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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第十一章 トワイライトランド
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0187 グランドマスター

新章「第十一章 トワイライトランド」スタートです。

その日、盾の前で剣と杖が交差する、冒険者ギルドの紋章をつけた馬車がルン冒険者ギルドの前に停まった。

降りてきたのは、身長百八十センチほどの、がっちりとした体格の男。髪と髭は白く、そして長く伸び、手には自身の身長よりも大きな杖を手にしている。

見るからに魔法使いなのである。


だが、それ以上の特徴があった。それは威圧感。

男が扉を開けて、ギルドに入った瞬間、ギルド内の空気が変わったのだ。

そこにいた冒険者や職員のほとんどは、男が誰なのかは知らない。

それでも、男が放つ異常なまでの威圧感を、否が応でも感じさせられた。


男は、冒険者たちの視線など一顧だにせず、正面カウンターに向かう。

カウンターの奥には受付嬢ニーナがいた。

ニーナは、男がギルドに入ってくると、すぐに立ち上がっていた。男が誰なのか、知っていたからである。



男が前に立つと、ニーナは深々とお辞儀して言った。

「グランドマスター」



決して大きくはないその言葉は、ギルド内にいる全員の耳に届いた。

だが、言葉が耳に届き、その意味を理解したとしても静かなままである。

無音のまま、だが、ザワリとした空気は拡がっていった。

驚きの声を上げたい。上げたいのだが……誰も、口を開かない。


開いたのはただ一人。グランドマスターと呼ばれた、その男だけである。

「マスター・マクグラスの元に案内してくれ」

「かしこまりました」

ニーナはそう答えると、グランドマスター・フィンレー・フォーサイスを奥へと案内した。



ギルド内に音が戻ったのは、二人が奥へと消えて、しばらくしてからであった。




「グランドマスター……」

「マスター・マクグラス、突然すまぬな」

「いえ、どうぞ、そちらへ」

ヒューは、多少ぎくしゃくしながらも応接セットの上座を示し、自分は下座に座った。

役職上、フィンレーの方が上だからである。


二人が座る早々、グランドマスター・フィンレーが切り出した。

「エルシーがトワイライトランドから戻って来てな。いろいろと収穫があったらしく、また研究室に籠っておるわ……」

エルシーとは、グランドマスター・フィンレーの娘であり、かつてヒューとの結婚話が持ち上がっていた女性である。

「エルシーは、宮廷魔法団の所属でしたか。確か、籍そのままに魔法大学に出向しているとか。さすが優秀ですな」


努めて感情が入らないように、ヒューは会話のキャッチボールを行う。

背中には、冷や汗を滴らせながら。


「失恋の痛手を仕事に没頭することで誤魔化しているらしいわ」

「うっ」

エルシーとの結婚話を断ったのは、ヒューの方からであった。

しかも、何を間違ったのか、王都でも有名な美少女であったエルシーは、ヒューにぞっこんで、父であるフィンレーも大乗り気の結婚話であったのだ。

だが、ヒューはその話を断り……エルシーは失恋した。それが三年前の話である。


「よい、そのことを責めているわけではない。エルシーが結婚したい相手が今後現れたら、その時、結婚は考えればよい。女は家のために結婚せねばならぬ……もはやそんな時代ではないからな。フォーサイスの家名も、なんとしても後代に残さねばならぬほどの物ではないわ」


グランドマスター・フィンレー・フォーサイスは、れっきとした伯爵位を持つ貴族である。

一人娘であるエルシーが女伯爵として家を継ぐことはもちろん可能であるが、それは、エルシー自身が望んでいなかった。

理由は分からない。フィンレーは、特に知りたいとも思わなかった。

早くに奥方を亡くしたフィンレーは、男手一つでエルシーを育ててきたと言っても過言ではなかった。そのため、家を含めた将来については、エルシーの好きなようにさせたいと考えていたのだ。



「さて、わしが来たのはルンの街にしか頼ることが出来ぬゆえだ」

「それも、『通信』では話せぬ内容だと?」

ルン冒険者ギルドマスターの執務室には、王都王城と、王都冒険者ギルドに繋げることができる通話用の錬金道具が置かれている。

だが、セキュリティにおいて完璧ではない。


「うむ。実は、王都所属のA級パーティー『五竜』が消息を絶った」

「なんですと……」


先日、アベルがA級に昇格し、『赤き剣』はA級パーティーとなった。

所属する最上位者のランクが、そのままパーティーランクとなるため、ウォーレン、リーヒャ、リンはまだB級冒険者のままであるが、ただ一人アベルがA級に上がっただけで、『赤き剣』はA級パーティーとなるのだ。


だが、王国のもう一つのA級パーティー『五竜』は、所属する五人全員がA級冒険者なのである。

これは、五人共、非常に高い能力を有しているのはもちろん、長く実績を積み重ねてきたその証左でもある。

五人のうち四人が三十代前半、ただ一人神官は、四十歳を目前にしていたはず。


冒険者として、円熟の極みに達したパーティーと言えよう。

そんな彼らが、消息を絶ったというのだ。


「その情報は確かですか? 五竜のリーダーは、失礼ながら色々とルーズだという評判があったかと思いますが……」

ヒューが指摘すると、フィンレーは顔をしかめながら頷いて答えた。

「そうだ。剣士のサン……あれは確かに時間その他にルーズなところがある。だが、神官のヘニングがしっかりしておるため、パーティーとしては特に問題はない。これまでも無かった。だが、今回は連絡も無いのだ」


フィンレーは、一度、深いため息をついてから続けた。


「これは、先ほどのエルシーの話にも繋がってくる。実は、エルシーはトワイライトランドに研究に行った際に、有力者とのコネが出来たらしい。それで、上の方での交渉の結果、王国魔法大学から留学生を受け入れるという話になったそうだ。ついでに、この際だから使節団を送って、最終的には大使館を置けないか検討しようということになっておるらしい」

「トワイライトランドというと、王国の南西にある若い国ですな」

ヒューは、王国の形と、接する国々を思い浮かべながら言う。


「うむ。だが、非常に閉鎖的で、王国は境を接しておるが、これまで大使館設置の話は、生まれては消えを繰り返してきたらしい。まあ、閉鎖的とは言っても、商人の行き来は多いし、ランドの冒険者も結構な頻度で王国に来ておる。ただ、政府同士のやり取りがあまりなかったということだな」


「ん? もしや、『五竜』は、その使節団に入るはずだったのですか」

「ああ、そういうことだ。神官ヘニングがいる以上、国が関わる期限に遅れるということはあり得ない……それなのに、今回現れないのはおかしいと」

フィンレーは渋い表情のまま、出されたまま手を付けていなかった冷めた紅茶を啜った。



「彼らが向かった依頼先が、ゴーター伯爵領というのが厄介でな」

「ゴーター伯爵領? 北部……。国境……帝国国境に接していますな」

そこまで言って、ヒューもフィンレーと同じほど、顔をしかめて言った。


「帝国が関与した可能性があると」

「その可能性を排除できぬ」



A級冒険者と言えば、その戦闘力は尋常ではない。

ほとんどの魔物にも後れを取ることはないであろう……。

そして、対人であれば、まず人類最高峰と言っても、過言ではない。


だが……、

「そう、例えば、爆炎の魔法使い……オスカー・ルスカなどが絡んで来たら……」

「確かに、厄介ですな」


曰く、一撃で王国軍一千人を焼き殺した。

曰く、一撃でワイバーンを爆散させた。

曰く、一撃で反乱軍が立てこもる街を消滅させた。

そんな、規格外の魔法使いである。


尋常ならざる者どもであるA級パーティーであっても、確実に勝利できるとは限らない相手である。

「グランドマスター、もしや今回いらっしゃったのは……」

「うむ。連絡の途絶えた『五竜』を、ルンに新たに誕生したA級パーティー『赤き剣』に、捜索して欲しいのだ」


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