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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第十一章 トワイライトランド
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0192 鞄

涼とアベルが王都クリスタルパレスに着いた日。

涼は、王立錬金工房に直行した。


一方のアベルは、ルン辺境伯邸でいくつかの仕事をこなした。

一介の冒険者であっても、A級ともなると様々な仕事の必要が出てくる。


それらをこなした夜、アベルは辺境伯邸を出てしばらく歩き、ある建物に入って行った。

そこは『王国魔法研究所』、別名『イラリオン邸』。

だが、いつも直行する最上階のイラリオンの執務室ではなく、進んだのは地下。

そこは、イラリオン専用の実験室が並ぶ、立入禁止区域。


だが、アベルはそんなことはお構いなしに入って行き、ある部屋の前に立つと、右手を扉の前にかざした。

青白い光が扉に現れ、しばらくすると、扉は音も無く開いた。

部屋の中の扉でも同じことをし、合計三つの扉を抜けて、アベルは現れた階段を下り、そして長い通路を歩いていく。



二十分ほど歩いたであろうか、突きあたりには、上への螺旋階段がある。

迷いなく階段を上がり、石の扉の前に立った。

アベルはその石の扉に手を置き、何事か唱える。

すると石の扉はひとりでに開いた。


そして、五十メートルほど歩いたところで、再び石の扉があった。


アベルは、剣を半ばほど鞘から滑らせ、剣の柄で三回扉を叩く。

しばらくすると、扉の向こうで、三回叩く音が聞こえる。

それを確認して、アベルは今度は七回叩く。

そうしてようやく、扉の向こうで鍵と閂らしきものを外す音が聞こえ、扉が開かれた。

そこには、王太子の顔があった。


「いらっしゃい、アルバート」

「兄上……」


笑顔で迎えてくれた王太子に対して、アルバートと呼ばれたアベルは、言葉を継ぐことができなかった。

それほどに、前回会った時と比べて、やつれていたのである。



「酷い顔だろう?」

王太子は、だが笑顔を浮かべてアベルに言った。

「いえ……」

さすがに、兄とはいえ、正直な感想は言えない。かと言って、気の利いた嘘を言えるアベルでもない。


「自分の身体の事だ。自分が一番分かっているよ。はっきり言って、もう一年はもたないだろう」

「兄上!」

「そんな怖い顔をしないでくれ。どうしようもないのだから」

王太子は苦笑いしながら、怒った顔になっているアベルをなだめる。


「私が死んだら、アベルが王位継承第一位になる。アベルの『武』に関する力は全く心配していない。個人の武に関しても、A級冒険者にまでなったんだからね」

やつれた顔ではあるが、本当に嬉しそうに王太子は言った。

「ただ、冒険者をしている分、実際の国政に関わる経験が少ないのが気になっているんだ」

「はい……」

王太子の指摘に、素直に頷いて同意するアベル。



もちろん、十八歳で王城を出るまでは、王族が学ぶべき全ての内容を、アベルも学んできた。

そのため、基礎的な知識に関しては問題ないのだが……。


「そこで、これから一週間、僕が王太子として経験してきた問題、経験をアベルに引き渡したいと思うんだ」

「え……。し、しかし、それは、その……」


アベルは、王城にいた頃、第二王子として、文武両道を修めていた。

とはいえ、どちらも平等に好きなわけではない……言うまでも無く、武の方が、というか剣に全てを捧げたいとすら思えるほどに、嗜好は偏っているのだ。


「アルバート、この期に及んで逃げてはダメだよ。兄としての最後の頼みだ」

いっそ清々しいほどの笑顔を浮かべて、王太子はアベルに迫った。

こう言えば、アベルが逃げないことを経験から知っているのである。

「はい……わかりました」

さしたる抵抗も無く、アベルは観念した。

「よし。で、必ず受け入れてくれると思って、資料も用意してあるんだ。さっそく今晩からやるよ」


そして、一週間、アベルの勉強漬けの日々が始まった。




使節団出発前夜、王立錬金工房前には、フラフラした足取りの剣士が立っていた。


「ごめんください……」

弱々しいその声は、普段であれば誰も反応しないであろうほどに、か細い声である。

だが、その夜、錬金工房の扉付近には、一人の水属性魔法使いが待機しており、そのか細い声を拾うことができたのである。


「アベル、遅いですよ。連絡があって、待ってはいたものの……もう、勝手に辺境伯邸に行こうかと思っていたところです」

「う……すまん。勉強が長引いて……」


剣士アベルは、かなり大きめの鞄を抱えていた。

また、出てきた魔法使い涼も、いつもの鞄以外に、大きめの鞄も抱えていた。

「アベル、おっきな鞄を抱えていますね」

「リョウもな」

二人とも、お互いの鞄を見て笑った。


アベルは乾いた笑いを。

涼は嬉しそうな笑いを。


その差は、鞄の中身の差だったのだろう。



アベルは、王城から王国魔法研究所を経由して錬金工房へ。

そこで涼と合流して、二人はルン辺境伯邸に入った。

くたくたに疲れていたアベルはそのままベッドへ直行。

涼は、優雅に風呂に入り、少しだけ鞄に入った資料を見てから眠った。


眠りの世界は平等である。

二人は、平和な世界を、堪能した……。




翌朝、一週間の、王太子による集中講義から解放されたアベルは、一晩の睡眠で完全回復していた。

さすがはA級冒険者である。

回復力も、人類最高峰に近いのであろう。


涼も、特に何事も無く起き出して、辺境伯邸が準備した朝食を、しっかり食べていた。

これから長旅である。しかも外国へ。

何があるかわからない以上、食べられるときに食べる。

普段は引き籠っているが、このあたりはさすが冒険者なのであった。



二人は、今回ゲストともいえる立場であるため、馬車が用意されている。

集合場所の馬車に向かうと、そこには見知った顔があった。


「なんだ、ザックとスコッティーじゃないか。二人も使節団に入っているのか?」

そこには、王都の飲み会組織『次男坊連合』に所属し、王国騎士団員でもあるザック・クーラーとスコッティー・コブックがいた。

「ああ、小隊長待遇でメンバー入りだ」

「希望者が多くて、結構な倍率を勝ち抜きましたよ」

ザックとスコッティーは、笑いながら答えた。


だが、突然ザックの笑いが凍り付いた。


「あ、あんた、あの時の魔法使い……」

それは、ザックが涼の姿を捉えた時であった。


あの時というのは、もちろん、王都騒乱時のエルフ自治庁のことである。

エルフのセーラがアークデビルを倒した直後に涼はそこに現れ、他のデビルたちの首をウォータージェットで刎ねていったのである。

ザック憧れのセーラを抱きしめながら。

ザックの目には、若干の恐怖と共に、敵愾心が宿っていた。

そんなとげとげしい雰囲気を、涼も感じ取って、隣にいるアベルに小声で聞いた。


「僕、この人に何か悪いことしたんですかね」


涼の記憶の中には、ザックに会った記憶はない。

だが、敵対的な視線は感じている。

もちろん、アベルは全ての事情を知っているのだが……この場で、正直に答える気にはならなかった。

「さ、さあ……何かわからんが、気にしなくていいんじゃないか」

背中に冷や汗をかきながら、アベルは誤魔化すことにしたのだ。


ちなみに、ザックの隣にいるスコッティーは、小さく首を振って、諦めの表情を浮かべている。最初から、何もする気が無いことを、行動で示している。


結局、涼は何も理解できぬまま、馬車に乗り込むのであった。



その日、外務省交渉官を団長に文官ら二十名、冒険者A級パーティー二名、騎士団二十名、従士二十名、護衛冒険者C級二十名の、総勢八二名が王都を発った。


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『水属性の魔法使い』第三部 第3巻表紙  2025年7月15日(火)発売! html>
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