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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第十一章 トワイライトランド
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0194 政治研究家リョウ

「ふぅ……」

使節団一行の、ある馬車の中。

剣士風の男が、目の前の書類から顔を上げ、一つため息をついた。

「いかにも自分は頑張っています。なんて偉いんでしょうアピールですか。アベル、あざといですね!」

「いや、なんでだよ! ため息をついただけだろうが」



今日も、剣士と魔法使いの漫才……もとい、会話が繰り広げられている。


「だいたい、勉強は楽しいじゃないですか。ため息をつくようなことではないですよ」

そんなことを言っている涼は、確かに笑顔である。

当然、好きな分野の事だからだ。


「リョウだって……例えば、政治に関する勉強だったら、ため息の一つも吐くと思うぞ」

「ふふふ、それはアベルが無知なだけです。さあ、この政治研究家リョウに、何を悩んでいるのか相談してみるがいいです!」

「政治研究家……」

アベルは、さっきよりも深いため息をつき、何度か首を小さく横に振った。



「別に悩んでいるわけじゃない……。ただ、なぜ王家というのがあるのか、ふと疑問に思っただけだ……」

「王子が王家の存在意義を問う……なんて哲学的な……」

「いや、哲学的じゃないと思うぞ」


アベルはそう言うと、ふと涼の手元を見やった。


何やら、右手で取っ手を掴んで、ガリガリと廻している。ガラス製……に見えるが、おそらく水属性魔法による、氷製の何かなのだろうというのは理解できた。

しばらく廻すと、蓋らしきものを開け、粉状になったものを、新たに作った氷製の筒に移し替えた。



「なあ、リョウ、それは何をやっているんだ……」

「コーヒーを飲もうと思いまして。家にいる時は、ゲッコー商会製のミルでコーヒー豆は磨り潰すのですけど、こういう旅には持ってこれませんからね、荷物がかさばります。ミルは、構造自体はかなり単純ですので、水属性魔法で作ってみました」

そういうと、涼は、粉状にしたコーヒー豆を移し終わったコーヒーミルを、アベルに手渡し、自分は氷製フレンチプレスにお湯を注ぐ……もちろん、水属性魔法で。


水属性魔法の、なんという万能性!


「これで、ローストした豆さえ持っていれば、旅の途中でも淹れたてコーヒーが飲めます!」

「おぉ……」

いつもは涼の行動に呆れることの多いアベルであるが、今回は素直に感動していた。

フレンチプレスからは、コナコーヒーの豊かな香りが漂ってくる。

机の上には、氷製フレンチプレスと氷製砂時計が置かれていた……恐らく『砂』も、極小の氷なのであろう。




「創業家とは旗だ」

「え?」

涼がぼそりと呟き、アベルはそれに思わず反応した。


「あ、いえいえ、ただの独り言です。王家というのは、旗なのですよ」

「王家とは、旗……」



涼は一つ頷くと、説明を始めた。


「人という生き物は、『組織』や『国』みたいに曖昧な、形のないものに対しては忠誠心を抱きにくいものらしいです。だから、その組織を体現する、あるいは象徴する『人』に対しての忠誠を抱かせることによって、人々をまとめることができるのです」

涼の説明を、アベルは一言も発せずに聞く。


「国というのは、国旗や国歌を制定し、曖昧なものではなく『国を象徴する物』を掲げて、民の忠誠を集めます。でも、やっぱりそれでは完ぺきではないのです。一番必要なのは、やはり『人』なのですよ」



現代地球においてなら、民主主義の総本山ともいえるアメリカが、最もいい例であろう。



『アメリカ大統領』は、アメリカという国そのものの象徴であり、それを体現した人物である。

そのため、何が起ころうとも、国の象徴たる大統領の安全が最優先となる。

何十人が、あるいは何千人が死のうとも、まず大統領の安全を確保するために、国の全てが動く。

そういうシステムになっている。


アメリカのシステムを作り上げてきた人たちは知っていたのだろう。国民をまとめるには、国そのものを象徴する『人』を設置するのが一番効果的であると。

だからこそ、あれほどのモザイク国家、人種や宗教や様々な考え方が入り混じった国家が、一度の大規模な内戦を経験しただけで、世界の頂点に存続し得ているのだ。


世界中、歴史上、多くのカリスマ的な指導者が存在した。

彼らの下では、人種の対立、宗教の対立は大きな問題とならず、国は回り続けた。

だが、彼らが死ぬと、それらの対立は表に現れ、国を揺るがし、なによりも民を苦しめた。



だからこそ、一代限りでは困るのだ。

人がまとまるために、その象徴として……。



「つまり、王、あるいは王家とは、国や民がまとまるための象徴として、必要な存在であると。いや、もっとはっきり言うなら、最も効果的な仕組みであると?」

「まあ、そういうことですね。けっこう、非人道的かなとは思うのですがね。王は、普通の人の楽しみを手に入れることは出来なくなりますからね」



創業家を旗だと言ったのは、涼の父である。

社員をまとめる象徴として、会社を運営していく最も効果的な仕組みの一つとして、創業家というものを利用するのはアリだと。

実際に、大企業になって、創業家を排除した会社は数十年後、どうなっていったか?

日本には数百年を超えて続く会社が何千とあるが、ほぼ全てが創業家を持っていた。


そうでなければ、もたないのである。


歴史は嘘をつかない。

歴史は証明する。

歴史は……ときに残酷なものだ。


創業家の人間が、『家』に捉われたままになる……可能性はもちろんある。

『職業選択の自由が無い』など、とても人道的とは言えないだろう。

だが、歴史は、そんなものは考慮しない。



「旗そのものが、必ずしも優秀とは限りません。まあ、旗なので、周りに優秀な人材を抱えておいて、彼らがきちんと動けば、それでいい……そんな側面もあります。実際、歴史上、暗愚な王というのは枚挙にいとまがありません。旗自身が優秀であるにこしたことはないですが、そうでなかったとしても、あまり気落ちする必要はないですよ」

「何かそれは……俺が優秀ではないと言われている気が……」


アベルは、ジト目で涼を見る。


「おっと、砂時計が落ちきりました。ささ、コーヒーでも飲んで、一息つきましょう」

そういうと、涼はプレスを下ろし、冷たくない氷製コーヒーカップに出来立てのコーヒーを注いで、アベルに渡した。

「お、おう、ありがとう」


アベルは受け取り、その香りに思わず微笑む。


「まさか、旅の馬車の中で、淹れたてのコーヒーを飲めるとはな」

「ふふふ。水属性魔法の偉大さ、とくとご覧あれ!」

涼は、大げさに口上を述べると、自分もコーヒーの香りに微笑むのであった。





同時刻。王国内のある場所。


「『黒』様、全ての準備が整いました」

『黒』と呼ばれた男の前に、十人を超える男女が片膝をつき、頭を下げ、下知を待っている。

新生『暗殺教団』の幹部たち。


「新たな契約に基づき、使節団への襲撃を許可する。ナターリア、指揮を執れ」

「はっ」

命令を出すと、『黒』の姿は消えた。



だが、幹部たちは、しばらくは動かない。

『黒』が消えて、たっぷり二分以上たってから、ナターリアが立ち上がる。

それに呼応して、他の幹部たちも立ち上がった。


「先の首領様以上の威圧感を感じるわい」

幹部の中でも、最長老の男がぼやく。

それを、きっと睨みつけるナターリア。

だが、口に出しては何も言わない。


幹部同士は同じ序列。

だが、それだけに、長く教団に属している男の立場はそれなりに強い。

ナターリアが『黒』に可愛がられ、今回の様に、大きな作戦の指揮を任されているとしても、幹部の一人にすぎないのである。

(いずれは……)

心の中でだけ、いつかこの男たちの上に立つという決意をして、ナターリアは部屋を出た。


向かうは、王国南部最大の街アクレ。


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『水属性の魔法使い』第三部 第3巻表紙  2025年7月15日(火)発売! html>
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