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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第十一章 トワイライトランド
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0189 ウォータージェットスラスタ

その日、涼は、朝からウォータージェットと格闘していた。

攻撃性のウォータージェットではなく、移動補助用の、身体から噴き出すタイプのウォータージェットである。

涼は便宜上、『ウォータージェットスラスタ』と名付けている。

なんかその方が、それっぽいから。


練習場所は、家の庭。

縦四百メートル、横四百メートル、サッカーコートが楽に三面入る広さの、あの庭。



そこは今、一面、『水』であった。


即席のプールである。

だが、地面を掘って作られたプールではなく、地面の『上』に作られたプール。

庭の外から見ると、目の前に五メートルもの水の壁がそびえる異様な光景。

もちろん、『ウォータージェットスラスタ』の飛行実験で失敗しても大丈夫なように、涼が準備したものだ。


まさに、水属性魔法使いの面目躍如!



涼はすでに、びしょ濡れであった。

もちろん、濡れた水も制御して、一瞬で乾かすことも可能ではある。

そして、最初のうちはそうしていたのだが……めんどくさくなって、今は濡れるがままに任せていた。



「びゅ~ん」とか「ざぱ~ん」とか言いながら、むしろ自分からプールに飛び込んでいるんじゃないかとすら思える光景……。


だが、それでいいのだ。

楽しいのが一番!

楽しみながらやるのが一番身につく!

眉根を寄せて、しかめっ面でやったところで、なかなか身にはつかない……なにごとも。




そんな涼の元へ、冒険者ギルド紋章のついた馬車がやって来て、中から、しかめっ面をした強面の男が降りてきた。

降りてきたときにはしかめっ面だったのだが、目の前にそびえる水の壁を見て、呆然とした表情に変わる。



「あ、ヒューさん!」

何百回目かの『ウォータージェットスラスタ』での飛び上がりで、涼は馬車が到着し、中からギルドマスター・ヒュー・マクグラスが降りてきたのを確認した。


瞬時に、巨大プールを消し去り、ヒューの前に降りる涼。



「珍しいですね、うちに来るなんて」

そう、用がある時は、涼がギルドに呼び出されるのだ。

「まあ、家の方へどうぞ。コーヒーでも準備しておきます」

「お、おう……」


言うだけ言って、ヒューの返事もそこそこに、涼は先に家の方へ向かった。

ウォータージェットスラスタを使いながら。

まだセーラの風属性魔法ほどのコントロールは出来ないが、かなり使えるようにはなっていた。

遠くから見れば、涼がピョンピョン跳ねるようにして家に向かっているのが見えたかもしれない。


ヒューは我に返ると、一度馬車に乗り込み、涼の家に行くように御者に告げる。

なにせ、まだここから四百メートルは先にあるのだ。

歩けば五分以上かかる……農家とは広い庭を持っているものなのである。




馬車は家の前に待たせておき、ヒューは礼儀正しく、家正面の両開きの扉から中に入った。

普通はそうであろう。

慣れてしまった『十号室』やアベル、あるいはセーラといった面々は勝手口から入っていくが。



家の中には、コーヒーのいい香りが漂っていた。

「ヒューさん、こっちです」

右手の奥の方から、ヒューを呼ぶ涼の声が聞こえ、ヒューはそちらへ向かう。



そこには、応接セットがあり、テーブルの隅には、挽いたコーヒー豆とお湯が入れられたフレンチプレスと、砂時計が置かれている。

コーヒーの香りは、そこから漂っていた。


ただ、不思議なことに、フレンチプレスは氷で作られているように見える。


「ああ、リョウは水属性の魔法使いだからな」

ヒューは小さく呟き、だがそこで自分で言った言葉の矛盾に気付く。


氷製の容器……だがお湯が入っていて、湯気も出ている。

「おかしくないか?」

思わず触ってみたが、熱くない。

確かに湯気は出ているので、お湯は熱いのだろうが、フレンチプレスは熱くない。

いやそれだけではなくて……氷製なのに、冷たくもない。



そこへ涼が、トレイにカップ二つを載せて入ってきた。


「ああ、そこのソファに座ってください」

そういうと、トレイをテーブルの上に置く。

砂時計がちょうど落ち切り、涼はプレスを押し込む。

容器内の粉が底面に沈められ、上澄みには、澄んだコーヒーだけが残った。

それをカップに注ぐと、さらに、部屋にコーヒーの香りが拡がった。



「ヒューさん、どうぞ」

「あ、ああ、すまんな」

ヒューはカップを受け取ると、少しだけ香りを嗅ぎ、そのまま口に含んだ。

コーヒーの香りが、口の中から鼻腔に拡がる。


「ああ、美味いな」


氷製の容器でプレスしたコーヒー。

だが、冷めている様子も無く、いつも通り美味しい。

いや、ギルドで出されるコーヒーよりも美味しく感じる。


「コナ村の代官、ゴローさんから届いたばかりのやつです。村一番の焙煎士の方が焙煎されているとかで……。焙煎士の腕でも、かなり味が変わるんですね」

涼もコナコーヒーを飲みながら、嬉しそうに説明をした。




ヒューは、カップのコーヒーを飲み干すと、話を切り出した。


「今日来たのは他でもない。リョウに引き受けてもらいたい依頼があるからだ」

「え~っと、ヒューさん、僕は今、非常に忙しいのでして……」

「さっきの、水遊びか?」


ヒューが言うと、涼の目が泳いだ。


「あ、あれは、水属性の魔法を使っての戦闘訓練ですよ。うん、そう、戦闘訓練です」

ヒューは何も言わない。

何も言わずに、涼の顔を見続けている。


「遊んでいるように見えたかもしれませんが、れっきとした戦闘訓練ですよ」

涼はいたたまれなくなって、言葉を続けた。


まあ、途中から楽しくなって、周りから見れば、どうみても遊んでいるように見えたであろうことは、自覚していた。

本人も、遊んでいるつもりだったからである。

もちろん、遊ぶのが悪いとは思わない。

ただ、依頼を退けるための理由としては……かなり弱いものであることを自覚していた。



「まあ……あれはいい。人それぞれの訓練方法があるだろうしな」

ヒューが折れ、涼はホッとした。

だが……、

「しかし、依頼は受けて欲しい」

「えぇ……」


見るからに、嫌そうな顔になる涼。

先ほどの、嬉しそうにコーヒーを飲んでいた表情とは、天と地ほどの差がある。


「悪いが、この依頼はリョウにしか頼めんのだ」

「僕にしか頼めない?」

涼の知識では、そこまで引き受け人限定の依頼など、考えつかない。

A級やB級ならわかるが、ようやくC級になったばかりの魔法使いに?



「十日後に、王国からトワイライトランドに使節団が送られることになった。そこに、冒険者が二人加わることになっているのだが、当初予定していた冒険者が、未だに戻ってこないのだそうだ」

「期限に遅れるなんて冒険者の風上にも置けませんね」

なぜか上から目線で、指を振りながらチッチッチッとやる涼。

何かの見すぎかもしれない。


「ああ。A級冒険者とも思えないよな」

「え、A級……」

ヒューの一言に、さすがに驚きを隠せない涼。



王国でA級というと……。


「ついに、アベルが戻ってこれなくなったのですか……」

「そんなわけないだろうが。王都のA級パーティー『五竜』の連中だ」

ヒューはそう言うと、カップを口に運ぼうとして、すでに中身が空であることに思い至った。

「ああ、すいません、おかわりをどうぞ」

涼はそう言うと、フレンチプレスの中に残っているコーヒーをヒューのカップに注ぎ、残りを自分のカップにも注いだ。


「おお、悪いな。それで、『五竜』の代わりにアベルが行くことになったんだが、ランドに届け出てある冒険者は、剣士と魔法使いだそうだ。なので、もう一人、魔法使いにも行ってもらわないといけない」

「そうなると、リンなのでは?」

涼は首を傾げて、当然の疑問を言う。


「通常ならな。だが、今、リンはイラリオン様の補助でコナ村の方に行っている……」

「ああ、イラリオンさん……」



涼は、イラリオンとは直接の面識はない。

だが、主にリンとアベルから、魔法に執着するイラリオンの噂は嫌というほど聞かされていた。

そして、魔法に関することとなったら、テコでも動かないということも。

そのイラリオンがコナ村に行ったということは、魔人とヴァンパイアに関することであり、当然、魔人の魔法に関して調査にのめり込むであろう。


ならば、リンは、しばらくは戻ってこれないであろう。



「リン、不憫な……」

「ああ……」

涼が言い、ヒューも同意した。


「まあ、そういうわけで、アベルに見合う魔法使いということで、リョウの名前が挙がったわけだ」

「そうですか……」

アベルに見合う……その評価はまんざらでもない涼。


(もうひと押しか)

ヒューは心の中で、一つ頷いた。



「もちろん、報酬はA級並みの報酬が出る。拘束期間が長いために、かなりの額のはずだ。それに、今回は国の使節団ということで、護衛は外務省が手配しているそうだから、リョウとアベルは護衛の仕事はしなくてもいい。客として、移動も馬車に乗っての移動だ」

「それはすごいですね」

冒険者が引き受ける依頼の場合、たいてい移動は歩きである。

涼も、ほとんどそうであった……例外は、ジュー王国王子ウィリー殿下の依頼くらいだっただろうか。


(最後にダメ押しを)

ヒューは心の中で、もう一度頷いた。



「あと、涼には特別に、王都のグランドマスターから報酬があるそうだ」

「グランドマスター? ああ、ヒューさんの元婚約者のお父様」

「お、おう。その通りなんだが……。いや、まあいい。報酬というのは、鹵獲した連合のゴーレムを見る権利だ」



その一言が与えた影響は、激烈であった。



「どういうことですか!」



文字通り、涼は飛び上がり、ヒューが認識できないスピードで、顔が目の前に来ていた。

元A級剣士すら認識できないスピード……。


「ち、近い、顔が近いから。えっとな、この前のインベリー公国への遠征後に、王国の諜報部隊みたいなのが、壊れた連合のゴーレムを、戦場から獲ってきたそうだ。で、現在、王立錬金工房で調査しているらしいんだが、それを見る権限をリョウのためにとってやろうということだ。ほら、お前、あのゴーレムに興味あったろ?」

「素晴らしいですね! では、今すぐ王都に行きましょう。さあ!」


涼はそう言うと、取るものもとりあえず家を出ようとする。


「待て! 王都までの移動は、ギルドから馬車を出すから、アベルと一緒に、それに乗って行け。明日の朝八時、ギルド前に来い」

「明日……長すぎる」

涼は落ち込み、両手両膝を地面につき、絶望のポーズとなった。


「いや、お前だって、長く街を空けるんだから、それを伝えておくべき相手とかいるだろ?」

ヒューが常識的な事を言うと、涼は顔を上げた。

「確かに。セーラに伝えておくのと、業者さんに家の清掃をお願いしておくのとがありました」

「そ、それだけでいいのか……。なんというか、ある意味、冒険者の鑑だな」

基本、依頼を受けないで家に引きこもっている涼であるが、いや、それだけに面倒な繋がりは少ないのだ。


その時、十号室の面々への連絡というのも少しだけ頭には浮かんだが……、

(ギルドが言ってくれるでしょう)

基本、適当な涼であった。


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