表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第十一章 トワイライトランド
202/930

0188 涼の囲い込み

グランドマスター フィンレー・フォーサイスの依頼を聞いたとき、ヒューの顔は歪んでいた。

その表情は、表題をつけるなら、『苦悩』が最もふさわしかったであろう。


「その顔は、頷けない厄介な事情がありそうだな」

ヒューの表情から、フィンレーは尋ねる。

「はい……」

だが、ヒューは返事だけをし、その後の説明を続けない。



しばらく様々なことを考えた結果、ようやく口を開いた。


「グランドマスターには、お伝えしてもいいのかもしれません。アベルの正体を」

「アベルの……正体だと?」


普通、冒険者の事を説明したり、事情を説明したりする際に、『正体』などと言う言葉を使うことはない。



「はい。アベルの本名は、アルバート・ベスフォード・ナイトレイ。国王陛下のご次男です」

「むぅ」

さすがにそのことは、フィンレーにとっても想定外の内容であった。


確かに、ここ数年、第二王子アルバートの話は流れてこなかった。

そのため、どこかの有力領主の騎士団で鍛えられているのだろうと言われていた。

それが、実は冒険者になっており、あまつさえA級にまで上がっていたなど……。



冒険者ギルドにおいて、C級以上に上がる冒険者は、身分、出自には一切左右されることはない。

もちろん、人格や識見で審査されることはあるが、一定以上が担保されていれば、後は全て依頼内容、ギルドへの貢献度、依頼遂行数と成功率で、ランク上昇は決定される。

そのため、グランドマスターと言えども、A級冒険者となったアベルの出自に関して、知らなかったのだ。


ある意味、冒険者ギルドの審査機構が、非常に公正であることの証明であるのかもしれない。

あるのかもしれないが……。


「そういうことは、グランドマスターである私にも知らせておいてほしかったな……」

先ほど以上にしかめっ面となったフィンレー。

「はい。申し訳ありません」

頭をかいて謝るヒュー。


「だがそうなると、色々と事情が変わってくる。アベルを、『五竜』の捜索に、帝国国境に派遣するわけにはいかんな」



ナイトレイ王国には、現在王太子がいる。

王城内だけでなく、これまで成してきた政策のためか、民からの人気も高い。

人格、識見共に全く問題ない。

何事も無ければ、いずれ名君となるであろう。


そう、何事も無ければ……。



「王太子殿下は、体調が思わしくない日が多くなっていると聞く」

フィンレーはぼそりと呟いた。


若い頃から、王太子は体調に難を抱えていた。

王子二人の仲もすこぶる良かったということもあり、いずれは、王太子が政治を担い、第二王子アルバートが軍を率いて、王国は運営されるであろうと言われていた。

そのために、アルバートは各地の騎士団で経験を積んでいるのだろうと。



だが、ここにきて、王太子の体調の悪化はかなり進行している。

もし、何か起きてしまえば……王位継承権第一位に来るのは、アルバートである。

そんなアルバート、冒険者アベルを、危地に送り出すのはさすがにまずい。

ヒューだけでなく、フィンレーもそう結論付けた。


「五竜の捜索は別の者にやらせよう。C級が中心になるが、B級冒険者にもできるだけ声をかけて」

「はい。その方がよろしいかと」

フィンレーが結論を出し、ヒューが頷いた。



「だが……使節団の方をどうにかせねばならぬ。すでに、ランドの方に使節団の人員を提出済みでな。送り出す前から問題を出したくないという外務省の官僚共が、人員の変更は出来ないの一点張りなのだ」

「ああ……直前に変更すれば、相手国から痛くもない腹を探られますからな」

「うむ。仕方ないか。アベルを帝国国境に出すのは問題だが、ランドに送るのは問題ないであろう? 政府的には繋がりは無いが、民、商人レベルでは交流のある国だ。『五竜』の代わりに、行ってもらえぬかな」

「そうですな。そちらなら、問題ないかと思います」


フィンレーの提案に、ヒューも頷いて答えた。

帝国国境付近で、不明のA級パーティーを探すのに比べれば、はるかにましである。



「ふむ、よかった。で、使節団に加わる人員は剣士と魔法使いの二人だ。剣士のアベルと、魔法使いはリンであったな。十日後に、使節団は王都から出発するから、それまでにその二人を王都に寄越してくれ」


だが、フィンレーのその提案を聞いて、ヒューは再び顔をしかめた。

「なんだ。そこにも問題があるのか?」


さすがに、フィンレーも呆れた。なったばかりのA級パーティーなのに、すでに多くの問題を抱えているのかと。


「はい……。ですが、アベルたちのせいではなくてですね……。実は、今、イラリオン様が来て、先の魔人とヴァンパイアの魔法に関しての調査を行っております。で、リンはその助手にされて、一緒にコナ村の方に……」

「ああ……イラリオン殿が……」

そこで、フィンレーは左手で自分の顔を覆った。




イラリオン・バラハ。王国筆頭宮廷魔法使い。王国の魔法使いの頂点に立つ男である。


そして、こと、魔法に関する限り、イラリオンを翻意させることが出来る者はいない。

国王ですら、それは不可能である。

王都のグランドマスターであるフィンレーは、そのことをよく知っていた。


つまり、

「リンは、使節団には加われないな」

フィンレーはそう言うと、盛大にため息をついた。


「誰ぞ、リンに見劣りしない魔法使いを……と言っても無理か。そんな人材が都合よくいれば、誰も苦労しないわな」

「はい……」


二人のため息が、執務室に響き渡った。


ため息が響き渡るというのも珍しい光景であるが……それほどに、二人の苦悩は深かったのである。




沈黙が流れた二十秒後。



ヒューは意を決して、フィンレーに提案した。


「一人、C級になったばかりですが、アベルに見劣りしない魔法使いがいます」

「なに? この際、C級でも問題ないだろう。その魔法使いは、アベルとの相性などはどうなのだ? 問題なくやれそうなのか?」

フィンレーは食いつく。


沈黙していた二十秒間、外務省の連中にどうやって説明しようかずっと考えて、しかもどう説明しても酷い未来しか見えなかったのだから……。



「それは問題ないですね。アベルは友人であることを公言していますし、あいつの命の恩人でもあります。戦闘能力においても非常に高いですし、性格が破綻しているなどということもありません」

「おぉ、いいではないか! それなのに、その暗い表情はいったい……」

喜色満面となったフィンレーと対照的に、ヒューは説明している間も、その表情は暗いままであり、それを訝しむ。


「そいつに依頼を引き受けさせるのが難しいのです」

「ああ……たまにいるな、そういう冒険者」

フィンレーも、これまでの経験から、似たような冒険者が思い当たるのであろう。重々しく三回頷いた。


「金は唸るほど持っています。しかも冒険者ランクを上げることに、全く頓着していません」

「それは厄介だな。何かで釣れないか?」

「ずっとそれを考えているのですが……なかなか……」

ヒューは何度も首を横に振った。


普通の冒険者なら、報酬を釣り上げたりすれば、たいてい乗ってくる。

だが……。

「ちなみに、その魔法使いの名前は?」

「リョウという名前です」




「その、リョウが欲しがる物で釣るのが一番であろうが……。そうだな……そのリョウとは、最近は、いつ会ったのだ?」

「え? ええ、そうですね……インベリー公国への遠征で会ったのが最後ですか……。ああ、そういえば、その時、もの凄く欲しそうにしていたものがありました」

「なに!? 何だ? 何を欲しがっていた?」


フィンレーは再び食いついた。

だが、ヒューの表情は暗いままである。

どうせ、手に入らないものだとわかっているからだ。



「連合のゴーレムです。壊れた物でもいいからと……。すごく、持って帰りたそうにしていました……」

「あ、ああ……それは、ちと厳しいな……」

さすがに、グランドマスターと言えども、他国の新兵器を手に入れるのは無理である。


「リョウは錬金術にはまっているらしいのです。王都に有名な錬金術師がいますよね……そう、ケネス・ヘイワード男爵。彼とも親しいらしく……」

「待て!」

ヒューが続けようとした説明を、フィンレーは片手を挙げて遮った。

「錬金術と言ったか? ヘイワード男爵と」

「ええ、言いました」

ヒューに確認をとると、フィンレーは顎に手を持っていって、何事か考え始めた。



そしてたっぷり一分後、話を切り出した。

「いけるかもしれん」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『水属性の魔法使い』第三部 第3巻表紙  2025年7月15日(火)発売! html>
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ