能性はゼロじゃないから……」
「わかりました、気を付けておきます」
涼は力強く頷いた。
フェルプスがわざわざ涼に会いに来たのは、暗殺教団の動き出しの件と共に、アベルの身を頼むということなのだろう、そう解釈した。
「リョウがついていてくれれば百人力だ」
そう言うと、フェルプスはにっこりと微笑んでから、立ち上がった。
「ああ、あと、トワイライトランド自体、少しきな臭くなりつつあるんだ。いちおう、それも頭の中に入れておいて」
そういうと、フェルプスは隣の館の方へ歩いて行った。
その後ろ姿を見送る涼。
「う~ん、貴公子っていうのは、ああいう人の事なんだろうな~。アベルは……品が無いわけじゃないけど、ちょっとね」
「お前、俺がいるの分かってて、わざと言ってるだろ」
物陰から出てきたのは、件の剣士、アベル。
涼は、<パッシブソナー>で、いることは分かっていたのである。
ただ、最初からいたわけではなくて、話が終わる直前に来たのだが。
「いやいや、そんなことないですよー」
「ものすごく嘘っぽいな!」
涼は一つため息をついて、アベルに言った。
「アベル、僕はアベルを誤解していたみたいです」
「なんだ、やぶからぼうに」
アベルは首を傾げながら問いかける。
「アベルが第二王子であることを、僕は認めます」
「リョウは……俺が言うことは信じないで、フェルプスが言ったことは信じるのか」
「仕方のないことです。詐欺師が、「自分は王子ですよ~」って言っても、信じられないでしょ? でも、侯爵家の後継ぎが、「彼は王子ですよ」と言えば、信じられるじゃないですか」
「……それは……たとえとして合っているのか?」
アベルは、全く納得していない様であったが、仕方なく受け入れることにした。
「まあ、いいか。そもそも、フェルプスは何で来たんだ?」
「ほら、例の暗殺教団、あれが動き出して、今回の使節団を狙っているそうですよ」
「そんな重要なことを、なんでそんなに軽い口調で言えるんだよ……」
涼の、カレーが無いならハンバーグを食べればいいじゃない、程度の軽い口調の説明に、ため息をつくアベル。
確かに、とても重要な内容ではあるのだが……。
「だって、ほら、今回は、騎士団もいれば、僕ら以外の冒険者もいるんですよ。思いっきり手を抜け……いや、充実した支援を期待できるじゃないですか!」
「うん、手を抜けるという言葉が聞こえたな」
「ソンナワケナイデスヨー」




